上 下
87 / 129

第86話 最後の関門

しおりを挟む
アキ達は翌朝より、6:00起床の日が続いてた。

枕元で目覚まし時計が激しくベルを鳴らす。
これまでと違って、誰もが直ぐに飛び起きパジャマからTシャツと半パンに着替えると即座に食堂へと向かう。

いつものような談笑など無い、軽い朝食を済ませるとそのまま講堂へと向かう。
アキ達だけでは無い、葵も渡もそしてカトリーナも無駄に言葉を発する事なく動いていた。

遅れて、あくびをしながら後を追い駆ける八郎と二郎。
この二人も自分達なりに頑張っているのだろう。

講堂へと入るアキ達・・・
「おはようございます。お姉様方」
既に軽く準備稽古を終わらせている舞香達が額に汗を光らせながら出迎える。

「相変わらず、早いな」
葵は生あくびをかみ殺して話しかける。

「ナマステ(おはようの意)」
カトリーナも慣れていない早起きでつい、御国訛りが出ているようだ。

「それでは・・・。昨日までのおさらいから始めましょう」
この言葉を境にして、舞香達の顔がきりりと引き締まる。

「まず、3人の女神から。始めっ!」
礼華が、パンッと手を叩く。

優奈・汐音・七瀬の順にセリフを交えての演技が始まった。
黙って見つめる舞香達・・・

「まぁ、良いでしょう」
舞香の言葉に穂加・澄佳・礼華も黙って頷いている。

「続いて、4人の男神。始めっ!」
今度は澄佳が手を叩き、涼香・圭・穂波・アキの順に演技を行う。

「まぁ、こんなところでしょう」
舞香達は顔を見合わせ頷き合った。

(シュシュ・ラピーヌ、OKとか合格とかは・・・。言う訳無いか・・・)
葵が苦笑しながら見つめている。

(本音ならまだまだなんだろうが・・・。だが、昨日よりの各段に上達している。教え方も一流か・・・)

芸を極めるという事は並大抵の事ではない。
正しい指導の下で、日々積み重ねて行かねばならないのだ。

自らの過去を思い出す葵であった。
シュシュ・ラピーヌが頷いたのを見てアキ達はホッと胸を撫でおろす。
顔にこそ出してはいなかったが、内心では冷や冷やしていたのだ。


「次は【バルテノン・ローズ】の歌をお姉様方で歌って頂きましょう」
穂加の合図でアキ達は涼香を中心にして一列に並び、マイク無しで歌い始めた。
涼香の透明感のある声を中心に見事なハーモニーを奏でている。

舞香達も思わず目を見開き、大きな拍手をする。
「お見事です、お姉様方!」
舞香が拍手しながら声を上げる。
「歌唱に関しては・・・」
礼華の後に澄佳が続く。
「わたし達の出る幕はありません!」
その横で、穂加も・・・
「素晴らしいです! お姉様方っ!」

「きゃあっ!」
「やったぁっ!」
舞香達から初めての誉め言葉を貰ったアキ達、皆で手を取り合って大喜びだ。

「おいおい、勝負はこれからだぞっ!」
そう言った葵も嬉しさが素直に顔に現れている。


「後は、衣装ですが・・・。衣装担当のデザイナー大塩さんっ!」
「よっしゃあ、いよいよ出番が来たでぇっ!」
舞香にデザイナーと呼ばれ気を良くした八郎が二郎を伴っていそいそと近寄って来る。

「何やぁ? 舞香ちゃん?」
目尻を思いっきり下げた八郎だが・・・

「【バルテノン・ローズ】の衣装・装飾品はコレと同じ物をお姉様方に合わせて作って下さい!」
そう言って、講堂に置かれた7つの衣装ケースを指さす。

各々のケースには演じられる神々の名前が書かれており、蓋を開けると各々の役柄の衣装と装飾品が綺麗に整頓されて収められていた。

「はぁ・・・?  何言うてんねん!! 衣装はやなあ、いつもわいが考案して作ってきたんやっ! あんたに偉そうに言われる筋合いはないわっ!」
八郎にしては珍しく怒鳴り声になっていた。

年下の中学生に上から目線で指示された事が余程気に食わないのであろう。
無論、そこには男としてのブライドもある。
演技指導では無い事もあってか、舞香達も八郎の勢いに押されてしまっている。

「そうですよ! 師匠のデザインした衣装は超絶なんですよっ!」
更に二郎までもが真っ向から対立し、場に不穏な空気が流れ始めた。

「おいっ! 大塩っ!」
空気を読み葵が中に割って入ろうとするよりも早く、八郎と舞香達の間に立ちふさがった者がいた。

「八郎っ! この娘達相手に大人げ無いぞっ!」
「渡お兄さま・・・」
突然割って入った渡、舞香達は思わずその後ろに隠れるように身を寄せ合う。

八郎が怒鳴る事も珍しいが、渡がこれほど感情を露わにする事も滅多に無い。
アキ達も何をどうしたらよいのか戸惑うばかりであった。

「何やっ! 渡、お前庇い建てするんかっ! 友達やと思うとったのにっ!」
八郎も負けてはいない、互いに一歩も引く気配は無いようだ。

(梨央音さん、この娘達は俺が守りますっ!)
渡は後ろで震えている舞香達を更に庇うように前へ出る。

「いいか、八郎っ!」
「何やっ!?」
二人の間にはピリピリとした空気が張り詰めていた。

「この娘達は、【ムーラン・ルージュ】の為に堀塚の理事長が派遣してくれたんだぞっ!」
「そんな事・・・。分かっとるわいっ!」
【ムーラン・ルージュ】の為と明言され八郎も些かトーンダウンする。

「【シュシュ・ラピーヌ】だけじゃない。高等部の生徒達も自分達の演目を譲った上でこの娘達が教えに来てくれてるんだ」
「・・・」

「頼む・・・、八郎・・・。この娘達に言う通りにしてやってくれ・・・」
最後には八郎に向かって頭を下げる渡。

(早瀬・・・)
それまでは黙って見ていた葵だが・・・

「大塩・・・。うちからも頼む。今回ばかりは【シュシュ・ラピーヌ】の望む通りにしてくれないか・・・」
渡と並び、なんと葵までもが八郎へと頭を下げる。

「ワタシもお願いスル・・・」
「カ・・・、カトリーナまで・・・」
「わたし達からもお願い・・・」
「アキちゃん・・・」
「準決勝を戦うには、【シュシュ・ラピーヌ】の力がどうしても必要なの・・・」
「あちも勝つ為にここまで来たんだ・・・」
「お願いっ、八郎っ!」
「うちからも、お願い・・・」
次々と八郎に向かって頭を下げる数が増えていく。

そして・・・

「大塩さん、生意気に見えるかも知れませんが・・・。わたし達も真剣なんです」
渡の陰から舞香達も出て来て頭を下げる。

「師匠・・・」
「もう、分かったって! なんや、わい一人が悪者みたいやんか。皆、頭あげてぇな」
「それじゃ・・・」
「よっしゃ、任せとかんかいっ!アキちゃん達にジャストフィットする同じ衣装も装飾品も作ったるがな。このデザイナー大塩に不可能の文字は無いんやっ!」
八郎も胸ならぬ腹を叩いて引き受け、その足で大阪にある大塩デザイン事務所へと向かったのだった。

無論、持ち込まれた衣装も装飾品もアキ達に合わせたサイズで完璧に制作された事は言うまでも無い。



いよいよレッスンも佳境となり急ピッチで制作された衣装を身に纏って本番さながらの稽古が行われていた。

「今日は実際の衣装を身に着けての最終レッスンです。お姉様方、宜しくて?」
舞香の声に誰もが緊張を隠せない。

「でわっ、始めっ!」

スタートの合図と同時に上手・下手から神々になり切ったアキ達が次々と登場する。
各々がカラーウィッグを付け役柄になり切っていた。

静かに黙って進行を見届ける舞香達、その表情には満足の笑みが浮かんでいる。

そして・・・
しおりを挟む

処理中です...