勇者は正義感が強いという固定観念はやめてくれ

Umi

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第2章 おてんば娘編

第18話 人の親は誰でも自分の子が一番かわいい世界

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「初対面の人に飛び蹴りをするのは止めておきなさい。はしたないからね」

「いや、注意するところそこじゃないだろ!! 普通は暴力を振るったことを注意するだろ」

「……貴族は時に暴力も必要なんだよ」

「初対面がその時だっていうのかよ!? 絶対に今はその時ではないだろ!! 顔を逸らさずこっちを見て言えよ!!」

 確実にルーメイル辺境伯も自分が言っていることが詭弁だということを分かっているだろ。だからこっちを見ないんだろ!

「おい私を空気みたいにするな」

「……貴族にとっては、いつでも“その時”なんだよ」

「だからこっちを見ろよ。しかも棒読みだぞ」

「だから私に構え」

 ルーメイル辺境伯は政治屋でもないのか? 反応があからさますぎて政治的駆け引きなんて全くできなそうだぞ。

「……だーかーらー構えって言ってんだろォ!!!」

 確かに俺も分かっててスルーしていたが、ぶん殴ることはないだろ! 相手は貴族だぞ!

「ひでぶっ! ……わぎゃぶすめなぎゃらいいばんじだわが娘ながらいいパンチだ

「まてまて! 顔が腫れて何言っているか殆ど聞き取れなかったが、我が娘って言ったか!?」

「そうだよ。この子は私の可愛い娘であるルナだ」

 ルーメイル辺境伯の顔はすぐに治ってスラスラと話していたが、俺はあまりの驚きで開いた口が塞がらなかった。どう見てもこのルナとかいう娘は野蛮で、貴族令嬢には見えないだろ。そもそも貴族云々の前に暴力的過ぎて女性とは思えなかったぞ。

「そうだ! 私は可愛い!!」

 ……暴力的だけじゃなくて、ポンコツ属性が入ってくるのかよ。タダでさえポンコツ枠にはサイカがいるんだから、ポンコツが供給過多になっちまうだろ!! 属性キャラは一つの属性に付き一人って相場が決まっているんだよ!!

「この人ポンコツっすよ」

 ……サイカが耳打ちしてきたが、お前もいい勝負だぞ。

「誰がポンコツだ。私はバカなだけだ」

 おいおい、バカだっていう自覚があるのかよ! それならサイカよりはマシじゃねえか。てか、娘がバカだって自覚して開き直っているなんて、父親からしたらどんな気持ちになるんだろうな。

「ぷぷっ、あの人自分のことバカって言ってるっすよ」

「……サイカよ。お前も負けず劣らずのバカだぞ」

「なっ!? 私はバカじゃないっすよ!!」

「痴話げんかをするのはいいが、そろそろ私の話をさせてもらえないかい?」

「痴話げんかではないが、話を聞こう」

 このままサイカとルナという娘に構っていたら、いつまで経っても話し合いは始まらないだろうからな。ルーメイル辺境伯の提案は丁度良かった。

「私が君を呼んだのは、この娘が関係しているのだ」

「ルナさんと?」

「私のことはルナ様と呼べ!!」

「ウチの娘は見ての通り、少し……かなり変わっているだろ? だからいつも無茶ぶりを言ってくるんだ」

 父親にかなり変わっていると言われたら、多少なりともショックを受けるような気がするが、こいつはショックを受けるどころか喜んでいる。やっぱりバカなんだな。
 そしてルナ様と呼んでほしいなら、それ相応の威厳を持ってもらいたいな。

「それでいつも聞いているってわけか?」

「そんなに甘くしてはないさ。私が叶えられてルナの将来のためになることは、出来る限りやってきたがね」

 なるほど、英才教育とルナさん元々の性質が積み重なった結果、バカで我儘、そして暴力的な貴族令嬢が生まれてしまったってわけか。

「それで今回俺を呼んだことと、彼女の無茶ぶりにどんな関係があるんだ?」

「彼女だなんて、まだ会ったばかりなのに」

 はぁ、ルナさんは“彼女”という言葉の意味を勘違いしてクネクネしている。ここまで突き抜けてバカだと笑えて来るな。サイカだと中途半端すぎて笑えないからな。

「ム? 何か良くないことを言われたような気がするっす」

「気のせいだろ」

 勘がいいのか気づきやがった。まあ気づいたところで俺には関係ないから、別に構わないがな。

「ゴッホン!」

「悪かったな。……ウチのサイカが」

「ひどいっすよ!? さいか悪くないよねぇ」

 わざとらしい咳ばらいをさせてしまったな。南無阿弥陀仏サイカ。お前のことは一時間くらいは忘れないよ。

「私は今日一日空けてあるから、別にいくら時間が掛かろうと構わないんだけどね」

「こっちは早めに帰りたいんだが?」

「なら黙ってくれるかな?」

 やっぱり一流の政治屋か!? 飴と鞭の使い方がうまいぞ!

「ルーメイル辺境伯の飴と鞭がうまいんじゃなくて、マサさんが単純なだけっすよ」

「なっ1? また声に出ていたのか?」

「出てないっすけど、分かりやすかったっすよ」

「君たちはそんなにここに居たいのかい? もしよければ一部屋融通するよ」

「「遠慮する(っす)」」

「それは残念」

 全く思ってなさそうだな。

「話を戻すけど、ルナは勇者に師事して強くなりたいんだそうだ」

「勇者に師事だぁ~? やめやめ、俺は弟子なんて取らねえよ。そもそも俺は人に講釈を垂れるほど、出来た人間でも、強い人間でもないんだ」

 勇者ってだけで俺を呼んだのかよ。逆に俺のクズ勇者ってあだ名は広まっていないってことだな。

「そんなこと百も承知さ。君を呼んだのは……」

「なんだよ」

「おもしろそうだったからだね!」

 娘のためになるとか言っていた奴の発言かよ!? それかなんだ? 今までの発言は全てブラフだったって言うのかよ。

「それに君に拒否権はないよ。この部屋には君が入った時から小型の盗聴魔道具が仕掛けられているからね」

 笑顔で話すルーメイル辺境伯の背後に悪魔が見えた。
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