死に戻りの処方箋

沢野 りお

文字の大きさ
5 / 68
出会う一年前

野心

しおりを挟む
親友アンリエッタの貴族社会、王族の講義が続いています。
どうも私の知識は偏っているどころではなく、貴族社会についてまったくの無知であったらしい。

そうよね、ずっとこの子爵領から出ることなく生きていくと思っていたし、公爵家に嫁いだあとも教育と名のいじめで、正直旦那様のお仕事も交友関係も知らないままだったわ。

「なぜ興味を持ったかわからないけど、聞かれたからには教えてあげるわよ。でも勘違いしないでね、私だってしがない下位貴族の子女なんだから、高位貴族ましてや王族のことなんて、噂よ、噂。噂でしか知らないわ」

「ええ。でも商売をしているから、それなりには耳に入ってくるでしょう?」

ふうっとため息をこれ見よがしに吐いたアンリエッタは、まずは王子殿下たちのことを教えてくれた。
てっきり母親違いで王位を争っていると思っていたが、同じ母、王妃様から生まれた王子殿下たちは年は五歳違いで、仲が悪いという話は聞いたことがないと。
二人の王子殿下の下に側妃様が生んだ王女様、異母妹がいる。

しかし、この側妃様は王女殿下を出産されたあと、体調を崩し亡くなられていた。
同時期に隣国に嫁いだ国王陛下の王妹様も産塾熱で亡くなられており、そのショックから陛下は新しく側妃をもうけることもなく、王妃様だけを寵愛しているそうだ。
なので国王陛下の御子様は第一王子殿下と第二王子殿下、第一王女殿下の三人。

「だから、順調にいけば第一王子殿下が王太子となられるわ。第二王子殿下はご事情があってまだ婚約者を決めておられないけど、王弟として兄王子を支えていくと思うわ」

王妃様の実家は公爵家で、わざわざ優秀だと評判のいい第一王子殿下を蹴落として第二王子殿下の支持をするわけがない。
どちらが王位につけても、王の外祖父の地位は確実だからだ。

「……第二王子殿下には野心がないということなのね」

困ったわ。
てっきりアルナルディ子爵家を襲った悲劇は、第二王子殿下が図ったことだと思い込んでいたから、これから本当の復讐の相手を探すのは骨が折れる。

「野心がないとも言えないでしょ? 第一王子のジュリアン様に何かあったときのスペアであることは間違いないもの」

それは貴族と同じことよと、アンリエッタはカラカラと笑い飛ばした。

ふいに何かを思い出したのかアンリエッタはピタリと笑いを止めて、真面目な顔でこちらへと顔を寄せてくる。
まるで、これから話すことは内緒の話なのだと訴えるように。

「そういえば、第二王子のディオン様の側近の顔ぶれが変わったらしいわ。今まではロパルツ伯爵子息、コデルリエ子爵子息だったのに、そこに第一王子殿下の側近だったモルヴァン公爵子息が加わったという話よ」

カチャン!
私が持っていた茶器の立てた音に、アンリエッタの顔を驚き色に染まる。

「ああ、ごめんなさい」

モルヴァン公爵子息……それは私が恋焦がれ結婚して冷遇された結婚相手だった。














アンリエッタの帰る馬車を見送って、一人部屋でペンを走らせる。
今日彼女から聞いた情報を忘れずに書き留めておくのだ。

アンリエッタの話で気になるのは、イレール様が第二王子殿下の側近になったのが最近のことで、以前は第一王子殿下の側近だったこと。
むしろ、国王陛下となられる第一王子殿下を支えるため、幼少のころから一緒にいたとか。
それなのに、なぜ第二王子殿下の側近になられたのか?

アンリエッタの……というか、ニヴェール子爵家の推測では、第二王子殿下の婚約者候補が関係しているのではないかと……、第二王子殿下に婚約者候補などいただろうか?

確か、昔、他国の王女と婚約を結んでいたが破談になり、それ以降、第二王子の婚約の話は聞いたことがない。
アンリエッタの情報では、モルヴァン公爵の令嬢が婚約者候補になっているらしい。

イレール様に妹がいた?
いいえ、あの家に嫁いでイレール様の家族にはお会いしていないわ。
イレール様は第二王子殿下と行動を共にしていたけど、そのことを公爵夫婦は認めておらず、親子関係は冷え切っていた。
勝手に決めた結婚と結婚相手に益々親子仲がこじれて、結局、私は義両親にご挨拶することも言葉を交わすこともなかった。

でも……旦那様に妹なんていなかったわ。
私を散々虐めていたメイドたちも、そんなこと一言も言わなかった。
私の知らない公爵家のこと。

フルフルと頭を横に振る。
いいえ、もう終わったこと。
イレール様への想いとともに、公爵家で過ごしたことは封じてしまったことよ。

私は忘れない。
あの日、私を殺そうと伸ばされたあの方の手を。
あんなにも縋りたいと切望したあの手が、私を絶望へと堕とそうとしたことを。
私は決して忘れない。

アンリエッタに頼んで集めてもらう情報も書き残しておく。
第一王子殿下ジュリアン様
第二王子殿下ディオン様
その側近 モルヴァン公爵子息イレール様
同じく ロパルツ伯爵子息シリル様とコデルリエ子爵子息レイモン様
第一王子殿下の婚約者で兄が毒殺したとされる未来の王太子妃 デュノアイエ侯爵令嬢フルール様
そして、謎の女性 モルヴァン公爵令嬢イレール様の妹であり第二王子殿下の婚約者候補 

なんとしてもこの人たちと兄の接触を防がないといけない。
学園を卒業した兄が無事にこのアルナルディ子爵家に戻り、父の跡を継いで子爵となるべき教育を受けられるように。

そのために、貧乏子爵令嬢の私に何ができるのだろうか?
私は不安に怯えながら、ペンダントをギュッと握りこむのだった。







◆◇◆◆◇◆◆◇◆
明日の更新はお休みするつもりです。

しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

(完結)元お義姉様に麗しの王太子殿下を取られたけれど・・・・・・(5話完結)

青空一夏
恋愛
私(エメリーン・リトラー侯爵令嬢)は義理のお姉様、マルガレータ様が大好きだった。彼女は4歳年上でお兄様とは同じ歳。二人はとても仲のいい夫婦だった。 けれどお兄様が病気であっけなく他界し、結婚期間わずか半年で子供もいなかったマルガレータ様は、実家ノット公爵家に戻られる。 マルガレータ様は実家に帰られる際、 「エメリーン、あなたを本当の妹のように思っているわ。この思いはずっと変わらない。あなたの幸せをずっと願っていましょう」と、おっしゃった。 信頼していたし、とても可愛がってくれた。私はマルガレータが本当に大好きだったの!! でも、それは見事に裏切られて・・・・・・ ヒロインは、マルガレータ。シリアス。ざまぁはないかも。バッドエンド。バッドエンドはもやっとくる結末です。異世界ヨーロッパ風。現代的表現。ゆるふわ設定ご都合主義。時代考証ほとんどありません。 エメリーンの回も書いてダブルヒロインのはずでしたが、別作品として書いていきます。申し訳ありません。 元お姉様に麗しの王太子殿下を取られたけれどーエメリーン編に続きます。

蔑ろにされた王妃と見限られた国王

奏千歌
恋愛
※最初に公開したプロット版はカクヨムで公開しています 国王陛下には愛する女性がいた。 彼女は陛下の初恋の相手で、陛下はずっと彼女を想い続けて、そして大切にしていた。 私は、そんな陛下と結婚した。 国と王家のために、私達は結婚しなければならなかったから、結婚すれば陛下も少しは変わるのではと期待していた。 でも結果は……私の理想を打ち砕くものだった。 そしてもう一つ。 私も陛下も知らないことがあった。 彼女のことを。彼女の正体を。

完結 王族の醜聞がメシウマ過ぎる件

音爽(ネソウ)
恋愛
王太子は言う。 『お前みたいなつまらない女など要らない、だが優秀さはかってやろう。第二妃として存分に働けよ』 『ごめんなさぁい、貴女は私の代わりに公儀をやってねぇ。だってそれしか取り柄がないんだしぃ』 公務のほとんどを丸投げにする宣言をして、正妃になるはずのアンドレイナ・サンドリーニを蹴落とし正妃の座に就いたベネッタ・ルニッチは高笑いした。王太子は彼女を第二妃として迎えると宣言したのである。 もちろん、そんな事は罷りならないと王は反対したのだが、その言葉を退けて彼女は同意をしてしまう。 屈辱的なことを敢えて受け入れたアンドレイナの真意とは…… *表紙絵自作

忖度令嬢、忖度やめて最強になる

ハートリオ
恋愛
エクアは13才の伯爵令嬢。 5才年上の婚約者アーテル侯爵令息とは上手くいっていない。 週末のお茶会を頑張ろうとは思うもののアーテルの態度はいつも上の空。 そんなある週末、エクアは自分が裏切られていることを知り―― 忖度ばかりして来たエクアは忖度をやめ、思いをぶちまける。 そんなエクアをキラキラした瞳で見る人がいた。 中世風異世界でのお話です。 2話ずつ投稿していきたいですが途切れたらネット環境まごついていると思ってください。

置き去りにされた転生シンママはご落胤を秘かに育てるも、モトサヤはご容赦のほどを 

青の雀
恋愛
シンママから玉の輿婚へ 学生時代から付き合っていた王太子のレオンハルト・バルセロナ殿下に、ある日突然、旅先で置き去りにされてしまう。 お忍び旅行で来ていたので、誰も二人の居場所を知らなく、両親のどちらかが亡くなった時にしか発動しないはずの「血の呪縛」魔法を使われた。 お腹には、殿下との子供を宿しているというのに、政略結婚をするため、バレンシア・セレナーデ公爵令嬢が邪魔になったという理由だけで、あっけなく捨てられてしまったのだ。 レオンハルトは当初、バレンシアを置き去りにする意図はなく、すぐに戻ってくるつもりでいた。 でも、王都に戻ったレオンハルトは、そのまま結婚式を挙げさせられることになる。 お相手は隣国の王女アレキサンドラ。 アレキサンドラとレオンハルトは、形式の上だけの夫婦となるが、レオンハルトには心の妻であるバレンシアがいるので、指1本アレキサンドラに触れることはない。 バレンシアガ置き去りにされて、2年が経った頃、白い結婚に不満をあらわにしたアレキサンドラは、ついに、バレンシアとその王子の存在に気付き、ご落胤である王子を手に入れようと画策するが、どれも失敗に終わってしまう。 バレンシアは、前世、京都の餅菓子屋の一人娘として、シンママをしながら子供を育てた経験があり、今世もパティシエとしての腕を生かし、パンに製菓を売り歩く行商になり、王子を育てていく。 せっかくなので、家庭でできる餅菓子レシピを載せることにしました

これって政略結婚じゃないんですか? ー彼が指輪をしている理由ー

小田恒子
恋愛
この度、幼馴染とお見合いを経て政略結婚する事になりました。 でも、その彼の左手薬指には、指輪が輝いてます。 もしかして、これは本当に形だけの結婚でしょうか……? 表紙はぱくたそ様のフリー素材、フォントは簡単表紙メーカー様のものを使用しております。 全年齢作品です。 ベリーズカフェ公開日 2022/09/21 アルファポリス公開日 2025/06/19 作品の無断転載はご遠慮ください。

(完)大好きなお姉様、なぜ?ー夫も子供も奪われた私

青空一夏
恋愛
妹が大嫌いな姉が仕組んだ身勝手な計画にまんまと引っかかった妹の不幸な結婚生活からの恋物語。ハッピーエンド保証。 中世ヨーロッパ風異世界。ゆるふわ設定ご都合主義。魔法のある世界。

処理中です...