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8話 過去 ミカエル Side②
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(あの細くしなやかな腕に抱かれたらどんなに幸せなのだろうか?)
ミカエルはあの日以来、リーシャの事が頭から離れなくなっていた。
振り払うように勉強や剣術に打ち込むものの、ふとした瞬間に我が子を愛おしそうに抱くリーシャの姿が脳裏に浮かんでしまう。
それを頭から消そうとしてさらに自分を追い込む日々を送るが、不思議なことに勉学に対して苦痛を感じなくなっていた。
ミカエルの変化は、それまでは嫌になるとすぐに逃げ出していた第1王子が文句も言わずに勉学に励むようになったと周囲には映ったらしい。
それは皮肉にも教師からの評価を上げ、王妃の機嫌もよくなった。
「ミカエル、私の可愛い第1王子よ」
大きな石のついた指輪をいくつも嵌めた手で頭を撫でられても、ミカエルの心には何の感情も湧かない。
(母上が喜んでいるのを見ても、全然嬉しくない)
早く終わってくれないだろうかとすら思う。
この醜悪な生き物を母と認識したくもなかった。
(あの方に頭を撫でてもらいたい……名前で呼ばれたい……あの優しい声で……)
この面会のために午後の勉強の時間を中止したため、夕食までぽっかりと時間が空いた。
そこでミカエルは庭園に行こうと思い立ち、部屋を後にした。
少し歩いたミカエルは振り返り、鋭い視線を投げかけながら口を開いた。
「護衛は不要だ」
「しかし……」
「王城はそんなに簡単に不審者が入るような警備をしているのか?」
後をついてきていた護衛とメイドが動かないのを見届けてから、ミカエルは駆け出した。
行先はリーシャと初めて会った東屋。
そこにリーシャが居るという保証もないのに、幼い王子は脇目も振らずに駆けていく。
すると、あの時と同じ歌が風に乗って流れてきた。
ミカエルは風上に向かって速度を上げていた。
目の前の生垣に小さな穴があるのを見つけたミカエルは、逸る心を抑えながら四つん這いになって穴をくぐり抜けていく。
穴の出口を抜けると、リーシャが赤子を抱いたまま芝生に腰を下ろしているのが見えた。
「また……会ったな……」
乱れる息を必死で整えながら、ミカエルは言葉を紡ぐ。
流れる汗を拭うこともせず、視線はひたすらにリーシャだけに向ける。
一方のリーシャは少し驚いた表情を浮かべた。
「第1王子殿下」
「ミカエルと……呼んでください」
「なりません」
一歩、また一歩とリーシャに近づくミカエルに、リーシャは穏やかな声色でミカエルの望みを拒んだ。
「どうして」
「私と殿下の間に血の繋がりはありません」
「そんなもの……!」
「あなた様は国王陛下と王妃殿下の血を受けた尊い存在。私のような者と関わってはいけません」
王妃がミカエルをどう扱っているか。
ミカエルが王妃をどう思っているか。
そんな事情を知らないリーシャは、自分に関わる事でミカエルが王妃から咎められるのを避けるために拒絶の言葉を口にした。
しかし無意識のうちにリーシャに母の愛を求めているミカエルは、ただ自分の存在を受け入れてほしい一心でリーシャへ近づいていく。
「そんなのはいい!なまえを!ミカエルと!」
最後には悲痛な叫び声となっていくミカエルに、リーシャは恐怖を覚えた。
ゾクゾク……と鳥肌が立ち、足元から震えが襲ってくる。
「失礼いたします」
このままではいけないと感じたリーシャは、赤子を抱いたまま立ち上がり、足早にその場を立ち去ることにした。
腕の中の赤子は母が急に動き出したことで、ぐずりだす。
「まって!」
ミカエルは慌てて後を追いかけるが、リーシャとの距離が縮まらない。
(どうして?どうしてにげるの?)
赤子を抱いていてもそこは大人である。
ミカエルが焦っているうちにリーシャの姿を見失ってしまった。
「どこにいったのですか?へんじをしてください!」
きょろきょろと辺りを見回しながらも足を止めることはない。
せめて、ひと言でいいから彼女から言葉がほしい。
今日ばかりはどうしてもリーシャを諦めることが出来ないミカエルは、懸命に探し回った。
「……」
(誰かの声がする……!)
ミカエルの耳に話し声が聞こえてきた。
もしかしたらリーシャかも知れない。
ミカエルは歩く速度を速め、声のする方向に向かう。
すると温室の前に立つ榛色の長い髪が見えた。
「あの……?!」
ミカエルが声を掛けようとしてリーシャがひとりではないことに気づいた。
咄嗟に近くの生垣に身を隠す。
「ミーシャは息災か?」
「はい、どうにかお乳も飲んでくれております」
(父上……なぜここに?!)
今は執務中のはずの父国王がなぜ庭にいるのか?
ミカエルの胸がずきり、と痛んだ。
あんなに優しい父の顔をミカエルは見たことがない。
最近は食事の席くらいしか会う事がないが、母王妃にもミカエルにも優しい言葉をかける事なく、いつも険しい表情で黙々と食事を摂っている。
その父がリーシャを前にするとあんなにも変わるのか。
リーシャの腕に抱かれた赤子の頭をゆっくりと撫で、きゃっきゃと笑う声に目を細めている。
「私の力が無いばかりにリーシャには不自由をかける」
「いいえ……それは覚悟していた事ですから」
「こうして人目を避けてでしか逢えない私を許してくれないか……」
「陛下……!」
ふたりが寄り添いながら温室へと入っていくのを、ミカエルは黙って見ているしかなかった。
(父上はずるい……あんなにきれいな人をひとりじめにして!)
心の奥底に仄暗い感情が芽生えている事に、ミカエルは気がついていなかった。
ミカエルはあの日以来、リーシャの事が頭から離れなくなっていた。
振り払うように勉強や剣術に打ち込むものの、ふとした瞬間に我が子を愛おしそうに抱くリーシャの姿が脳裏に浮かんでしまう。
それを頭から消そうとしてさらに自分を追い込む日々を送るが、不思議なことに勉学に対して苦痛を感じなくなっていた。
ミカエルの変化は、それまでは嫌になるとすぐに逃げ出していた第1王子が文句も言わずに勉学に励むようになったと周囲には映ったらしい。
それは皮肉にも教師からの評価を上げ、王妃の機嫌もよくなった。
「ミカエル、私の可愛い第1王子よ」
大きな石のついた指輪をいくつも嵌めた手で頭を撫でられても、ミカエルの心には何の感情も湧かない。
(母上が喜んでいるのを見ても、全然嬉しくない)
早く終わってくれないだろうかとすら思う。
この醜悪な生き物を母と認識したくもなかった。
(あの方に頭を撫でてもらいたい……名前で呼ばれたい……あの優しい声で……)
この面会のために午後の勉強の時間を中止したため、夕食までぽっかりと時間が空いた。
そこでミカエルは庭園に行こうと思い立ち、部屋を後にした。
少し歩いたミカエルは振り返り、鋭い視線を投げかけながら口を開いた。
「護衛は不要だ」
「しかし……」
「王城はそんなに簡単に不審者が入るような警備をしているのか?」
後をついてきていた護衛とメイドが動かないのを見届けてから、ミカエルは駆け出した。
行先はリーシャと初めて会った東屋。
そこにリーシャが居るという保証もないのに、幼い王子は脇目も振らずに駆けていく。
すると、あの時と同じ歌が風に乗って流れてきた。
ミカエルは風上に向かって速度を上げていた。
目の前の生垣に小さな穴があるのを見つけたミカエルは、逸る心を抑えながら四つん這いになって穴をくぐり抜けていく。
穴の出口を抜けると、リーシャが赤子を抱いたまま芝生に腰を下ろしているのが見えた。
「また……会ったな……」
乱れる息を必死で整えながら、ミカエルは言葉を紡ぐ。
流れる汗を拭うこともせず、視線はひたすらにリーシャだけに向ける。
一方のリーシャは少し驚いた表情を浮かべた。
「第1王子殿下」
「ミカエルと……呼んでください」
「なりません」
一歩、また一歩とリーシャに近づくミカエルに、リーシャは穏やかな声色でミカエルの望みを拒んだ。
「どうして」
「私と殿下の間に血の繋がりはありません」
「そんなもの……!」
「あなた様は国王陛下と王妃殿下の血を受けた尊い存在。私のような者と関わってはいけません」
王妃がミカエルをどう扱っているか。
ミカエルが王妃をどう思っているか。
そんな事情を知らないリーシャは、自分に関わる事でミカエルが王妃から咎められるのを避けるために拒絶の言葉を口にした。
しかし無意識のうちにリーシャに母の愛を求めているミカエルは、ただ自分の存在を受け入れてほしい一心でリーシャへ近づいていく。
「そんなのはいい!なまえを!ミカエルと!」
最後には悲痛な叫び声となっていくミカエルに、リーシャは恐怖を覚えた。
ゾクゾク……と鳥肌が立ち、足元から震えが襲ってくる。
「失礼いたします」
このままではいけないと感じたリーシャは、赤子を抱いたまま立ち上がり、足早にその場を立ち去ることにした。
腕の中の赤子は母が急に動き出したことで、ぐずりだす。
「まって!」
ミカエルは慌てて後を追いかけるが、リーシャとの距離が縮まらない。
(どうして?どうしてにげるの?)
赤子を抱いていてもそこは大人である。
ミカエルが焦っているうちにリーシャの姿を見失ってしまった。
「どこにいったのですか?へんじをしてください!」
きょろきょろと辺りを見回しながらも足を止めることはない。
せめて、ひと言でいいから彼女から言葉がほしい。
今日ばかりはどうしてもリーシャを諦めることが出来ないミカエルは、懸命に探し回った。
「……」
(誰かの声がする……!)
ミカエルの耳に話し声が聞こえてきた。
もしかしたらリーシャかも知れない。
ミカエルは歩く速度を速め、声のする方向に向かう。
すると温室の前に立つ榛色の長い髪が見えた。
「あの……?!」
ミカエルが声を掛けようとしてリーシャがひとりではないことに気づいた。
咄嗟に近くの生垣に身を隠す。
「ミーシャは息災か?」
「はい、どうにかお乳も飲んでくれております」
(父上……なぜここに?!)
今は執務中のはずの父国王がなぜ庭にいるのか?
ミカエルの胸がずきり、と痛んだ。
あんなに優しい父の顔をミカエルは見たことがない。
最近は食事の席くらいしか会う事がないが、母王妃にもミカエルにも優しい言葉をかける事なく、いつも険しい表情で黙々と食事を摂っている。
その父がリーシャを前にするとあんなにも変わるのか。
リーシャの腕に抱かれた赤子の頭をゆっくりと撫で、きゃっきゃと笑う声に目を細めている。
「私の力が無いばかりにリーシャには不自由をかける」
「いいえ……それは覚悟していた事ですから」
「こうして人目を避けてでしか逢えない私を許してくれないか……」
「陛下……!」
ふたりが寄り添いながら温室へと入っていくのを、ミカエルは黙って見ているしかなかった。
(父上はずるい……あんなにきれいな人をひとりじめにして!)
心の奥底に仄暗い感情が芽生えている事に、ミカエルは気がついていなかった。
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