特務駆逐艦〈ユキカゼ〉の出港

竹岡洋一(yomat)

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帝国宇宙軍少佐、藤堂和幸

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 帝国宇宙軍所属の特務駆逐艦〈ユキカゼ〉は、恒星の遠い陽光で船体を輝かせながら慣性で進んでいた。F型主系列星の漂白したような光を浴びて、全長一五〇〇メートル近い艦は背後にある巨大ガス惑星に溶け込むように見えた。船殻前部にカッチリとした字体で書かれた艦番号と、後部に書かれた流麗な書体の艦名、そして帝国の国章が浮き出すように見える。戦時下でもなければ戦闘領域でもないため、偽装処理は行っていない。

 アイシャ・リーンフェーン大尉は駆逐艦にしては広めの通路を歩き、艦長私室へ向かっていた。
 褐色の艶やかな肌をした彼女は、軍人らしい鍛えられた長身の肉体を草色の略装に包んで、長い黒髪を頭の後ろでまとめ上げていた。生真面目な軍人で、やや教条的なきらいすらあるアイシャが、軍の推奨する短髪ではなく長髪を維持しているのを多くの者が不思議に思っていたが、これは彼女の数少ないこだわりであり、だからこそ、戦闘行動の邪魔にならないように気を遣っていた。やや切れ長の目に漆黒の瞳、形の良い鼻、少し厚みのある潤んだ唇、隙のない凜々しい顔立ちは美しかった。地球時代の人類を基準にするのであれば、どう見ても二十代半ばにしか見えない若々しさであるが、彼女の実年齢は四十七歳である。一兵卒から軍歴を開始して、下士官の頃に内部推薦制度で兵学校へと入学し士官になったわけだから、並の大尉とは年期が違っている。きちんと制服を身に着けた際の胸の略綬を見れば、二度の戦傷を経験していることも分かる。
 艦長私室の前へ着くと、やや険しい顔をした。
 扉には情報が投影されている。「取り込み中。一五〇〇まで」と短く書かれたその通知は、アイシャの知らない予定を記していた。〈ユキカゼ〉の内務長であり、先任将校でもあるアイシャが、艦長の予定を把握していないはずはない。
(また勝手に……)
 アイシャは苦々しい表情を作ってから、首筋に手を当てて、艦長への通信を開いた。
 仮想現実の華やかな時代も過ぎ、人類は今や、顔と顔とを付き合わせる時代に回帰していた。仮想空間で行えるであろうミーティングを、敢えて物理的な部屋を取って集まって行う。面と向かって会話をする。一緒にものを食べる。この時代に於いてはそれが普通であり、近年はむしろ、電子空間を活用すれば便利なのでは、と一周回って過去の常識を掘り返している状況ですらあった。
 そういう時勢であったから、アイシャが送ったのは短文のメッセージだった。古代であればチャットと表現されたであろうコミュニケーション手段。

――艦長、入りますよ。

 苛々としながら扉の前で待つ。艦内靴がコツコツと音を立てる。
 メッセージに返信がある。

――ごめん、ちょっと待って。あと五分。

――待ちません。

――三分!

――待ちません。

 密閉された扉だから、音が通るはずはない。はずはないのだが、アイシャは、何故だか扉の向こうのバタバタという音が聞こえる気がした。
 少し待つと、艦長私室の扉が内側から開かれる。
「やぁ、先任将校ナンバー・ワン。何か用?」
 特務駆逐艦〈ユキカゼ〉艦長、藤堂和幸少佐が笑顔を浮かべて顔を出す。彼は素肌の上に略衣を羽織っているだけだった。アイシャが扉の向こう側を見通すと、私室のベッドの上に、女性兵士が横になって気まずい表情でこちらを覗っているのが見えた。ハミルトン一等兵、内務科分隊所属のシールド班員だった。
 まったく、とアイシャは内心で呟いた。和幸が女性乗組員を部屋に連れ込むのはいつものことだったが、せめて事前に一言かけて欲しい、と思っていた。
 艦長の行為自体には、思うところはあるが、それを咎めようとはしなかった。何故なら和幸は、乗組員に自由に手を付けて良い、という条件を暗に示されてこの〈ユキカゼ〉の特務駆逐艦長を拝命したのだから。〈ユキカゼ〉の乗組員は、艦長を除いて全員が女性だった。



   *



 帝国宇宙軍少佐、藤堂和幸の見た目は、十代後半の少年のようだった。身長こそ一七五センチとそこそこだが、若いというより幼く見える顔立ちをしている。端正な造りの目鼻立ちで、特に二重瞼の下の怪しく輝く瞳は黒曜石のように見る者を捕らえる魔力を湛えていた。顎の線は脆い硝子ガラスを想起させる細さと美しさを持ち、首から肩にかけての肉の付き方も優雅だった。美少年、というより女性的ですらある。顔には常に悪戯っぽい微笑みを浮かべているのも、子供のような印象を強めていた。しかし実年齢は三十九歳であり、少佐という階級に相応しいだけの経験を積んだ軍人であった。
 彼は貴族の産まれだった。それも、帝国の権門として名高い七大公家セブン・プリンシズの一つ、中原家の生まれだ。ただし名字が違うことからも分かるように、私生児であった。それでも、帝国内で最高の教育と医療とを受け、その抗老化処置も徹底したものだったから、不気味に見えるほどに肉体的に年を取っていない。帝国内で最高、というのはつまり銀河で最高ということだ。
 貴族の私生児として産まれた和幸には、軍人以外にも無限の可能性があったはずだった。実家は太く、責任は無い。政治的野心さえ抱かなければこれほど気楽な立場もないだろう。そんな中で軍人の道を志したことに、実は大した理由があったわけではなかった。本人はあまり人に言いたがらないが、幼い頃に見た兄の軍服姿が格好良かったから、程度の動機だった。軍服といってもそれは近衛連隊の名誉連隊長カーネル・イン・チーフとしてのものであり、彼の兄は外交官であって本職の軍人ですらなかったのだが。
 高等学校パブリック・スクールを出て帝国大学へ入り、院まで進んでゆっくりと史学の修士号を取ると、それから兵学校へと入学し、軍人の道を歩み始めた和幸であったが、彼本人にすら予想外の事実が判明した。
 彼には軍事的才能があったのだ。
 それが遺憾なく発揮「されてしまった」のが、この間のいわゆる三年戦役であった。惑星スレイマンに取り残された避難民たち二五万人を、当時大尉であった和幸は、現場の最先任指揮官として防衛し、民兵三万人を組織するとそれを指揮して、一四ヶ月にわたって、惑星を守り通したのだった。
 素晴らしい殊勲という他なかった。中原家を良く思わない貴族や政治家たちにすら否定できない武功だった。和幸は当然のようにオリオン八星勲章を受勲し、大銀河勲章指揮官章を授けられ、さらにイレネ男爵を授爵された。これは帝室領であったイレネ島を下賜して新設された爵位であった。私生児が自らの手柄で家を興した、という絵に描いたような成功譚サクセス・ストーリー

 しかしその大成功が問題であった。

 トーチ大公中原家は帝国創設時の元勲を始祖とする一族であり、今もって帝国政界で強い影響力を持つ名族である。しかしながら、帝国内で独裁的な権力を持っているというわけではない。元老院ではどちらかというと少数派で、衆議院における支持者がそこそこ。権力基盤は財界と通信業界、運輸業界にあり、人種的には当然日系人からの根強い支持を持つ。逆に、軍部への影響力はかなり限定的だった。
 そんな中原家の妾腹の子供が、軍の英雄になった。これは力の均衡を大きく動かす意味を持つ。
 中原家は現在の権力を更に拡大したいという欲求はそれ程持っていなかった。帝国の政治は安定しており、経済も治安も今のところ大きな問題はない。この繁栄状態で、要らぬ政争を起こしてまで自分たちの権力を拡大する理由は無かった。……と、表向きはそうだった。権力など、放置しておけば勝手に萎んでいってしまうのだから、好む好まざるに関わらず、現状維持を行いたければ闘争をして勢力拡大を続けるほかないことを、老練な中原家の人々が解っていないわけはない。だが、それを表立って言うことはないだけだ。
 その点で、和幸は「目立ちすぎた」のだ。あからさまに軍で出世してしまえば、それは人の目に中原家の軍部での権力拡大に映る。本人にその気が無くとも、外部から見ればそうなのだった。そしてそれを見越して、中原家に接近するつもりで和幸に擦り寄ってくる軍人たちも出てくる。
 権力は拡大したい。だが、それは静かに行わなければならない。和幸は要らぬ混乱を生むばかりだった。
 そしてそれは、軍部から見ても同じだった。国防こそ我らの本分と考える「真面目な」軍人たちは、政争に巻き込まれるのを喜ばない。彼らにとっても和幸は手に余る存在だった。貴族のボンボンに重要なポストを取られてたまるか、という僻みが含まれていたかどうかは、彼らの名誉のためにも触れるべきではない。
 こうして、中原家と軍部との利益が一致した。英雄となった和幸を「飼い殺し」状態にしてしまえば、無用な混乱を避けられる、と。
 もう一人、利益誘導が必要な当事者がいた。他ならぬ和幸本人である。だが彼の有名な「欠点」がこの問題解決に一役買った。
 彼は女癖の悪さで有名だったのだ。
 奇妙な合意が裏で進んで、宇宙軍史上でも稀に見る珍妙な艦艇が組織された。軍令部直属の特務駆逐艦〈ユキカゼ〉。そもそも「特務駆逐艦」なる艦艇の種別は宇宙軍には存在せず、和幸のために新たに軍令が制定されたものだった。そして乗組員は艦長を除き全員が女性……兵部省人事局の課員たちは、女衒の気分で人員配置を行ったという。
 こんな艦艇を調達し、配備すること自体が、一種の醜聞スキャンダルであった。中原家と軍部はそれぞれ口さがない人々から誹りを受けた。だがこれで、中原家と軍部とは余計な政治的軋轢を回避し、それぞれの仕事に専念できることになったのだ。人の噂も七十五日、多少の悪口など物ともしなかった。
 そして和幸はハーレムを手に入れた。
 誰一人文句の無い、三方良しの解決であった。
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