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第122話 エピローグ・渡~圭~萌

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何だって・・・。兄貴が・・・?」
アイドル甲子園の決勝を終えた渡に駆の事を伝えたのはミッシェルである。

「駆サン、ワタシに託されマシタ・・・」
渋温泉の再開発事件、渡も思い出す。

(あの時・・・。アキと七瀬の為にと思ってたが・・・)
渋温泉の再開発責任者として駆の行動を止め、父である将一郎にも報告はしていたが・・・

(まさか・・・。そんな事になっていたなんて・・・)
決して仲の良い兄弟では無かったが、あの時の梨央音の言葉を思い出す渡。

(兄貴・・・。馬鹿だよ・・・)
渡は意を決したように顔を上げる。

「ミッシェル、俺も一緒に行かせてくれ・・・」
「渡・・・」

こうして渡とミッシェルは渋温泉・星野荘を訪れたのである。



「そう・・・ですか・・・。そんな事に・・・」
突然聞かされた奈美。

「あの時、兄が貴女にした事は決して許される事ではありません。兄に成り代わり改めて、お詫びします」
「いえ・・・。そんな・・・」
「しかし・・・。兄が貴女とこの渋温泉を守りたいと思った気持ちに偽りはありません」
「・・・」
奈美も言葉が出ない。

「これで償える事では無いとわかっています・・・。ですが・・・」
「渡・・・?」
隣に座ったミッシェルも何かを言いたげである。

「ですが、今は兄を・・・。兄の取った行動を誇りに思います!」
渡・ミッシェル・奈美、皆が泣いた。

そして・・・

「渡さん・・・。ミッシェルさん。私からの伝言をお願い出来ますか?」
ミッシェルを見る渡。
ミッシェルが大きく頷いた。

「・・・。いつまでも、ここで待っています。そう、お伝え下さい・・・」
そう言う奈美・・・。

渡とミッシェルを送り出した後、奈美が一人泣き崩れた事は誰も知らない。



ミッシェルと共に渋温泉で奈美に駆の事を伝えた翌日、渡は早瀬コンツェルン役員会議室に居た。

「会社法362条4項の規定により、早瀬渡氏を取締役副社長に任命します」
議長の声が会議室に響き、出席していた役員全員の拍手によりその決議は承認された。

(兄貴・・・)
渡の心に去来するのは、愛する人を守る為に自分の生涯を掛けた兄への想いであろうか。
(俺は・・・。兄貴と同じ事ができるんだろうか・・・)

これまでの駆と渡の兄弟関係は、決して良好なものとは言い難い。
事実二人が最後に顔を合わせたのは、渋温泉での星野荘、あの事件以来である。
(あの時、梨央音さんの言葉の意味に気付いていたら・・・)
一度くらいは兄弟として腹を割った話も出来たかも知れないと渡は思う。

(せめて、俺は・・・)
議長から名前を呼ばれ、父である将一郎から任命書を受け取る渡。
(兄貴・・・。帰って来るまでこの椅子は俺が守っておくよ・・・)

渡の晴れ晴れとした表情を見て、将一郎も深く思う。
(いずれ、会える日もきっとあるだろう・・・)



霧島温泉 【ホテル大洗】――

大広間では、西郷家・大洗家の親族が集まっている。
五郎の両親・長男夫婦と次男夫婦が招かれていた。
そう、大洗圭と西郷五郎の婚約パーティが行われていたのである。
「おめでとう! 圭さん! 五郎さん!」
ホテルの従業員達も総出での祝席である。
もともと、圭と五郎は幼馴染ということもあり両家の両親も親しい間柄である。


「圭ちゃん、五郎が海上保安大学に入ったから式が先に伸びて悪かったねぇ・・・」
五郎の父が申し訳なさそうに言う。

「大丈夫ですよ。たった4年じゃないですか」
ニッコリと微笑む圭。

「圭ちゃん・・・」
五郎も赤面しながら、圭の隣で嬉しそうにはにかむ。

「圭もその間にしっかりと修行して、立派な女将にならないとね」
「はぁい」
母親の女将が笑いかけ、圭も笑って応える。
その圭の左手薬指には、プラチナの婚約指輪が光っている。
何度も指輪を見つめる圭・・・


宴もたけなわになった頃、海上保安大学の事が話題に上る。

「まあ、アメリカで言う沿岸警備隊だな・・・」
「海保大学コースはエリートだし・・・」

うんうんと頷く圭。

「4年間の全寮制って所は大変そうだなぁ」

「えっっ!」
圭の耳がビクリと反応した。

「海上実習だと、半年くらいは海の上か・・・」

「えっ、えぇぇぇぇっ!」
思わず五郎を見る圭。

「何? 圭ちゃん?」

「あのさ、五郎? 皆の話って本当なの?」
目が本気で怒り出している。
「だいたい本当だけど・・・?」
五郎は圭の怒りの意味が出来ていないようだ。
果たして、海保大学の事を圭にどのように説明していたのだろうか・・・

「はぁ・・・」
圭が大きくため息を付く。
(婚約して、4年もまともに会えず・・・。しかも、海の上に行ったっきりなんて・・・)

五郎と圭、正に前途多難な2人と言えるだろうか・・・



「うわぁ、ここが萌ちゃんの御実家なんですね~」
山上信二がマイクを片手に【平泉庵】を見上げている。

「はいっ! 今日からは、ここで【スケボー・万歳!!】をお届けしますっ!」
怪我から復帰した萌が元気よく応える。


撮影を進めながら、三橋はふと思う・・・
(これで良かったのかもな・・・)


話は遡り、アイドル甲子園の終わった後の事である。
DoDoTVに驚くべき訪問者があった。


「あの~、三橋さん。居られます?」
小柄な少女の訪問に驚く三橋。
「ひ・・・っ、平泉さんじゃないですか?」
いきなりの萌の訪問に驚くDoDoTVの局員達。

この日、萌が訪れたのは・・・
「ボクの実家で【スケボー・万歳!!】を撮影して貰えませんか?」
唐突な申し出であった。

萌は秋田・乳頭温泉 【平泉庵】の一人娘である。
テルマエ学園卒業後は地元へ戻り、女将として修行する事は既定路線であったのだが、不慮の事故により【スケボー・万歳!!】を中途半端に終わらせていた事が気がかりで仕方無かったのだ。
もし、可能ならどちらも両立させたい。
その思いが萌の今回の行動へと繋がっていた。


「どうします・・・?」
局員達はただ三橋の言葉を待つ・・・

そして・・・

「山上信二に連絡を取れっ! 岩田っ、堀井っ! 準備しろっ!」
「はっ、はいっ!」
こうしてこの話の流れになったのである。
無論、山上信二に異論などあろう筈はない。


「やっばり、萌ちゃんと一緒が一番やわぁ」
撮影は順調に進む。

「それじゃあっ!」
信二と萌が息の合ったコンビネーションで顔を見合わせる。

「次回もぉっ!」
「レッツ・チャレンジッ!」
あの片腕のガッツポーズで番組を締めくくる。

「この番組は、ニッコーマン醤油の提供でお送りしました」
三波のアナウンスで撮影が終了する。

(これで良かったんだ・・・。あの時に戻れたんだからな・・・)
感慨にふける三橋、その後ろに立ち込める温泉の湯気が七色に変わった事には気付いていない様だ。
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