上 下
24 / 129

第23話 アイドル甲子園の幕開け

しおりを挟む
春爛漫 桜が見頃を迎える頃、沢山の新入生達がここ【テルマエ学園】に入学してきた。
アイドル部の活躍があった事はここに述べるまでも無く・・・

「あっ、アイドル部の温水さんっ! やばっ、かわたん!」
「あっちは、チアダンの向坂さんっ! おしゃかわーっ!」
「うわぁ、塩原さんっ!胸きゅんっ!」

アキ達も晴れて第二学年となり、新入生達の憧れの視線を受ける立場となっていた。
そして、【ムーラン・ルージュ】の活動も日を追うごとに多忙を極め始めていた・・・



その数日前、横浜中華街の一角では・・・
「ナニ、アイドル甲子園ダト?」
日本に滞在中の孫にDoDoTV主催のアイドル甲子園の情報がもたらされたのは、アキ達が【ぱんさー】で【ムーラン・ルージュ】の結成パーティをしている頃だった。
「コンナ小娘ドモニ熱狂スルカ・・・、ニホンジン・・・」
堀塚音楽スクールの緊急会見を見ながら、孫は何かを考えていた。

「ボス・・・、何カ?」
「コレニ出タラ、ドウナル?」
「優勝スレバ、イイ宣伝ニナリマスガ・・・」
「神奈川ノ代表ニエントリーサセロ。ソシテ、ブラフマーニ連絡ヲ・・・」
「早瀬ノ事ハ、宜シイノデ?」
「コッチノ方ガ手早ソウダ・・・。アイドルガ宣伝スレバ、バカナ男、スグニ買ウ」


駆が消息を晦まし、所在が掴めなくなっていた孫にとっては渋温泉のリゾート開発よりも日本国内に覚醒剤の密売ルートを作り上げてしまう事の方が優先になっていた。

「ブラフマーニ、神奈川エントリーチームノ弱味ヲ調べサセル」
「・・・」
「後ハ本国ノ【上海特芸団】カラ、アイドルヲ送リ込ム」
「国籍ハ・・・」
「全員、留学生トスレバ良カロウ?」
「ソレモ、ブラフマーニ?」
「金サエ積メバ、ナンデモスルヤツダ。後、ヤミを呼ンデオケ」
「覚醒剤ノ蒸留ハ日本デハ危険ガ」
「イヤ、覚醒剤ジャナイ。アイドル甲子園デ確実ニ勝ツ為ダ・・・」
孫の顔に悪魔の笑みが浮かんでいた。



さて、話をテルマエ学園へと戻そう。
あの一件以来、汐音・七瀬・圭の3人が交代でリーダーとなっている。
今日は・・・、汐音がリーダーとなり得意のチアダンを取り入れた練習を行っていた。

「皆! ダメダメッ! 足が上がってないし、動きも揃ってないっ! はいっ、もう一回っ!」
曲目が決まった訳でもなく、日替わりのリーダーではまとまる筈など無い。
汐音一人が張り切っている日が続き、リーダーに名乗りを上げた七瀬と圭も具体的に何をするのかを見出せない日が続き、倦怠感と疲労が蔓延しつつあった。

「お前らっ、真面目にやらんかっ!」
葵の怒声が飛ぶ。
「ふう、皆バラバラ・・・。やっばり、リーダーを決めてからの方が良かったんですやろなぁ」
弾はため息をつきながら横目で葵を見る。


だが、もっと深刻なため息をついている男が居た、DoDoTVの三橋である。
アイドル甲子園の地区予選はプロモーションビデオをDoDoTVで公開し、視聴者のWEB投票の結果上位2チームによる決戦を全国各地で行い各都道府県の代表を決める事になっている。
そのプロモーションビデオの打合せに来ていたのだが・・・


「何てこった・・・。こりゃあ・・・。とても撮影どころじゃねぇぞ・・・」
三橋だけではない、岩田も動きが止まってしまった。
「アイドル・・・、ですよね? 歌無しで・・・?」
「それより・・・、バラバラで何してるんですか・・・?」
すずも途方に暮れ始めている。
「歌うって言うより・・・。そもそもちゃんと声出せるの、この娘たち・・・」
三波までもが表情を曇らせる。
「おい、怖い事言うなよ・・・。三波ィ・・・」
三橋は今にも泣きだしそうな顔になっている。

パンパン!

DoDoTVの到着に気付いた弾が手を叩き皆が集まってくる。

「休憩にしまひょ。それと三橋さんからお話があるそうどす」

皆を前にして、三橋はおずおずと話し出した。
「え~、皆さんはアイドル甲子園に出場して頂くんですが・・・。そう、温泉アイドルっていう感じで温泉のアピールとかして貰って・・・。まぁ、優勝を目指して貰うんですが・・・」

三橋の話は要領を得なくなっている。
それも当然だろう、自分の全てを賭けた企画の目玉ユニットがこの惨状では・・・

「アイドルですから・・・、その・・・。踊るだけじゃなくて歌うんです。皆さん、歌・・・、歌えますよね? 発声練習とかしてますよね?」

だんだんと神仏に縋るような口調になりながら三橋は助けを求めるように葵と弾を見る。
葵は大きく首を横に振り、弾は右手を額に当てて俯いている。

(おいおい、先生までこれかよっ!)
三橋はざわつくアキ達に視線を戻す。

「えっ!? 歌うのは涼香じゃねぇの?」
穂波の一言が三橋の心にグサりと突き刺さる。

「うちらは、しっかりダンスするしぃ」
「お店でカラオケならしたことあるけど・・・」

汐音と穂波の言葉が連続して、三橋の心にグサグサと刺さる。
(嫌な予感が当たっちまったかぁ・・・)

流石の三橋もこの衝撃はキツかったのか、その場にヘナヘナと座り込んでしまった。
(どうする・・・? 今更、出来ませんなんて・・・! 時間もねぇぞ・・・)
茫然と視線を泳がせる三橋。
だがその視線が三波を捕らえた瞬間、一つの妙案が浮かんだ。

(やるしかねぇんだ!)
両頬を掌でパンパンと叩き、瞬時に気持ちを切り替える。

「三波、ちょっと・・・」
「えっ!?  わたし?」

三橋は三波を呼び座り込んで、真剣な顔つきで話し込む。
しきりに相槌を打っていた三波がすっくと立ちあがる。

「皆さん、今日からわたし 濱崎三波が、発声・滑舌トレーニングのレッスンをします! わたしが皆さんを立派なアイドルにして見せますっ!」
ガッツポーズを取りながら、瞳を輝かせて三波は語った。

パチ・・・、パチ・・・パチ

呆気に取られた葵と弾が呆けた表情のまま力なく拍手する。

(三波っ! お前に【ムーラン・ルージュ】と俺達の命運がかかってるんだ)
三橋は熱い視線を三波に送る。
「三波さんなら絶対にできますっ!頑張ってくださいっ!」
すずも同じようにガッツポーズになっている。
「任せてくださいっ!」
張り切る三波だったが、岩田だけが不安げに呟いていた。
「前途多難・・・、だなぁ・・・」

その日から早速、三波のトレーニングは、超が付くほどのハードスケジュールで開始されたのである。



時間を少し遡る。

東京都中野区・堀塚音楽スクールでは理事長がスクールの主だった面々を集めていた。
堀塚音楽スクールは別名・日本一のお嬢学校と呼ばれるほど上下関係に厳しく、また歌劇を中心に芸能各界にスター候補を送り出す名門である。

ただ、先代の理事長より学園を引き継いだ堀塚梨央音はアイドル甲子園に自校の生徒ユニットをエントリーさせるに当って古株の役員達を説得しきれずに焦っていた。

「理事長っ! アイドル甲子園に中等部の生徒など無謀ですっ!」
「歴史ある堀塚の名に泥を塗るおつもりですかっ!」
「舞台慣れもしていない子供にそんな無茶をさせるなんてっ!」

各講師や学園長達が恐れているのは、失敗することであるのは分かっていた。

(このままでは堀塚も時代に淘汰される日が来るという事がなぜわからないのっ!)

失敗を恐れて安全策ばかりを取って来たものの末路、だがこの年寄りたちは今の自分を安定させる事しか考えていないのだ。

「洗練された高等部の生徒で優勝するのは当たり前。それよりも未来の可能性を秘めた中等部を敢えてアイドル甲子園に送り出し、彼女達の才能を更に開花させるのです!」

梨央音も全く引く気配が無い。だが・・・
(やっばり、この石頭共を納得させるには私では力不足か・・・。こんな時・・・)

石のような沈黙が続いていた。

「お待ちくださいっ!」
「そこをどきなさい!」

会議室の扉越しに押し問答が聞こえ、バンッ!と音を立てて扉が開かれた。
会議室に居た面々の視線が侵入者へと向けられる・・・

「あっ、貴方は・・・!」
「早瀬・・・、総帥・・・」
そこに立っていたのは、早瀬コンツェルンの総帥 早瀬将一郎であった。


コツコツと靴音を響かせながら将一郎は会議室に踏み入り、じろりと居並ぶ一同を見回す。
誰もが将一郎の視線を躱す中、ただ一人 梨央音だけがその視線を受け顔が綻ぶ。

「どうだろう、ここは梨央音に任せてみては?」
「将一郎伯父様・・・」

この堀塚音楽スクールの先代理事長は、梨央音の亡母であった。
梨央音の母は将一郎の妹であり梨央音は、渡と駆の従姉になる。
小さい頃から利発であり成長とともに経営の才を見出していた将一郎は、梨央音を息子達以上に可愛がっていたのである。

「いかに早瀬総帥でも、この問題は・・・」
「ほう、では早瀬の後ろ盾無しでこれからやっていくつもりかね?」
「いや・・・、それは・・・」
「だったら、黙っていてもらおうか」
「は、早瀬総帥がそう申されるのであれば・・・」
「・・・、異存はありません」
「では、話は決まったようだな」

「伯父様、少しお話が・・・」
「うむ」
梨央音と将一郎は別室へと席を移した。


「ありがとうございました。やっばり私ではまだスクールの運営は難しいようですわ」
「何を言う、梨央音なら安心して任せられると思っている」
「でも、今日みたいに頭の固い皆さまを説得するのは・・・」
「ふっ、そうなる事を見越してあの緊急会見をしたのでは?」
「あら、お見通しでした?」
「私が出てくる事も想定内だろう?」
「まったく、伯父様には叶いませんわ。ところで、駆君と渡君はお元気ですか?」
梨央音は微笑みながら尋ねる。

「相変わらず使えんよ、駆は・・・。私に尻ぬぐいばかりさせおる。渡はまだマシだがな・・・」
少し困ったような表情を見せ答える将一郎。

「ところで、中等部のユニットは決まっているのだろう?」
「はい、この通りに・・・」
梨央音は綴じられたファイルを将一郎に差し出した。
ページを捲ると、先日の会見で映し出されていた四人のプロフィールがある。

「なるほど・・・、流石だな。 ・・・でユニット名は?」
「シュシュ・ラピーヌ」
「可愛い子ウサギ達か・・・。渡がライバルチームにいる・・・」
「どちらの?」
「テルマエ学園・アイドル部」
「決勝戦まで来てくれたら、渡君にも会えますわね」
梨央音は楽しそうに笑う。

「それと、もう一つ・・・」
「何でしょうか?」
「駆が良からぬ輩に関わった・・・」
「あら・・・、まぁ」
「お前の所にまで被害は及ばないと思うが、もしもの時は・・・」
「えぇ、すぐに伯父様にご連絡を・・・」

(梨央音が私の娘だったら、安心して全てを譲れるのだが・・・)

将一郎の心の呟きは誰にも聞こえる事は無いだろう。



その頃、ゆかりは石川県和倉温泉へと向かっていた。
羽田空港から能登空港まで一時間。更に小一時間ほどタクシーに乗れば和倉温泉である。
和倉温泉 旅館【みなぐち】その名の通りここは優奈の生家である。


和倉温泉は国内でも珍しい食塩泉であり白鷺が傷を癒し、羽を休めたとされている出湯が発祥となっている。
効能は塩分が皮膚に付着する事から、湯冷めしにくく保温効果が高い。
更に塩分が毛穴を引き締めてくれる為、美肌にも効果があるとされている。


旅館【みなぐち】では、ゆかりが女将から優奈の子供の頃の話を聞きながら郷土料理でもてなされていた。
「これは治部煮ですね」
「はい、鴨と鶏に小麦粉をまぶしてから醤油ベースの出汁で野菜と一緒に煮込んでます。あの子も好きだったんですよ」
ゆかりはボイルしたホタルイカを酢味噌に付け、箸を進めている。
「能登丼はいかがですか?」
「地元素材ならではの味ですね」
「能登産の和牛を山椒ソースで絡めて、能登野菜の塩漬けを刻んで乗せているんですよ」
「塩味とスパイシーな感じが何とも言えませんね」


優奈は子供の頃から、特にお金に関してはかなり執着するところがあったらしい。
「昔のお金を見つけたと言って拾って来たこともありまして・・・」
恥ずかしそうに言う女将だが、どうやらそれは大切に保管してあるという。
「是非、見せて頂けませんか?」
「少し、お待ちを・・・」

しばらくして女将の持ってきたものは貨幣とも見える二枚の小さな円盤状のものだった。
(やはり・・・、宇喜多か・・・)
一枚には、剣片喰 (けんかたばみ)の家紋が見て取れた。
そしてもう一枚には・・・
(丸に違い鎌紋・・・、これは小早川の家紋の筈・・・。なぜ?)

「あの子、田舎が嫌で東京へ出て行ったんですが、岡山出身の方と仲良くなったと言ってましたねぇ」

(そうか・・・、宇喜多秀家はもともと岡山城主・・・。そして小早川か・・・。偶然じゃないわね・・・)

優奈と穂波だけがなぜ知り合いだったのか、そしてアキ達と歳が違っていた事もここに何かがあるとゆかりは直感した。

(このまま岡山に向かうか・・・、それとも・・・)

ゆかりは次の目的地を考えながら眠りについた。


しおりを挟む

処理中です...