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1巻

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 トテトテとクシー子爵のもとへ戻った私は、彼に「あの人たちみんな引き取りましゅ」と告げた。
 ケモミミ~、ケモミミ~、と脳内もふもふパラダイスお祭り状態だったが、そんなことは微塵みじんも顔に出さず言った私に、クシー子爵は「それは、ようございました」と笑顔で応えてくれた。
 でも、その前にそれぞれの獣人たちのマイナス点を教えてくれたよ。
 最初の狼獣人は左足がやや不自由でガサツで教育が難しい。
 次の狐獣人は気位が高く算術などが得意だが、亜人奴隷に書類仕事をさせるわけがないので使いどころなし。
 次の子供たちは観賞用としてはイマイチだし、互いにべったりくっついているものだから下働きの仕事もできない。
 それって……奴隷として余ったというより、引き取り手が王族どころか使用人枠でもなかったってことだよね?
 とはいえ、私がいらなかったら【処分】するらしい。
 いやいやいや、ダメでしょ!?
 そんな私の心の中の焦りも知らず、彼らは準備や手続きのため、複数の職員さんに連れられて一旦部屋を出ていく。
 私はクシー子爵とスタンドテーブルで簡易お茶会だ。
 手続きが済むまでの短い時間だけど、だけど……、やっとまともに飲み食いできるぅぅっ。
 クシー子爵が私に用意してくれたのは、蜂蜜たっぷりのホットミルクと、ゼリーやババロアといった柔らかい茶菓子。
 まともに食事をしていないだろう私の胃に優しいレパートリーです。
 用意してくれた高脚の椅子によじ登り、ありがとう、ありがとうと声に出さずにお礼を言いながら、チビチビ、口に運んだ。
 そして、クシー子爵にいろいろとお願い事をしました。
 いや、このままあのお屋敷に帰っても生活に必要なものがなんもないしね。
 当座の食料とか日用品とか、それに彼らの生活用品も欲しい。
 クシー子爵が言うには、ある程度はもう手配済みだって。……このおじさん、なかなか優秀だね。
 パンと牛乳、卵は毎朝届くし、食料は一週間に一度届く。
 日用品も月二回届くらしい。
 それ以外だとしても、必要なものを注文すれば、私に割り当てられた予算内であれば、買って届けてくれるとのこと。私の予算って、少なそうだなぁ。ま、ただ飯だけでもありがたやってことで。
 しばらくすると、職員さんが「準備ができました」と声をかけてくれた。
 私たちは部屋を出て、あちこちトコトコ歩いて建物の外へ出た。

「では、殿下。また何かありましたら、遠慮せずお申し出ください」
「お世話になりました」

 帰りは寂しいけど、一人で馬車に乗ることになった。
 クシー子爵に手を支えられながら、馬車に乗りこむ。
 獣人の彼らは、別の荷馬車に乗ってついてくるらしい。
 バタンと馬車の扉が閉まると同時に、私は大きく息を吐いた。
 はあ、疲れた……これでまだ異世界転生一日目って、嘘でしょ!?


    ◆◇◆


 馬車にガタゴト揺られながら、私は小声で「ステータスオープン」とか「ステータス」とか、ぶつぶつ呟いていた。
 少し状況が落ち着いたので、さっき見えた自分の能力を再確認しておこうと思ったら、確認できないのだ。
 きぃーっと、ガシガシ両手で頭をむしる。
 クシー子爵が私にひざまずいて「シルヴィー第四王女殿下」と、私の名前を呼んだとき、頭の中にの短い人生の記憶が駆け巡った。
 母親と思われる女性や、私たちを見守る初老の男の人ぐらいしか出てこない寂しい記憶だったけど。
 そのあと、目の前に文字がずらりと浮かんだ。
 そこには名前や性別といった基本情報と、そのあとに続くスキルなどなどの情報。
 ただ正直、転生チートのあるある【鑑定】と【無限収納】ぐらいしか認識できなかったんだよね。
 ……ん?

「あ、そっか。自分で自分を【鑑定】してみればいいのか」

 そうすれば自分のステータスが見られるじゃ~ん!
 思い立ったが吉日、私は目の前に両手をかざし【鑑定】した。

「やった、できた!」

 すぐに目の前に、半透明なモニター画面がヴォンという低い音とともに表示される。


  名前 シルヴィー
  年齢 七歳
  性別 女
  種族
  職業 トゥーロン王国第四王女
【スキル】
  全属性魔法 生活魔法 鑑定(探査・探知)MAX 隠蔽 料理 裁縫 算術 魔力操作 
  魔力感知 身体強化(強)  
  身体系耐性MAX 精神系耐性MAX
  物理攻撃耐性(強) 魔法攻撃耐性(強) 熱冷耐性(強)
  無限収納 
【称号】
  異世界転生者 波乱万丈万歳人生 #!♪Qnll%65


 基本情報の下には、使えるスキル、私の能力、そして、称号と謎の文字化けが続いて表示されている。種族のところが空欄なんだけど、私ってば人族でしょ?
 気になるのは、魔法で……うん? 全属性って、火魔法とか水魔法とか全ての属性の魔法が使えるらしいけど強さはどうなの?
 あとは【魔力操作】に【鑑定】、【身体強化】とか。
 この世界は、レベルとか熟練度、あとは好感度とかみたいに、数値で表示されることはないのかな?
 使えるのはわかるけど、どれぐらいの威力なのか想像ができないなぁ。

「攻撃魔法は、誰もいないところで、こっそり使ってみよう」

 このままじゃ、魔法を使うのに必要な魔力の量、自分の魔力の上限もわからないし。
 でも、クシー子爵と会ってからずっと【身体強化】を使っているけど、とくに体に負担は感じない。
 もしかしたら私、魔力がめちゃくちゃ多いのかも。
 まぁ、魔力が多いのと、チート能力持ちは異世界転生の定番だしな!
 だけどこれは大いにありがたかった。【身体強化】なしでは、この体は我が屋敷のエントランスで倒れていただろう。この子、体力というか生命力が皆無だから。

「殿下、着きました」
「ありがとう」

【鑑定】した結果をじっと見ながら考えこんでいると、ガタンと馬車が停止して、扉越しに声をかけられる。
 返事をすると、衛兵の一人が扉を開けて、うやうやしく手を差し出してくれた。
 衛兵にエスコートされながら馬車を降りると、奴隷の獣人たちはすでにエントランスに一列に並んでいた。
 その隣で、さっきはクシー子爵と一緒にいた事務官さんが、お屋敷のどこになにをどれぐらい補充したのか軽く説明してくれる。彼らが馬車や馬に乗ってそれぞれ帰るのを見送り、私は獣人たちに視線を向けた。

「じゃあ、あなたたちはこっち」

 私は指でエントランスを示してお屋敷に入る。
 さて、さっそく自己紹介でもして彼らと親睦を深めたいけど、疲れたのでひと休みもしたい。
 事務官さんがキッチンに軽食を用意してくれているってさっき言っていたから、それを食べることにしよう!
 私はひとまず応接間に獣人たちを案内すると、糸目の狐獣人だけを連れてキッチンに移動する。
 どこかひんやりとした空間に、石造りの大きな作業台と、かまど……ではなくてコンロが設置されているけど、これって魔法で火が点くのかな?
 真ん中の作業台の奥がコンロやオーブンなどの火を扱うブースで、作業台の右側がお皿を洗ったり食材を切ったりする水回り、反対の左側には鍋や食器がしまってある戸棚がズラーッと。
 作業台の手前にちょこんと置いてあるやや大きい箱は冷蔵庫で、その中に入っていたのは、事務官さんが用意してくれた、軽食のサンドイッチだった。
 私だけじゃなくて獣人たちの分もあるみたいで、とっても助かります。
 補充されている食料を確認しながら、大皿にサンドイッチを盛り、ミルクティーをれる。
 小皿とカップを私が準備して、ポットとサンドイッチの皿は狐獣人のお兄さんにワゴンに載せてもらい、そのワゴンを押してもらって応接間に戻った。
 すると、残っていた全員、私がキッチンに向かったときのまま立っていた。
 疲れるじゃん、何してんの。

「はいはい、みんな座って」

 子供二人は私の向かい側のソファーに、大人の獣人たちはそれぞれ一人掛けのソファーに座らせる。そしてサンドイッチを盛ったお皿を真ん中に、ミルクティーを入れたカップをそれぞれの前に置いた。

「食べながら自己紹介でもしましょ。はーい、いただきましゅ」

 つい前世からの習慣で、手を合わせてペコリと頭を下げ、サンドイッチ片手にミルクティーを一口飲む。
 はぁーっ、いやされるぅ。
 たまごサンドもひと口、かぷり。
 美味しーい。
 私一人でニコニコしながら食べていたら、獣人の皆さんは目の前の食べ物を凝視ぎょうししたまま固まっていた。

「食べないの?」
「……食べて、いいの?」

 黒猫獣人の女の子が怖々と言う。

「もちろん!」

 私がこくりとうなずいたのを見た女の子は、サンドイッチを一つ手に取り、自分ではなく男の子の口に運んだ。

「おい、いいのか? 本当に」
「いいわよ。お腹減ってたら何もできないでしょ」
「よっしゃ」

 狼獣人は、待ってました、と言わんばかりにサンドイッチにがっついて「うまい!」と言った。
 美味しそうで、何よりです。

「あー、まず私から自己紹介しゅるわ。私はシルヴィーよ。今朝、使用人たちが全員いなくなったから、この屋敷は私とあなたたちだけ。下働きかりゃ内向きのことまで協力してやってもらいたいかりゃ、お願いね」
「下働きはともかく、内向きのことって……」

 どこか疑問の表情を浮かべたうさんくさい狐獣人が言うけど、無視します。
 このお屋敷は人がいないんだから親でも使え、ってね。まぁ、この人たち親じゃないけど。
 少しの間、サンドイッチとミルクティーに舌鼓したつづみを打った私は、皆が少し落ち着いたのを見計らって、狼獣人に「あなた、名前は?」と尋ねた。
 いや、知ってるけどね、【鑑定】したから。

「リュシアンだ。狼の獣人で元冒険者。怪我して引退したが」

 狼獣人――リュシアンはまたサンドイッチに手を伸ばし、はむっと大きくかじる。
 私は、もう一人の大人、狐獣人に顔を向ける。

「……セヴランです。狐の獣人で元商人です」
「……あなたたちは?」
「ルネ。猫だよ。この子はリオネル。……たぶん、猫」

 獣人たちから見えるのは私の口元だけなので、思いっきり口角を上げて笑いながらも、もっさりした前髪に隠された私の瞳はギラリと彼らを見ていた。
 いやいや、あなたたち、嘘つきすぎでしょ?

「……そう、よろしくね」

 でもここで暴く私じゃありません。なにせ、このまま逃げられたら、私のこれからの生活が危うくなるからね。

「じゃ、遠慮しないでいっぱい食べてね」

 にっこりと笑いかけながら言うと、獣人たちは再びサンドイッチに手を伸ばし、ぱくぱく食べ始めた。
 ――あ、まずい。
「いっぱい食べて」と言ったけど、私の命令として認識されたら、この人たちは死ぬまで食べちゃうかも……
 私はサンドイッチを口いっぱいに頬張る彼らを見て、背中に冷や汗が垂れた。
 であることをちゃんと意識しなきゃ、取り返しのつかない事態になるわ。

「あ、あの! いっぱい食べてじゃなくて、自分が満足しゅるまで、食べてね」

 私のセリフに、みんながきょとんと目を丸くして、一瞬動きが止まる。
 もごもごと口の中のものを飲みこんでから、狼獣人のリュシアンが不思議そうな顔をして「ああ、わかった」と返事をしてくれた。
 そこから再びサンドイッチタイムになった獣人たちをよそに、私はクシー子爵が教えてくれた奴隷への注意事項を今一度、頭の中で反芻はんすうする。
 彼らの主人は私でもあるけど、私だけではない。
 彼らと奴隷契約を結んだのは私ではなく、トゥーロン王家。
 つまり現国王の直系全員がこの人たちの主人となるわけだ。
 さらに直系の中でも優先順位があって、私は一番下になるわけだから、私が命令したことを、上の兄姉たちや国王は上塗りすることができる、という仕組みらしい。
 なんでを王家としたのか……まぁ国王が死んだら、いちいち「奴隷契約」を結び直すのが面倒だかららしいけど。

「あなたたちに最初に言っておくわ。今後、私が命じるときは『命令しゅる』と宣言してからにしゅる。それ以外は命令じゃないかりゃ、自分で判断してね」
「……意味、わからん」

〝自称〟狼獣人のリュシアンが何か言ったが、聞こえませーん。サンドイッチを頬張ってるせいで聞こえなかったことにしよう。
 少しして、皆があらかた食事を食べ終えたのを確認すると、使った食器類をワゴンに乗せて彼らにキッチンまで押してもらう。
 後片付けをするべく、今度は獣人たち全員でキッチンまで移動する。
 リュシアンとセヴランは、生活魔法が使えるらしいしね。
 猫獣人のルネは小さな火とコップ一杯の水が出せるぐらい、リオネルは魔法を使えないそうだ。
 ……その子、能力は誰よりも高そうですけどねぇ?
 生活魔法の【クリーン】を使って食器を綺麗にして棚にしまったところで、今度は彼らの部屋を案内することにした。
 キッチンを出てすぐ隣は食料保管庫で、半地下の冷暗所とワインセラーがある。その隣がお目当ての使用人たち用の部屋だ。
 ここには二部屋あるが、どうやら二人で一つの部屋を使っていたらしく、絨緞敷じゅうたんじきではなく板張りの八畳ぐらいの部屋に、シングルサイズの寝台が二つに、机や小さい棚が二つずつある。
 もう一つの少し暗い部屋には、壁掛けのあかり用の魔道具が一つ、ポツンとあるだけ。
 うーん……一人、一部屋でいいよね、だって他に使う人いないもん。それにここだけじゃなくて、私の部屋の近くにも使用人部屋があるから、ここに全員住んじゃうと使用人部屋が余っちゃうのよ。
 私は、二つある寝台や机を【無限収納】の中に一つずつしまっていく。
 どんどん家具が消えていく光景に息を呑む気配が後ろからするが、無視です。
 使用人部屋の外の共有部分には、男性用・女性用別々のトイレやお風呂があった。
 さすが腐っても王宮内のお屋敷。設備はちゃんと整ってんな。
 大方の用意ができると、【無限収納】に入れておいた着替えなどの日用品を取り出して各使用人の部屋に置いておく。
 ついでに夜食用のサンドイッチと水差しも。

「これかりゃは一応リュシアンは私の護衛を、セヴランは主に食料や日用品の管理、城からの使者の応対みたいな内向きのことを。ルネは私付きのメイドでリオネルはまぁ……下働きかな。人手不足だかりゃ、それ以外の仕事もやってもりゃうけど、とりあえずはそんな感じでよろしく」
「おう」

 リュシアンとセヴランは一階の使用人部屋を使ってもらって、ルネとリオネルには二階の私の部屋の近くの使用人部屋を使ってもらうことにした。

「疲れたでしょ。仕事は明日かりゃにして、もうお風呂入って休んじゃって」

 ふわわっと欠伸あくびをしながら私が告げると、セヴランが「あの……明日は何時にどこへ行けば……」と小さな声で尋ねてきた。
 んー、あんまり朝早いのは私が嫌だな。

「じゃあ、朝の七時半にキッチンに集合で。何かあったりゃ、私は二階の東側の一番端の部屋にいりゅわ」
「……わかりました……」

 セヴランはこくりとうなずいて、一階の使用人部屋に入っていった。
 使用人部屋の扉が閉まるのを確認すると、私はルネとリオネルを連れて二階へ上がり、ルネたち二人の部屋へと案内する。
 ここは主人付きの使用人用の部屋だったので、一階の使用人部屋より広く、調度品も豪華な仕様になっていた。
 大人二人寝ても十分な広さのベッドは、寝具もふわふわしていて良品だし、文机と棚以外にもアンティーク調の化粧台やクローゼット、二人用のソファーセットがあり、ちゃんとアイボリー色の絨緞じゅうたんが敷いてある。
 小さいながらもお風呂とトイレも室内に設置してあった。
 私は、それらを二人と一緒に確認したあと、リュシアンたちと同じく【無限収納】から必要なものを出して置いて、軽食と水差しとコップも用意する。
 二人にも部屋に付いているお風呂に入るよう促し、ようやく自分の部屋に戻ってこられた。
 ふう、疲れた!
 私も朝出たっきりの自室を改めて確認してみる。
 白を基調とした調度品たち、クローゼットや天蓋付きのベッドと寝具、続き部屋になっている洗面所やお風呂、トイレの場所を確認したのち、私もゆっくりとお風呂に入る。
 お風呂から上がって体と髪の毛を乾かしたあとは、用意したワンピース型のパジャマを着て、水差しから水を飲んだあとに寝台に入り――今日一日使い続けた【身体強化】を解除した。
 途端に、ものすごい激痛と虚脱感きょだつかんが私を襲う。

「ぐぇっ!」

 私は奇声を発して、気絶という名の爆睡へ――


    ◆◇◆


 朝です。
 朝日がいい感じで部屋に差しこんでいて、昨日と違って清々すがすがしい朝ですよ。体中筋肉痛でバッキバッキだけどな!
 昨日の夜よりも体が辛い……我慢せずに【身体強化】を使おう。
 どうか魔力切れとか起こして、ベッドに戻る前に死ぬほどの激痛に見舞われる悲劇は起きませんように。
 私付きのメイドのルネはまだ寝ているっぽいな。
 私はベッドからぴょんと降りて、顔を洗って髪の毛にくしを入れた。
 うーん、このもっさりした前髪を結んでしまうか、それともバッサリ切るか……、まあ、しばらくはこのままでいいや。
 昨日のうちに私サイズの部屋履きや洋服を用意しているので、着替えることにする。
 今日は、モスグリーンの膝丈のワンピースでいいかな。
 準備ができたら部屋を出て、隣のルネたちの部屋へ。
 普通はマナーとしてノックはするけど、どうせ起きないでしょ? 勝手に入りまーす。
 中に入ると、ベッドの上で布団を被って丸まっている団子、二つ見ーっけ。
 二人を叩き起こして洗顔や着替え、身だしなみの整え方なんかを教えたあと、三人で部屋を出て大階段で一階のキッチンに向かう。
 キッチンに着くと、リュシアンとセヴランがすでに身支度を終えて待っていました。
 一人ずつに指示を出して、朝ご飯の用意です。
 セヴランが朝の配達分、卵やパンを受け取ってくれていたので、ハムエッグとサラダと……
 なんだか視線を感じるな……
 ちらりと視線のもとを辿ると、リュシアンの目が「肉食いてぇ」と必死に訴えていた。
 わかったよ、朝の配達分の食料にあったこの鶏肉っぽいのを塩コショウで焼いてやるよ。
 そのあとは静かにみんなでご飯を食べました。


 後片付けを終えた私たちは、再びキッチンにいた。

「しゃて、屋敷の中を探検しましゅか」
「はぁあ、探検~?」

 リュシアン、朝から大声出さないで、うるさい。

「知らないのよ、私。この屋敷のどこに何がありゅのか。部屋で軟禁状態だったから」

 あー、もう。
 私の事情を知って複雑そうな顔をしないでよ、人のいい狼さんめ。
 私としても軟禁は前世を思い出す前のこと。他人事……とまではいかないけど、それほど悲嘆してないわ。
 とりあえず私たちは、キッチンから使用人部屋の方向とは反対側へ進む。
 キッチンの隣には食堂があった。
 マジか……キッチンの小さな卓じゃなくて、こっちで食べればよかった。
 よくテレビとか映画とかで見る長いテーブルと、背もたれが立派な椅子が七脚揃っている。
 ちゃんと、お誕生日席もありますよ。
 テーブルに置かれた仰々しい燭台と、真っ白いテーブルクロスが眩しい。
 その隣の部屋が昨日クシー子爵と話をした応接間で、なんと中にはサンルームもありました。
 次は二階に上がって、まずは右側。リュシアンたちの部屋の真上にあたるところで、階段の近くにあるのがルネたちが使っている使用人部屋、奥に進むと私の部屋がある。
 私の部屋の向かい側にもお部屋があるようなので、そっと扉を開ける。

「おおーっ、書斎……かな。本がいっぱいだぁ」

 部屋の扉を開けてまず目に入ってきたのは、壁一面天井まである大きな本棚だ。
 その書棚にはギッシリと分厚い本が詰まっていて、その本棚の前には飴色に輝く重厚な机と椅子がドーンと鎮座している。
 私の部屋や応接間とは違ってキラキラした華美な調度品はほぼなく、部屋の中央に置かれているソファーセットも落ち着いた色でまとめられている。
 壁に一枚だけ飾ってある風景画の額縁だけ、金色でペカペカ光っているけどね。
 ざっと本棚の本を見てみるが、私が欲しい本は見つかりそうもない。

「なんか難しそうなタイトルばっかりだなぁ。絵本とかないのかな?」
「絵本……ですか?」

 セヴランが意外なことを聞いたとばかりに、首を傾げる。

「そう、絵本とかあったら文字を教えられるでしょ。ルネとリオネルは文字が読めないみたいだから、せっかくだし教えようかと」

 ルネ、と呼ぶと、部屋にあるソファーやランプを興味深そうに見ていた二人がトトトと私に近寄ってきた。

「ねぇ、あなたたち、文字覚えたい?」

 きょとんとリオネルは目を丸くし、隣に立つルネは首をもげそうなほど縦に振る。

「ふふふ。いいわよ、教えてあげりゅ。セヴラン、次の日用品支給のときに、絵本も何冊が頼んでおいて」
「よろしいのですか?」
「ええ」

 私が答えると、リオネルは無表情のままだが、ルネが嬉しそうに微笑んでリオネルの頭を優しく撫でていた。

「シルヴィー様……、私もここの部屋の本を読ませていただいても、よろしいですか?」

 二人の可愛い光景にいやされていると、セヴランがおずおずと小さな声で私に問いかけた。
 へ!? ここの本、あんまり娯楽性なさそうだけど?

「私は読書が趣味なのです。とにかく、本が、活字が読みたいんです」

 あー、そういう人いるよね、セヴランは活字中毒かぁ。

「……いいわよ。好きに借りて読んでちょうだい」

 私が許可を出すと、セヴランは腰を九十度に曲げて「ありがとうございます!」と丁寧にお礼を言う。
 あんた、今、被っていた猫をまるっと剥がして、素でお礼言ってるわね? 現金な奴め。

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