4 / 11
合戦準備
しおりを挟む
次元隧道への潜行は、現代であればほぼ事故など起こらない安全なものだった。それでも軍用艦らしく、潜行前には号令がかかり、艦内の将兵は多少緊張して次元の壁を越える瞬間に備える。
今回もまた、何事もなく潜行が行われる。一八一五、和幸は艦長私室にいた。休息を取り、明日に備えねばならない。
哨戒第二配備に入ったことで、艦内勤務は三直制に移行していた。しかしどのような勤務態勢であるにせよ、艦長は船に一人である。何時いかなる場合でも事が起これば飛び出していかなければならないが、だからといって休憩もせずに動き続けることはできない。明日の〇八〇〇に目的地に到着する予定が立っているのだから、当然、それまで体を休めておこうと考えた。現場では何が起こっているか分からないのだから。
かつての二部屋を一部屋に改装した艦長室は、一人で使うには広すぎるほどだった。中央に鎮座する巨大なベッドは、この艦が何のために用意されたのかを雄弁に語っている。それから執務机、小型の球形モニタ、一隅にはカウンターがあり、ちょっとしたバーのような造りになっている。専用の風呂場には広い浴槽まであり、個人でゆったりと湯に浸かるのはもちろん、連れ込んだ他の乗員とその場で楽しむこともできた。部屋の片隅には従兵ボットが常に控え、配膳から掃除まで細々とした雑務を全て片付けてくれる。
この豪華な設備は、軍が彼を飼い殺しにするにあたっての補償のようなものであった。軍としても、三年戦役の英雄をこのような立場に追い込むことに負い目を感じていないわけではなかった。
しかしこの煌びやかな天空の座敷牢は、一人で専有するには、些か広すぎた。
和幸は首を触り、艦内の誰かを呼び出そうかと思った。だがすぐに、大事の前に部下に変な負担をかけるべきではないと思い立ち、手を離す。そのように、彼がどれほど艦長としての責務を意識しても、残念ながら孤独が消えるわけではなかった。
孤独を恐れる性質が和幸にはあった。孤独そのものも怖いが、寂しい時に、色々と思い悩んでしまう自分が嫌いなのだった。常に頭の中で考えを巡らせるタイプの和幸は、人と向かい合っていない間、大抵内省的な考えに陥ってしまう。そして、そういう考えは常に悲観的な方向へと引っ張られるのだった。本質的に、彼は寂しい人間なのかもしれない。
そうであれば、本でも読んで気を紛らわせていればいいようなものだが、読書で退屈しのぎをすることはできても、疲れ果てることはできない。本や、動画や、AIに向かうというのは、どれだけ知的な営みであっても、緊張とは無縁の行為であった。ただ同じ知的生命体だけが、和幸を甘辛い疲労に酔わせ、心地好い眠りへと誘ってくれる。
しかし今は、その恐れている孤独に耐える時間だった。
(四十歳も間際になって、未だに一人が寂しいなどと言っているとは思わなかったな)
と、和幸は自嘲する。……こういう自嘲こそ、和幸の癖であり、だからこそ孤独が恐怖たりえるのだ。
その時、通信が入った。アイシャだった。
――艦長、お部屋にお邪魔しても宜しいですか?
願ってもないことだった。和幸はすぐに了承した。
艦長室の前にいたのだろう、アイシャはすぐに部屋に入ってくる。
「お疲れ様です。ご休憩中に失礼します」
「いや、大丈夫」
アイシャの敬礼に答礼を返し、和幸はカウンターを指差した。
「何か飲むか?」
「では、お言葉に甘えて」
オレンジ・ジュースを注文するアイシャ。帝国宇宙軍は艦内での飲酒を認めており、アイシャはアルコールには強い方だったが、哨戒第二配備の下で酒を呑むわけにもいかない。和幸も同じものを従兵ボットに注文した。
カウンター前のスツールに二人は腰掛けて、グラスに入った甘酸っぱい液体を呑みながら、一息吐いた。尋ねてきたアイシャは何も言わない。和幸もその無言の時間をゆったりと味わった。アイシャとは比較的長い付き合いだったから、黙って二人で座っているような時間も苦痛ではなかった。
グラスを、アイシャが軽く振る。氷が音を立てる。
「少し、不安になってしまいました」
と、小さな声でアイシャは言った。
「救難信号?」
「と言うか、そこに向かうこの艦が、です」
「ああ」
アイシャの言いたいことは何となく理解できた。和幸にも良く分かっていることだが、〈ユキカゼ〉の練度はそれ程高くない。というか、帝国宇宙軍の艦艇としては低劣といって差し支えない。理由も判然としており、性別と容姿優先で乗員を集めているからだ。そして、飼い殺しにされている貴族の私生児のハーレム要員という立場で、乗員の士気が高まるわけもないのだった。
そんな訓練不足で戦力不安な艦を使い、謎の救難信号を捜査しに向かうという薄氷の上の行進が、アイシャには懸念事項なのだろう。先任将校として責任を持てない、と感じているのかもしれない。
確かにその気持ちは、和幸にもよく理解できた。彼だって似たような思いを抱いていた。
しかし、そんな泣き言を今言っても何の意味もない。
「まぁ、練度がよくないのは認めるが……それでも、正規の軍人の動かす軍用艦だからな。スレイマンの時よりはマシさ」
「しかしあの時は、兵士の戦意は充分でしたよ」
三年戦役の、惑星スレイマンの防衛戦で二人は出会った。アイシャは下士官出身の経験豊かな尉官、そして和幸は大尉ながら――大隊長が叛逆により処刑されたことで繰り上がった――現地の部隊の最先任。宇宙軍大学で指揮参謀課程こそ通過しているものの、大規模な実戦経験は皆無の下級将校が、いきなり二五万人の避難民の守護者に任じられたのだ。
「そうかもしれないが……いや、自分で言っておいてなんだが、比べるようなものじゃないな。先任将校、救難信号が出ているのを調べに行くだけだぜ?」
「妨害の形跡があるのは不自然ですよ。戦闘の可能性が……」
「それはそうだが」
「でしたら……」
「だからといって、助けにいかないわけにはいかないだろ?」
和幸の言葉は全くの正論であり、それ故に、議論に持ち込むには強すぎた。アイシャは押し黙ってしまう。言い返せないからだ。
そのアイシャの様子を、和幸は興味深く見つめた。冷静沈着で生真面目な軍人であるアイシャが、こんな意味もない議論をふっかけてくるわけがなかった。不安は確かに解るが、それは皆同じであり、それをこの状況で和幸に訴えたところで何の意味もないことくらい、理解できて然るべきである。軍隊だろうと娑婆であろうと、その場にあるカードで勝負するしかない。軍人としての彼女が分かっていないはずはない。
つまり今、和幸の前にいるアイシャは、軍人としての彼女ではないのだ。
和幸は指揮官の仮面を外して表情を緩めると、やわらに手を伸ばしてアイシャの褐色の頬に触れた。
「どうしたんだよ、アイシャ」
そうしてその手で、彼女の耳たぶを触った。アイシャは梅雨の空のような瞳で和幸を見つめる。
「その……最近、ゆっくりとお話をする機会がありませんでしたので……」
「うん、そうだな」
「少し……すみません」
気まずそうに唇を窄めて俯くアイシャ。他の士官たちや、部下たちが、今の彼女を見れば驚くだろう。軍服に身を包んだアイシャはどんな時でも精悍な顔つきをしており、視線は常に前を向いていて、喋る言葉も発する命令も全く迷いがないはずだった。
しかし和幸は、そうではないアイシャを知っている。
「寂しかった?」
そう訊くと、アイシャは和幸を睨みつけた。和幸は、少しだけ体を前に出して、敢えて隙を作る。アイシャはネコ科の猛獣のように素早く動き、自分の唇を和幸の唇に重ねた。接吻は柑橘類の味がした。
アイシャが初めて和幸に体を許したのは惑星スレイマンの防衛戦の最中だった。それまでは、軍人としての能力は別として人格的には、どちらかというと反感のようなものをこの貴族の私生児に対して持っていたアイシャだったが、一度抱かれてからは、肉体的に、和幸に依存したようになってしまっていた。
それはアイシャにとって見知らぬ体験だった。彼女が男を知らなかったわけではない、どころか、男性経験はむしろ豊富な方だった。長身で美形という魅力をたっぷりと備えたアイシャは、若い頃から言い寄ってくる男には不足した時期がなかった。そして、どいつもこいつも女の前では同じようなみっともなさを、つまり鎧を着てペニスを剥き出しにした下半身丸出しの騎士のような惨めな姿を晒すのを見て、男というものを完全に見下すようになった。一時期は恋愛の対象に同性である女を選ぶという「古くさい」趣味を持ってみたこともあったが、恋人に対する女の粘着質な感性に嫌気が差して、これもやめてしまった。この時は、自分自身も同じような感情を誰かに向けることになろうとは、毫も思っていなかった。
和幸がアイシャへ向ける視線は独特だった。
乾いているかと思えば、触れれば水が垂れるように湿潤であり、凍るように冷たいかと思えば、火傷してしまう程に熱い、変幻自在の瞳。その感情を読み取ることは難しい。義務的で、自分を道具のように扱い、必要だからそうしているまでだという態度を隠さないかと思えば、甘ったるいほどに懇ろになり、微に入り細を穿った心配りを行い、まるでお姫様のように扱う。失望して自分を見棄てるような視線を投げかけた次の瞬間に、地獄の底まで助けに来てくれそうな熱心な顔で見つめてくる。寒暖差に、アイシャの心は砕けてしまいそうだった。
実は、和幸の瞳には秘密があった。アイシャはそれを教えてもらった。そして――随分と悩んだ末に、それでも、和幸を慕うと決めたのだった。
三年戦役のあと、彼女は自ら志願して〈ユキカゼ〉の乗員となった。
そして今も、アイシャは和幸と共にいる。
「たいい……たいいっ……!」
ベッドの上で仰向けになり、脚を広げて、アイシャは和幸を受け容れていた。自分に覆い被さってくる彼に抱きつき、脚を絡める。
かつてのスレイマンにいた頃のように和幸を大尉と呼ぶのは、意図したものではなく、感情が昂ぶっているからだった。和幸はそれを咎めない。
「キス……してください……」
切ない表情で和幸を見つめてアイシャは懇願する。和幸は微笑んで、その頬に、優しくキスした。
「んっ……ち、ちがいます……」
「何が違うの?」
「く、口にしてください……」
いじらしい視線を作り、唇を突き出す。和幸は笑って、素直にキスしてあげた。アイシャは目を瞑ってそれを味わう。
キスをしながら、和幸は手を動かして、アイシャのつんと上を向いた形の良い乳房を触った。その先端の、肌よりもさらに濃く色付く乳首を、軽く摘まむ。
「んっ、んんっ……」
接吻をしながら、アイシャは身を震わせる快感に流された。
和幸はアイシャの胸を、お腹を、そして太股を丹念に愛撫した。接吻を終えると、口を胸元へと持って行き、そこにも何度もキスをして、強く吸い付いて痕を付けた。アイシャは腰をくねらせ、高い声を上げて悦んでいる。和幸の手がアイシャの太股を登り、両脚の間の女性の部分へと到達する。綺麗に毛が整えられたそこは、既に愛液が溢れるほどに湿っていた。熱くなった陰核を、和幸は指で軽く転がした。
「あっ……ああっ!」
アイシャは仰け反り、熱い息を吐く。
そのまま優しく女性器を弄りながら、和幸はアイシャの胸を舐め、舌を動かして乳房に這わせてから、その頂点の乳首を口に含んだ。軽く舌で刺激した後、そっと歯を立てる。
「はぁぁぁぁああああっ! んんんっ!」
頭の中に火花が散るような快感を味わって、アイシャは絶叫する。そうした刺激を加えながら、和幸の指はアイシャの膣内へそっと差し込まれた。抜き差しして内側から刺激する。
アイシャはまたも声を上げて悦び、目を瞑って、与えられる快楽を余すことなく味わっていた。
和幸が体から手を離すと、アイシャは荒い息を吐いて少しだけ休憩したが、すぐに和幸を見上げて、哀願するような表情を作った。
少々意地悪な笑みで和幸は応じる。
アイシャはお預けを食らった子犬のように悲しそうな顔をした後で、手足に力を入れて体を浮かせると、身を捻って四つん這いになり、お尻を和幸の方へ高く掲げた。相手に全てを曝け出す姿勢を取る。その上で、さらに自分の手を股間へと導き、指で、女性器を広げて見せた。
「どうか……お願いします。アイシャに……和幸さまの立派なおちんちんを入れてください」
こういう「おねだり」の仕方を、和幸に確りと教え込まれていた。媚態、言葉遣い、情けなく甘い声。和幸は自分の教育がきちんと効果を及ぼしていることに満足した。
アイシャのしっかりと肉の乗った弾力のあるお尻と、その間の恥ずかしい部分とを見つめながら、和幸は膝立ちになり、軍袴の前を開けた。顔に似合わず――という印象を大抵の女が抱く――凶悪な男根が姿を現す。固く勃起している。長く、太く、そしてカリの部分の段はくっきりとしている。
陰茎をアイシャの女性器に押し付けると、小さな水音が立った。和幸がそれを揶揄すると、アイシャは恥ずかしそうに首を振る。こんな言葉責めに、未だに可愛らしく反応しているアイシャを、和幸は愛おしく思った。
そして、腰に力を入れて、それを挿入した。
セックスは、大抵は平凡なものだ。カナエのように、やたら暴力的に扱われるのを悦ぶような相手は極端ではあるが、それ程ではなくても大抵の相手は、多少強めに力を加えられる方を好むものだった。アイシャもその平均の範疇から出なかった。
和幸は後ろから貫き、アイシャに枕を抱いて叫ばせた。腰を密着させて体を抱き締めながら動かしてやると、気が遠くなったようでみっともない顔をしていた。射精が近くなるとほとんど力任せに腰を動かし、そしてそういう動きの方が、アイシャは大喜びで泣き叫ぶのだった。
後ろから一発、正常位で二発、それだけたっぷりと膣内に射精してやって、ようやくアイシャは満足したようだった。最後の一発は、入れている間ずっと耳元で愛を囁いていたのだが、アイシャの膣は和幸のペニスを決して離したくないというようにキツく締め付けていた。
艦長室のベッドの上で、静かな寝息を立てるアイシャを、和幸は上半身を起こして見守った。体を休めなければ、と考えていたのにこうして女を抱いてしまう。しかし自分一人でいたとしても、上手く眠れたかは分からなかったので、これで良かったのかもしれない。
性交の後の疲労が腕や足や腰に停滞していて、砂糖のように粒子的な甘さの痺れを散らしている。目を閉じればすぐに眠ることができそうだった。少しでも考え込む時間を無くせるのがありがたい。
ベッドに横になると、腕をアイシャの肩に触れさせ、その体温を感じながら、和幸は眠った。アイシャは無意識に和幸に抱きついた。
*
「熱源です……あの小惑星の表面」
との報告で映し出された小惑星は、高エネルギーで抉られたように変形していた。
それは明らかに戦闘の痕跡であった。救難信号が妨害されていた時点で可能性は高かったが、さらに証拠が積み重なった。
「哨戒第一配備に引き上げろ。砲術長、各部点検をしておけ」
「全艦、哨戒第一配備!」
「主砲、速射砲、機銃の点検、行います」
砲術長のグレース・ラダン大尉は素早く砲術士と掌砲長に指示を出し、すぐに自分でもデータを引っ張ってきて確認を始める。
指揮所で、和幸は情報を映し出す幾つものウィンドウを睨んでいる。隣にはアイシャもいる。二人とも寝不足だったが、頭ははっきりとしており、疲労は全く感じていなかった。特にアイシャは、沸き立つような幸福感で体中が充実したような活力を得ており、いつも以上に素早く状況分析を行っている。
既にロドイ星系であり、〈ユキカゼ〉は昨日の救難信号を発信した船の予測地点へと突き進んでいる。それが単なる事故でなさそうなことは、レーザーを浴びたのであろう小惑星から推測できた。攻撃を受けて、逃げている。操船の上手い船長であれば非武装の民間船でも敵を振り切れることもあるが、この空間に残された戦闘の痕跡を見る限り、どうやら追い縋られている様子だった。
やはり宇宙海賊か。しかし、何だってこんな場所に。和幸は考えを巡らせる。
宇宙海賊といっても、その規模はピンからキリまである。それこそ、小型のボートのような海賊船を使って、遭難者を装って船舶に接近し、一気に接舷移乗して制圧するハイジャック犯のような連中もいる。コルベット程度の海賊船を十数隻も保有し、小振りな艦隊ともいえる戦力を組んで大型船を襲撃、時に治安維持部隊との戦闘を繰り広げるような大海賊も存在する。今自分達が向かっている場所にいる相手がどのようなものか、簡単には判断できなかった。
ただ――これが楽観的な予想であることに充分留意しつつ、和幸は推理した――大きな戦力を備えた大海賊であれば、その存在を秘匿することは難しい。こんな噂も無いような場所に突然現れたのだから、それ程強力な戦力は備えていないのではなかろうか。
何にせよ、情報が足りない中で過剰な決めつけは厳禁だった。やきもきしながらも、表情や仕草にはそのような内心を全く見せずに、和幸は静かに待っていた。
ああ、軍隊というのは何と待つことが多い稼業であろうか。
だが時間は確実に前に進む。光速度が優先されるので歪むことはあっても、とにかく前に進む。
痕跡を追跡していく。〈ユキカゼ〉が巨大ガス惑星を回り込むように動くと、その向こう側の様子が観測できるようになる。
目的の遭難船は、そこに確かにいた。余計なおまけもついていた。
「船籍確認できましたぁ。スカハ王室所有の大型遊行船〈ミッドナイト・サン〉号ですぅ!」
エンリカが報告する。その大きさ、鮮やかな飾り付けや国章を見れば、誰の目にも明らかだった。
「まさかの船でしたね」
とアイシャが呟く。
カナエがまとめた事前の情報に含まれていたので、驚きはしなかった。しかし、よりにもよってこの船なのか、という感想はある。考えられる中では一番面倒な事態だった。
「あの、取り付いてる船は?」
和幸はディスプレイに表示された小型船を指し示す。星系内で利用する小型の貨物船のような見かけだったが、不格好な砲塔が無理矢理載せられているのが見える。
「データにはありません……恐らく旧式の貨物船だと思われますが……」
と、その貨物船の「主砲」からレーザーが放たれた。可視光線ではないが、〈ユキカゼ〉のセンサーがそれを捉えて表示する。
「あ、が、ガンマ線レーザーですぅ!」
「驚きましたね」
民間船にもデブリ破砕用のレーザーが搭載されることは多いが、それらは概ね紫外線レーザーかX線レーザーである。威力こそ高いものの、集束が難しく、消費電力が大きく、何より価格が高価になりがちなガンマ線レーザーは、民間ではほとんど使われていない。軍用としては主砲用から機銃用まで存在するが、その管理は厳重に行われているはずだった。
「気合いの入った海賊だな」
和幸は軽口を叩く。帝国内での管理はかなり厳しい兵器だったが、外国製の密輸品は出回っている。大抵品質が粗悪な、とても使いたいとは思えないようなものなのだが、海賊達はそういうものでも喜んで据え付けて武装としているものだ。丁度、今見ているように。第一あれは、レーザー機銃ではないか、と和幸は確認した。主砲や副砲として使われるようなガンマ線レーザーも存在するが、威力がまるで違う。
攻撃を行ったことで、相手を海賊であると断定した。帝国宇宙軍の艦長は、海賊船を発見した場合、直ちにこれを逮捕する義務を負っている。
見たところその海賊船は、クルーザーへと追いつき、丁度攻撃を開始したところのようだった。微妙なタイミングで発見できたというべきか。もう少し早ければ攻撃される前に追い払えたかもしれなかったし、もう少し遅ければ既にクルーザーを乗っ取られていただろう。
海賊船は、スカハ王室のクルーザーの推進器部分を狙って破壊しようとしているように見える。動きを止めて、拿捕しようとしているのかもしれない。高価なクルーザーであるから、部品や備品を強奪するだけでもそこそこの儲けになる可能性はある。とはいえ、危険に見合う実入りがあるかというと、とてもそうは思えないが。
「あれなら何とかなりそうですね」
少し安心した発音でアイシャが言った。和幸も同意見だった。
「機関長へ。戦闘出力まで上げろ。航宙、進路そのまま、目標と距離二〇〇で併走しろ」
「宜候!」
「先任将校、シールド上げ。生態金属も起こしておけ」
「了解です! シールド発生準備、生態金属起こし!」
「電測、警戒厳となせ。電戦、解析AIに現状での諸元を入れておくこと」
「はいぃ! 警戒、厳となします」
「諸元入力行います!」
言わでもな指示をいちいち与えるのは良い艦長の仕草とは思えなかったが、艦の訓練状況を鑑みると、和幸は命令せずにはいられなかった。どちらにせよ、さらに戦闘が近付けば先任将校が責任を持って全ての状態を確認することになる。幸い、この艦の乗組員達は和幸に声をかけてもらえるだけで喜んでいたので、細かい命令を迷惑と感じてはいなかった。
ざっと指揮所を見回して、改めて、自分達が戦闘へ突入するのだと実感する。和幸や〈ユキカゼ〉乗員の一部にとっては久々の実戦であり、そして少なからぬ兵士たちにとっては、初めての実戦だった。
小さく頷いてから、和幸はアイシャに命じた。
「先任将校、合戦準備となせ」
「了解、艦長! 全艦、合戦準備!」
今回もまた、何事もなく潜行が行われる。一八一五、和幸は艦長私室にいた。休息を取り、明日に備えねばならない。
哨戒第二配備に入ったことで、艦内勤務は三直制に移行していた。しかしどのような勤務態勢であるにせよ、艦長は船に一人である。何時いかなる場合でも事が起これば飛び出していかなければならないが、だからといって休憩もせずに動き続けることはできない。明日の〇八〇〇に目的地に到着する予定が立っているのだから、当然、それまで体を休めておこうと考えた。現場では何が起こっているか分からないのだから。
かつての二部屋を一部屋に改装した艦長室は、一人で使うには広すぎるほどだった。中央に鎮座する巨大なベッドは、この艦が何のために用意されたのかを雄弁に語っている。それから執務机、小型の球形モニタ、一隅にはカウンターがあり、ちょっとしたバーのような造りになっている。専用の風呂場には広い浴槽まであり、個人でゆったりと湯に浸かるのはもちろん、連れ込んだ他の乗員とその場で楽しむこともできた。部屋の片隅には従兵ボットが常に控え、配膳から掃除まで細々とした雑務を全て片付けてくれる。
この豪華な設備は、軍が彼を飼い殺しにするにあたっての補償のようなものであった。軍としても、三年戦役の英雄をこのような立場に追い込むことに負い目を感じていないわけではなかった。
しかしこの煌びやかな天空の座敷牢は、一人で専有するには、些か広すぎた。
和幸は首を触り、艦内の誰かを呼び出そうかと思った。だがすぐに、大事の前に部下に変な負担をかけるべきではないと思い立ち、手を離す。そのように、彼がどれほど艦長としての責務を意識しても、残念ながら孤独が消えるわけではなかった。
孤独を恐れる性質が和幸にはあった。孤独そのものも怖いが、寂しい時に、色々と思い悩んでしまう自分が嫌いなのだった。常に頭の中で考えを巡らせるタイプの和幸は、人と向かい合っていない間、大抵内省的な考えに陥ってしまう。そして、そういう考えは常に悲観的な方向へと引っ張られるのだった。本質的に、彼は寂しい人間なのかもしれない。
そうであれば、本でも読んで気を紛らわせていればいいようなものだが、読書で退屈しのぎをすることはできても、疲れ果てることはできない。本や、動画や、AIに向かうというのは、どれだけ知的な営みであっても、緊張とは無縁の行為であった。ただ同じ知的生命体だけが、和幸を甘辛い疲労に酔わせ、心地好い眠りへと誘ってくれる。
しかし今は、その恐れている孤独に耐える時間だった。
(四十歳も間際になって、未だに一人が寂しいなどと言っているとは思わなかったな)
と、和幸は自嘲する。……こういう自嘲こそ、和幸の癖であり、だからこそ孤独が恐怖たりえるのだ。
その時、通信が入った。アイシャだった。
――艦長、お部屋にお邪魔しても宜しいですか?
願ってもないことだった。和幸はすぐに了承した。
艦長室の前にいたのだろう、アイシャはすぐに部屋に入ってくる。
「お疲れ様です。ご休憩中に失礼します」
「いや、大丈夫」
アイシャの敬礼に答礼を返し、和幸はカウンターを指差した。
「何か飲むか?」
「では、お言葉に甘えて」
オレンジ・ジュースを注文するアイシャ。帝国宇宙軍は艦内での飲酒を認めており、アイシャはアルコールには強い方だったが、哨戒第二配備の下で酒を呑むわけにもいかない。和幸も同じものを従兵ボットに注文した。
カウンター前のスツールに二人は腰掛けて、グラスに入った甘酸っぱい液体を呑みながら、一息吐いた。尋ねてきたアイシャは何も言わない。和幸もその無言の時間をゆったりと味わった。アイシャとは比較的長い付き合いだったから、黙って二人で座っているような時間も苦痛ではなかった。
グラスを、アイシャが軽く振る。氷が音を立てる。
「少し、不安になってしまいました」
と、小さな声でアイシャは言った。
「救難信号?」
「と言うか、そこに向かうこの艦が、です」
「ああ」
アイシャの言いたいことは何となく理解できた。和幸にも良く分かっていることだが、〈ユキカゼ〉の練度はそれ程高くない。というか、帝国宇宙軍の艦艇としては低劣といって差し支えない。理由も判然としており、性別と容姿優先で乗員を集めているからだ。そして、飼い殺しにされている貴族の私生児のハーレム要員という立場で、乗員の士気が高まるわけもないのだった。
そんな訓練不足で戦力不安な艦を使い、謎の救難信号を捜査しに向かうという薄氷の上の行進が、アイシャには懸念事項なのだろう。先任将校として責任を持てない、と感じているのかもしれない。
確かにその気持ちは、和幸にもよく理解できた。彼だって似たような思いを抱いていた。
しかし、そんな泣き言を今言っても何の意味もない。
「まぁ、練度がよくないのは認めるが……それでも、正規の軍人の動かす軍用艦だからな。スレイマンの時よりはマシさ」
「しかしあの時は、兵士の戦意は充分でしたよ」
三年戦役の、惑星スレイマンの防衛戦で二人は出会った。アイシャは下士官出身の経験豊かな尉官、そして和幸は大尉ながら――大隊長が叛逆により処刑されたことで繰り上がった――現地の部隊の最先任。宇宙軍大学で指揮参謀課程こそ通過しているものの、大規模な実戦経験は皆無の下級将校が、いきなり二五万人の避難民の守護者に任じられたのだ。
「そうかもしれないが……いや、自分で言っておいてなんだが、比べるようなものじゃないな。先任将校、救難信号が出ているのを調べに行くだけだぜ?」
「妨害の形跡があるのは不自然ですよ。戦闘の可能性が……」
「それはそうだが」
「でしたら……」
「だからといって、助けにいかないわけにはいかないだろ?」
和幸の言葉は全くの正論であり、それ故に、議論に持ち込むには強すぎた。アイシャは押し黙ってしまう。言い返せないからだ。
そのアイシャの様子を、和幸は興味深く見つめた。冷静沈着で生真面目な軍人であるアイシャが、こんな意味もない議論をふっかけてくるわけがなかった。不安は確かに解るが、それは皆同じであり、それをこの状況で和幸に訴えたところで何の意味もないことくらい、理解できて然るべきである。軍隊だろうと娑婆であろうと、その場にあるカードで勝負するしかない。軍人としての彼女が分かっていないはずはない。
つまり今、和幸の前にいるアイシャは、軍人としての彼女ではないのだ。
和幸は指揮官の仮面を外して表情を緩めると、やわらに手を伸ばしてアイシャの褐色の頬に触れた。
「どうしたんだよ、アイシャ」
そうしてその手で、彼女の耳たぶを触った。アイシャは梅雨の空のような瞳で和幸を見つめる。
「その……最近、ゆっくりとお話をする機会がありませんでしたので……」
「うん、そうだな」
「少し……すみません」
気まずそうに唇を窄めて俯くアイシャ。他の士官たちや、部下たちが、今の彼女を見れば驚くだろう。軍服に身を包んだアイシャはどんな時でも精悍な顔つきをしており、視線は常に前を向いていて、喋る言葉も発する命令も全く迷いがないはずだった。
しかし和幸は、そうではないアイシャを知っている。
「寂しかった?」
そう訊くと、アイシャは和幸を睨みつけた。和幸は、少しだけ体を前に出して、敢えて隙を作る。アイシャはネコ科の猛獣のように素早く動き、自分の唇を和幸の唇に重ねた。接吻は柑橘類の味がした。
アイシャが初めて和幸に体を許したのは惑星スレイマンの防衛戦の最中だった。それまでは、軍人としての能力は別として人格的には、どちらかというと反感のようなものをこの貴族の私生児に対して持っていたアイシャだったが、一度抱かれてからは、肉体的に、和幸に依存したようになってしまっていた。
それはアイシャにとって見知らぬ体験だった。彼女が男を知らなかったわけではない、どころか、男性経験はむしろ豊富な方だった。長身で美形という魅力をたっぷりと備えたアイシャは、若い頃から言い寄ってくる男には不足した時期がなかった。そして、どいつもこいつも女の前では同じようなみっともなさを、つまり鎧を着てペニスを剥き出しにした下半身丸出しの騎士のような惨めな姿を晒すのを見て、男というものを完全に見下すようになった。一時期は恋愛の対象に同性である女を選ぶという「古くさい」趣味を持ってみたこともあったが、恋人に対する女の粘着質な感性に嫌気が差して、これもやめてしまった。この時は、自分自身も同じような感情を誰かに向けることになろうとは、毫も思っていなかった。
和幸がアイシャへ向ける視線は独特だった。
乾いているかと思えば、触れれば水が垂れるように湿潤であり、凍るように冷たいかと思えば、火傷してしまう程に熱い、変幻自在の瞳。その感情を読み取ることは難しい。義務的で、自分を道具のように扱い、必要だからそうしているまでだという態度を隠さないかと思えば、甘ったるいほどに懇ろになり、微に入り細を穿った心配りを行い、まるでお姫様のように扱う。失望して自分を見棄てるような視線を投げかけた次の瞬間に、地獄の底まで助けに来てくれそうな熱心な顔で見つめてくる。寒暖差に、アイシャの心は砕けてしまいそうだった。
実は、和幸の瞳には秘密があった。アイシャはそれを教えてもらった。そして――随分と悩んだ末に、それでも、和幸を慕うと決めたのだった。
三年戦役のあと、彼女は自ら志願して〈ユキカゼ〉の乗員となった。
そして今も、アイシャは和幸と共にいる。
「たいい……たいいっ……!」
ベッドの上で仰向けになり、脚を広げて、アイシャは和幸を受け容れていた。自分に覆い被さってくる彼に抱きつき、脚を絡める。
かつてのスレイマンにいた頃のように和幸を大尉と呼ぶのは、意図したものではなく、感情が昂ぶっているからだった。和幸はそれを咎めない。
「キス……してください……」
切ない表情で和幸を見つめてアイシャは懇願する。和幸は微笑んで、その頬に、優しくキスした。
「んっ……ち、ちがいます……」
「何が違うの?」
「く、口にしてください……」
いじらしい視線を作り、唇を突き出す。和幸は笑って、素直にキスしてあげた。アイシャは目を瞑ってそれを味わう。
キスをしながら、和幸は手を動かして、アイシャのつんと上を向いた形の良い乳房を触った。その先端の、肌よりもさらに濃く色付く乳首を、軽く摘まむ。
「んっ、んんっ……」
接吻をしながら、アイシャは身を震わせる快感に流された。
和幸はアイシャの胸を、お腹を、そして太股を丹念に愛撫した。接吻を終えると、口を胸元へと持って行き、そこにも何度もキスをして、強く吸い付いて痕を付けた。アイシャは腰をくねらせ、高い声を上げて悦んでいる。和幸の手がアイシャの太股を登り、両脚の間の女性の部分へと到達する。綺麗に毛が整えられたそこは、既に愛液が溢れるほどに湿っていた。熱くなった陰核を、和幸は指で軽く転がした。
「あっ……ああっ!」
アイシャは仰け反り、熱い息を吐く。
そのまま優しく女性器を弄りながら、和幸はアイシャの胸を舐め、舌を動かして乳房に這わせてから、その頂点の乳首を口に含んだ。軽く舌で刺激した後、そっと歯を立てる。
「はぁぁぁぁああああっ! んんんっ!」
頭の中に火花が散るような快感を味わって、アイシャは絶叫する。そうした刺激を加えながら、和幸の指はアイシャの膣内へそっと差し込まれた。抜き差しして内側から刺激する。
アイシャはまたも声を上げて悦び、目を瞑って、与えられる快楽を余すことなく味わっていた。
和幸が体から手を離すと、アイシャは荒い息を吐いて少しだけ休憩したが、すぐに和幸を見上げて、哀願するような表情を作った。
少々意地悪な笑みで和幸は応じる。
アイシャはお預けを食らった子犬のように悲しそうな顔をした後で、手足に力を入れて体を浮かせると、身を捻って四つん這いになり、お尻を和幸の方へ高く掲げた。相手に全てを曝け出す姿勢を取る。その上で、さらに自分の手を股間へと導き、指で、女性器を広げて見せた。
「どうか……お願いします。アイシャに……和幸さまの立派なおちんちんを入れてください」
こういう「おねだり」の仕方を、和幸に確りと教え込まれていた。媚態、言葉遣い、情けなく甘い声。和幸は自分の教育がきちんと効果を及ぼしていることに満足した。
アイシャのしっかりと肉の乗った弾力のあるお尻と、その間の恥ずかしい部分とを見つめながら、和幸は膝立ちになり、軍袴の前を開けた。顔に似合わず――という印象を大抵の女が抱く――凶悪な男根が姿を現す。固く勃起している。長く、太く、そしてカリの部分の段はくっきりとしている。
陰茎をアイシャの女性器に押し付けると、小さな水音が立った。和幸がそれを揶揄すると、アイシャは恥ずかしそうに首を振る。こんな言葉責めに、未だに可愛らしく反応しているアイシャを、和幸は愛おしく思った。
そして、腰に力を入れて、それを挿入した。
セックスは、大抵は平凡なものだ。カナエのように、やたら暴力的に扱われるのを悦ぶような相手は極端ではあるが、それ程ではなくても大抵の相手は、多少強めに力を加えられる方を好むものだった。アイシャもその平均の範疇から出なかった。
和幸は後ろから貫き、アイシャに枕を抱いて叫ばせた。腰を密着させて体を抱き締めながら動かしてやると、気が遠くなったようでみっともない顔をしていた。射精が近くなるとほとんど力任せに腰を動かし、そしてそういう動きの方が、アイシャは大喜びで泣き叫ぶのだった。
後ろから一発、正常位で二発、それだけたっぷりと膣内に射精してやって、ようやくアイシャは満足したようだった。最後の一発は、入れている間ずっと耳元で愛を囁いていたのだが、アイシャの膣は和幸のペニスを決して離したくないというようにキツく締め付けていた。
艦長室のベッドの上で、静かな寝息を立てるアイシャを、和幸は上半身を起こして見守った。体を休めなければ、と考えていたのにこうして女を抱いてしまう。しかし自分一人でいたとしても、上手く眠れたかは分からなかったので、これで良かったのかもしれない。
性交の後の疲労が腕や足や腰に停滞していて、砂糖のように粒子的な甘さの痺れを散らしている。目を閉じればすぐに眠ることができそうだった。少しでも考え込む時間を無くせるのがありがたい。
ベッドに横になると、腕をアイシャの肩に触れさせ、その体温を感じながら、和幸は眠った。アイシャは無意識に和幸に抱きついた。
*
「熱源です……あの小惑星の表面」
との報告で映し出された小惑星は、高エネルギーで抉られたように変形していた。
それは明らかに戦闘の痕跡であった。救難信号が妨害されていた時点で可能性は高かったが、さらに証拠が積み重なった。
「哨戒第一配備に引き上げろ。砲術長、各部点検をしておけ」
「全艦、哨戒第一配備!」
「主砲、速射砲、機銃の点検、行います」
砲術長のグレース・ラダン大尉は素早く砲術士と掌砲長に指示を出し、すぐに自分でもデータを引っ張ってきて確認を始める。
指揮所で、和幸は情報を映し出す幾つものウィンドウを睨んでいる。隣にはアイシャもいる。二人とも寝不足だったが、頭ははっきりとしており、疲労は全く感じていなかった。特にアイシャは、沸き立つような幸福感で体中が充実したような活力を得ており、いつも以上に素早く状況分析を行っている。
既にロドイ星系であり、〈ユキカゼ〉は昨日の救難信号を発信した船の予測地点へと突き進んでいる。それが単なる事故でなさそうなことは、レーザーを浴びたのであろう小惑星から推測できた。攻撃を受けて、逃げている。操船の上手い船長であれば非武装の民間船でも敵を振り切れることもあるが、この空間に残された戦闘の痕跡を見る限り、どうやら追い縋られている様子だった。
やはり宇宙海賊か。しかし、何だってこんな場所に。和幸は考えを巡らせる。
宇宙海賊といっても、その規模はピンからキリまである。それこそ、小型のボートのような海賊船を使って、遭難者を装って船舶に接近し、一気に接舷移乗して制圧するハイジャック犯のような連中もいる。コルベット程度の海賊船を十数隻も保有し、小振りな艦隊ともいえる戦力を組んで大型船を襲撃、時に治安維持部隊との戦闘を繰り広げるような大海賊も存在する。今自分達が向かっている場所にいる相手がどのようなものか、簡単には判断できなかった。
ただ――これが楽観的な予想であることに充分留意しつつ、和幸は推理した――大きな戦力を備えた大海賊であれば、その存在を秘匿することは難しい。こんな噂も無いような場所に突然現れたのだから、それ程強力な戦力は備えていないのではなかろうか。
何にせよ、情報が足りない中で過剰な決めつけは厳禁だった。やきもきしながらも、表情や仕草にはそのような内心を全く見せずに、和幸は静かに待っていた。
ああ、軍隊というのは何と待つことが多い稼業であろうか。
だが時間は確実に前に進む。光速度が優先されるので歪むことはあっても、とにかく前に進む。
痕跡を追跡していく。〈ユキカゼ〉が巨大ガス惑星を回り込むように動くと、その向こう側の様子が観測できるようになる。
目的の遭難船は、そこに確かにいた。余計なおまけもついていた。
「船籍確認できましたぁ。スカハ王室所有の大型遊行船〈ミッドナイト・サン〉号ですぅ!」
エンリカが報告する。その大きさ、鮮やかな飾り付けや国章を見れば、誰の目にも明らかだった。
「まさかの船でしたね」
とアイシャが呟く。
カナエがまとめた事前の情報に含まれていたので、驚きはしなかった。しかし、よりにもよってこの船なのか、という感想はある。考えられる中では一番面倒な事態だった。
「あの、取り付いてる船は?」
和幸はディスプレイに表示された小型船を指し示す。星系内で利用する小型の貨物船のような見かけだったが、不格好な砲塔が無理矢理載せられているのが見える。
「データにはありません……恐らく旧式の貨物船だと思われますが……」
と、その貨物船の「主砲」からレーザーが放たれた。可視光線ではないが、〈ユキカゼ〉のセンサーがそれを捉えて表示する。
「あ、が、ガンマ線レーザーですぅ!」
「驚きましたね」
民間船にもデブリ破砕用のレーザーが搭載されることは多いが、それらは概ね紫外線レーザーかX線レーザーである。威力こそ高いものの、集束が難しく、消費電力が大きく、何より価格が高価になりがちなガンマ線レーザーは、民間ではほとんど使われていない。軍用としては主砲用から機銃用まで存在するが、その管理は厳重に行われているはずだった。
「気合いの入った海賊だな」
和幸は軽口を叩く。帝国内での管理はかなり厳しい兵器だったが、外国製の密輸品は出回っている。大抵品質が粗悪な、とても使いたいとは思えないようなものなのだが、海賊達はそういうものでも喜んで据え付けて武装としているものだ。丁度、今見ているように。第一あれは、レーザー機銃ではないか、と和幸は確認した。主砲や副砲として使われるようなガンマ線レーザーも存在するが、威力がまるで違う。
攻撃を行ったことで、相手を海賊であると断定した。帝国宇宙軍の艦長は、海賊船を発見した場合、直ちにこれを逮捕する義務を負っている。
見たところその海賊船は、クルーザーへと追いつき、丁度攻撃を開始したところのようだった。微妙なタイミングで発見できたというべきか。もう少し早ければ攻撃される前に追い払えたかもしれなかったし、もう少し遅ければ既にクルーザーを乗っ取られていただろう。
海賊船は、スカハ王室のクルーザーの推進器部分を狙って破壊しようとしているように見える。動きを止めて、拿捕しようとしているのかもしれない。高価なクルーザーであるから、部品や備品を強奪するだけでもそこそこの儲けになる可能性はある。とはいえ、危険に見合う実入りがあるかというと、とてもそうは思えないが。
「あれなら何とかなりそうですね」
少し安心した発音でアイシャが言った。和幸も同意見だった。
「機関長へ。戦闘出力まで上げろ。航宙、進路そのまま、目標と距離二〇〇で併走しろ」
「宜候!」
「先任将校、シールド上げ。生態金属も起こしておけ」
「了解です! シールド発生準備、生態金属起こし!」
「電測、警戒厳となせ。電戦、解析AIに現状での諸元を入れておくこと」
「はいぃ! 警戒、厳となします」
「諸元入力行います!」
言わでもな指示をいちいち与えるのは良い艦長の仕草とは思えなかったが、艦の訓練状況を鑑みると、和幸は命令せずにはいられなかった。どちらにせよ、さらに戦闘が近付けば先任将校が責任を持って全ての状態を確認することになる。幸い、この艦の乗組員達は和幸に声をかけてもらえるだけで喜んでいたので、細かい命令を迷惑と感じてはいなかった。
ざっと指揮所を見回して、改めて、自分達が戦闘へ突入するのだと実感する。和幸や〈ユキカゼ〉乗員の一部にとっては久々の実戦であり、そして少なからぬ兵士たちにとっては、初めての実戦だった。
小さく頷いてから、和幸はアイシャに命じた。
「先任将校、合戦準備となせ」
「了解、艦長! 全艦、合戦準備!」
0
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
痩せたがりの姫言(ひめごと)
エフ=宝泉薫
青春
ヒロインは痩せ姫。
姫自身、あるいは周囲の人たちが密かな本音をつぶやきます。
だから「姫言」と書いてひめごと。
別サイト(カクヨム)で書いている「隠し部屋のシルフィーたち」もテイストが似ているので、混ぜることにしました。
語り手も、語られる対象も、作品ごとに異なります。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
義姉妹百合恋愛
沢谷 暖日
青春
姫川瑞樹はある日、母親を交通事故でなくした。
「再婚するから」
そう言った父親が1ヶ月後連れてきたのは、新しい母親と、美人で可愛らしい義理の妹、楓だった。
次の日から、唐突に楓が急に積極的になる。
それもそのはず、楓にとっての瑞樹は幼稚園の頃の初恋相手だったのだ。
※他サイトにも掲載しております
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる