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第14話 アイドル部、初公演っ!?

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大広間の喧騒が続く中、大広間の扉が開くき、穂波と優奈が戻って来た。
後ろには、弾と葵の姿もある。
一瞬静まり返る大広間、弾が口を開いた。

「話は聞きました。アイドル部がどうあるべきかなんて事はここで語るつもりもないし、皆がやりたいって言うんやったら・・・」
一瞬の空白・・・
「やりたい事があるんやったら、やるべきやと思います」
「わぁっ!」
「やったぁっ!」
アキ達は飛び上がって喜んでいる。
「葵は?」
皆の視線が葵に集まる。
「アイドル部の顧問が言うてるんや。うちも担任として依存は無い。皆がやりたい事を見つけてきたんなら、女将さんと敬老会の皆さんにも話をつけて来たる」
自分がやりたい事、しなければならない事を背負って来た姉弟だからこそ分かるものもあったのだろう。
「ただっ!」
葵の声だけが響く。
「弾と一緒に三味線弾くんは、ひっかかるけどな・・・。うちに付いて来れるんか?」
葵は挑戦的な視線を弾に送る。
「心配すなや。そっちこそ無理したら指、攣るで」
まさに姉弟ならではの微妙な掛け合いと言おうか。

「まぁ、DoDoTVにも話付けてきたるわ、頑張りや!」
「えっ、DoDoTV?」
先に大広間を出た優奈と穂波が顔を見合わせる。

「それくらいのこと、ちゃんと分かってるんやで」
にっこりとほほ笑む弾と葵。
(やっば、大人かぁ・・・)
穂波は少しだけだが弾と葵の優しさに触れたような気がしていた。
一方、葵も・・・
(二つ違いでも、年下の面倒はちゃんと見るか・・・。思ってたより大人かも知れんな・・・)

弾と葵が大広間から退出した後、アキを中心に皆が集まっている。

(周りを巻き込んで、いつの間にか同じ方向を向かせているか・・・。まるで風車みたいな奴だな・・・)
そう呟いた渡は何かを思いついたように、スマホを片手にそっと大広間を後にした。


「あぁ、それで・・・200もあれば。そうだな・・・、【紅の風車】で・・・」
電話を切った渡は何げない顔をして皆の所へと戻って行った。


夕方の六時を過ぎた頃、宴会場には敬老会の面々が着席し、開演するのを今や遅しと待っている。

「お待たせしました。只今より緊急企画!、テルマエ学園アイドル部の第一回温泉公演が始まろうとしています。ここは私、DoDoTVの突撃リポーター 濱崎三波が独占中継させて頂きます!」

宴会場は否が応にも盛り上がっている。

「更に今回は特別ゲスト参加として、京舞踊松永流三代目家元の松永弾さんも特別参加して頂くとの情報も入っております!」

葵の存在を敢えて発言しないのは単なる偶然か否かは、読者の判断に任せておこう。

「あっ、アイドル部の皆さんが入場してきました。なんと今回の公演では京舞踊を取り入れた新しい何かが演じられるということです、しかも浴衣姿なんですよ! いかがですか? 楽しみですよね?」
三波は近くにいた老人にマイクを向ける。
「いやいや、若いっていうのは良いのぉ・・・」
「なんだかよく分かりませんが、とにかく楽しみで仕方が無いようです!」
惚けた返答をうまく切り回しているうちにアキ達が壇上に並び、三波も演壇へと移動する。

「歌は、白布涼香さん、踊って頂くのは左から 向坂汐音さん・ミッシェル アデルソンさん・温水アキさん・ハン ツァイさん・星野七瀬さん・平泉萌さん・源口優奈さん・塩原穂波さん。大洗圭さん 総勢十名のエンターティメントショーのスタートです!」

岩田のカメラは三波の紹介に合わせて、一人一人を順に撮影しているが・・・
すずのカメラは少し渡に向く時以外は、弾に向きっぱなしだ。
「堀井~、頼むから生徒を映してくれぇ~」
三橋は最早懇願モードに入っている。


「ハッ!」

弾のかけ声とともに、葵と並んだ三味線二竿がメロディを奏で始めた。

♬♬ ジャカジャカジャジャジャッジャンジャーン~ ♬♬ 
と、同時に宴会場の照明が一斉に消える。
「なんじゃ、こりゃっ?」
「まさか、停電かぁ?」

驚いた敬老会の面々がざわめく。
一瞬の間を空けて、DoDoTVの照明班がアイドル部の姿をスポットライトで浮かび上がらせた。
中央には涼香が立っている。

♬♬ 今夜だけでも、メルヘンボーイっ!Do you wanna dance tonightッ ♬♬

マイク無しでもよく通る声が宴会場に響く。
アキ達は涼香の左右に広がって扇子を回してみたり、手を振り足をとんとんと踏みながら踊っている。
(バラバラな動きやけど、舞踊の基本動作は覚えたみたいやなぁ)
三味線を弾きながらも弾は感慨深そうにアキ達を見つめる。
一方、葵はと言うと・・・
(白布涼香やったか・・・、何やのこの声域の広さ・・・。この子らホンマに何かあるんやな・・・)
圭の一件を思い出し、これから起こる事は想定外ばかりになると感じていたようだ。

「ええぞーっ!」

踊りはバラバラだが一生懸命に踊り、愛嬌を振りまいている姿は敬老会の面々にも受け入れられている。
様子を見ていた渡とケリアンがペンライトを右に左にと振りかざすと、同時に八郎と二郎が敬老会の面々に点灯したペンライトを配っていく。
会場に流れるリズムと渡たちの動きに誘われて皆がペンライトを左右に振っている。
途中、アキとミッシェルの脚がもつれて転んでしまい浴衣がはだけるハプニングもあり、その瞬間は八郎と二郎の手が止まっていたのだがご愛敬にしておこう。

「こりゃ、盆踊りの歌じゃのう」
「皆、頑張っとるわい」
「三味線とは、また風情があるのう」
こうして宴会場は誰もが盛り上がり、興奮の渦に巻き込まれていた。

~♬♬


演奏とダンスが終わりアキ達は息を弾ませながら横一列に並び、客席に向かって頭を下げる。
「ありがとうございました」
会場は大波のような拍手の音で埋め尽くされていた。
「凄いパフォーマンスでした、テルマエ学園アイドル部の皆さん!お疲れさまでしたぁ!」
三波のアナウンスが入ると同時にスポットライトが三波へと切り替えられる。
「これでテルマエ学園密着取材~草津温泉編~は終了です。さて、今度はどこの温泉でどんなパフォーマンスが繰り広げられるのでしょうか。次回もお楽しみにっ! 以上、濱崎三波がお伝えしました」
「OKっ!」
三橋も思わずグッショブサインを出しており、かなり満足したようだ。

アキ達は宴会場の出口に一列に並び、退出していく敬老会の一人一人と握手を交わしている。

「良い映像が取れましたよ」
三橋が弾に近づき握手を求める。
「こちらこそ、無理をお願いしてしまいましたな」
弾は差し出された三橋の手を力強く握り返した。

舞台の袖では、葵と紗矢子が話している。
「良かったら、定期公演しません?」
「いえ、まだまだしっかりと修行させてきますよって・・・」
「じゃぁ、その時までお待ちしますわ」

(ゆかりの生徒か・・・、私もうかうかしてられないみたい・・・)

DoDoTVのメンバーも引き上げ、落ち着きを取り戻したアキ達、ふとある事に気付く。
「あのペンライト、どこから出てきたんだろ?」
アキの素朴な疑問は誰もが同じ事を思っていたようだ。
「八郎と二郎が配ってたよね・・・?」
七瀬は八郎を見る。
「いや、そこにあったし・・・」
「学園長とかじゃねえの?」
穂波の言葉に優奈が応える。
「それにしては準備が早すぎるし・・・」
「盛り上がったんだから良いけどね」
汐音はあくまでもクールだ。
「ニューヨークの摩天楼みたいに綺麗ダッタヨ」
ミッシェルがそう言った瞬間に二郎が何かを思い出したようだ。
「そう言えば、渡とケリアンが最初にペンライト振って・・・、すぐ近くに段ボールがあって・・・」
「ふーん、渡? ケリアン? どこからその箱持ってきたの?」
圭は何か答えを期待しているような口調で問いかける。
「渡。ワカル?」
ケリアンが渡を見る。
「知らね、置いてあった段ボールみたらペンライトが入ってたから使っただけ」
渡はペンライトの出所にはまったく興味が無いようだ。
「女将さんとか?」
萌は、振り返って涼香を見る。
「でも、あの演出は知らなかった筈だし・・・」
「先生たちとか・・・」
「だったら、練習とか打合せの時に言うと思うよ」
アキも七瀬も狐につままれたような気持ちになっていた。

「あっ、これっ!」

その時、二郎が指さしたのは、段ボールに張られた荷札である。
「えっ、当日配達便?」
かなり急いで配達されたのだろう。
「受取人は、テルマエ学園アイドル部一同様、差出人は・・・、【紅の風車】?」「【紅の風車】って何や?」
「さぁ、暗号とかですかねぇ?」
八郎と二郎が考えても何が何やらさっぱり解からない。
「ファンとかジャナイ?」
ハンの言葉に、ファンと聞いた皆が互いに顔を見合わせている。
「【紅の風車】、フランス語だと、【ムーラン・ルージュ】って言ウンダケド・・・」
ケリアンが独り言のように呟く。
「【ムーラン・ルージュ】・・・」

何故かその言葉が気に掛かっていたのはアキだけではなかったようだ。
ただ、圭だけが悪戯っぽく微笑んでいたことは誰も気付いていなかった。



RrrrRrrrRrrr

「橘先生、夜分遅くに恐れ入ります。今、よろしいでしょうか?」
「何かありましたか? 松永先生」
一応は報告しておいた方が良いと思った葵がゆかりに電話をしている。
「実は敬老会の宴会場で京舞踊をアレンジしたダンスをアイドル部として公演しました。うちの一存で勝手な事をして申し訳ありませんでした」
葵はあの場のノリで公演を承諾させた事をゆかりから叱責されるものと思い込んでいた。
(大洗圭の話が正しければ、橘先生は女将に借りを作ってしまった事にもなる・・・)
それ相応の処分があっても自分一人でその責任を負い、弾やアキ達には波及させないと決めた上での事であった。
だが、ゆかりの返事は・・・
「今は貴女が担任です。私の出る幕ではありません・・・。で、結果は?」
「それが予想外に大盛況で、敬老会の方達からも拍手喝采で・・・」
いつの間にか嬉しそうな話し方になっていたのは葵本人も全く気付いていない。
(思っていた以上ね・・・)
一呼吸置いて、ゆかりが葵に返答した。
「わかりした。学園長には私から報告しておきます。ご苦労様」

PooPooPoo

ゆかりとの通話は前回と同じように一方的に切られた。

「また、一方的っ!? 本当にあの橘ゆかりって女、何なんやっ!」
憤る葵であったが、幾分ホッとしていたのも事実であろう。


(弾はともかく、葵は学園長の見込み違いじゃないかって思ってたけど・・・。私の読み違いのようね)


「はぁ、疲れたぁ・・・」
中継で疲れ切った三波が廊下を歩いていくと先に弾の姿が見える。
(やったぁ、これってもしかしてチャンス到来っ!?)
何かきっかけを作って声を掛けようとし、周りに誰もいないことを確認しようと振り返った先に・・・

(えっ、何でっ!?)

三波の視線の先には、葵と弾の姿が・・・
さっきまで自分の前に居た弾が後ろに居るなんてことはあり得ない。
もう一度前を見直すと、そこには紗矢子の姿がある。

「どうかなさいましたか?」
「いえ・・・、その人を見間違えたみたいで・・・」
紗矢子はクスクスと笑いながら言葉を続ける。
「そう言えば、この辺りには送り狐っていう昔話があるんですよ」
「送り狐?」

紗矢子の話では、ずっと昔、この地に化け狐がいて夜道を通る人々を妖怪に化けて旅人を脅かしていたというものだった。
ところがある日通りかかった山伏によって調伏され、村人達に突き出された化け狐はこれまでの恨みとばかりに殺されてしまいそうになったのである。
だが、山伏は化け狐を助けるよう村人達を説得し、化け狐は夜道の守り神となり旅人を安全に通行させるようになったというものだった。

「化け狐ねぇ・・・」
「まぁ、その後も人に化けたりしたらしいとも言われてますけど・・・」

紗矢子はかんらかんらと笑いながら三波に背を向けて歩き出した。
くるりと後ろを向けた瞬間、ファサッと何かが廊下を撫でるような音が聞こえたかと思うと、紗矢子の足元にフサフサとした何かがキラッと光った。

(えっ、しっぽ・・・?)

「どうしたんですか、三波さん?」
後ろから呼ばれて振り返ると、そこにはすずが笑っている。
「あのねっ! すずちゃんっ!?」
そう言いかけて、紗矢子を改めて振り返る三波。
だが、そこに紗矢子の姿は無かった。
「あのーっ? 三波さん?」
すずは三波に何か起きたのか全く解からなかった。
「ねぇ・・・、すずちゃん・・・」
「はい?」
「すずちゃんは、本物よね?」
「何言ってるんですかぁ、もう」

どうやらDoDoTV局内の噂は本当なのかもしれない・・・
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