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第11話 えっ!?  これがコンパニオン?

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上野駅から特急草津に乗り、およそ二時間二〇分の電車の旅。
アキ達は、葵・弾に伴われて草津温泉へと向かっていた。
目的地は【季(とき)・たちばな】、草津温泉を代表する老舗旅館であると同時に、ゆかりの生家でもある。
ゆかりは先日にアキ達の担任を外れたのだが、コンパニオン実習の場所としてここを手配していた。

「いらっしゃいませ」
沢山の仲居達がアキ達を出迎える。
入口にある歓迎板には、【テルマエ学園 御一行様】の他にも【DoDoTV 御一行様】や【〇×敬老会 御一行様】等、数多くの名前が書かれている。

仲居に案内されて受付へと向かった弾に一人の女性が話しかけた。
「いつもゆかりがお世話になっております。女将の橘紗矢子です」
(橘先生のお母さんか? それにしては若すぎるように見えるが・・・)
事実、どう見ても姉妹かと思える見た目だった。

「お世話になります、テルマエ学園一期生担任の松永葵です」
弾の横から葵が身を乗り出すようにして女将との挨拶を交わす。
(橘先生も久しぶりに御実家へと顔を出したかっただろうな・・・)
キョロキョロと物珍しそうに辺りを見回しているアキ達だったが、只一人 圭だけが女将を見つめていた。
「・・・、では。」
話を終えた葵と弾がアキ達のいる場所へと戻ろうとした時、圭が二人を呼び止めた。

「先生っ!」
葵と弾が同時に振り返る。
「あの女将さん、ゆかり先生の継母ですよ」
「えっ!?」

突然の圭の言葉に二人とも反応出来ないでいる。
「あの女将さん、ゆかり先生が来なくてホッとしてますよ・・・、きっと」
「何で・・・?」
「あたし・・・、そういうのって分かっちゃうんですよね」
圭は悪戯っぽく笑う。

(何なの・・・、この娘・・・。そういえばこの娘達の事でおかしなことがあったら直ぐに連絡するようにって言われてたし・・・。一応、電話しておくか)
「弾、皆を連れて大広間に行っておいて。うち、橘先生にちょっと電話してから行くから」
「葵が担任なんだから、直ぐに来いよ!」
「分かってるっ!」

弾はアキ達を連れて、大広間へと向かった。
葵はスマホを手に持ち、人気のない廊下でゆかりに電話を架ける。

Rrrr Rrrr

数回のコールですぐにゆかりが出た。
「松永先生? 何か?」
「大洗圭なんですが、おかしな事を言ってまして・・・」
「おかしな事って?」
「ここの女将が橘先生の継母だとか、先生が来なくてホッとしてるとか・・・」

(大洗圭・・・、能力はエスパスか・・・。それにしても、紗矢子が継母で私を嫌っていることまで分かるなんて・・驚きね)

「あの、聞こえてます?」
葵の声でふと我に返るゆかり。
「えぇ、報告は聞きました。ご苦労様」

ゆかりが電話を切ろうとするが、葵が食い下がる。
「こんな事まで予測してたんですかっ!? 何がどうなってるんですかっ!?」
「今の貴女に関係ありません。実習の件、宜しくお願い致します」

Poo Poo Poo

一方的に電話を切ったゆかりに対し、葵は憤慨の頂点に達していた。
「あの女もそうだけどっ!この学園って、どうなってんのよっ!?」


その頃、DoDoTVの取材班もテルマエ学園の温泉実習取材の為に草津温泉へと向けて車を走らせていた。

「ったく、何で急に社長直々に俺たちを指名するんだよっ!」
「きっと、ミネルヴァ学園長からじゃないですか?」
いらつく三橋にハンドルを握っている岩田が答える。
「だからって、草津温泉の授業風景を撮影だけじゃなくて中継までしろってんだぜ。いくら【テルマエ学園密着取材~草津温泉編~】って番組だって言ってもよっ!」

三橋が文句を言うのはいつもの事であり、スタッフたちは慣れているようだ。
「でも女の子たちの入浴シーンとかだったら、視聴率も結構いくんじゃないですか?」

岩田は撮影が楽しみな様子だ。
「それに今回は、橘ゆかりも来ないんですから、色々とチャンスですよね!」
前回の一件から、三波とゆかりは馬が合わないらしく、今回はゆかりが居ないってことでとても乗り気になっている。

「橘ゆかりって誰ですか?」
「高飛車で嫌な女なのよ、こーんな目をしててっ!」
三波は両人差し指を目じりに当てて、両目を吊り上げてみせる。

「おいおい」
三橋が頭を抱えながら口を挟む。

(まったく、ここまで相性が悪いとはな・・・)
「堀井も今回は撮影に入って貰うからな」
「はいっ! 頑張りますっ!」
「でも・・・、三波さん?」
「んっ、何?」
「局で何人かに言われたんですけど・・・」
「あぁ、あの事?」
「じゃ、ホントなんですか?」
「おい、やめてくれよ・・・」
「三橋さん、苦手ですもんね」
三波が笑いながら答える。

DoDoTVの局内ではひとつの噂があった。
それは三波には霊感体質があるというもので地方撮影に行くとなぜか心霊現象に遭遇するというものだった。

「この科学万能の世の中にそんなもん、あってたまるか」
「まーた、強がっちゃてぇ」

嘯く三橋に岩田がチャチャを入れる。

「この前の京都でも何もなかったんだ・・・。大丈夫・大丈夫、きっと大丈夫・・・」
三橋はおまじないのように大丈夫と繰り返して呟いている

(まったく、それ系はまったく苦手な人だからなぁ)
岩田の能天気さは三橋の精神安定剤のようなものとも言えるだろう。

「三橋さん、もう少しで着きますよ」
岩田の声に三橋が応える。

「じゃ、気を取り直して行くぞっ!」
DoDoTVの中継車も、【季(とき)・たちばな】へと到着した。


大広間では、葵がコンパニオンの授業を始めていた。
「コンパニオンにはイベント・パーティ・ピンクの三種類がありますけど、皆さんに体験して貰うのはパーティコンパニオン。旅館なんかで飲食の接待をしまます。料理の取り分けとか、お辞儀の仕方とか大事かな。まぁ、皆さんも旅館の関係者やから解かってると思うけど・・・」

一呼吸をおいて、葵は言葉を続ける。

「まぁ、実践あるのみっ! 体で覚えなさいっ! 以上っ!」
どうやら葵は人に教えることが苦手なようだ。
あまりにも淡々とした教え方で、誰もが困惑していた。

「先生っ!!」
七瀬が手を上げた。
「えっと、星野さん?? 何やの?」
「授業が簡潔すぎて全く解りません!!」

誰もが同じことを思っていたのであろう、視線が七瀬に集まる。
「まぁうちは、バイトもしてるから解るけど・・・。その説明はいい加減過ぎなんじゃないですか?」

優奈が七瀬に同調する。
「あちも同じ意見。これで解かれって言うほうが無理っ! 皆もそうと違う?」

穂波が皆の顔を見回すと、誰もが一様に頷いている。
「いやぁ、わいはピンクコンパニオンのことをもっと詳しく聞きたいわぁ」
ニヤニヤしながら八郎が言った、その瞬間。

バシーンッ!!

テーブルを激しく叩く音が大広間に響いた。
「お前らっ! うちの授業が解からんって言うなら出て行きっ!」
葵の怒声に驚き誰も言葉を発せない。

「うちは頼まれたからやってるだけで、こっちから頼んだんやないっ! 出て行かへんのやったら、うちが出て行くっ!」

誰もが呆気に取られている中、圭だけが皆とは違った視線で葵を見つめていた。

ガラッ!!

荒々しくドアを開けて、葵は大広間を後にする。
誰もが次に為すべきことが見えず黙って座っていたが、一人 圭だけが席を立った。

「ほっときなっ!」
そう言う穂波に圭が言葉を発する。
「皆、言い過ぎたって思ってるんでしよ? 先生だって同じ、だったらほっとけないよ」


大広間を荒々しく出た葵、先の廊下では壁を背もたれにして腕組し立っている弾の姿があった。

「・・・っ」

黙ってその前を通り過ぎようとした葵の後ろ姿に弾が語り掛ける。

「七年前と同じように、また逃げるんか?」
「弾っ!」
葵が何か言うのを遮るように弾の言葉が続く。

「嫌やから、思い通りになれへんからって・・・。また、投げ出すんか?」
「あんたに、何が解かるんやっ!!」
「そうやって、勝手ばかりしおってっ!!」
弾と葵、互いの視線が激しくぶつかる。
まるで各々の背に、龍と虎が浮かび上がってくるかのような激しさだ。


この煉獄のような空間に割って入ったのは、圭であった。

「弾先生も葵先生もお互いに人には言えない苦労があったんですよね・・・」

(な・・・っ!)

葵は圭がここの女将とゆかりとの関係を察しそれを報告した時、ゆかりの挙動が不審に感じたのを思い出した。

(まさか、本当に考えていることが・・・)
圭の言葉に対する葵の態度を不信に感じる弾。
その弾に振り返って、圭が話しかける。
「弾先生も少し落ち着いて下さいませんか。いくら心に思う事があったとしても・・・」
(な・・・、何なんだ? この娘・・・?)

不思議だが、圭の言葉を聞いているうちに弾も葵も高ぶっていた感情が収まってくるのを感じていた。

「本当は、仲の良い姉弟・・・、なんですよね?」
圭は微笑んでいる。

「かなわんなぁ・・・」
「ほんま・・・」
弾と葵は顔を見合わせて大きなため息をついた。

「葵先生、ご自分の経験を話そうとしたのにうまく伝えられなかったんじゃ・・・」
「そうなのか? 葵?」
「まあ・・・、な」
圭が微笑みながら言う。

「大広間に戻りませんか? 弾先生も一緒に!」
不思議に思う者もいただろう、弾までが揃って圭に付き添われて戻ってきたのだから。



大広間では、葵が出て行った時のまま時間が止まったように皆が座ったままだった。

「あっ、圭ちゃん」
大広間に戻った圭を見て、アキが見つける。
その圭の横をすっと通り抜けて、葵がテーブルの前に立つ。

「授業中にすまなかった」
葵が頭を下げる。

「では、ここから授業を再開ですなぁ・・・」
弾がゆったりとした口調で話す。

それからの葵の授業は先ほどまでのものとは打って変わって、自身の体験を交えながらのものであり誰もの興味を引くものに変っていた。
臨機応変な対応が望まれる事、清潔感重視の美しい立ち振る舞いが好印象を与える事等々・・・
そうしてことで人脈も作れ、自分を磨いていくことにも繋がる事。

全てにおいて聞きやすく、授業終了の際には自然と皆から拍手が起こっていた。
もっとも大きな拍手を送っていたのが、優奈であったことも敢えてここで触れておこう。

後ろで聞いていた弾も心無しか口元が緩んでいる。

「以上っ、質問は!?」
葵の問いに圭が手を上げた。

「大洗・・・、さん?」
「はいっ!関係ないかも知れませんが、お二人のことを弾先生と葵先生って呼んでも良いでしょうか?」
弾と葵は少し前の事を思い出した。

(そう言えば・・・、あの時・・・)

二人は顔を見合わせる。

「良いんじゃねっ? 松永先生だとどっちか分からなくなるし」
「そうや、ゆかり先生のときもそうやったし」

穂波の言葉に八郎が応える。
大広間にどっと歓声が広がった。

(こいつら・・・)
「皆、これからしっかりと鍛えてやるから覚悟しなよっ!」
「はいっ!」
「はい!」
「はいっ!」

アキ達が次々と返事をしていた。
強気の言葉を発した葵の目に少しだけ涙が滲んだ事に気付いたのは、弾だけだっただろうか。
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