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遺言
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電車の揺れは心地が良い…
ガタンゴトンと線路を走る電車に私は乗っていた。
「……」
真夏の真っ昼間、町とは逆方向へ進む車両には私と数人の乗客しか乗っていない。通り過ぎる見慣れた町を横目で見送った。
もう二度と見ることはないだろうから……
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
数時間前
いつもより遅い時間に起きた私は制服に着替えて簡単な荷造りをして家を出た。
学校とは反対の道を歩き、向かった先は家から30分くらい歩いたところにあるホームセンター。
平日だからお店の中にお客は数えるほどしかいなかった。
「いらっしゃいま…せ」
「…何か。」
「い、いえ!えっと…お会計が~」
店員さんに少し驚かれたけど特に何かを聞かれることはなく、欲しかった物を買って店を出た。
そしてさらに20分ほど歩いた先にある駅へ向かった。携帯は持っていないため、紙の地図を使って道を進んだ。
「着いた…」
炎天下の中をふらつきながらもなんとかたどり着いた。汗が吹き出し、息も荒くなっていたので少し休憩してると一人のおばあさんが目の前に現れた。
「あら、お嬢ちゃん大丈夫?顔が真っ赤じゃない!」
「大丈夫です。ありがとうございます。」
「そう…?もしよかったらこれ飲んで!まだ口にしてないし、ついさっき買ったものだから冷えてるわよ!」
キンキンに冷えたミネラルウォーターをもらうとおばあさんはじゃあねと手を振り、駅のホームへ歩いて行った。
「……」
キャップを開けて水を一口飲む。口の中で冷たい水が広がるのと同時に、口内の傷口にも染み込んでズキンと激痛が走った。
「痛い…」
頬を擦りながらペットボトルのキャップを締めて、私も駅のホームへ向かった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
『千馬屋~千馬屋~』
「最後の乗り換えだ…」
電車を乗り継ぎ、気づくと街からかなり離れた場所まで来ていた。窓から見る景色も無数の住宅街から緑一面の田んぼ風景に変わっている。
乗り換えの電車に移動する人も数えるほどしかいない。車両も3両まで減っていた。
「……」
今日初めて遅い時間に起きた。
初めて何も言わずに家を出た。
初めて自分の欲しいものが買えた。
初めて1人で遠出した。
それがとても新鮮でみんなの当たり前がやっと私にも出来たんだと改めて実感した。
「もっと早くこうすればよかったな…」
今まで目に入るもの全てが怖かった。けれど今日はなんだか気持ちが軽くて、あまり恐怖心がなかった気がする。
多分今日はあの人達と会っていないからかな。何も考えなくていいから頭もお腹も全然痛くない。こんな気持ち初めてだ。
『次は白里~白里~』
「あ、次だ。」
窓から景色を見ると緑が更に濃くなり、家も数えるほどしかなくなっていた。
「何年ぶりかな…」
白里には昔、祖父母が住んでいた。まだ両親が離婚する前はよく来ていた。庭で遊んだり、おばあちゃん達とスイカを食べていた記憶が少しだけある…
離婚後は祖父母が亡くなったこと、今あの家は空き家になっていることを母から聞いた。
『白里~白里~』
ここに降りたのは私だけだった。
駅員さんもいない無人駅だから切符を箱に入れて改札を出た。
「着いた…」
駅を出てもタクシーもバスも停まっていない。時刻表を見ると次のバスが車で2時間半….歩くか
「あれ?あんた琴さんとこの…」
「?」
近くに止まった軽トラから一人のおじいさんが出てきた。琴というのは私のおばあちゃんの名前だ。誰だっけ…?
「ははっ流石に覚えていないか…昔はしょーじょーおじちゃんって言われてたんだぞ。」
「あ…」
そういえば、おばあちゃんの家に時々野菜をくれてたおじさんがいた…もしかして
「正蔵おじさん?」
「思い出してくれたか!良かった良かった!」
昔よりシワが増えて少し痩せてしまった正蔵おじさんと数年ぶりに会った。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「いや~しかし驚いたよ。まさか琴さんの孫が一人で来てるなんてな!」
「……」
駅で偶然会った正蔵おじさんの軽トラに乗せてもらっていた。嬉しそうに話すおじさんの横で私は窓から入ってくる風に当たっていた。
「…ばあちゃんの家を見に来たのか?」
「そう…だね」
「そうかそうか。空き家で埃っぽくなってはなっているが、入れなくはないからゆっくりしていけ。」
「ありがとう…ございます。」
正蔵おじさんは祖父母が亡くなったあと、祖父にはお世話になった恩があるという理由で空き家になったあの家の管理人となり、今でも大事に手入れしてくれていた。
「ばあちゃんの家を見た後どうするんだ?」
「あっと…大丈夫。ちゃんと泊まる場所あるから…」
「そうか…」
それだけ言うと正蔵おじさんはそのあと何も追求してこなかった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
駅から車で30分、祖父母の家に着いた。
「じゃあ、あとは自分で何とかするから…その、ありがとうございました。」
「一華。」
正蔵おじさんに呼ばれて振り向くと、何処かとても悲しそうな目で私を見つめていた。
「そんなに焦らなくても人はいつか"その日"が必ずくる。それでもお前の"その日"が今日なのか?」
「……」
「何も話したくないなら話さなくて良い。だがな、"まだ早い"ぞ。」
「…….」
言葉が出なかった。おじさんは最初から気付いていた。それもそうだよね…こんな場所に女の子一人で来るなんて怪しいよね。引き止めようとしてくれてありがとう。
でもね…もう遅いんだよ。
「あははっ(笑)やだな~おじさん!何言ってるの?」
「…へ?」
「本当はね、駅2つ先にある街で学校の野外合宿があったの。それで今自由時間だったから久しぶりにおばあちゃんの家に行きたいなって思ってたの。ほら、だから制服の格好しているでしょ?」
「そう…なのか?」
「そうだよ(笑)紛らわしいことしちゃってごめんね…少しお家の中を見たらすぐに帰るから安心して!」
「……」
咄嗟に出てきた嘘だけどとうだろう……もしダメならもう
「いや~そうだったのか!俺の早とちりだったんだな!悪かったな一華。」
「!」
意外にもあっさりと正蔵おじさんは信じてくれた。少し驚いたけれど私からしたら都合がいい。
「でも心配だから帰る頃に迎えに来るよ。ゆっくりしていけな。」
「うん。ありがとう!」
そう言うと正蔵おじさんは軽トラを走らせてその場を離れた。残された私はホッとしておばあちゃん達の家を眺める。
「……」
古くなったおばあちゃん家を横目に私は裏山へ向かった。
「ここだ…」
おばあちゃん家の裏山は木々が生い茂っているだけではなく、大人の人でさえも一歩間違えれば遭難してしまうほど山深いところだと昔聞いたことがある。
それにーーー
『いいかい?あの山へ一人で行ってはいけないよ?』
『なんで~?』
『"怖いもの"がいるからさ。自分の帰る意思をしっかりもっていないとそいつに連れて行かれてしまうよ。』
『やだ~こわい!』
『ふふふ、でも大丈夫。何かあってもあのーーー』
昔話していたおばあちゃんの怖いお話…今思い出した。でも最後だけ…あの時おばあちゃんはなんて言おうとしていたんだろう。
でももうそんなのどうでもいいか…私はもうほとんど使われていない草だらけの山道を進んだ。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
この山に入るのは初めてだ。
無造作に生えている雑草や草花。
真夏の日差しを遮るように木々がそびえ立ち、奥に行けば行くほどヒヤリとした風が肌を横切った。
「…っ!」
坂を登っていた時ズルっと足を滑らせ転んでしまった。ちょうど日があたっていない場所だったらしく地面が湿って滑りやすくなっていた。
「……」
こんなの大した事はない。今までされてきたことに比べたら…こんなの。
『こっち来んな!』
「……」
ふと、また昔のことを思い出した。
『汚い、あっち行って!』
『バイ菌がうつるぞ~逃げろ~!』
『そんなのただの遊びですよ。すぐ真に受けないの。』
『こいつ殴っても全然泣かないんだけど(笑)』
『じゃあこれ当てても痛がらないかな?』
『所詮うわべだけの家族』
「……」
『あんたなんて産まなきゃよかった』
『生きる意味なんてないんだよ!』
「そうだね……」
私は生きてちゃいけない人間なんだ。だからここに来た。全部終わらせるために…
辺りが少し薄暗くなっていた頃には大分山奥まで進み、気がつくと目の前には大きな木がそびえ立っていた。
「……ここでいいっか」
背負っていたリュックをひっくり返し、持ってきたものを全部出した。ロープにカッター、ペットボトルに入った油とマッチ、そしてーーー
「やっぱりこれかな…」
来る途中で購入した出刃包丁。
一番苦しまずにすぐ逝けそうな気がする。
包装を取るとギラギラと刃物の鋭い輝きで私の顔を写した。
「……?」
ふと手に違和感があり、見てみると小刻みに両手が震えていた。
「私…怖いんだ。」
昨日母に殴られた時は全然こわくなかったのに、まだそんな感情が残っていたんだ。
「………」
震える手を擦りながら大木の根本に腰掛けて、空を見上げた。オレンジ色に輝いていた空が段々と暗い夜の空へ変わろうとしている。
これで終わりなんだ。今日はいつもより新鮮で初めてだったことがたくさんあったな…
最後に色々することが出来てよかった。
「すぅー…ふぅぅぅぅ」
深く息を吸い込み、ゆっくりと吐く。するとついさっきまで震えていた手が治まっていた。
「もう…いいかな。」
出刃包丁を首元に当てる。また思い出したかのように手が震えだしたけれど、もうこれ以上長引かせたくない。
これでやっと楽になれる。
もう怯えなくて済む。
みんな私のようなゴミが清々するんだろうな…
『一華。』
「…!」
『一華、お前は俺の大事な宝物』
『一華…ママもパパもずーっと一華の側にいるからね』
突然思い出した父と母の記憶。まだ離婚する前の淡く幸せな記憶。どうして今になって思い出すの…?
「あぁ……」
ツーッと頬を流れる感覚があった。
もう出ることはないと思っていた。
殴られても罵声を浴びせられても絶対に出なかった
涙が今になってボロボロと流れていた。
「遅すぎるよ…」
流れる涙を吹くような余裕はもうない。出刃包丁を押し当てて、私は意を決した。
「さようなら…幸せになりたかったなぁ」
それを最後に私は一気に出刃包丁を引いたーーー
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
プルルルルッ
「あぁカンチャン。俺だが…大至急組合の連中等を呼んできてくれんか?あぁ、それと…ちょっと琴さんとこの倅について聞きたいことがあるんだ。」
ガタンゴトンと線路を走る電車に私は乗っていた。
「……」
真夏の真っ昼間、町とは逆方向へ進む車両には私と数人の乗客しか乗っていない。通り過ぎる見慣れた町を横目で見送った。
もう二度と見ることはないだろうから……
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数時間前
いつもより遅い時間に起きた私は制服に着替えて簡単な荷造りをして家を出た。
学校とは反対の道を歩き、向かった先は家から30分くらい歩いたところにあるホームセンター。
平日だからお店の中にお客は数えるほどしかいなかった。
「いらっしゃいま…せ」
「…何か。」
「い、いえ!えっと…お会計が~」
店員さんに少し驚かれたけど特に何かを聞かれることはなく、欲しかった物を買って店を出た。
そしてさらに20分ほど歩いた先にある駅へ向かった。携帯は持っていないため、紙の地図を使って道を進んだ。
「着いた…」
炎天下の中をふらつきながらもなんとかたどり着いた。汗が吹き出し、息も荒くなっていたので少し休憩してると一人のおばあさんが目の前に現れた。
「あら、お嬢ちゃん大丈夫?顔が真っ赤じゃない!」
「大丈夫です。ありがとうございます。」
「そう…?もしよかったらこれ飲んで!まだ口にしてないし、ついさっき買ったものだから冷えてるわよ!」
キンキンに冷えたミネラルウォーターをもらうとおばあさんはじゃあねと手を振り、駅のホームへ歩いて行った。
「……」
キャップを開けて水を一口飲む。口の中で冷たい水が広がるのと同時に、口内の傷口にも染み込んでズキンと激痛が走った。
「痛い…」
頬を擦りながらペットボトルのキャップを締めて、私も駅のホームへ向かった。
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『千馬屋~千馬屋~』
「最後の乗り換えだ…」
電車を乗り継ぎ、気づくと街からかなり離れた場所まで来ていた。窓から見る景色も無数の住宅街から緑一面の田んぼ風景に変わっている。
乗り換えの電車に移動する人も数えるほどしかいない。車両も3両まで減っていた。
「……」
今日初めて遅い時間に起きた。
初めて何も言わずに家を出た。
初めて自分の欲しいものが買えた。
初めて1人で遠出した。
それがとても新鮮でみんなの当たり前がやっと私にも出来たんだと改めて実感した。
「もっと早くこうすればよかったな…」
今まで目に入るもの全てが怖かった。けれど今日はなんだか気持ちが軽くて、あまり恐怖心がなかった気がする。
多分今日はあの人達と会っていないからかな。何も考えなくていいから頭もお腹も全然痛くない。こんな気持ち初めてだ。
『次は白里~白里~』
「あ、次だ。」
窓から景色を見ると緑が更に濃くなり、家も数えるほどしかなくなっていた。
「何年ぶりかな…」
白里には昔、祖父母が住んでいた。まだ両親が離婚する前はよく来ていた。庭で遊んだり、おばあちゃん達とスイカを食べていた記憶が少しだけある…
離婚後は祖父母が亡くなったこと、今あの家は空き家になっていることを母から聞いた。
『白里~白里~』
ここに降りたのは私だけだった。
駅員さんもいない無人駅だから切符を箱に入れて改札を出た。
「着いた…」
駅を出てもタクシーもバスも停まっていない。時刻表を見ると次のバスが車で2時間半….歩くか
「あれ?あんた琴さんとこの…」
「?」
近くに止まった軽トラから一人のおじいさんが出てきた。琴というのは私のおばあちゃんの名前だ。誰だっけ…?
「ははっ流石に覚えていないか…昔はしょーじょーおじちゃんって言われてたんだぞ。」
「あ…」
そういえば、おばあちゃんの家に時々野菜をくれてたおじさんがいた…もしかして
「正蔵おじさん?」
「思い出してくれたか!良かった良かった!」
昔よりシワが増えて少し痩せてしまった正蔵おじさんと数年ぶりに会った。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「いや~しかし驚いたよ。まさか琴さんの孫が一人で来てるなんてな!」
「……」
駅で偶然会った正蔵おじさんの軽トラに乗せてもらっていた。嬉しそうに話すおじさんの横で私は窓から入ってくる風に当たっていた。
「…ばあちゃんの家を見に来たのか?」
「そう…だね」
「そうかそうか。空き家で埃っぽくなってはなっているが、入れなくはないからゆっくりしていけ。」
「ありがとう…ございます。」
正蔵おじさんは祖父母が亡くなったあと、祖父にはお世話になった恩があるという理由で空き家になったあの家の管理人となり、今でも大事に手入れしてくれていた。
「ばあちゃんの家を見た後どうするんだ?」
「あっと…大丈夫。ちゃんと泊まる場所あるから…」
「そうか…」
それだけ言うと正蔵おじさんはそのあと何も追求してこなかった。
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駅から車で30分、祖父母の家に着いた。
「じゃあ、あとは自分で何とかするから…その、ありがとうございました。」
「一華。」
正蔵おじさんに呼ばれて振り向くと、何処かとても悲しそうな目で私を見つめていた。
「そんなに焦らなくても人はいつか"その日"が必ずくる。それでもお前の"その日"が今日なのか?」
「……」
「何も話したくないなら話さなくて良い。だがな、"まだ早い"ぞ。」
「…….」
言葉が出なかった。おじさんは最初から気付いていた。それもそうだよね…こんな場所に女の子一人で来るなんて怪しいよね。引き止めようとしてくれてありがとう。
でもね…もう遅いんだよ。
「あははっ(笑)やだな~おじさん!何言ってるの?」
「…へ?」
「本当はね、駅2つ先にある街で学校の野外合宿があったの。それで今自由時間だったから久しぶりにおばあちゃんの家に行きたいなって思ってたの。ほら、だから制服の格好しているでしょ?」
「そう…なのか?」
「そうだよ(笑)紛らわしいことしちゃってごめんね…少しお家の中を見たらすぐに帰るから安心して!」
「……」
咄嗟に出てきた嘘だけどとうだろう……もしダメならもう
「いや~そうだったのか!俺の早とちりだったんだな!悪かったな一華。」
「!」
意外にもあっさりと正蔵おじさんは信じてくれた。少し驚いたけれど私からしたら都合がいい。
「でも心配だから帰る頃に迎えに来るよ。ゆっくりしていけな。」
「うん。ありがとう!」
そう言うと正蔵おじさんは軽トラを走らせてその場を離れた。残された私はホッとしておばあちゃん達の家を眺める。
「……」
古くなったおばあちゃん家を横目に私は裏山へ向かった。
「ここだ…」
おばあちゃん家の裏山は木々が生い茂っているだけではなく、大人の人でさえも一歩間違えれば遭難してしまうほど山深いところだと昔聞いたことがある。
それにーーー
『いいかい?あの山へ一人で行ってはいけないよ?』
『なんで~?』
『"怖いもの"がいるからさ。自分の帰る意思をしっかりもっていないとそいつに連れて行かれてしまうよ。』
『やだ~こわい!』
『ふふふ、でも大丈夫。何かあってもあのーーー』
昔話していたおばあちゃんの怖いお話…今思い出した。でも最後だけ…あの時おばあちゃんはなんて言おうとしていたんだろう。
でももうそんなのどうでもいいか…私はもうほとんど使われていない草だらけの山道を進んだ。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
この山に入るのは初めてだ。
無造作に生えている雑草や草花。
真夏の日差しを遮るように木々がそびえ立ち、奥に行けば行くほどヒヤリとした風が肌を横切った。
「…っ!」
坂を登っていた時ズルっと足を滑らせ転んでしまった。ちょうど日があたっていない場所だったらしく地面が湿って滑りやすくなっていた。
「……」
こんなの大した事はない。今までされてきたことに比べたら…こんなの。
『こっち来んな!』
「……」
ふと、また昔のことを思い出した。
『汚い、あっち行って!』
『バイ菌がうつるぞ~逃げろ~!』
『そんなのただの遊びですよ。すぐ真に受けないの。』
『こいつ殴っても全然泣かないんだけど(笑)』
『じゃあこれ当てても痛がらないかな?』
『所詮うわべだけの家族』
「……」
『あんたなんて産まなきゃよかった』
『生きる意味なんてないんだよ!』
「そうだね……」
私は生きてちゃいけない人間なんだ。だからここに来た。全部終わらせるために…
辺りが少し薄暗くなっていた頃には大分山奥まで進み、気がつくと目の前には大きな木がそびえ立っていた。
「……ここでいいっか」
背負っていたリュックをひっくり返し、持ってきたものを全部出した。ロープにカッター、ペットボトルに入った油とマッチ、そしてーーー
「やっぱりこれかな…」
来る途中で購入した出刃包丁。
一番苦しまずにすぐ逝けそうな気がする。
包装を取るとギラギラと刃物の鋭い輝きで私の顔を写した。
「……?」
ふと手に違和感があり、見てみると小刻みに両手が震えていた。
「私…怖いんだ。」
昨日母に殴られた時は全然こわくなかったのに、まだそんな感情が残っていたんだ。
「………」
震える手を擦りながら大木の根本に腰掛けて、空を見上げた。オレンジ色に輝いていた空が段々と暗い夜の空へ変わろうとしている。
これで終わりなんだ。今日はいつもより新鮮で初めてだったことがたくさんあったな…
最後に色々することが出来てよかった。
「すぅー…ふぅぅぅぅ」
深く息を吸い込み、ゆっくりと吐く。するとついさっきまで震えていた手が治まっていた。
「もう…いいかな。」
出刃包丁を首元に当てる。また思い出したかのように手が震えだしたけれど、もうこれ以上長引かせたくない。
これでやっと楽になれる。
もう怯えなくて済む。
みんな私のようなゴミが清々するんだろうな…
『一華。』
「…!」
『一華、お前は俺の大事な宝物』
『一華…ママもパパもずーっと一華の側にいるからね』
突然思い出した父と母の記憶。まだ離婚する前の淡く幸せな記憶。どうして今になって思い出すの…?
「あぁ……」
ツーッと頬を流れる感覚があった。
もう出ることはないと思っていた。
殴られても罵声を浴びせられても絶対に出なかった
涙が今になってボロボロと流れていた。
「遅すぎるよ…」
流れる涙を吹くような余裕はもうない。出刃包丁を押し当てて、私は意を決した。
「さようなら…幸せになりたかったなぁ」
それを最後に私は一気に出刃包丁を引いたーーー
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プルルルルッ
「あぁカンチャン。俺だが…大至急組合の連中等を呼んできてくれんか?あぁ、それと…ちょっと琴さんとこの倅について聞きたいことがあるんだ。」
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