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古道具屋『がらんどう』
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「ハッ、ハッ、ハッ」
息を切らして、屋上へ続く狭い階段を駆け上がる。
「解錠っ!」
左手を拳に握り、前へ突き出す。
中指にはめた石付きのリングが一瞬光り、目の前に迫る金属製のドアの鍵が「カチャ」っと音を鳴らして外れた。
体当たりするような勢いで突っ込みドアノブへと手をかけると、開いたわずかな隙間に体をねじ込み、外へと出る。
「ハァ、ハァ、ハァ」
冷たい2月の空気が肺に入り込んでくる。
ビルの立ち並ぶ繁華街の夜空の色は、藍色で塗りつぶしたキャンバスを、汚れた絵筆でなぞったみたいな奇妙な色だ。
星の代わりに瞬いているのは、ビルの上に設置された航空機向けの赤い障害灯と、遠くに見える高層ビルの照明。
「西側の角だ、あと15秒!」
右手首に付けた、通信用の魔導具に話しかけ、相方に指示を出す。
人の立ち入らない排気ガスで煤けた屋上の床を駆け抜け、端に設けられた段差やフェンスも難なく登る。
「3、2、1、たぁーっ!」
屋上の端からジャンプをして飛び出した少女の短いオレンジ色の髪が、ビルに設置された看板を照らす照明を受け、きらめいた。
◇◇◇
「間に合わなかったら、どうするつもりだったんだ?」
さっきから、目の前にいる美人が怖い。
整った顔立ちで怒られると、怖さは5割増しだ。
「だから、私的には確信があったんだって、結局、間に合ったんだから良いでしょ?」
36階建のビル屋上から飛び出した私を受け止めてくれたのは、目の前にいるサラサラ髪の銀髪男だ。
アイスブルーの瞳に高い鼻梁。
厚すぎない形の良い唇は口角がキュッと上がって、知性も美も兼ね備えている。
「ほら、こうやってコレも持って来れたしね」
私が見せびらかすように持ち上げたのは、小さな壺。
薬を保存する為の魔導具なのだが、いつまでも状態を保っていられるという優れものだ。
「まぁ、用途は知られずに骨董品扱いだったから、警備員さえまけば良かったし、今回は楽だったよね」
ニンマリ笑う私とは対照的に、不機嫌に眉を寄せるユーリは深いため息をついた。
「その楽な案件とやらの為に、俺はリスクを負ってまで、ドラゴンを飛ばさなきゃいけなかったのか?」
「だって、今回は空のルートを使った方が確実だったんだもん。ユーリだって、賛成したじゃない。」
「俺は賛成したというより、可能だと言ったまでだ。ドラゴンを召喚すれば、空でもミツリを回収してやれると」
どうやら、ユーリは今回の件が相当不満らしい。
ドラゴンが、繁華街の夜空に舞っては目立ってしまうので、姿を隠す隠形魔術まで合わせて使わせてしまったのだ。
こき使われてしまったのが、気に食わないのだろう。
「ごめんっ!ユーリー。次からは無しにするから‥」
両手のひらを合わせて、お願いのポーズをとる。
瞑っていた両目も、片方だけ開けてチラッとユーリの表情を盗み見る。
「ミツリ。なんで怒られているのか分かっているのか?」
「え?だから、こき使ってごめんって言ってるの。もうしないって」
ユーリの体がわずかに震えている。
「ーーぁ、もういいっ!お前はさっさと寝て、朝はちゃんと一人で起きろっ!」
ユーリって私といると、お父さんみたいだよね。
私はお父さんの顔も知らないけれど。
◇◇◇
私ことミツリとユーリは、ここ現代日本から言う所で異世界の人だ。
知っている人は殆どいないけれど、条件さえ揃えば、異世界と日本は簡単に行った来たりできる。
日本の人々は魔力を持たないから、異世界の存在自体、気づくことはめったにない。
私たちは、偶然、または意図的に日本に持ち込まれた「魔導具」を回収する命をイシュタニアの国王から受けている。
弱冠12歳にして、王宮付き魔導具技術師となった天才な私は、古い魔導具の改良も、新しい魔導具の開発も、何でも出来てしまう魔導具のエンジニアなのだ。
だが、才能ある者に嫉妬は付きもの。
ある日突然、日本へいう異世界への移動が言い渡された。
いわゆる左遷というやつだろう。
「日本で仕事出来るなんて大出世じゃないのか?!」
ワザとそう言ってきた、丸メガネのおっさん同僚がいたから、グーとパーとチョキで殴って叩いて突いてやろうと、拳が出そうになってしまった。
私はまだ若いから、全然違う国で仕事するのも経験の内だと割り切って、こうして今は日本の「渋谷」という街で暮らしている。
一緒にやってきたユーリは、訳ありの王族らしい。
表に出られない王族という何とも難しい立場らしく、同じく日本に飛ばされたという感じなのだろう。
ユーリは王族だから魔力量も多いし、使える権利も道具もたくさん持っているから、私としては使い勝手の良い相棒だと満足している。
だけど、ちょっと気難しいんだよね。素直じゃないというか。
元々、平民の中で育った私には、王族様の考えなんて分からないし、理解しようとも思わないけど。
私は、魔導具と向き合っている時間さえあれば、それで幸せなのだから。
◇◇◇
渋谷駅から徒歩8分、とある小さなビルの3階に私たちの店舗はある。
うなぎの寝床のような、長いフロアの壁際には、所狭しと古道具や骨董品が並べられている。
古道具屋『がらんどう』
これが店名であり、私たちがこの世界で暮らすための隠れ蓑だ。
実際、古道具の売却目的で訪れてくる人もいるが、うちで買取ることは殆ど無い。
驚くほど低い買取額を提示して、お客様にはお帰りいただく事が殆どだ。
ただ、本当に時折、面白い魔導具がそんな持ち込み品から見つかることもある。
押入れの奥で眠っていたような、何だか分からない品には、魔導具が紛れていることもあるからだ。
先日は、本来の力を発揮すれば時の巻き戻しを起こし、時間のループが可能になる魔導具が見つかった。
そういった魔導具は喉から手が出るほど欲しい、いや、必ず回収しなければならないので、高額だって買取させてもらう。
金額交渉は代表取締役のユーリが担当だ。
売り渋りするお客様に対しては、心理的な圧をかけたりと交渉する術に長けているし、さすがは王族と言った所だ。
”カララーン”
入口で、いつもの音が鳴る。
ガラス戸の自動ドアなのに、開くと上部に付けられたクラシカルなベルが店内に鳴り響く、それが古道具屋『がらんどう』
「すいませーん。見てもらいたい物があるんですが、お願いできますか?!」
どうやら、お客様が来たらしい。
息を切らして、屋上へ続く狭い階段を駆け上がる。
「解錠っ!」
左手を拳に握り、前へ突き出す。
中指にはめた石付きのリングが一瞬光り、目の前に迫る金属製のドアの鍵が「カチャ」っと音を鳴らして外れた。
体当たりするような勢いで突っ込みドアノブへと手をかけると、開いたわずかな隙間に体をねじ込み、外へと出る。
「ハァ、ハァ、ハァ」
冷たい2月の空気が肺に入り込んでくる。
ビルの立ち並ぶ繁華街の夜空の色は、藍色で塗りつぶしたキャンバスを、汚れた絵筆でなぞったみたいな奇妙な色だ。
星の代わりに瞬いているのは、ビルの上に設置された航空機向けの赤い障害灯と、遠くに見える高層ビルの照明。
「西側の角だ、あと15秒!」
右手首に付けた、通信用の魔導具に話しかけ、相方に指示を出す。
人の立ち入らない排気ガスで煤けた屋上の床を駆け抜け、端に設けられた段差やフェンスも難なく登る。
「3、2、1、たぁーっ!」
屋上の端からジャンプをして飛び出した少女の短いオレンジ色の髪が、ビルに設置された看板を照らす照明を受け、きらめいた。
◇◇◇
「間に合わなかったら、どうするつもりだったんだ?」
さっきから、目の前にいる美人が怖い。
整った顔立ちで怒られると、怖さは5割増しだ。
「だから、私的には確信があったんだって、結局、間に合ったんだから良いでしょ?」
36階建のビル屋上から飛び出した私を受け止めてくれたのは、目の前にいるサラサラ髪の銀髪男だ。
アイスブルーの瞳に高い鼻梁。
厚すぎない形の良い唇は口角がキュッと上がって、知性も美も兼ね備えている。
「ほら、こうやってコレも持って来れたしね」
私が見せびらかすように持ち上げたのは、小さな壺。
薬を保存する為の魔導具なのだが、いつまでも状態を保っていられるという優れものだ。
「まぁ、用途は知られずに骨董品扱いだったから、警備員さえまけば良かったし、今回は楽だったよね」
ニンマリ笑う私とは対照的に、不機嫌に眉を寄せるユーリは深いため息をついた。
「その楽な案件とやらの為に、俺はリスクを負ってまで、ドラゴンを飛ばさなきゃいけなかったのか?」
「だって、今回は空のルートを使った方が確実だったんだもん。ユーリだって、賛成したじゃない。」
「俺は賛成したというより、可能だと言ったまでだ。ドラゴンを召喚すれば、空でもミツリを回収してやれると」
どうやら、ユーリは今回の件が相当不満らしい。
ドラゴンが、繁華街の夜空に舞っては目立ってしまうので、姿を隠す隠形魔術まで合わせて使わせてしまったのだ。
こき使われてしまったのが、気に食わないのだろう。
「ごめんっ!ユーリー。次からは無しにするから‥」
両手のひらを合わせて、お願いのポーズをとる。
瞑っていた両目も、片方だけ開けてチラッとユーリの表情を盗み見る。
「ミツリ。なんで怒られているのか分かっているのか?」
「え?だから、こき使ってごめんって言ってるの。もうしないって」
ユーリの体がわずかに震えている。
「ーーぁ、もういいっ!お前はさっさと寝て、朝はちゃんと一人で起きろっ!」
ユーリって私といると、お父さんみたいだよね。
私はお父さんの顔も知らないけれど。
◇◇◇
私ことミツリとユーリは、ここ現代日本から言う所で異世界の人だ。
知っている人は殆どいないけれど、条件さえ揃えば、異世界と日本は簡単に行った来たりできる。
日本の人々は魔力を持たないから、異世界の存在自体、気づくことはめったにない。
私たちは、偶然、または意図的に日本に持ち込まれた「魔導具」を回収する命をイシュタニアの国王から受けている。
弱冠12歳にして、王宮付き魔導具技術師となった天才な私は、古い魔導具の改良も、新しい魔導具の開発も、何でも出来てしまう魔導具のエンジニアなのだ。
だが、才能ある者に嫉妬は付きもの。
ある日突然、日本へいう異世界への移動が言い渡された。
いわゆる左遷というやつだろう。
「日本で仕事出来るなんて大出世じゃないのか?!」
ワザとそう言ってきた、丸メガネのおっさん同僚がいたから、グーとパーとチョキで殴って叩いて突いてやろうと、拳が出そうになってしまった。
私はまだ若いから、全然違う国で仕事するのも経験の内だと割り切って、こうして今は日本の「渋谷」という街で暮らしている。
一緒にやってきたユーリは、訳ありの王族らしい。
表に出られない王族という何とも難しい立場らしく、同じく日本に飛ばされたという感じなのだろう。
ユーリは王族だから魔力量も多いし、使える権利も道具もたくさん持っているから、私としては使い勝手の良い相棒だと満足している。
だけど、ちょっと気難しいんだよね。素直じゃないというか。
元々、平民の中で育った私には、王族様の考えなんて分からないし、理解しようとも思わないけど。
私は、魔導具と向き合っている時間さえあれば、それで幸せなのだから。
◇◇◇
渋谷駅から徒歩8分、とある小さなビルの3階に私たちの店舗はある。
うなぎの寝床のような、長いフロアの壁際には、所狭しと古道具や骨董品が並べられている。
古道具屋『がらんどう』
これが店名であり、私たちがこの世界で暮らすための隠れ蓑だ。
実際、古道具の売却目的で訪れてくる人もいるが、うちで買取ることは殆ど無い。
驚くほど低い買取額を提示して、お客様にはお帰りいただく事が殆どだ。
ただ、本当に時折、面白い魔導具がそんな持ち込み品から見つかることもある。
押入れの奥で眠っていたような、何だか分からない品には、魔導具が紛れていることもあるからだ。
先日は、本来の力を発揮すれば時の巻き戻しを起こし、時間のループが可能になる魔導具が見つかった。
そういった魔導具は喉から手が出るほど欲しい、いや、必ず回収しなければならないので、高額だって買取させてもらう。
金額交渉は代表取締役のユーリが担当だ。
売り渋りするお客様に対しては、心理的な圧をかけたりと交渉する術に長けているし、さすがは王族と言った所だ。
”カララーン”
入口で、いつもの音が鳴る。
ガラス戸の自動ドアなのに、開くと上部に付けられたクラシカルなベルが店内に鳴り響く、それが古道具屋『がらんどう』
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