未完成のビリーフ

紫苑色のシオン

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未完成のビリーフ 9

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 篠崎部長が夜の学校に忍び込み、七不思議を直接確認しようと提案した日から三日後にそれは実行されることになった。
 両親には部活の人たちと花火をして遊ぶことになったと言って家を出てきた。二十時半。七不思議が現れるにはちょうどいい時間帯になっていた。それにしても我が校の七不思議は出没時間が本当に早いな。健康的な生活でもしているのだろうか。
 家を出る頃は今日は特に熱帯夜のようで、蒸し暑かった。紺色のポロシャツ一枚に七分丈のズボンを履いて動きやすい恰好をして家を出た。
 新聞部はみんな、直接学校には集まらず、一番近くのコンビニの駐車場で集まっていた。僕が着いたのは集合時間十五分前だったけど、既にみんな到着していた。何だか及川先輩や桐生先輩に負けたのは癪だ。
 それにしても僕だけで皆今日は暑く感じるらしく、薄着だった。あの近野先輩ですら、長袖とはいえ、薄い生地の服のようでいつもよりは涼し気だった。

「よし全員揃ったな、行くか」

 篠崎部長の声も今日は一段と高い。きっとなんやかんや楽しいのだろう。学校は正門が閉まってはいるが高校生であれば誰でも簡単に飛び越えられる程度の高さしかなく、忍び込むのも容易だった。この学校のセキュリティは絶対に見直した方が良いと思う。

「さて、じゃあ、各自バラけて調べるか」

 七不思議の半分は場所が固定されていたが半分は不定だった。なのでそういったものに出くわす確率を少しでも上げるために全員バラバラになって校内をうろつくことになっていた。懐中電灯を片手に校内に入っていく。
 夜の誰もいない校舎を僅かな光源で照らす。昼間はあんなに人がおり、賑わっている校舎が今では明かりも非常灯しかついておらず、静まり返っている。昼間とは対極の世界にちょっとした恐怖を感じる。しかし幽霊なんていない。僕は唾を一度だけ飲み込んで校舎に入る。僕は三階をうろつくことになっていた。三階は一年の教室がニクラス程と二年生の教室がある階だ。そして特別棟には七不思議の一つの舞台である音楽室がある。
 とりあえずは音楽室に向かおう。スニーカーが床を踏みしめる音が嫌に生々しかった。そういえば職員室も同じ階にあるのだが、照明は付いていない。誰もいないはずだ。もしいたら怒られるんだろうなぁ。と、いないことを確信しつつもほんの少し、神に祈っていた。
 渡り廊下を進み、特別棟に入る。左右に廊下が分かれており、右に進むと音楽室。左に進むと職員室がある。もちろん僕は右に進んだ。音楽室は正面突き当りにある。
 中からはピアノの演奏などは一切聞こえてこない。どうやら今日は外れのようだった。一応中に入って調べてみようとした。しかし、扉はガタッと揺れただけで開かなかった。鍵がかかっていたのだ。

(まぁ、そりゃそうだよな…)

 放課後には教員が全教室鍵を掛けてから帰宅しているのかもしれない。何であれ、どの教室も入れなさそうだ。

(適当にうろついてから戻るか…)

 一応、三階をぐるりと回ることにした。しかしこの学校はお世辞にも広いわけではない。すぐに全て回ってしまった。
 はぁ、と溜息一つ溢す。他のみんなも同じような感じに鳴っているのではないだろうか。そう思って窓から各階を見て見ると、懐中電灯の明かりが動いているのが見えた。まるで、人魂の様に。

(あ、そうか。人魂か)

 彷徨う人魂は恐らく懐中電灯の明かり、いや、ひょっとしたら少しでも人魂に近づけるためにランプを使ったのかもしれない。まぁどっちでも構わない。何かしらのハンドサイズの照明の明かりを人魂に見せたんだ。
 スマホで篠崎部長に電話する。今の僕の推理を聞いてもらおうと思ったからだ。着信コールが一回、二回の時に篠崎部長が電話に出た。

「どうした、何かいたか!」

 やけにテンション高いですね。

「いえ、そういうわけではないんですが…」

 そして僕の推理を話した。

「ふむ…それは無理があるんじゃないか?」

 予想だにしなかった反応が返ってきた。篠崎部長は結構簡単に信用してくれる気がしていたのに。

「二つ、二つも見落としがあるぞ」

 はて、二つもあったかな。

「沢藤の推理なら、その照明を持つ人間がいなくてはならない。しかしそんな人間はいなかったはずだ。そしてもう一つ。話を聞く限りでは様々な声がしていたそうだが、それはどう説明する」

 筋の通っている反論だと思った。だけどその二つを僕が見落としていると思われたのはちょっと傷つくというものだ。そこのところは真っ先に考えたとも。

「持っている人が黒い布を手首まで被っていたらどうでしょう。適当な距離が空いていれば照明を持つ手は見えません。なら手首のあたりまで黒い布で覆ってしまえば、夜の学校ならば懐中電灯ぐらい浮いて見えるでしょう。声はおそらく、録音していたものを黒い布の下で再生させた、とかではないでしょうか。音量を調整すれば段々と大きくなってくる声も演出できますから」

 これで一応の現象の説明は付くはずだ。問題があるとすれば、篠崎部長が納得するかどうかという点のみだ。

「…ふむ。確かにそれで現象の説明はつくな」

 よし。だが、篠崎部長の言い方はどこかまだ喉に何かがつっかえているような言い方だった。

「仮に沢藤の推測が当たっていたとしよう。しかし、なら『誰が、何のために』わざわざそんな手のかかることをしたっていうんだ」
「それは…すみません、分かりません」

 僕の中でずっと引っかかっている疑問を、篠崎部長も同じように感じたらしい。結局の所僕はある程度全ての七不思議に関して減少の説明がつく程度の推測は立っているのだ。しかし、根本の疑問である、『誰が何のために』というのが分からないままなのだ。

「いや、俺こそすまん。お前を責めても仕方のないことだ。しかし沢藤。お前ひょっとして他の七不思議も分かってるんじゃないのか」

 ここで勘の良さを発揮するのは辞めて欲しかったが仕方ない。

「えぇ、まぁ。壁の顔とかは直接見たわけではないので根拠は薄いですが」
「話してみろ」

「では次の『泣く男性像』ですが、これは恐らく、空調からの水滴です。丁度石膏像がある位置の真上に空調があったでしょう。犯人は空調の温度を下げて、タイマーでもセットしていたのでしょう。夜中に動き出した空調から水滴が零れ、石膏像に垂れた。石膏像も水滴が落ちる位置に合わせて微調整していたのでしょう。ほら、話でも出ていたでしょう。『やけに空気が冷たい』って」

 電話越しに篠崎部長が息を飲むのが聞こえた。

「次は『独りでに鳴るピアノ』です。これはもっと単純です。ラジカセのタイマーですよ。音楽室にある、プロが演奏してものを録音している教材が入っているラジカセの起動タイマーを弄り、夜中になるようにした」

 次は唾をのみ込むのが聞こえた。

「『保健室の首吊り』はハンガーにかけた制服の影でしょう。夜ならハンガーの部分が見えにくいですし」
「待て、沢藤。それだと陸上部が見た時は何も無かったと言っていたじゃないか」
「えぇ、だからまだ中にいたんですよ。ベッドの下とかに。『制服をハンガーにかけた犯人』が。陸上部の人たちは消えた首吊りに気を取られてそんな細かいところまで気を回せていなかったでしょうから、身を隠すのは簡単だったでしょうね」

 篠崎部長は黙った。

「さて、次は」

 次に『壁に浮かぶ顔』の説明をしようとしたところで思わぬ邪魔が入った。

「きゃああああああああああああああああああああ」

 いきなり叫び声が校舎に響いたのだ。僕からは結構近い。二階からのようだ。二階ということは近野先輩がいるはずだ。
 急いで近くの階段を駆け下りる。二階に降りると、誰かが暴れているような音がした。

「沢藤!」
 階段から篠崎部長が駆け下りてきた。篠崎部長は四階の担当だった。なのにもう降りてきたとなると結構なスピードだ。普段から鍛えているのかもしれない。

「部長、こっちです!」

 声と音がした方に駆け付ける。すると、一つだけ教室の扉が開いており、中に人がいた。
 服を裂かれ、下着を露出している近野先輩と、目が血走った及川先輩がいた。及川先輩の手には近野先輩の服の一部と思しき布が握られていた。

「お前…っ!」

 篠崎部長が及川先輩を近野先輩から引き剥がし、顔を一発拳で殴った。そんなタイミングで桐生先輩が走ってきた。

「さっきの悲鳴何!?」

 誰も答えようとはしなかった。しかし現状を見れば一目瞭然。え、と言葉を漏らすだけで思考が完全に停止していた。

「沢藤、悪いが警察を呼んでくれ」
「え、でも…」
「早く。これは強姦だ。立派な犯罪だ」

 近野先輩に一枚羽織っていた上着を着せながら篠崎部長が言った。しかし僕は警察に通報するという行為に躊躇いがあった。やはり、警察沙汰になるのは避けたいと思ってしまっていたからだ。

「もういい」

 そういって篠崎部長が自分で警察に連絡していた。一方で及川先輩は篠崎部長に殴られてぐったりして、動く様子もなかった。
 それからはすごい勢いで時間が過ぎるのが早かった。警察を呼んだ後に、誰になのかは分からないが教員にも電話をしたようであっという間に学校は騒がしくなった。
 校舎からは出て、正門に面している、パトカーの赤いランプで照らされている中庭に僕たちはいた。警察がなにやらパトカーに備え付けられている無線機で何かやり取りをしていた。

「じゃあ君達、署で話を聞くから乗って」

 無理やり乱暴気味に篠崎部長と二人でパトカーの後部座席に乗せられる。もう一台に近野先輩と桐生先輩が載せられ、そしてたった一人だけで及川先輩が警察に挟まれてパトカーに乗って警察署に連れていかれた。
 僕は応接室の様な場所で警察の人に色々聞かれた。なぜこんな時間に学校にいたのか。何をしていたのか。及川先輩はどういった人だったのか。日常生活で何か無かったのか。そういったことを聞かれた気がする。嘘を吐くことなく、僕は全てを正直に話した。
 しかし僕は正直な所上の空だった。他の事で頭が一杯だったからだ。
 僕と篠崎部長と桐生先輩は割とすぐに解放された。応接室を出てロビーに出ると母と父がいた。

「大丈夫だった!?怪我は!?」

 あの気丈な母が泣いていた。その母の涙で初めて僕はとんでもない事件に巻き込まれたのだな、と実感が湧いてきた。

「大丈夫だよ、母さん。僕は何もされてないよ」

 篠崎部長も桐生先輩も両親が来ていたみたいで何やら話し込んでいた。
 父は僕を一目見て、ホッと溜め息を一つ溢した後は特に何も言わずに泣いている母の背中を擦っていた。

「じゃあ、帰ろうか」

 父がそう言った。しかし僕は。

「ごめん父さん、ちょっとだけ待って欲しい」
「どうした」
「話さなきゃいけない人がいる」

 父さんは何かを言いかけたが、寸でのところで辞めた。代わりに出た言葉は。

「分かった」

 と言っただけだった。父は母を連れて車に先に向かった。
 僕の話さなきゃいけないと思った人。それは、近野先輩だった。あの時見た近野先輩の姿。『あれ』を見てしまった以上、僕は近野先輩に話さなきゃいけない。聞かなくてはいけない。
 そんな時に警察の人三人に囲まれながら近野先輩が出てきた。

「先輩っ」
「君、まだいたのか、早く帰りなさい」

 警察が僕と近野先輩の間に立つ。邪魔をしないで欲しい。

「沢藤君、ごめんなさい。私まだこれから警察の人とお話しなきゃいけない事があるの。話があるならまた日を改めて聞くわ」

 それだけを残して近野先輩は警察と奥の部屋に消えて行った。


 それからは夏休みの間、近野先輩と会うことは無かった。
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