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第26話 新たなる陰謀

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アイドル甲子園の開催が日に日に近づく中、DoDoTV局内では各都道府県エントリーユニットのプロモーションビデオが次々と届いている。

アイドル甲子園は、都道府県単位にWEB公開したプロモーションビデオを観た視聴者からの投票により選ばれた上位二チームによる地区予選決勝となるのだ。
地区予選決勝はWEBではなく実舞台での上演を審査員と一般参加者による投票が行われて地区代表が決められる。
こうして選ばれた地区代表はトーナメント方式により勝ち上がり、アイドル甲子園を戦う事になるのである。

そのアイドル甲子園に中国からユニットを呼び寄せようとしている孫は、新たな動きを画策していた。




「やっほ~、久しぶりぃ」

躊躇する事なく孫のいる部屋のドアを開けて入って来たのは、ショートカットのうら若き女性である。
小柄で東洋人であろう事と眼鏡を掛けている事以外、別段特徴らしきものは無いともいえるが孫の前にこれだけ軽いノリで入ってこれる事でまともな神経の持ち主では無いと想像に難くない。

「んで、どうだったぁ? ボクのリサーチは!」
「ボス、コイツハ・・・?」
孫に対してこのような行動がとれる人間などいる訳がない・・・、誰もが警戒の眼差しを向ける中、セルゲイだけが侵入者をまっすぐに見据え口を開く。

「ヤミ・・・、イーシャ・・・ダ」
「コッ、コイツガ・・・」
「おや、セルゲイじゃん。しばらく見ないと思ってたら、こっちに来てたんだぁ。元気してたぁ?」
「オ前モ、ヨク生キテタナ」
「まあね~、さ~て。お仕事お仕事っと」



ヤミ・イーシャ、孫が呼び寄せた彼女について少し触れておこう。

香港大から、広東薬科大へ留学したこともある天才調薬師である。
実験・調合の為なら事の善悪を問わなかった為に、資格を剥奪され闇の世界へと足を踏み入れたのだが他にも様々な特殊技能を習得している。
調薬師であると同時に火薬調合にも長け、電子工学の知識と相まった時限爆弾は解除不可能と各国の爆発物処理のプロも匙を投げている。
また、台湾の長袖拳【孫臏拳(そんぴんけん)とも呼ばれている中国拳法の一種】 の名手でもあるだけでなく、ブラフマーと並ぶハッカーとしても闇の世界では知られており、その多彩な才能から、【十の顔を持つ魔女】とも呼ばれている。
また、宝石・貴金属に異常な興味と執着を示す事から別名・【暗黒のグリフォン】の異名も持つ。
更に中国語・韓国語・ロシア語・英語・フランス語・スペイン語・日本語の七つの言語を自在に使いこなし、IQは300を超え計測不可能と言われている。



「んで、何処を選んだのかなぁ?」
「京都ニ行ケ、黄(ホワン)」
「ボスノ御命令ナラバ・・・」
「ほうほう、明智の埋蔵金を選んだ訳かぁ。上手く見つけたら、小判とか頂戴ね~」
孫は日本のいっこうに進まぬ渋温泉開発に痺れを切らし、ヤミに日本各地の埋蔵金伝説を調べさせていたのだ。

「渋温泉ガ進マヌナラ、手軽ナ所カラ始メルシカ無カロウ」
そして、京都府亀岡市に明智光秀が埋蔵金を残したという情報を選んだのである。

「温泉ガアルヨウデスガ」
「強引ニ乗っ取レバイイ。渋温泉ハ、手間ヲ掛ケ過ギタ」
「我々ラシク、派手ニ暴レマスカ」
「多少ノ逮捕者クライハ想定内ダ」
「承知シマシタ、ボス」
「フッ。カロロスが何カ探ッテイルナラ、奴ノ知ラナイ所デ先ヲ越セバ良イ」

「いいなぁ、温泉かぁ・・・。ボクも行こうかなぁ」
「オ前ニハ、他ニモヤッテ貰ウ事ガアル」
「はいはい、上海特芸団の国籍を書き換えるんでしょ。まったく、ブラフマーと連絡を取れなくなったからってコッチに振られてもね~。まぁ、追加料金は貰うからいいけどさぁ」
ヤミは持参したノートパソコンを机の上に置く、そして同じように足元にもノートパソコンを広げ靴と靴下を脱ぐ。

「ブラフマーちゃん、もしかして捕まっちゃったのかな~。日本の警察、優秀だっていうしね~」
「ナゼ、ブラフマーが日本ニ居ルト・・・?」
ヤミはニコリと笑うと、両手でキーボードを叩きだす、そして足元でも両足の指でキーボードを叩き始めた。

「・・・」

誰もが声も出ない速さで二台のノートパソコンのキーボードを叩く音だけが室内に響く。
その時、ヤミの表情は陶酔した世界へと入り込んでいるかのようなものに変わっていた。

「東京・・・、新宿まで突き止めて逆ハックしたんだけど。気付かれちゃったし~」
両手両足の指の動きは止まらない、視線が上下の画面を交互に見ている。

「うん。まだ捕まってないみたいだね、警視庁のデータには無いから・・・」
ヤミが顔を上げる。

画面には、【Metropolitan Police Department】の文字と旭日章(日本警察の紋章)が光っていた。



さて、DoDoTVでは・・・

「三橋プロデューサー、いよいよですね。ウーツーブでのプロモーション公開!」
各代表ユニットのビデオを念入りにチェックしながら三橋に話しかけたのは、アイドル甲子園のメインディレクターである。

「それが・・・、【ムーラン・ルージュ】のプロモーションビデオが未完成でな・・・。スケジュール調整をお前に頼みたい」
「【ムーラン・ルージュ】?? あぁ、確か三橋さんのイチ押しって・・・。わかりました、ギリギリまで引っ張っときますよ!」
(ダンテの妹分として大々的に宣伝する為に、わざわざ公開を遅らせるんだよ・・。話題をかっさらうって寸法さ。凄い事になるぜ・・・)
三橋は一人薄ら笑いを浮かべていた。



その頃、テルマエ学園ではカトリーナが自室でPCに向かっていた。
(萬度トハ、アクセス拒否・・・。ソシテコレヲ・・・)
カトリーナは萬度との取引をして行くうちに少しながら、萬度の情報を収集していたのだった。

(キット学園長ナラ、ユカリを動かすハズ・・・。汐音ノ家、コノママジャ危ナイ)

情報の出所を隠したまま確実にゆかりを動かせる方法、それはミネルヴァのPCに直接アクセスするしか無い。
今まで何度も試み全てが失敗に終わっていた。
だが、ケリアンとの一件で心にゆとりを持ったカトリーナは自らの閃きでついにテルマエ学園メインコンピューターの侵入に成功したのだった。

(コレもケリアンのオ蔭・・・)
カトリーナは昨日のケリアンとの会話を思い出す。


「一度、フランスに戻ルヨ。カロロスと話シテクル・・・。大丈夫、カロロスと孫、仲悪いカラネ・・・」
明日にもケリアンはフランスに一時帰国する。
カトリーナを守る為、そして皆を守る為に・・・

「ケリアン・・・」
カトリーナの目に涙が光っていた。



さて、和倉温泉旅館【みなぐち】を早朝に出たゆかりは、そのまま能登空港へと向かう。
羽田空港で、岡山空港便へとトランジットすれば昼過ぎには岡山空港へ着ける。
前日の宇喜多そして小早川の繋がりを感じ取ったゆかりは少しでも早くその核心へと近づきたかった。

(気になるのは・・・、電話口の言葉ね)
出立前に穂波の生家へと電話した時の事である。

「女将がお話できるかは、分かりませんが・・・」
歯切れの悪い男性の声が気に掛かっていた。



岡山県湯郷温泉
ここは凡そ千二百年前に傷ついた白鷺に導かれ、円仁法師が発見したとされている。
【鷺の湯】とも呼ばれ、中国地方きっての出湯であり、岡山美作三湯の一つである。
ラジウム気泡を含む塩化物泉は古来より湯治場として、切り傷や擦り傷に特に効果があると言われている。


空港から乗ったタクシーが、湯郷温泉【塩原亭】についたのは昼を過ぎた頃だった。
(生憎の曇り空ね・・・)
出迎えてくれたのは、愛想の良い男性である。
どうやら穂波の父親らしく、電話で話した相手のようだ。
女将と会えないかも知れないと先に釘を刺されたことは気になっていたが、ここは流れに任せてみるしかないだろう。


「遠路はるばるお疲れ様でした、いつも穂波がお世話になっております」
客間に通されたゆかりに先ほどの男性が平身低頭して挨拶をする。
仲居が、【湯もや】と抹茶を運んでくる。

「皇室にも献上されている銘菓ですね、頂きます」
「今、女将が参りますが・・・」
そう言いかけた時、部屋の襖がサッと開き和服姿の女性が現れた。

「女将さんですか、私 テルマエ学園の橘と申します」
座布団から降り、畳の上で正座し直したゆかりは丁寧に頭を下げる。

「ご丁寧なご挨拶、痛み入ります」
女将は硬い表情のまま唐突に話し出した。

「穂波は勝手にヤクザな男の下へ駆け落ち同然に家を飛び出し、その後も何一つとして音沙汰もありません。もう、穂波の事は諦めております」
同席している穂波の父親は何も話さず、女将は言葉を続ける。

「ここ【塩原亭】も妹の湊帆(みなほ)に女将を継がせます。せっかくお越し頂きましたが、何もお話する事はございません。早々にお引き取りを・・・」
さしものゆかりも口を挟むきっかけすら持てないまま、女将は退席していった。
今までに訪れた所の様に全てにおいて、娘との関係が良好ではないのだろう。
当然様々な確執を含んでいる場合もあるのだ。

「申し訳ございません。どうかアレを責めないでやってください・・・」
穂波の父親がひたすら頭を下げ、訥々と語り始めた。

「実は私は穂波の義父になります。穂波が幼少の頃に実父が病気で他界し、私が入り婿として塩原姓になったのですが・・・」
当初はうまくいっていたのだが一年後に妹が生まれ、その頃より穂波との関係がギクシャクしだしたらしい。

(私と紗矢子の関係も同じようなものね・・・)
ゆかりはふと自分の過去を思い出していた。

「妹の湊帆は、穂波を慕っていたのですが、穂波にはそれを受け入れる心の余裕が無かったのでしょう・・・」
そのあたりから、穂波は近くにあった新極真会空手道場へと通いだしたらしい。

「穂波は、女将にはなれないから、別の何かを求めようとしたのかも知れません・・・」
そして、その空手道場で兄弟子となった剣崎哲也に惹かれたのも運命の悪戯だろうか。

「剣崎さん・・・?」
「はい、穂波の三つほど年上の子で・・・。その・・・」
「彼がヤクザに?」
「尊敬できる人が東京にいるから、そこに行くといって上京したんです。道場の師範も止めたんですが・・・」

「東京に・・・。ご存じでしたらお聞きしたいのですが、何という?」
「確か、二月会とか聞きましたが」
(二月会! 如月・・・。剣崎って・・・確か)

「穂波さんが家を出られたのは?」
「もう、三年になりますか・・・」
(そうか・・・、だからあの時・・・)

「あの・・・? 何か?」
「いえ・・・。その剣崎さんのお墓は?」
「岡山市の瑞雲寺というお寺ですが、何か?」
「その瑞雲寺、どなたか戦国武将の菩提寺とかでは?」
「小早川秀秋様の菩提寺とは聞いておりますが・・・」
(嫌な胸騒ぎがする・・・。急がないと・・・)
「お近くにレンタカーなどありますでしょうか?」
「高速の入り口近くに御座いますが・・・、良ろしければお送りを?」
「お願いします!」


穂波の義父と一緒に客間を出たゆかりの前に一人の少女が現れた。

「湊帆・・・さんね?」
「テルマエ学園の方ですか?」
「えぇ、橘と申します」
「お姉ちゃんを・・・、穂波お姉ちゃんをお願い致しますっ!」
ゆかりに頭を下げ、ワッと泣き出す湊帆。

自分が奪ってしまった姉の幸せ、そしてやっと掴みかけた大切な存在を失った悲しみを慮るにはまだ、彼女は幼すぎるだろう。

「任せて、お姉さんは私の大切な生徒です・・・」
湊帆の肩を軽く抱き、ゆかりは言葉を続けた。

「穂波さんは・・・、貴女のお姉さんは強い人だから・・・大丈夫・・・」

お願いしますと何度も何度も涙声で訴える声を聞きながら、ゆかりは穂波の義父が運転する車へと乗り込む。
その姿を影から見て涙を流していたのが、外ならぬ女将だったことは誰も気が付いていない。



高速道路IC近くでレンタカーを借りたゆかりに穂波の義父がメモを手渡す。

「これは?」
「瑞雲寺の住所です」
「ありがとうございます」レンタカーのカーナビに住所を入力し、ゆかりは急ぎ車を発進させた。

(一時間と少しか・・・。お願い、間に合って・・・)
ゆかりは胸中に覆い掛かる不安を感じずにはいられなかった。


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