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2巻
2-3
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◆◇◆
今日も高い木々が日差しを遮る森の中、午後のお茶の時間まで馬車をひたすら走らせ、少し開けた場所で馬車を停めた。
「じゃ、行ってくるわ」
「気をちゅけてね」
リュシアンを先頭に、ルネとリオネルはウキウキしながら、セヴランは嫌々ながら森の中へ入っていく。彼らはこれから魔獣を倒す訓練です。
私はアルベールに教えてもらいながら、薬草を調合してポーションづくりに挑戦します!
これから、私たちは目立たないように森の手前、林の中を爆走して国境を目指すけど、その先のことも考えておかないといけない。
つまり……お金が必要なのだ。
いや、魔道具とか売ってたし、アルベールが使用人だったときに貯めたお給料もある。
だけどそれってトゥーロン王国の貨幣であって、世界共通の貨幣ではない。トゥーロン王国を出たら、紙屑同然になるのだ。ガッデーム!
なので、国境を抜けて連合国に入ったら、魔獣の素材などを売って現金収入を得ないと、宿に泊まるお金がないのだ。人目のある場所に馬車で寝泊まりしたら目立つ。そもそもそんなに大きくない馬車で、大人三人と子供三人が生活していたら、どう考えても不自然だし。
だから、今から魔獣を倒して素材の在庫を増やしておこうということで、リュシアンたちは森に狩りに行った、というわけ。
冒険者として活動していたリュシアンとアルベールは、魔獣討伐は実力的に問題なし。
ルネとリオネルの二人は実力はあるけど経験が少ないから、今のうちにリュシアンとアルベールから教えてもらって、馴れてもらう。
問題なのが、血みどろの魔獣の亡骸に悲鳴を上げて、解体作業の手伝いがこれっぽっちもできなかった私とセヴランのポンコツ二人組。
セヴランは強く! 強く! 拒否していたけど、今日から楽しい魔獣討伐に参加です。解体作業にも参加してもらいます。
『もし、不測の事態が起きて私たちがバラバラになったとき、一人でも生きて逃げられるように、特訓しましょう。特にセヴランは魔獣討伐から解体まで、一人でできるようになりましょう』
アルベールが胡散臭い笑顔で告げると、セヴランはガクブルと震えだした。
『な……なぜ……私だけ……』
『そんな世界の終わりのような顔をしてもダメです。これは決定事項です。ちなみに、お嬢様はいざとなったら魔法でどうにでもなりますし、魔道具作りもできますし……何より図太い神経の持ち主なので、大丈夫でしょう』
……もしかして、私ディスられてた? しかも、みんなが納得してうんうんと頷いているのを見て、イラッときたわ。
セヴランが魔獣討伐訓練に参加した経緯を思い出していると、森の中からか細い成人男性の悲鳴が聞こえたような気がした。私がアルベールを見ると、彼は首を竦めて口を開いた。
「大丈夫ですよ。この森の中に出る魔獣は弱いですから。ルネとリオネルでも瞬殺できるほどですよ」
「うん。リュシアンもついてりゅしね。私も攻撃魔法の練習したほうがいいかな?」
「そうですね。お嬢様はその前に、攻撃することに馴れたほうがいいですね」
目を細めてそう言うアルベールを見て、私は視線をずらす。あちゃー、アルベールには見破られているな……
私の前世、平和ボケ呑気な日本人ですから、虫くらいなら殺せるけど、生き物は傷つけたことがない。まず、命あるものに対して攻撃できるかどうか……だよねぇ。
さすがに、自分が死にそうになったら反撃するとは思う……するよね? できるよね?
「ははは。頑張りましゅ」
「……自分だけでは無理なら、私たちのことを思ってください。貴方が傷つけば、私たちが悲しみますから……」
「あー、うん。気を付けりゅ」
アルベールの言葉がちょっと気恥ずかしくて、カチャカチャとわざと音を立てて、私は調合器具を並べていく。
さて閑話休題、ポーションづくりをしましょう。
【無限収納】から採取していた薬草を取り出して、前に作ったポーションをいくつか出して並べていこう。
「しかし……お嬢様の以前作ったポーションですが……、何をどうやったらこんなものができるのですか?」
「あれ? 効能が悪かった? 初めて作ったかりゃなぁ。あっ、作りぇたのが嬉しくてイザックしゃんに数本あげちゃったよ……。ありゃりゃ」
「ありゃりゃ……じゃないですよ。効能が悪いのではなく、良すぎます。なんで初級のポーションの材料で万能薬一歩手前のポーションができるんですか?」
「へ?」
「これ……蘇生や四肢欠損までは無理ですが、欠損部位によっては修復可能ですし、息をして心臓が動いていたらどんな重傷でも、治りますよ」
……え? なに、それ。まぐれとかじゃなくて?
アルベールからの指摘を受けて、私は作ったポーションを、恐る恐る【鑑定】してみることにした。
[命の水 劣化版]
万能薬「命の水」より効果が薄い命の水
欠損 一部修復可能
怪我 生きていれば全治全快する。体力も回復可能
病気 不治の病以外は治癒可能。さらに先天性の異常も正常化可能
呪い 完全に解呪可能
「どうでした?」
「世に出しては、いけないものでちた」
……知らなかったわ。出来の悪いポーションを人に渡すのは罪だが、良すぎるのもダメだってことを!
「どうしよう……、イザックしゃんに渡したポーション……」
「今更戻って返してもらうわけにもいきません。諦めて忘れましょう。彼らもお嬢様のような素人が作ったポーションを早々使うことはないでしょう」
「しょ、しょうよね! ちゃんと私がアルベールに教わって試しに作ったって言ったもん」
イザックさん、お願い! できれば使わずに箪笥の肥やしにしてください!
「お嬢様。まず調合を覚える前に、その超人的な力をセーブすることから始めませんと、奇跡の調合者として各国から狙われますよ?」
「いやあぁぁぁっ! これ以上死亡フラグはいりゃにゃぁぁーいっ」
私は、ぐすぐす泣きながら、調合器具に魔力減退の付与魔法をかけまくるのだった。
◆◇◆
血の匂い。恐怖に怯える紳士淑女に浴びせられる暴力。死の気配。哄笑の狂いと無慈悲な刃の舞。
これは一体、何が起きているんだ?
震える体を必死に押し隠し、何人も倒れ重なっている人の山の中から、目立つ金髪の青年の体を適当なテーブルクロスで包む。
一人、天下を取ったかのように喜び舞い上がった罪人は、最大の敵の消失に気づかないだろう。
隠し持ったポーションを、傷口に振りかけただけの応急処置しかできないけど、それでもこの人だけは失うわけにはいかなかった。
どうやって、この大広間の扉から逃げようか……そう逡巡したとき、扉が大きく開かれる。
「大変ですっ。ど、奴隷たちが逃げ出しました!」
凶行に酔っていた愚か者たちが一瞬、静まり返る。
その後の喧噪に紛れて、俺は命より大事な人を背負い、その場から逃げ出した。
街には教会の鐘が鳴り響き、状況のわからない市民が困惑した表情を浮かべて、あちこちで集まってひそひそと話している。
俺はなるべく人目につかないように路地を歩き、目当ての店の裏手に回った。俺の姿は店の屋根裏にいる仲間に捉えられていると思うが、念のため裏戸に真っ直ぐ向かわずに迂回するように進む。
小さく戸を叩くが、誰も応じない。普段ならばすぐに返事があるはずだが、今日は一向に返事がない。
躊躇ったが緊急を要するので、戸に手をかけ勝手に開けた。この店は俺たち仲間にとっては大事な拠点の一つ、なのに不用心にも扉に鍵がかかってない?
俺は不安に駆られたが、そのまま中に入り、戸を閉め鍵もかけておく。
厨房、店……普段人のいる一階には誰もいない。
俺は上に視線を向ける。上階に気配があるから、住人たちは二階にいるのかもしれない。協力者に早く、あの王宮の大広間で起きた惨劇や、亜人奴隷の契約が破棄されたことを伝えて、何よりも主人の命を助けてもらわなければならない。
傷が深く意識を失ったままの主人を背負い直し、俺は階段を駆け上がった。
二階には店の主人であるミゲル、息子のイザック、この王都の冒険者ギルドのギルマスであるロドリスがいた。皆、俺の姿を見て、座っていた椅子を倒すほどの勢いで立ち上がる。
俺は声を震わせて、何とか言った。
「た……助けてくれっ! ヴィクトル様が……!」
「ヴィクトル様だと? おい、ミゲル!」
「ここに殿下を!」
俺はミゲルに示されたソファーに、そっとトゥーロン王国第一王子、ヴィクトル殿下を横たえた。包んでいたテーブルクロスが解け、異母弟であり逆賊ユベールに斬られた傷口が見える痛々しい体を晒した。
白かったテーブルクロスは、血で真っ赤に染まっている。
俺は慌ててポーションの残りを傷口にぶっかけた。
「……っう……」
「殿下!」
今まで意識はなかったが、傷口の痛みで一瞬意識を戻したようだ。生きているのが不思議なほどに酷い傷なのだ。
ぐうっと込み上げてくる悔しい気持ちに耐えられず、俺の目から涙がこぼれる。
「ロドリス! ギルドから上級ポーションと……誰か治癒魔法できる奴を……」
「ああ。ポーションならここにもあるが……」
ギルドに戻ろうとするギルマスの背中に、イザックが声をかけ止める。
「いや、今、ギルマスがギルドに戻ったら、動きが取れなくなる。これから逃げてくる亜人たちの誘導も必要になる。ギルマスとサブマスが両方ギルドで拘束されると困るぞ」
「なんで……亜人奴隷が解放されたことを……?」
俺はまだ何も話していないのに、なぜイザックがそれを知っているんだ?
訝しげに見ると、イザックは小さく頷いた。
「ああ、こっちにも情報は入っている。教えてくれた奴らがいたからな。殿下の誕生日パーティーで何が起きたのかもすべて知っている。だからギルマスとこれからのことを相談していたんだが……」
「だけど……上級ポーションがないと……ヴィクトル様が……」
正直、この傷では上級ポーションでも助からないかもしれない。
ほんの少し延命して……終わりかもしれない。
「んー、試してみるか、あれを」
イザックはそう言うと、側の棚を漁り一つの小瓶を手にして戻ってきた。
「イザック、それは?」
見慣れない小瓶を見て、ギルマスのロドリスが警戒する。
「ああ。ヴィーが魔道具と一緒に持ってきたポーションだ。普通のポーションと比べて色が鮮やかすぎるから、何か違う効能があると思うが……」
イザックは小瓶を手で弄び苦笑していた。
こいつまさか、ヴィクトル様で人体実験するつもりなのか!?
「お……おい……」
「運命に賭けようぜ! 俺は結構あのガキに期待してんだよっ」
知るか、俺にとっては顔も見たことのない他人だぞ!
しかしそんな俺の叫びを待つ余裕もなく、イザックは瓶の蓋を開けて勢いよく中身をヴィクトル様の体にぶっかけ、残りのポーションをヴィクトル様の口をこじ開けて流しこんだ。
「ぐっ、ああああっ!」
――このあと、俺たちは奇跡を目にすることになる。
◆◇◆
リュシアンたちが森の中で魔獣討伐訓練を始め、私がポーションを作りだした日の夜。
神レベルのポーションを作っていた私と、魔獣討伐と解体をスパルタ教育で叩きこまれたセヴランは、泣きながら晩ご飯を食べていた。
ちなみに今日の晩ご飯は、セヴランが狩って解体した角兎の肉を使った料理です。
魔獣の肉に比べたら多少臭みはあるけど、ハーブで匂いを消して煮込み料理を作る精神的余裕がなかったので、ただ焼きました。ちょっぴり味見したら、肉質は柔らかいし鶏肉より味が濃くて美味しい。
じゃあ、あとはミモザサラダとペペロンチーノっぽいパスタと果物でいいよね?
ご飯は美味しかったけれど、若干二名のテンションがドン底のため、食卓の雰囲気は微妙になっていた。
だって、どうしたって初級ポーションより性能が良いものができるんだもん。なんで、良いもの作ってアルベールにため息をつかれなきゃならんのだ!
「しゃて、いつまでも、うじうじちててもしょうがないわ。ちょっとみんな、こりぇを見て」
みんなが晩ご飯を食べ終わったのを見計らって、私はテーブルの上に、トゥーロン王国と周辺の地図を広げた。
みんなが方々から地図を覗きこむ。
「この街道から脇に逸れてピエーニュの森に入って、今日の昼前に王都領を抜けたから……、今はここら辺か?」
リュシアンが指で、私たちが辿ってきた経路をなぞっていく。
「そうですね。このまま真っ直ぐに進むなら、トゥーロン王国と国交がある連合国の一つ、カルージュに辿り着きます」
連合国ロレッタ出身のセヴランが、地図上のカルージュを指で叩いて示した。
私が生まれリュシアンたちと出会ったトゥーロン王国は、ピエーニュの森を挟んで帝国とミュールズ国と接している。帝国はここ数十年皇位争いをしているせいで国交がないから放っておくとして、反対隣にあるミュールズ国は、クーデターのそもそもの悪玉と疑っている。
そしてトゥーロン王国から南に延びる街道を進むと、小国が集った連合国の一つカルージュがあり、その先の国に私たちが目指しているアンティーブ国行きの船が出ているのだ。
「問題は、トゥーロン王国の軍事の要、リシュリュー辺境伯領地を無事に通り抜けられるか……ですね」
アルベールが指し示す場所にはカルージュとトゥーロン王国の国境がある。そこはトゥーロン王国のリシュリュー辺境伯の領地だ。
「んー、このままピエーニュの森を通って、国境の壁をしゅり抜けたいけど……ダメ?」
「「「ダメ!」」」
大人三人から即行拒否られた……
「お嬢様の能力でしたらそれも可能かもしれませんが、そのあと連合国からアンティーブ国へ移動するときに、密入国がバレたら捕まりますし、捕まった国によってはトゥーロン王国へ強制送還です」
アルベールの眉尻がやや下がるのを見て、私はうぐっと言葉に詰まる。
「しょれは……避けたい」
犯罪者としてトゥーロン王国に戻されたら、嬉々として敵の王族に処刑されるわっ!
「うーん、やっぱりピエーニュの森から街道に戻って、国境を目指したほうがいいな」
リュシアンが腕を組んで隣に座るセヴランに同意を求める。しかしセヴランは眉を顰めたままうーんと唸る。
「国境を目指したほうがいいのはいいんですが、その間、リシュリュー辺境伯の兵に目を付けられないようにしないといけません。目を付けられたら厄介です」
「リシュリュー辺境伯がどの派閥だったのか、調べておけばよかったですね。カルージュの国境も無事に越えられる保証はないですしねぇ」
アルベールがますます眉尻を下げるのを見て、私は思わず「ふふふ」と笑いが漏れた。
「どうした、お嬢? 気持ち悪い顔して?」
「失礼ね! ふふふ。辺境伯が何派なのか、その人柄すらもわかりゃないけど、カルージュの国境越えには秘策があるわ。これよ!」
私は勢いよく、【無限収納】から小さな革袋を取り出した。
「こ……これは……」
革袋の中を覗いたセヴランの目が、キラリンと光る。さすが、元商人である。
「宝石ですか?」
「しょうよ。屋敷にある目ぼしい宝石は根こしょぎ持ってきたわ! カルージュがどんな国だがわかりゃなかったけど、トゥーロン王国と国交がありゅなんて碌なところじゃないわ。だから、いざというときは賄賂でどうにかなるんじゃないかなって!」
自信満々に言ったものの、一同は沈黙する。あ、ルネとリオネルは難しい話は無理とばかりに、とっくに眠りの国に旅立っていました。
「いや、たしかにあの国であれば、辺境の兵の口を噤ませる最高の手段です」
わーい、賄賂が有効とセヴランからお墨付きもらいましたー。
「そもそも、カルージュっていう国はどんな国だ?」
「中立国です。どの国とも交流を持つことを厭わない……とは名ばかりの武器商人です」
「え?」
「他にも鉱物を売買していますが、国全体で武器を製造してそれを隣国へ売っているんです。それこそ、ミュールズ国にもトゥーロン王国にも、隣国の帝国にも売っています」
リュシアンとセヴランの会話を聞いていて、私の背中がヒヤッと寒くなった。
リュシアンたち亜人が差別されて辛い目に遭わないために、獣人王が治めるアンティーブ国に逃亡しようとしていたら、通り過ぎる途中の国が『死の商人』でした。
そ、そんな怪しい国に、身分を隠して潜りこむ私たち……大丈夫なの? もしものことを想像して、ガクブルが止まらないわ。
そんな私を見て、セヴランはにこりと微笑んだ。
「利点もあるんです。中立国ですから、周辺国のどの国とも行き来が可能です。だからトゥーロン王国から入国もできるし、すぐにトゥーロン王国と敵対している隣国へ出国することもできます」
「隣国……ていうと、連合国でも一番デカイ、この国か?」
リュシアンが示したその国の名はタルニスと書かれていて、トゥーロン王国に隣接しており、反対側の海まで続く広い国土を持っていた。
連合国出身のセヴランはリュシアンに大きく頷いてみせた。
「ここは人族が治めているように見せていますが、実際はハーフエルフが治めている国で、国民の半数以上がエルフ族です。トゥーロン王国とは犬猿の仲ですよ。私もトゥーロン王国に忍びこむときに、この国を通りましたけど」
セヴランの説明に補足するアルベールが、そのエルフ族である。エルフ族だからトゥーロン王国に入国するのにタルニスからの侵入が容易かったのかな?
「ねぇ、アルベール。しょのルートは今は……?」
「使えませんね。お嬢様は私が同じエルフ族だから融通してくれたと思っているんでしょうが、エルフはそんなに情に厚くはないです。前回は私がそれなりの取引をして叶ったルートですから、残念ながら今回はその手は使えません」
そっか……、じゃあ、今回は手順を踏んで正攻法で行くしかないね。
「いや、お嬢。すでに俺たちは正攻法じゃないぞ?」
うるさいわね、リュシアン! いいのよ、これはこれ。それはそれ。
「トゥーロン王国からカルージュに入り、すぐにタルニスに移動。タルニスを縦断して、船でアンティーブ国を目指す。下手にあちこちの連合国に寄ると危険が増すと思います」
元商人で連合国出身のセヴランの意見に私も賛成だわ。
基本、私たちが持っている身分証明書は、トゥーロン王国で発行された偽造冒険者ギルドカードのみ。これが有効なのはトゥーロン王国内と、精々カルージュへ入国するときぐらい。
あとは、身分証明書なしに行動しないといけない。
「うーん、リュシアンたちは反対しますが、やっぱり連合国で冒険者登録をしませんか?」
トゥーロン王国からの追手を考えると、カルージュでの冒険者登録は避けたほうがいいけど、他の国だったら問題ないのでは、とセヴランは提案する。
これも何度も話し合ったけど……、絶対安全とは言い難いんだよねぇ。
「たしかに冒険者登録しゅれば身分証明書を確保できりゅけど、アンティーブ国に行くまでは避けたいわ。もし、登録しゅりゅときに私の身分がバレたりゃ、間違いなく強制送還だもん」
ならば、アンティーブ国でバレるのはいいのか……という問題もあるが、単純に距離的な問題である。
連合国でバレたら、トゥーロン王国にすぐに戻される。
でもアンティーブ国なら戻される間に、逃げる時間がある。
ただそれだけ、でもそれがとっても重要!
「俺もお嬢の意見に賛成だ。俺たちが下手に登録しても、トゥーロン王国に奴隷として売られたときに俺たちの情報は把握されているから、探されたら一発でバレる」
リュシアンは元冒険者だから正規の冒険者ギルドに情報が残っているもんね。
「私だけ冒険者登録するという手段もありますが……。ねぇ?」
うーむ、この中でセヴラン一人だけ冒険者ギルドに登録するのも不自然でしょ。そのセヴランも商業ギルドに登録するって手段があるけど、それをすると、セヴランが元いた商会に人物照会される可能性があるので没です。
「やっぱり、冒険者登録はアンティーブ国で。とにかくカルージュかりゃタルニスへ。タルニスでは船に乗って出国できりゅかどうか調査しながりゃ進みましょう」
とにかく、この国から無事に脱出しないことには、カルージュにもタルニスにも行けない。
私たち四人は一度深く頷いて、それぞれの部屋へ戻った。
……あっ、リュシアン。熟睡しているルネとリオネルを部屋に運んでおいて!
◆◇◆
しばらくは馬車で移動して、セヴランが魔獣討伐して解体して、私が薬草を調合して、ご飯食べて寝て起きて……を繰り返す日々を過ごした。
逃亡生活にも慣れ、アルベールの魔法講座を受けながら毎日を過ごしていた私たちを戒めるように、それは突然訪れた。
「ルネは【身体強化】は上手ですが、魔力操作が荒いですね。リオネルは出力過多です。もっと抑えて」
「うぐぅ……。アルベールさん、火が……火が……」
「……ちいさくするの、めんどい」
「おいっ! 待て待て! セヴラン! お前……俺になんの恨みがあるんだ? さっきから風刃が俺の急所を狙ってんぞ!」
「ふふふ。恨みかぁ……、そんなの……。ふふふ、あるに決まっているじゃないですか! 喰らえ! 解体の恨み!」
うん。みんな楽しそうで、なによりデス。
さてさて、私はお昼ご飯の用意をしましょう。【無限収納】から、鍋とお皿、野菜とチーズを取り出して、鼻歌混じりに準備していく。
そんな私の顔面スレスレを、バシュッと鋭い音とともに何かが通り過ぎた。
「え?」と音が通り過ぎた方向を見ると、細い木の幹が砕けて、大きな音を立てて倒れていった。よく見ると、木の幹には風属性の魔法を帯びた矢が刺さっている。
何が起きたの? と呆然としていた私の体を、アルベールが抱き上げて走る。ルネとリオネルも怖い顔をして、私に寄り添う。
リュシアンは風の矢が飛んできた方角に向けて、剣を抜いて構えた。
「大丈夫ですか、シルヴィー様? まさか……こんなに早く追手が来るなんて……」
セヴランが真っ青な顔をして、私たちの前に立って両手を広げた。
「私……、攻撃しゃれたの? ……いまのは……私を?」
追手……?
もしかして、今私は命を狙われたの?
今日も高い木々が日差しを遮る森の中、午後のお茶の時間まで馬車をひたすら走らせ、少し開けた場所で馬車を停めた。
「じゃ、行ってくるわ」
「気をちゅけてね」
リュシアンを先頭に、ルネとリオネルはウキウキしながら、セヴランは嫌々ながら森の中へ入っていく。彼らはこれから魔獣を倒す訓練です。
私はアルベールに教えてもらいながら、薬草を調合してポーションづくりに挑戦します!
これから、私たちは目立たないように森の手前、林の中を爆走して国境を目指すけど、その先のことも考えておかないといけない。
つまり……お金が必要なのだ。
いや、魔道具とか売ってたし、アルベールが使用人だったときに貯めたお給料もある。
だけどそれってトゥーロン王国の貨幣であって、世界共通の貨幣ではない。トゥーロン王国を出たら、紙屑同然になるのだ。ガッデーム!
なので、国境を抜けて連合国に入ったら、魔獣の素材などを売って現金収入を得ないと、宿に泊まるお金がないのだ。人目のある場所に馬車で寝泊まりしたら目立つ。そもそもそんなに大きくない馬車で、大人三人と子供三人が生活していたら、どう考えても不自然だし。
だから、今から魔獣を倒して素材の在庫を増やしておこうということで、リュシアンたちは森に狩りに行った、というわけ。
冒険者として活動していたリュシアンとアルベールは、魔獣討伐は実力的に問題なし。
ルネとリオネルの二人は実力はあるけど経験が少ないから、今のうちにリュシアンとアルベールから教えてもらって、馴れてもらう。
問題なのが、血みどろの魔獣の亡骸に悲鳴を上げて、解体作業の手伝いがこれっぽっちもできなかった私とセヴランのポンコツ二人組。
セヴランは強く! 強く! 拒否していたけど、今日から楽しい魔獣討伐に参加です。解体作業にも参加してもらいます。
『もし、不測の事態が起きて私たちがバラバラになったとき、一人でも生きて逃げられるように、特訓しましょう。特にセヴランは魔獣討伐から解体まで、一人でできるようになりましょう』
アルベールが胡散臭い笑顔で告げると、セヴランはガクブルと震えだした。
『な……なぜ……私だけ……』
『そんな世界の終わりのような顔をしてもダメです。これは決定事項です。ちなみに、お嬢様はいざとなったら魔法でどうにでもなりますし、魔道具作りもできますし……何より図太い神経の持ち主なので、大丈夫でしょう』
……もしかして、私ディスられてた? しかも、みんなが納得してうんうんと頷いているのを見て、イラッときたわ。
セヴランが魔獣討伐訓練に参加した経緯を思い出していると、森の中からか細い成人男性の悲鳴が聞こえたような気がした。私がアルベールを見ると、彼は首を竦めて口を開いた。
「大丈夫ですよ。この森の中に出る魔獣は弱いですから。ルネとリオネルでも瞬殺できるほどですよ」
「うん。リュシアンもついてりゅしね。私も攻撃魔法の練習したほうがいいかな?」
「そうですね。お嬢様はその前に、攻撃することに馴れたほうがいいですね」
目を細めてそう言うアルベールを見て、私は視線をずらす。あちゃー、アルベールには見破られているな……
私の前世、平和ボケ呑気な日本人ですから、虫くらいなら殺せるけど、生き物は傷つけたことがない。まず、命あるものに対して攻撃できるかどうか……だよねぇ。
さすがに、自分が死にそうになったら反撃するとは思う……するよね? できるよね?
「ははは。頑張りましゅ」
「……自分だけでは無理なら、私たちのことを思ってください。貴方が傷つけば、私たちが悲しみますから……」
「あー、うん。気を付けりゅ」
アルベールの言葉がちょっと気恥ずかしくて、カチャカチャとわざと音を立てて、私は調合器具を並べていく。
さて閑話休題、ポーションづくりをしましょう。
【無限収納】から採取していた薬草を取り出して、前に作ったポーションをいくつか出して並べていこう。
「しかし……お嬢様の以前作ったポーションですが……、何をどうやったらこんなものができるのですか?」
「あれ? 効能が悪かった? 初めて作ったかりゃなぁ。あっ、作りぇたのが嬉しくてイザックしゃんに数本あげちゃったよ……。ありゃりゃ」
「ありゃりゃ……じゃないですよ。効能が悪いのではなく、良すぎます。なんで初級のポーションの材料で万能薬一歩手前のポーションができるんですか?」
「へ?」
「これ……蘇生や四肢欠損までは無理ですが、欠損部位によっては修復可能ですし、息をして心臓が動いていたらどんな重傷でも、治りますよ」
……え? なに、それ。まぐれとかじゃなくて?
アルベールからの指摘を受けて、私は作ったポーションを、恐る恐る【鑑定】してみることにした。
[命の水 劣化版]
万能薬「命の水」より効果が薄い命の水
欠損 一部修復可能
怪我 生きていれば全治全快する。体力も回復可能
病気 不治の病以外は治癒可能。さらに先天性の異常も正常化可能
呪い 完全に解呪可能
「どうでした?」
「世に出しては、いけないものでちた」
……知らなかったわ。出来の悪いポーションを人に渡すのは罪だが、良すぎるのもダメだってことを!
「どうしよう……、イザックしゃんに渡したポーション……」
「今更戻って返してもらうわけにもいきません。諦めて忘れましょう。彼らもお嬢様のような素人が作ったポーションを早々使うことはないでしょう」
「しょ、しょうよね! ちゃんと私がアルベールに教わって試しに作ったって言ったもん」
イザックさん、お願い! できれば使わずに箪笥の肥やしにしてください!
「お嬢様。まず調合を覚える前に、その超人的な力をセーブすることから始めませんと、奇跡の調合者として各国から狙われますよ?」
「いやあぁぁぁっ! これ以上死亡フラグはいりゃにゃぁぁーいっ」
私は、ぐすぐす泣きながら、調合器具に魔力減退の付与魔法をかけまくるのだった。
◆◇◆
血の匂い。恐怖に怯える紳士淑女に浴びせられる暴力。死の気配。哄笑の狂いと無慈悲な刃の舞。
これは一体、何が起きているんだ?
震える体を必死に押し隠し、何人も倒れ重なっている人の山の中から、目立つ金髪の青年の体を適当なテーブルクロスで包む。
一人、天下を取ったかのように喜び舞い上がった罪人は、最大の敵の消失に気づかないだろう。
隠し持ったポーションを、傷口に振りかけただけの応急処置しかできないけど、それでもこの人だけは失うわけにはいかなかった。
どうやって、この大広間の扉から逃げようか……そう逡巡したとき、扉が大きく開かれる。
「大変ですっ。ど、奴隷たちが逃げ出しました!」
凶行に酔っていた愚か者たちが一瞬、静まり返る。
その後の喧噪に紛れて、俺は命より大事な人を背負い、その場から逃げ出した。
街には教会の鐘が鳴り響き、状況のわからない市民が困惑した表情を浮かべて、あちこちで集まってひそひそと話している。
俺はなるべく人目につかないように路地を歩き、目当ての店の裏手に回った。俺の姿は店の屋根裏にいる仲間に捉えられていると思うが、念のため裏戸に真っ直ぐ向かわずに迂回するように進む。
小さく戸を叩くが、誰も応じない。普段ならばすぐに返事があるはずだが、今日は一向に返事がない。
躊躇ったが緊急を要するので、戸に手をかけ勝手に開けた。この店は俺たち仲間にとっては大事な拠点の一つ、なのに不用心にも扉に鍵がかかってない?
俺は不安に駆られたが、そのまま中に入り、戸を閉め鍵もかけておく。
厨房、店……普段人のいる一階には誰もいない。
俺は上に視線を向ける。上階に気配があるから、住人たちは二階にいるのかもしれない。協力者に早く、あの王宮の大広間で起きた惨劇や、亜人奴隷の契約が破棄されたことを伝えて、何よりも主人の命を助けてもらわなければならない。
傷が深く意識を失ったままの主人を背負い直し、俺は階段を駆け上がった。
二階には店の主人であるミゲル、息子のイザック、この王都の冒険者ギルドのギルマスであるロドリスがいた。皆、俺の姿を見て、座っていた椅子を倒すほどの勢いで立ち上がる。
俺は声を震わせて、何とか言った。
「た……助けてくれっ! ヴィクトル様が……!」
「ヴィクトル様だと? おい、ミゲル!」
「ここに殿下を!」
俺はミゲルに示されたソファーに、そっとトゥーロン王国第一王子、ヴィクトル殿下を横たえた。包んでいたテーブルクロスが解け、異母弟であり逆賊ユベールに斬られた傷口が見える痛々しい体を晒した。
白かったテーブルクロスは、血で真っ赤に染まっている。
俺は慌ててポーションの残りを傷口にぶっかけた。
「……っう……」
「殿下!」
今まで意識はなかったが、傷口の痛みで一瞬意識を戻したようだ。生きているのが不思議なほどに酷い傷なのだ。
ぐうっと込み上げてくる悔しい気持ちに耐えられず、俺の目から涙がこぼれる。
「ロドリス! ギルドから上級ポーションと……誰か治癒魔法できる奴を……」
「ああ。ポーションならここにもあるが……」
ギルドに戻ろうとするギルマスの背中に、イザックが声をかけ止める。
「いや、今、ギルマスがギルドに戻ったら、動きが取れなくなる。これから逃げてくる亜人たちの誘導も必要になる。ギルマスとサブマスが両方ギルドで拘束されると困るぞ」
「なんで……亜人奴隷が解放されたことを……?」
俺はまだ何も話していないのに、なぜイザックがそれを知っているんだ?
訝しげに見ると、イザックは小さく頷いた。
「ああ、こっちにも情報は入っている。教えてくれた奴らがいたからな。殿下の誕生日パーティーで何が起きたのかもすべて知っている。だからギルマスとこれからのことを相談していたんだが……」
「だけど……上級ポーションがないと……ヴィクトル様が……」
正直、この傷では上級ポーションでも助からないかもしれない。
ほんの少し延命して……終わりかもしれない。
「んー、試してみるか、あれを」
イザックはそう言うと、側の棚を漁り一つの小瓶を手にして戻ってきた。
「イザック、それは?」
見慣れない小瓶を見て、ギルマスのロドリスが警戒する。
「ああ。ヴィーが魔道具と一緒に持ってきたポーションだ。普通のポーションと比べて色が鮮やかすぎるから、何か違う効能があると思うが……」
イザックは小瓶を手で弄び苦笑していた。
こいつまさか、ヴィクトル様で人体実験するつもりなのか!?
「お……おい……」
「運命に賭けようぜ! 俺は結構あのガキに期待してんだよっ」
知るか、俺にとっては顔も見たことのない他人だぞ!
しかしそんな俺の叫びを待つ余裕もなく、イザックは瓶の蓋を開けて勢いよく中身をヴィクトル様の体にぶっかけ、残りのポーションをヴィクトル様の口をこじ開けて流しこんだ。
「ぐっ、ああああっ!」
――このあと、俺たちは奇跡を目にすることになる。
◆◇◆
リュシアンたちが森の中で魔獣討伐訓練を始め、私がポーションを作りだした日の夜。
神レベルのポーションを作っていた私と、魔獣討伐と解体をスパルタ教育で叩きこまれたセヴランは、泣きながら晩ご飯を食べていた。
ちなみに今日の晩ご飯は、セヴランが狩って解体した角兎の肉を使った料理です。
魔獣の肉に比べたら多少臭みはあるけど、ハーブで匂いを消して煮込み料理を作る精神的余裕がなかったので、ただ焼きました。ちょっぴり味見したら、肉質は柔らかいし鶏肉より味が濃くて美味しい。
じゃあ、あとはミモザサラダとペペロンチーノっぽいパスタと果物でいいよね?
ご飯は美味しかったけれど、若干二名のテンションがドン底のため、食卓の雰囲気は微妙になっていた。
だって、どうしたって初級ポーションより性能が良いものができるんだもん。なんで、良いもの作ってアルベールにため息をつかれなきゃならんのだ!
「しゃて、いつまでも、うじうじちててもしょうがないわ。ちょっとみんな、こりぇを見て」
みんなが晩ご飯を食べ終わったのを見計らって、私はテーブルの上に、トゥーロン王国と周辺の地図を広げた。
みんなが方々から地図を覗きこむ。
「この街道から脇に逸れてピエーニュの森に入って、今日の昼前に王都領を抜けたから……、今はここら辺か?」
リュシアンが指で、私たちが辿ってきた経路をなぞっていく。
「そうですね。このまま真っ直ぐに進むなら、トゥーロン王国と国交がある連合国の一つ、カルージュに辿り着きます」
連合国ロレッタ出身のセヴランが、地図上のカルージュを指で叩いて示した。
私が生まれリュシアンたちと出会ったトゥーロン王国は、ピエーニュの森を挟んで帝国とミュールズ国と接している。帝国はここ数十年皇位争いをしているせいで国交がないから放っておくとして、反対隣にあるミュールズ国は、クーデターのそもそもの悪玉と疑っている。
そしてトゥーロン王国から南に延びる街道を進むと、小国が集った連合国の一つカルージュがあり、その先の国に私たちが目指しているアンティーブ国行きの船が出ているのだ。
「問題は、トゥーロン王国の軍事の要、リシュリュー辺境伯領地を無事に通り抜けられるか……ですね」
アルベールが指し示す場所にはカルージュとトゥーロン王国の国境がある。そこはトゥーロン王国のリシュリュー辺境伯の領地だ。
「んー、このままピエーニュの森を通って、国境の壁をしゅり抜けたいけど……ダメ?」
「「「ダメ!」」」
大人三人から即行拒否られた……
「お嬢様の能力でしたらそれも可能かもしれませんが、そのあと連合国からアンティーブ国へ移動するときに、密入国がバレたら捕まりますし、捕まった国によってはトゥーロン王国へ強制送還です」
アルベールの眉尻がやや下がるのを見て、私はうぐっと言葉に詰まる。
「しょれは……避けたい」
犯罪者としてトゥーロン王国に戻されたら、嬉々として敵の王族に処刑されるわっ!
「うーん、やっぱりピエーニュの森から街道に戻って、国境を目指したほうがいいな」
リュシアンが腕を組んで隣に座るセヴランに同意を求める。しかしセヴランは眉を顰めたままうーんと唸る。
「国境を目指したほうがいいのはいいんですが、その間、リシュリュー辺境伯の兵に目を付けられないようにしないといけません。目を付けられたら厄介です」
「リシュリュー辺境伯がどの派閥だったのか、調べておけばよかったですね。カルージュの国境も無事に越えられる保証はないですしねぇ」
アルベールがますます眉尻を下げるのを見て、私は思わず「ふふふ」と笑いが漏れた。
「どうした、お嬢? 気持ち悪い顔して?」
「失礼ね! ふふふ。辺境伯が何派なのか、その人柄すらもわかりゃないけど、カルージュの国境越えには秘策があるわ。これよ!」
私は勢いよく、【無限収納】から小さな革袋を取り出した。
「こ……これは……」
革袋の中を覗いたセヴランの目が、キラリンと光る。さすが、元商人である。
「宝石ですか?」
「しょうよ。屋敷にある目ぼしい宝石は根こしょぎ持ってきたわ! カルージュがどんな国だがわかりゃなかったけど、トゥーロン王国と国交がありゅなんて碌なところじゃないわ。だから、いざというときは賄賂でどうにかなるんじゃないかなって!」
自信満々に言ったものの、一同は沈黙する。あ、ルネとリオネルは難しい話は無理とばかりに、とっくに眠りの国に旅立っていました。
「いや、たしかにあの国であれば、辺境の兵の口を噤ませる最高の手段です」
わーい、賄賂が有効とセヴランからお墨付きもらいましたー。
「そもそも、カルージュっていう国はどんな国だ?」
「中立国です。どの国とも交流を持つことを厭わない……とは名ばかりの武器商人です」
「え?」
「他にも鉱物を売買していますが、国全体で武器を製造してそれを隣国へ売っているんです。それこそ、ミュールズ国にもトゥーロン王国にも、隣国の帝国にも売っています」
リュシアンとセヴランの会話を聞いていて、私の背中がヒヤッと寒くなった。
リュシアンたち亜人が差別されて辛い目に遭わないために、獣人王が治めるアンティーブ国に逃亡しようとしていたら、通り過ぎる途中の国が『死の商人』でした。
そ、そんな怪しい国に、身分を隠して潜りこむ私たち……大丈夫なの? もしものことを想像して、ガクブルが止まらないわ。
そんな私を見て、セヴランはにこりと微笑んだ。
「利点もあるんです。中立国ですから、周辺国のどの国とも行き来が可能です。だからトゥーロン王国から入国もできるし、すぐにトゥーロン王国と敵対している隣国へ出国することもできます」
「隣国……ていうと、連合国でも一番デカイ、この国か?」
リュシアンが示したその国の名はタルニスと書かれていて、トゥーロン王国に隣接しており、反対側の海まで続く広い国土を持っていた。
連合国出身のセヴランはリュシアンに大きく頷いてみせた。
「ここは人族が治めているように見せていますが、実際はハーフエルフが治めている国で、国民の半数以上がエルフ族です。トゥーロン王国とは犬猿の仲ですよ。私もトゥーロン王国に忍びこむときに、この国を通りましたけど」
セヴランの説明に補足するアルベールが、そのエルフ族である。エルフ族だからトゥーロン王国に入国するのにタルニスからの侵入が容易かったのかな?
「ねぇ、アルベール。しょのルートは今は……?」
「使えませんね。お嬢様は私が同じエルフ族だから融通してくれたと思っているんでしょうが、エルフはそんなに情に厚くはないです。前回は私がそれなりの取引をして叶ったルートですから、残念ながら今回はその手は使えません」
そっか……、じゃあ、今回は手順を踏んで正攻法で行くしかないね。
「いや、お嬢。すでに俺たちは正攻法じゃないぞ?」
うるさいわね、リュシアン! いいのよ、これはこれ。それはそれ。
「トゥーロン王国からカルージュに入り、すぐにタルニスに移動。タルニスを縦断して、船でアンティーブ国を目指す。下手にあちこちの連合国に寄ると危険が増すと思います」
元商人で連合国出身のセヴランの意見に私も賛成だわ。
基本、私たちが持っている身分証明書は、トゥーロン王国で発行された偽造冒険者ギルドカードのみ。これが有効なのはトゥーロン王国内と、精々カルージュへ入国するときぐらい。
あとは、身分証明書なしに行動しないといけない。
「うーん、リュシアンたちは反対しますが、やっぱり連合国で冒険者登録をしませんか?」
トゥーロン王国からの追手を考えると、カルージュでの冒険者登録は避けたほうがいいけど、他の国だったら問題ないのでは、とセヴランは提案する。
これも何度も話し合ったけど……、絶対安全とは言い難いんだよねぇ。
「たしかに冒険者登録しゅれば身分証明書を確保できりゅけど、アンティーブ国に行くまでは避けたいわ。もし、登録しゅりゅときに私の身分がバレたりゃ、間違いなく強制送還だもん」
ならば、アンティーブ国でバレるのはいいのか……という問題もあるが、単純に距離的な問題である。
連合国でバレたら、トゥーロン王国にすぐに戻される。
でもアンティーブ国なら戻される間に、逃げる時間がある。
ただそれだけ、でもそれがとっても重要!
「俺もお嬢の意見に賛成だ。俺たちが下手に登録しても、トゥーロン王国に奴隷として売られたときに俺たちの情報は把握されているから、探されたら一発でバレる」
リュシアンは元冒険者だから正規の冒険者ギルドに情報が残っているもんね。
「私だけ冒険者登録するという手段もありますが……。ねぇ?」
うーむ、この中でセヴラン一人だけ冒険者ギルドに登録するのも不自然でしょ。そのセヴランも商業ギルドに登録するって手段があるけど、それをすると、セヴランが元いた商会に人物照会される可能性があるので没です。
「やっぱり、冒険者登録はアンティーブ国で。とにかくカルージュかりゃタルニスへ。タルニスでは船に乗って出国できりゅかどうか調査しながりゃ進みましょう」
とにかく、この国から無事に脱出しないことには、カルージュにもタルニスにも行けない。
私たち四人は一度深く頷いて、それぞれの部屋へ戻った。
……あっ、リュシアン。熟睡しているルネとリオネルを部屋に運んでおいて!
◆◇◆
しばらくは馬車で移動して、セヴランが魔獣討伐して解体して、私が薬草を調合して、ご飯食べて寝て起きて……を繰り返す日々を過ごした。
逃亡生活にも慣れ、アルベールの魔法講座を受けながら毎日を過ごしていた私たちを戒めるように、それは突然訪れた。
「ルネは【身体強化】は上手ですが、魔力操作が荒いですね。リオネルは出力過多です。もっと抑えて」
「うぐぅ……。アルベールさん、火が……火が……」
「……ちいさくするの、めんどい」
「おいっ! 待て待て! セヴラン! お前……俺になんの恨みがあるんだ? さっきから風刃が俺の急所を狙ってんぞ!」
「ふふふ。恨みかぁ……、そんなの……。ふふふ、あるに決まっているじゃないですか! 喰らえ! 解体の恨み!」
うん。みんな楽しそうで、なによりデス。
さてさて、私はお昼ご飯の用意をしましょう。【無限収納】から、鍋とお皿、野菜とチーズを取り出して、鼻歌混じりに準備していく。
そんな私の顔面スレスレを、バシュッと鋭い音とともに何かが通り過ぎた。
「え?」と音が通り過ぎた方向を見ると、細い木の幹が砕けて、大きな音を立てて倒れていった。よく見ると、木の幹には風属性の魔法を帯びた矢が刺さっている。
何が起きたの? と呆然としていた私の体を、アルベールが抱き上げて走る。ルネとリオネルも怖い顔をして、私に寄り添う。
リュシアンは風の矢が飛んできた方角に向けて、剣を抜いて構えた。
「大丈夫ですか、シルヴィー様? まさか……こんなに早く追手が来るなんて……」
セヴランが真っ青な顔をして、私たちの前に立って両手を広げた。
「私……、攻撃しゃれたの? ……いまのは……私を?」
追手……?
もしかして、今私は命を狙われたの?
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