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出会う
花言葉は知らない
植物園を出た私たちは、平民が買い物する下町の大通りへと向かった。
アンリエッタのお勧めの店もこの通りにあるらしい。
イレール様はまだ落ち込んでいるのか、力ない笑顔で私をエスコートしてくださるが……ここは下町ですのよ?
「は迷惑だったか?」
わたしがさりげなく手を離すと、彼はまたまた、ズドーンと落ち込んでしまったわ。
内政も外交も将来王の側近として任せて問題がないと太鼓判を押されたイレール様でも、わからないことがあるのですね。
思わずクスクスと笑いが零れたら、肩の力がフッと抜けた気がした。
「いいえ、違います。ここは下町ですよ? 私たちは、ちょっと裕福な平民が買い物にきたという設定でしょう? 平民同士でエスコートはしませんわ」
しかも、人通りが激しく雑多な店が多い下町の大通りでは、優雅なエスコートなんて必要がない。
イレール様は、どこをどう見ても裕福な平民という枠には収まらないが、だからと言って貴族ですと宣言するような行動は控えてほしい。
「平民同士に見えればいいんだね」
イレール様は何かを企むようにニヤリと笑うと、私の手を取り歩きだした。
「イ、イレール様!」
「ハハハ。イレールでいい。さあ、まずはあそこの店へ行こう」
足の長いイレール様に合わせるため小走りになった私は、ギュッと優しく握られた自分の手を見て頬を赤く染めた。
羞恥なのか動悸なのか、沸騰したような頭では何も考えられず、イレール様に手を引かれ入ったのは、女性が営む花屋だった。
「やっぱり花は欠かせないと思ってね」
チャーミングに片目を瞑ってみせた彼の魅力に、花屋の店主も頬を染めている。
「まあ、どんな花がよろしいのですか?」
店主がズズイと顔を寄せて接客すると、イレール様は「病弱な妹に見舞いの花がほしい」とちゃんと誰に何のために贈るのか説明していた。
私はイレール様とちょっと離れて、胸のドキドキを鎮めたい。
ふらふらと店内を歩くと、一際鮮やかに咲く薔薇の花が目に入る。
薔薇は母が好きだった花だ。
つい、腰を屈めて顔を近づけて香りを楽しもうとする。
「薔薇かい?」
「ええ。あ、お見舞いにはダメですよ。この品種は特に、においが強いみたいですから」
赤色のグラデーションの花びらはかわいいが、においも華やかに香っている。
「ああ、見舞い用の花は選んでもらった」
彼の背中に隠れていたが、花屋の店主は黄色やオレンジの小花を花束にまとめていた。
「君に薔薇を贈りたい」
「え? えっと……」
薔薇の花は嫌いではないけれど、好きだったのは母だし……と戸惑う私に店主が大きな声で話かけてきた。
「お客様。贈る花には注意しないと、勘違いされるときもありますよ」
店主がいうには、花には花言葉で、その花、色に意味を持たせているとか。
「赤い薔薇の花は求愛にはいいですけど。同じ花でも色で意味が違う場合がありますからね」
…………。
「イレール様。妹様には何色の花を?」
「……赤い薔薇だったな」
…………。
それは妹さんが花言葉を知っていたら、複雑な気持ちになるわよね。
そして、花屋の店主が教えてくれたのは、貴族はマナーとして花言葉を知っていて、気持ちの代弁としても贈るそうだ。
「イレール様?」
「…………知らなかった」
まあ、高位貴族であれば従者がすべて手配するものね。
「私も母が薔薇の花が好きでしたけど、花に言葉があるのは知りませんでした」
貴族子女としては教養のなさを白状するものだけど、今さらだわ。
あんなに植物に詳しい兄だって、きっと知らないと思うもの。
「薔薇が好きだったのは母上だったのか」
「はい。もう亡くなりましたが。母が好きなので父が結婚前に小さな薔薇園を庭に作ったこともありました」
貴族としては珍しい恋愛結婚だった父は、母をアルナルディ家に迎えるため猫の額ほどの小さな薔薇園を作った。
でも、それを見た母がすべての薔薇を引っこ抜き、売り払ってしまったとか。
「そ……それは、その……」
「いいのです。気になさらず。母はアルナルディ家の事情がわかっていました。だから、庭には花を植えず薬草を植えたのです」
薔薇は育てるのに土の栄養がとっても重要だ。
肥料食いの花で、詰まるところ貧乏子爵家では維持が難しい。
だから、母はお金がかかる花をお金に代えて、お金になるかもしれない薬草をいっぱい植えたのだ。
「素晴らしい女性だな」
「母を褒めていただけてとっても嬉しいです」
イレール様へと顔を向けると、彼は眩しそうに目を細めた。
それなりにアルナルディ家に慣れたころ、母は父に我儘を言って、敷地の奥に温室を作ってもらっていた。
温室の外壁に使うガラスは高かったが、温室の仕組み自体は母が生国から持ってきた魔道具で補った。
不思議な温室の不思議な魔道具。
「シャルロット嬢、次の店にも付き合ってもらえるだろうか?」
「え、ええ。もちろんです」
いけない、いけない、また懐かしい思い出に捕らわれるところだった。
今はイレール様に集中しないと。
彼から第二王子たちのことや、兄に関心があるかどうかを確かめないと。
「次はどこですの?」
「本を買っていく。その……女性が好む本がわからない」
「ふふふ。はい、探します。イレール様に任したら絵本とかになってしまいそうですもの」
「まさか! でも経済や政治の本はやめておくよ。ああ……礼儀作法の本もね」
「ええ。そんな難しい本ばかりだと嫌われてしまいます」
兄が私にそんな本ばかりを贈ってきたら、間違いなくその顔に叩きつけてやっているわ!
私たちは軽く笑いながら、店から店へと歩く。
しっかりと手を繋いだままで。
アンリエッタのお勧めの店もこの通りにあるらしい。
イレール様はまだ落ち込んでいるのか、力ない笑顔で私をエスコートしてくださるが……ここは下町ですのよ?
「は迷惑だったか?」
わたしがさりげなく手を離すと、彼はまたまた、ズドーンと落ち込んでしまったわ。
内政も外交も将来王の側近として任せて問題がないと太鼓判を押されたイレール様でも、わからないことがあるのですね。
思わずクスクスと笑いが零れたら、肩の力がフッと抜けた気がした。
「いいえ、違います。ここは下町ですよ? 私たちは、ちょっと裕福な平民が買い物にきたという設定でしょう? 平民同士でエスコートはしませんわ」
しかも、人通りが激しく雑多な店が多い下町の大通りでは、優雅なエスコートなんて必要がない。
イレール様は、どこをどう見ても裕福な平民という枠には収まらないが、だからと言って貴族ですと宣言するような行動は控えてほしい。
「平民同士に見えればいいんだね」
イレール様は何かを企むようにニヤリと笑うと、私の手を取り歩きだした。
「イ、イレール様!」
「ハハハ。イレールでいい。さあ、まずはあそこの店へ行こう」
足の長いイレール様に合わせるため小走りになった私は、ギュッと優しく握られた自分の手を見て頬を赤く染めた。
羞恥なのか動悸なのか、沸騰したような頭では何も考えられず、イレール様に手を引かれ入ったのは、女性が営む花屋だった。
「やっぱり花は欠かせないと思ってね」
チャーミングに片目を瞑ってみせた彼の魅力に、花屋の店主も頬を染めている。
「まあ、どんな花がよろしいのですか?」
店主がズズイと顔を寄せて接客すると、イレール様は「病弱な妹に見舞いの花がほしい」とちゃんと誰に何のために贈るのか説明していた。
私はイレール様とちょっと離れて、胸のドキドキを鎮めたい。
ふらふらと店内を歩くと、一際鮮やかに咲く薔薇の花が目に入る。
薔薇は母が好きだった花だ。
つい、腰を屈めて顔を近づけて香りを楽しもうとする。
「薔薇かい?」
「ええ。あ、お見舞いにはダメですよ。この品種は特に、においが強いみたいですから」
赤色のグラデーションの花びらはかわいいが、においも華やかに香っている。
「ああ、見舞い用の花は選んでもらった」
彼の背中に隠れていたが、花屋の店主は黄色やオレンジの小花を花束にまとめていた。
「君に薔薇を贈りたい」
「え? えっと……」
薔薇の花は嫌いではないけれど、好きだったのは母だし……と戸惑う私に店主が大きな声で話かけてきた。
「お客様。贈る花には注意しないと、勘違いされるときもありますよ」
店主がいうには、花には花言葉で、その花、色に意味を持たせているとか。
「赤い薔薇の花は求愛にはいいですけど。同じ花でも色で意味が違う場合がありますからね」
…………。
「イレール様。妹様には何色の花を?」
「……赤い薔薇だったな」
…………。
それは妹さんが花言葉を知っていたら、複雑な気持ちになるわよね。
そして、花屋の店主が教えてくれたのは、貴族はマナーとして花言葉を知っていて、気持ちの代弁としても贈るそうだ。
「イレール様?」
「…………知らなかった」
まあ、高位貴族であれば従者がすべて手配するものね。
「私も母が薔薇の花が好きでしたけど、花に言葉があるのは知りませんでした」
貴族子女としては教養のなさを白状するものだけど、今さらだわ。
あんなに植物に詳しい兄だって、きっと知らないと思うもの。
「薔薇が好きだったのは母上だったのか」
「はい。もう亡くなりましたが。母が好きなので父が結婚前に小さな薔薇園を庭に作ったこともありました」
貴族としては珍しい恋愛結婚だった父は、母をアルナルディ家に迎えるため猫の額ほどの小さな薔薇園を作った。
でも、それを見た母がすべての薔薇を引っこ抜き、売り払ってしまったとか。
「そ……それは、その……」
「いいのです。気になさらず。母はアルナルディ家の事情がわかっていました。だから、庭には花を植えず薬草を植えたのです」
薔薇は育てるのに土の栄養がとっても重要だ。
肥料食いの花で、詰まるところ貧乏子爵家では維持が難しい。
だから、母はお金がかかる花をお金に代えて、お金になるかもしれない薬草をいっぱい植えたのだ。
「素晴らしい女性だな」
「母を褒めていただけてとっても嬉しいです」
イレール様へと顔を向けると、彼は眩しそうに目を細めた。
それなりにアルナルディ家に慣れたころ、母は父に我儘を言って、敷地の奥に温室を作ってもらっていた。
温室の外壁に使うガラスは高かったが、温室の仕組み自体は母が生国から持ってきた魔道具で補った。
不思議な温室の不思議な魔道具。
「シャルロット嬢、次の店にも付き合ってもらえるだろうか?」
「え、ええ。もちろんです」
いけない、いけない、また懐かしい思い出に捕らわれるところだった。
今はイレール様に集中しないと。
彼から第二王子たちのことや、兄に関心があるかどうかを確かめないと。
「次はどこですの?」
「本を買っていく。その……女性が好む本がわからない」
「ふふふ。はい、探します。イレール様に任したら絵本とかになってしまいそうですもの」
「まさか! でも経済や政治の本はやめておくよ。ああ……礼儀作法の本もね」
「ええ。そんな難しい本ばかりだと嫌われてしまいます」
兄が私にそんな本ばかりを贈ってきたら、間違いなくその顔に叩きつけてやっているわ!
私たちは軽く笑いながら、店から店へと歩く。
しっかりと手を繋いだままで。
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