真実の愛に破れた元公爵子息はスラムの孤児とのんびり暮らしたい~おしかけ同居人も添えて~

沢野 りお

文字の大きさ
2 / 25
婚約破棄と真実の愛

公爵子息から平民へ 2

しおりを挟む
バッターン!

リーンは、おっとと、たたらを踏んだ。こんなに大きな音で戸を閉められた経験がなかったから、驚いたのだ。閉まる戸が顔に当たるのではないかと焦り、戸を閉める真実の愛の相手の鬼の形相が目に入らなかったのは僥倖だったかもしれない。
















公爵家を追い出されトランク一つを持って貴族街を歩くと、屋敷の門番たちからは奇異の目で見られた。貴族たちはほんの少しの距離でも馬車を使う。身の安全を守るためでもあるし、淑女のドレスと靴は道を歩くのには不適だ。貴族ではない商人でさえ馬車だし、食材を運ぶ者も荷馬車に乗ってやってくる。呑気に歩いているリーンが異常なのだ。

しかも、貴族街は爵位順に屋敷が決められている。王城に近くなればなるほど高位であり、平民街に近いのは下位貴族や騎士爵など一代貴族の屋敷となる。つまり、リーンはほぼ王城から平民街まで歩いて貴族街を通り抜けようとしている。公爵子息として顔バレしていなければ、貴族街を巡回する騎士たちに即捕縛されていただろう。

本人は「歩くと平民街まで遠いなぁ」と考えながら、呑気に歩いていたが。



























平民街は大きく二つの区域に分けられている。

西側は商業ギルドがあり、商店と住宅が立ち並ぶ比較的治安の良い場所だ。貴族街に屋敷を得ることが財政的に難しい貴族は、こちらに屋敷を買ったり集合住宅の一室を借りたりしていた。

東側は冒険者ギルドと鍛冶ギルドがあり、いささか血の気の多い者が多い。労働者向けの安価な宿や飲み屋が贔屓にされ、いわゆる夜の街も隅っこにひっそりと存在している。犯罪者が隠れ住んだり、闇ギルドがあるなど後ろ暗い噂に事欠かない街である。

王都には他にも数少ない魔法使いたちが日夜魔法を研鑽しているという魔塔が聳え建っていた。

リーンは、真実の愛の相手に会うために、足運びも軽やかに東側の区域へと進んでいく。通いなれた道が、今日は身分が平民となったせいか違う街のように感じられた。

真実の愛の相手は、年頃の女性が好む雑貨屋の近くで営む定食屋の給仕だ。ウェイトレスと呼ぶらしいが、自分が利用するレストランの給仕たちと違い、丈の短いスカートを履き胸元が開いた肩に布がひっかかっているデザインの白いブラウス、フリフリの白いエプロン姿で料理と酒を運ぶ姿は、ウェイトレスではないと思う。

婚約者……元婚約者のガブリエラからのお願いで、その平民たちに人気の雑貨屋で彼女に渡すプレゼントを選んでいたのだが、何がいいのかわからず途方に暮れていたリーンを助けてくれたのが、真実の愛の相手イリーネだ。屋敷まで商品やカタログを持ってきてもらい、そこから欲しいものを選んだり、欲しいものの要望を伝えオーダーメイドで作ってもらうのが当たり前だった公爵子息では、平民の品の良しあしがわからなかったので、彼女のアドバイスはたいへん助かった。

婚約者へのプレゼントだと伝えて、王都で流行っているというガラス玉の髪飾りや、花の刺繍が美しい靴下、繊細な彫刻の栞など、素朴ではあるが「かわいい」という品を選んでもらい、無事にガブリエラにプレゼントをすることができた。彼女がそれらを使っているのを見たことはないが、喜んでいたとは思う。

イリーネとはそれきりではなく、買い物を付き合ってくれたお礼として会い、相談があると言われ会い、忘れ物をしたと会い……そうして逢瀬を重ねて、元婚約者がいう真実の愛の相手となったらしい。

イリーネが住むアパートの前で足を止め、彼女との出会いから今までを反芻する。愛……愛? はて、愛の告白などしただろうか? リーンは暫しアパートの前で考えこんだが、答えが出ないと悟りイリーネに会うためアパートの階段を上ることにした。

トントン。
二階の右端の部屋はイリーネが借りている部屋だ。狭くて散らかっているからと、部屋の中に入れてもらったことはない。正確には、彼女を送り届けただけで部屋に入れてほしいと頼んだこともない。

ノックをしてしばらく、バタバタと荒い足音がしてガチャリと戸が開けられた。
ぼさぼさの髪と着崩したナイトウェアに裸足。どうやら寝ていたらしい。もうすぐ日が暮れるのだが?

「あ……。や、やあだ、リーンハルト様じゃない。ど、どうしたの? 急に来て」

あははは、と取ってつけたように笑うが、化粧をしていないイリーネの顔には眉毛が半分しかなく、肌も荒れていて別人のようで驚いた。驚いたからリーンは、取り繕うこともなく正直に自分に起きたことを話した。
「婚約破棄」され「廃嫡」され公爵家から放逐された、と。

「なにそれ? はあああぁっ? じゃあ、あんたはただの平民ってこと? お金もないの? なにそれ」

早口でまくし立てられたが平民になったことは間違いないので頷き、でもお金は持っていると言う前に、真実の愛の相手は悪魔のような顔でリーンを睨み低い声で別れを告げると戸を乱暴に閉めた。

「あ……」

固く閉ざされた戸の向こうでイリーネが癇癪を起こして騒ぐ声と、若い男の声が聞こえた。
リーンは、イリーネが真実の愛の相手なのかどうか確かめに来たのだが、自ずと答えは出たようだ。





「これでスッキリした。さて、商業ギルドに顔を出すとしよう」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】ドアマットに気付かない系夫の謝罪は死んだ妻には届かない 

堀 和三盆
恋愛
 一年にわたる長期出張から戻ると、愛する妻のシェルタが帰らぬ人になっていた。流行病に罹ったらしく、感染を避けるためにと火葬をされて骨になった妻は墓の下。  信じられなかった。  母を責め使用人を責めて暴れ回って、僕は自らの身に降りかかった突然の不幸を嘆いた。まだ、結婚して3年もたっていないというのに……。  そんな中。僕は遺品の整理中に隠すようにして仕舞われていた妻の日記帳を見つけてしまう。愛する妻が最後に何を考えていたのかを知る手段になるかもしれない。そんな軽い気持ちで日記を開いて戦慄した。  日記には妻がこの家に嫁いでから病に倒れるまでの――母や使用人からの壮絶な嫌がらせの数々が綴られていたのだ。

無魔力の令嬢、婚約者に裏切られた瞬間、契約竜が激怒して王宮を吹き飛ばしたんですが……

タマ マコト
ファンタジー
王宮の祝賀会で、無魔力と蔑まれてきた伯爵令嬢エリーナは、王太子アレクシオンから突然「婚約破棄」を宣告される。侍女上がりの聖女セレスが“新たな妃”として選ばれ、貴族たちの嘲笑がエリーナを包む。絶望に胸が沈んだ瞬間、彼女の奥底で眠っていた“竜との契約”が目を覚まし、空から白銀竜アークヴァンが降臨。彼はエリーナの涙に激怒し、王宮を半壊させるほどの力で彼女を守る。王国は震え、エリーナは自分が竜の真の主であるという運命に巻き込まれていく。

前世を越えてみせましょう

あんど もあ
ファンタジー
私には前世で殺された記憶がある。異世界転生し、前世とはまるで違う貴族令嬢として生きて来たのだが、前世を彷彿とさせる状況を見た私は……。

【完結】領主の妻になりました

青波鳩子
恋愛
「私が君を愛することは無い」 司祭しかいない小さな教会で、夫になったばかりのクライブにフォスティーヌはそう告げられた。 =============================================== オルティス王の側室を母に持つ第三王子クライブと、バーネット侯爵家フォスティーヌは婚約していた。 挙式を半年後に控えたある日、王宮にて事件が勃発した。 クライブの異母兄である王太子ジェイラスが、国王陛下とクライブの実母である側室を暗殺。 新たに王の座に就いたジェイラスは、異母弟である第二王子マーヴィンを公金横領の疑いで捕縛、第三王子クライブにオールブライト辺境領を治める沙汰を下した。 マーヴィンの婚約者だったブリジットは共犯の疑いがあったが確たる証拠が見つからない。 ブリジットが王都にいてはマーヴィンの子飼いと接触、画策の恐れから、ジェイラスはクライブにオールブライト領でブリジットの隔離監視を命じる。 捜査中に大怪我を負い、生涯歩けなくなったブリジットをクライブは密かに想っていた。 長兄からの「ブリジットの隔離監視」を都合よく解釈したクライブは、オールブライト辺境伯の館のうち豪華な別邸でブリジットを囲った。 新王である長兄の命令に逆らえずフォスティーヌと結婚したクライブは、本邸にフォスティーヌを置き、自分はブリジットと別邸で暮らした。 フォスティーヌに「別邸には近づくことを許可しない」と告げて。 フォスティーヌは「お飾りの領主の妻」としてオールブライトで生きていく。 ブリジットの大きな嘘をクライブが知り、そこからクライブとフォスティーヌの関係性が変わり始める。 ======================================== *荒唐無稽の世界観の中、ふんわりと書いていますのでふんわりとお読みください *約10万字で最終話を含めて全29話です *他のサイトでも公開します *10月16日より、1日2話ずつ、7時と19時にアップします *誤字、脱字、衍字、誤用、素早く脳内変換してお読みいただけるとありがたいです

聖女解任ですか?畏まりました(はい、喜んでっ!)

ゆきりん(安室 雪)
恋愛
私はマリア、職業は大聖女。ダグラス王国の聖女のトップだ。そんな私にある日災難(婚約者)が災難(難癖を付け)を呼び、聖女を解任された。やった〜っ!悩み事が全て無くなったから、2度と聖女の職には戻らないわよっ!? 元聖女がやっと手に入れた自由を満喫するお話しです。

〈完結〉貴女を母親に持ったことは私の最大の不幸でした。

江戸川ばた散歩
ファンタジー
「私」ミュゼットは初潮が来た時に母から「唯一のこの家の女は自分」という理由で使用人の地位に落とされる。 そこで異母姉(と思っていた)アリサや他の使用人達から仕事を学びつつ、母への復讐を心に秘めることとなる。 二年後にアリサの乳母マルティーヌのもとに逃がされた彼女は、父の正体を知りたいアリサに応える形であちこち飛び回り、情報を渡していく。 やがて本当の父親もわかり、暖かい家庭を手に入れることもできる見込みも立つ。 そんな彼女にとっての母の最期は。 「この女を家に入れたことが父にとっての致命傷でした。」のミュゼットのスピンオフ。 番外編にするとまた本編より長くなったりややこしくなりそうなんでもう分けることに。

悪女として処刑されたはずが、処刑前に戻っていたので処刑を回避するために頑張ります!

ゆずこしょう
恋愛
「フランチェスカ。お前を処刑する。精々あの世で悔いるが良い。」 特に何かした記憶は無いのにいつの間にか悪女としてのレッテルを貼られ処刑されたフランチェスカ・アマレッティ侯爵令嬢(18) 最後に見た光景は自分の婚約者であったはずのオルテンシア・パネットーネ王太子(23)と親友だったはずのカルミア・パンナコッタ(19)が寄り添っている姿だった。 そしてカルミアの口が動く。 「サヨナラ。かわいそうなフランチェスカ。」 オルテンシア王太子に見えないように笑った顔はまさしく悪女のようだった。 「生まれ変わるなら、自由気ままな猫になりたいわ。」 この物語は猫になりたいと願ったフランチェスカが本当に猫になって戻ってきてしまった物語である。

婚約破棄されたけど、逆に断罪してやった。

ゆーぞー
ファンタジー
気がついたら乙女ゲームやラノベによくある断罪シーンだった。これはきっと夢ね。それなら好きにやらせてもらおう。

処理中です...