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第38話 駆の覚悟

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さて、アキ達を送り届けた如月だが・・・

「報告は聞いておる」
「そんな事を言ってるんじゃねぇ!」
如月はミネルヴァに掴み掛かりそうな勢いだ。

渋温泉でのハルとの再会、アキが実の娘と知っただけでなくミネルヴァが父だと知った如月はアキ達を降ろすと直ぐにミネルヴァの下へと乗り込んでいた。

「些か、無礼が過ぎるとは思わんか・・・。夏生?」
「テメェにその名前で呼ばれると虫唾が走るぜっ!」
「久しぶりの親子対面・・・。まぁ、記憶は無いか・・・」
「よく今までシラを切り通していたなっ!」
「お前だと分かったから、任せていた所もあったのだが・・・」
「俺は二月会の如月夏生だ、峰夏生じゃねぇっ!」
「せっかくの娘との再会も出来たのだ。少しは落ち着け・・・」

「やかましいっ!」
「口を慎めっ! 如月っ!! 無礼にも程があるっ!!」
圧倒的な威圧感の前にさしもの如月もたじろぐ。

「お前とて、儂と変わらん・・・」
ミネルヴァの表情がどす黒いものに変わった。

「生まれて間もないアキをハルに託したのだろう・・・」
「俺は・・・。芙由子の・・・」
「同じ事・・・、本質は何も変わらん。如何に言い訳をしようが・・・な」

「くそっっっ!」
「敢えて、お前の事はこれからも如月と呼ぼう・・・。アキには儂の事は話すな・・・」
如月は燃えるような視線でミネルヴァを睨みつける。

「お前には、まだやって貰わねば成らぬ事がある・・・」
「萬度・・・か」
「そう、それがアキ達の為にも必要なのだ」
「・・・」

「分かったのなら、下がれ・・・」
「今はまだ、そうしておいてやるっ!」
「ホッホッホッ、それで十分・・・」
怒り心頭のまま立ち去る如月、その後ろ姿を満足そうに見つめるミネルヴァ。

(弾も夏生も、これで良しか・・・。後は・・・)
ミネルヴァが何かを楽しみにしている事が伝わってくる・・・



アキから父が見つかったと聞き、ふと考える葵。
自分達も父を知らずに育ってきた事もあり、特に感慨深いのであろう。


学園の校舎から夕陽を眺めている葵に気付いた弾が声を掛ける。

「何してんのや? ボーっと、しおって」
「ん・・・、弾か・・・。いや、温水がな・・・」
「温水はんが?」
「生き別れの父に会えたそうだ・・・」
「・・・そうか。それは・・・、良かったんやないか・・・」
「っ!? 弾、今のは聞かなかった事に・・・」
(うちとした事が、つい・・・)
「訳ありなんか? 分かった・・・」
「すまん・・・」
しばらく無言の時間が流れる。

「なぁ・・・、弾・・・」
「・・・?」
「うちらの・・・、お父はんって・・・。生きてるんやろか・・・」
「何で急に、そないな事・・・」
葵は軽く頭を振る。

「お前も少し変わったな・・・」
「何がや・・・?」
「何を考えてるんか、分からん時が多なったみたいな感じがする」
「何も変わってへんっ!」
ミネルヴァの一件を葵に感づかれたのではないかと焦り、口調がきつくなる弾。

(葵・・・。すまん、もう引き返されへんのや・・・)
「双子でも、いつまでも分かり合えるとは限らんのやな・・・」
葵の頬に涙が流れる。

「しばらくは、ここにも戻られへん。あの子達の事・・・、頼んだで・・・」
「・・・。今は聞かんといたる、時が来たら話してくれるな・・・?」
「・・・」
これまでは双子であるが故に分かり合って来た事が、初めて分かり合えなくなってきていた。



早瀬リージェンシーホテル、最上階のインペリアルルームを二人の男が尋ねていた。

「矢板からの連絡が途絶えた・・・」
「・・・」
「時は一刻を争う・・・」
「・・・分かっています」


インペリアルルームへと続く廊下には屈強な男達が幾人も立っている。
そして、ドアの前に付くと一人の男が近づいて来た。


「ボディチェックをさせて頂きます」
「まさか、お前達からチェックされる側になるとはな・・・」
「・・・」
今、この部屋は二月会の精鋭達で24時間ガードされている。

(グロック17か・・・)
ボディチェックをされている隼人が洸児の胸元に吊るされた銃に気付く。

「現職の警察官の前で、堂々としたものだな」
「非常事態ですので・・・」
「陣内、ここは彼らに従おう・・・」
「・・・、分かりました」
隼人が脇下に吊るしたホルスターから、S&W M360を取り出し洸児へと渡す。

「では、こちらへ・・・」
部屋の中にも二月会の組員達がいる。

(ざっとみて室内に10人、室外はもっと多いか・・・)

将一郎と弾の会見で二月会が駆をガードするようになった事は、飛鳥井も知っていたのだがまさかこれほどまで大がかりになっているとは想像もしていなかったのだ。



「陣内っ! よく来てくれたっ!」
余程久しぶりの来客なのだろう、駆が奥の部屋から飛び出してくる。

「陣内・・・、こちらは?」
「国家公安委員会外事第二課の飛鳥井課長です」
「飛鳥井さんって、確か・・・親父の・・・」
「お父上には若いころからお世話になっております。本日、お邪魔致しましたのは・・・」
「聞いてる・・・」
「お父上からでしょうか?」
「あぁ・・・。俺を餌にするって話だろう?」
「少し、言葉が悪いですが、そのような所でしょうか」



この少し前である、駆は将一郎から電話を受けていた。
その内容とは、萬度の中心人物である孫が国内での居場所を特定できなくなっていた事であった。
渋温泉の買収の失敗だけでなく、右腕としていた黄の逮捕と強制送還だけではなく様々な事情で身の危険を感じ潜伏したのだった。

だが、アイドル甲子園を利用した覚醒剤の密売ルート構築の為に国内のどこかに潜んでいることは間違いない。
その為に駆を使って一芝居を打ち、孫をおびき出す作戦が検討されていた。



「俺の安全は・・・」
「ご心配なく、我々が命に代えても・・・」
洸児が話に加わる。

「誠に残念ですが、今となっては彼らに勝るボディガードはありません」
不本意ながらも二月会によるガードを認める隼人。

「彼らは、ここに押し入って来た相手が何者であれ躊躇なく発砲するでしょう」

ミネルヴァが画策した二月会を使った駆のガードはこれが最大のメリットである。
警備員は帯銃出来ないし、警察官であってもそう簡単に発砲はできない。
だが、二月会の組員達であれば如月の命令を遂行する為に手段は選ばないのだ。


「・・・分かった。それで俺の役目は?」
落ち着かない様子の駆がソファに座った。

「孫を指定した場所に呼び出して貰います。無論、先輩もそこに行って貰いますが・・・」
「何だってっ! みすみす殺されに行けって言うのかっ!」
駆は孫の恐ろしさを身をもって感じていたのだ。

「・・・、だめだ。出来ないっ!」
ワナワナと震えだす駆。

「先輩っ! いつまでもここに隠れている訳にはいかないんですよっ!」
「分かってる・・・、分かってるけど・・・」
「駆さん、私達もプロです。貴方に危害の及ぶことはさせません」
飛鳥井の重みのある言葉が室内に響く。

「もし、貴方が承諾してくれないのであれば・・・」
「全面戦争も覚悟してるって顔だな・・・」
洸児が話に割って入る。

(こいつ・・・、ヤクザにしておくのはもったいないな)
正直な隼人の思いだった。

「なぁ、駆さんよ。俺達は会長の一言で死ぬ覚悟はいつでもできてる。だからこうやって武装してあんたをガードしてるんだ」

「・・・」
「なんで俺達がそこまで出来るか、分かるかい?」
(親分の命令だからだろ・・・)

「俺達の兄貴分は会長を守って死んだんだよ。銃弾を体中に浴びても決して倒れなかった・・・」

「・・・」

「その兄貴は自分が惚れた女を東京へと呼んだその日に死んだんだ・・・。一目も会わずに・・・」

(惚れた女・・・)

「会長はその後、ずっとその女を何も言わず会う事も無く陰から支えていたんだ」

(俺は・・・、俺は・・・)

「俺達は会長の男気に惚れてこの世界に入った。そして、兄貴に育てて貰ったんだ。だから兄貴の意志は、ずっとここに生きてるし、会長の為なら何だってできるんだっ!」
洸児は自分の胸を大きく叩きながら言う。

(こいつら・・・、ただのヤクザではないと思っていたが・・・)

「駆さんよ、俺達に出来る事なんて小さいけど・・・。あんたはでかい事をやれるんじゃないのかいっ!?」
駆は全身を雷に打たれたかのような衝撃を受けた。

(俺が・・・、俺に出来る事・・・。守れる・・・、あの人を守れるのか・・・)
駆の脳裏に奈美の面影が浮かぶ。

(嫌な思い出しかないだろうけど・・・。俺が最後にしてやれる事・・・)
「駆くん。うまく行ってもいかなくても君は、萬度から追われる事になる・・・」
(例えそうなったとしても、やれる事は・・・。奈美さんを守れるなら・・・)

「特例措置として、君を海外へと移住させて生涯に渡って護衛はつける」
「先輩・・・」
隼人、飛鳥井そして洸児の目が駆に集まる。

「俺は・・・。これから何をすれば良い・・・」

駆の目に覚悟の光が灯っていた。


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