『婚約破棄された令嬢ですが、隣国の冷徹王子に溺愛されて困ってます』

Rough ranch

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第一章

第1話 『すべての始まりは、冷たい別れだった』

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  春麗らかな朝日が王都グランフィールドの宮廷庭園を照らす中、噴水の水しぶきが虹を描いていた。だがその景色は、アリシア・グランフォードの心には一切届かなかった。彼女の瞳は、今しがた告げられた運命――王太子カイル・ルクレールからの婚約破棄の衝撃に凍りついていたからだ。

「……これで、終わりにしたい」

 カイルの声は低く、しかし氷のように鋭かった。暖かい陽だまりの中で、その言葉だけが厳冬の冷気を放っている。

「どうかお間違いなく、カイル殿下。私はこれまで誠心誠意、婚約者としての務めを果たしてきました。政略結婚であっても、私は――」
「政略だろうとなんだろうと関係ない。俺には、真実の愛が必要なんだ」

 言い終えるとカイルは背を向け、重々しい礼砲のように言葉を打ち捨てるように遠ざかっていった。アリシアはただ震える唇を噛みしめ、庭園の石畳越しに後ろ姿を見つめるしかなかった。



 グランフォード邸へ戻る馬車の中。アリシアは揺れる車輪の音を子守歌のように聞きながら、人生が音を立てて崩れていく感覚に打ちのめされていた。

 今朝までは、褒章の舞踏会で王太子に微笑まれれば将来は約束されていると信じていた。だが今は違う。婚約破棄という言葉が、令嬢としての誇りも、家の名誉も、すべてを奪い去っていった。

「この先、何をすれば……」

 独り言を呟いたその時――。馬車が急に減速し、御者が慌てて駆け寄る。

「お嬢様! 馬車前方に、これまで見たこともない騎士団が!」

 不安げな声に促され、アリシアは窓を開けて外を見る。黒いマントを翻す騎士たちが、馬蹄の響きを轟かせながら近づいてきている。先頭の一人が鞍上で静かに頭を下げた瞬間、その銀白の髪と氷のような瞳が視界に飛び込んできた。

 ──この方は、噂に聞く“氷の王子”――レオン・アルヴァロ。

 彼の鋭い視線が、そのままアリシアの胸に突き刺さる。

「グランフォード家の令嬢、アリシア・グランフォード嬢ですね?」

 冷静な声が響く。言葉に甘さも揺らぎもない。それはまるで、雷鳴のように重く、しかし嘘を一切含まない真実の音色だった。

「……はい。どのような御用で?」
「陛下の命により、君をお迎えにあがった。隣国アルヴァレス王国第一王子レオン・アルヴァロと申す」

 彼の一言に、アリシアの胸の震えが一層強まる。婚約破棄の痛みも、何もかもが一瞬でかき消されそうになるほどの威圧感と──不思議な胸の高鳴りが混ざっていた。

「これから君には、新たな居場所を用意した。詳しくは国境の城へて説明しよう」

 申し出は唐突だった。しかし、その口調には一切の偽りがない。アリシアは深く息を吸い込み、固く握った手をそっとほどいた。

「……わかりました。お導きください」

 こうして、アリシアの新しい物語は幕を開けた。絶望の淵から、運命をかけた異国ロマンスへ──。次なる世界で何が待ち受けるのか、彼女自身まだ知らないままに。
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