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第一章
二十二話 婿養子、犬?を拾う
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冬の寒さも温み、積もっていた雪も溶け、僕の天使佐那も三歳になる。
今僕は、一人で森の中を進んでいた。
主にお義父さんが行なっていた探索を、僕と交代で行うようになっていた。
僕が森の中深くに足を踏み入れ探索している間、お義父さんは森の浅い場所で、お義母さんや皐月が魔物を狩るのを手伝っている。
お義母さんや皐月が魔物を狩るのは、佐那を守る為には、私達も強くなった方がいいと、森での魔物討伐を希望した。
決して、魔力のステータスが上がると、見た目を含め若々しくなるなんて理由じゃないと思いたい。
お陰で、お義母さんと皐月用に、薙刀を打たなきゃいけなくなったからな。
僕の槍を打つ必要があったので、皐月とお義母さんも槍でいいと思ってたんだけど「武家のおなごの嗜みです」と薙刀を強請られた。
でも皐月とお義母さん用に打った薙刀は、江戸時代に武家の女性が学んだ小振りな薙刀じゃなく、平安時代の武士やならず者が使っていた大振りなものだ。レベルが上がった今の皐月やお義母さんなら平気だろうけど、日本に居た頃じゃ重くて使えなかっただろう。
お義父さんは、僕が打った薙刀の刃渡りや重ねの厚みを見て、直ぐにそれが分かったみたいだけど、皐月とお義母さんは、薙刀という形なら何でも満足だったようだ。
シュ!
障害物の多い森の中を、一瞬で間合いを詰めて槍を突き刺す。
断末魔の叫び声を上げる事も叶わず、ドサリと地面に沈む巨大な黒い豹。
アサシンジャガー、鑑定では、魔物としてのランクはBランクどけど、その隠密性による不意打ちでの鋭い爪と長い牙による攻撃は、冒険者キラーとして怖れられているらしい。その危険性からAランク相当とされている。
この魔物のランクなんだけど、多分魔石の品質で決まっている気がする。
だから魔物ランク、イコール強さではないのだと思う。
まあ、ランクを目安にした、魔物の強さの判断が間違っている訳じゃないけどな。
アサシンジャガーをそのまま無限収納に放り込む。
解体などの処理は、家に戻ってからだ。その為の解体小屋を建てたからね。
槍を無限収納に入れ、次は腰の同田貫正国とは違う太刀を使う。
これは僕の冬の間の渾身の一振り。
僕とお義父さんは、タケミカヅチ様からの贈り物である同田貫正国と和泉守兼定の代わりの得物を求めていた。
同田貫に不満などない。
ただ、斬れ過ぎるんだ。
命が掛かった場面で、強敵と相対した時に自重する積りは、僕もお義父さんもないが、普段使うのは、自分の技を鍛錬できる刀が欲しかった。
今の同田貫と兼定は、それこそデタラメに一振りすれば、どんな物も斬れてしまう。
極端な話、拾った枝を以って大木を穿ち斬り裂く技を身に付ける事が目標なんだ。
その為に、わざわざ打ったのがこの一振り。同田貫とほぼ同じ刃渡りと重ねで、魔鋼を素材に造った刀だ。
同じ様に兼定とほぼ同寸に造った刀をお義父さんが使っている。
気配を消して、足音を立てずに進む。
常に360度周囲を警戒しながら進む。
古流剣術の奥義の一つに、氣を薄く広く拡げ、有機物無機物にかかわらず、其処に在るモノを観る「観法」という技がある。
僕とお義父さんが、この世界に来てから取り組んでいるのは、それに魔力感知を合わせる方法。
こと戦いに於いて、相手よりも先に察知するのは重要だ。機先を制して一撃を加えれるアドバンテージは、生き死にの掛かった状況では特に大切な能力だ。
魔物という野生の存在を相手に、人間である僕達が上回るのは、キシャール様が構築したこの世界のスキルシステムのお陰もあるだろう。
お義父さんは、スキルやレベル云々以前に平然とやってしまいそうどけど…………
お義父さんのバケモノ化が止まらない。
「うん?」
その時、僕の感知範囲に、凄く気持ち悪いナニカが引っかかる。
それを受けて、腰の太刀を同田貫へと変える。
この気持ち悪い感覚は、間違いなくヤツらだ。
獣系、爬虫類系、虫系、植物系と、多種多様な魔物が生息するこの森でも、ごく稀にしか遭遇しない、穢れた魔力に侵された存在。
それはアンデッド。
この森には、人型の魔物は少ないので、出没するのは、この森で無念のうちに死んだ人間が、穢れた魔力の所為で、アンデッド化した存在。
だけど以前斃したスケルトンとは比べ物にならない禍々しさを感じる。
そんな時、このタケミカヅチ様から頂いた神剣と化した同田貫正国は頼りになる。
何もせずとも邪なる存在を滅する力を保っている。
ここは丘からは距離が離れてはいるが、万が一佐那の暮らす近くまで来られるのは避けたい。
そう思った僕は、察知したモノが居るであろう場所へと急ぐ。
森の樹々の隙間から、その存在を視認した。
・イビルリッチ S+ランク
実体のあるリッチとは違い、実体を持たないレイスが進化を繰り返し至った特異な存在。
単純な物理攻撃は無効。魔法耐性も高いが、光魔法に弱い。
「!!」
宙に浮かぶイビルリッチの下に、汚れた灰色の大きな塊を見つけた。
「シッ!」
『GYAAAAーーーー!!』
エビルリッチが僕に気付いたのと、同田貫がエビルリッチを一刀両断したのは同時だった。
コロンと大きな魔石が落ちる。
魔石を回収して、大きな汚れた灰色の塊を確認すると、それはとても大きな犬、いや狼だった。
死んでいるのか動かない狼に近付こうとすると、驚く事に僕に話し掛けてきた。
『其処の人の子よ。頼みがある。御主の持つ神剣で、私にトドメを刺し楽にしてくれぬか』
「え!?」
・風の聖霊獣 EXランク
女神が創りし聖なる存在の一つ。
その存在は世界の調和を図る。
巨大な狼に話し掛けられて、驚いて鑑定すると、この狼が聖霊獣だと分かった。
「トドメ? 助からないのか?」
『酷く強力な呪いを受けてしまった。このまま苦しみながら朽ち果てるのを待つより、一思いに楽にさせてくれぬか』
「ちょっとだけ試させてくれ」
皐月ほど光魔法を練習していないが、何とかなりそうな気がする。
改めて観察すると、灰色に汚れた様に見えたのは、呪いの影響だと分かった。
ジクジクと今も蝕んでいるのだろう。体を起こす事も出来ないようだ。
狼に手をかざし、穢れに侵された魔力を浄化するイメージで光魔法を発動する。
大量の魔力を込め、魔力の制御が危うくなるのを気力で抑え込む。
白い光が狼を包み込み、呪いの解呪が成功した事を確信する。
狼を包んでいた光が霧散した後には、白銀に輝く毛並みの美しい巨大な狼が横たわっていた。
◇
私は風の聖霊獣。
女神様が創りし存在。
私が存在するという事が、世界の調和に繋がっている。
その日、私が住む森を探索していた時に見つけた。
それは理から外れた魔物。
アンデッドは森を穢す。
ただ、この森のアンデッドは、弱い個体なので、放っておいても問題なない。
しかし私が察知したのは、そんな生易しいアンデッドではないと、私の本能が訴えている。
そのアンデッドの名は、イビルリッチ。
実体を持たないイビルリッチは、非常に厄介な魔物だった。
これでも私は、風の聖霊獣だ。
対アンデッドには絶大な威力の聖なる風や雷で、イビルリッチを攻撃した。
ところがこのイビルリッチには、まともに攻撃が通らない。
効いていない訳じゃない。
その証拠に、イビルリッチの魔力を削っているのは分かる。ただ、その量は少ない。
爪や牙も使い攻撃するが、時間が経つほど不利になっていくのは私の方だった。
イビルリッチからの強力な呪いの攻撃が、私の身体を蝕む。
やがて地面に倒れ伏したのは私の方だった。
身体がピクリとも動かせなくなり、雷の魔法も放てなくなる。
あと数発聖雷が当たればと悔しい思いで、最期の時を待つ。
イビルリッチが愉悦の表情を浮かべた気がした次の瞬間、イビルリッチが斬り裂かれ、断末魔の叫び声を上げ、その禍々しい魔力は霧散した。
身体が動かせなくなり、死を待つばかりとなった私は、その光景を目にして驚愕に口をポカンと開けていた。
珍しい細身の片刃の剣一振りでイビルリッチを滅したのは、なんと一人の人の子だった。
いや、普段の人の子ではないのは直ぐに分かった。
私を創りだした女神の強い護りを感じる。
それだけではなく、他にも知らぬ神の護りが二柱分あるのが分かる。
何より、その手に持つ剣は、強力な力を持つ神剣だった。
私は、恥を承知でこの人の子に、女神様の元に還して貰おうと話し掛けた。
『其処の人の子よ。頼みがある。御主の持つ神剣で、私にトドメを刺し楽にしてくれぬか』
「え!?」
驚くのも仕方ない。獣の姿で話せる存在は希少なのだから。
「トドメ? 助からないのか?」
驚いた顔をした人の子だが、トドメを刺せという願いに真剣な表情で聞いてきた。こんな状態だが、私と相対して普通に対応できるとは、なかなか肝の太い人の子だ。
『酷く強力な呪いを受けてしまった。このまま苦しみながら朽ち果てるのを待つより、一思いに楽にさせてくれぬか』
私が強力な呪いに侵されている事を告げると、人の子は少し考え込むようにした。
「ちょっとだけ試させてくれ」
そう言って、手を私にかざし魔法を発動した。
暖かな優しい光が私を包み込み、呪いに侵されて死ぬ程苦しかった身体が、スッと楽になっていく。
驚いた事にこの人の子は、あれ程の強力な呪いを解呪してみせた。
そんな事が出来る大神官を私は知らない。
女神に創られた聖獣の私が、女神の護りと神剣を持つ者と出会えたのは運命としか思えない。
そう思っていると、いつの間にか、人の子との仮契約が結ばれている事に気が付いた。
聖獣と契約など、長い歴史の中でも聞いた事がない。
契約が仮なのは、人の子に名前を貰って始めて契約が完了するからだ。
人の子との暖かな魔力の繋がりに、知らず知らずのうちに、私の口角は上がっていた。
これから楽しくなりそうだ。
◇
白銀の毛皮が美しい巨狼がムクリと起き上がった。
その大きさは北極グマよりも大きいかもしれない。
『人の子よ、私に名前をくれぬか』
「えっ、名前を付けるの?」
『そうだ』
起き上がった巨狼が、突然意味の分からない事を言い出した。
名前を付けろと言われても、僕は余りネーミングセンスって無いんだよな。
それでも名前が無いのは可哀想か。
「名前ねぇ、…………ん~、そうだ、風の聖霊獣だったな。風の牙で風牙でどうだ?」
『私はフーガ。これからは主人の盾となり剣となろう』
「だっ!? クッ!!」
僕が巨狼にフーガと名付け、巨狼が名前を受け入れた次の瞬間、僕の体から大量の魔力が抜けていく。
立ちくらみで我慢出来ずにその場に膝をつく。
『これで契約は成った。末永くよろしく頼む主人殿』
「……契約って何だよ」
『主人が私に名前を付け、私がそれを受け入れる。精霊契約とはそういうものだ』
「いや、そういうものだって、そういうのは説明してから頼むよ。というか、お前は精霊なのか?」
『お前ではない。私はフーガだ。それと精霊かとの問いには、似たようなモノだとしか言えぬな』
この狼に名前を付けたら契約が成立したらしい。
確かに、このフーガとの繋がりをハッキリと感じる。
もう仕方ないな。こうして出会ったのも運命なんだろう。
「はぁ、家に来てもいいけど、フーガはデカイから暫くは外で我慢しろよ」
『ん? 大きいと邪魔なら小さくなればいいのだろう?』
「へっ? 小さく成れるの?」
『私は魔物とは違う存在だからな』
そうフーガが言うと、身体がドンドン小さくなって、豆柴サイズまで縮んだ。
「おおー! 小さいと可愛いな。確かにこれを見れば、精霊に近い存在だと納得できるな」
『フフッ、そうだろう』
小さくなったフーガが胸を張る様な仕草をする。
「今日は、もう帰ろう」
『なら、私の背に乗れば良い』
そう言ってフーガが元の大きさに戻る。
「乗せてくれるの?」
巨大な狼の背中に乗るというファンタジーなシチュエーションに、少しワクワクしてしまう。
フーガに言われた通りに背中に乗る。
『うむ、しっかりと掴まるのだぞ。……方向はあっちだな』
僕がフーガに掴まると、フーガは森の中を飛ぶように駆けだした。
いや、実際にフーガは空中を駆けていた。
猛烈なスピードで樹々の間を抜ける。
ジェットコースターなんて目じゃないな。
かなり森の深い場所に居た筈なのに、森を抜けるのに30分もかからなかった。
今僕は、一人で森の中を進んでいた。
主にお義父さんが行なっていた探索を、僕と交代で行うようになっていた。
僕が森の中深くに足を踏み入れ探索している間、お義父さんは森の浅い場所で、お義母さんや皐月が魔物を狩るのを手伝っている。
お義母さんや皐月が魔物を狩るのは、佐那を守る為には、私達も強くなった方がいいと、森での魔物討伐を希望した。
決して、魔力のステータスが上がると、見た目を含め若々しくなるなんて理由じゃないと思いたい。
お陰で、お義母さんと皐月用に、薙刀を打たなきゃいけなくなったからな。
僕の槍を打つ必要があったので、皐月とお義母さんも槍でいいと思ってたんだけど「武家のおなごの嗜みです」と薙刀を強請られた。
でも皐月とお義母さん用に打った薙刀は、江戸時代に武家の女性が学んだ小振りな薙刀じゃなく、平安時代の武士やならず者が使っていた大振りなものだ。レベルが上がった今の皐月やお義母さんなら平気だろうけど、日本に居た頃じゃ重くて使えなかっただろう。
お義父さんは、僕が打った薙刀の刃渡りや重ねの厚みを見て、直ぐにそれが分かったみたいだけど、皐月とお義母さんは、薙刀という形なら何でも満足だったようだ。
シュ!
障害物の多い森の中を、一瞬で間合いを詰めて槍を突き刺す。
断末魔の叫び声を上げる事も叶わず、ドサリと地面に沈む巨大な黒い豹。
アサシンジャガー、鑑定では、魔物としてのランクはBランクどけど、その隠密性による不意打ちでの鋭い爪と長い牙による攻撃は、冒険者キラーとして怖れられているらしい。その危険性からAランク相当とされている。
この魔物のランクなんだけど、多分魔石の品質で決まっている気がする。
だから魔物ランク、イコール強さではないのだと思う。
まあ、ランクを目安にした、魔物の強さの判断が間違っている訳じゃないけどな。
アサシンジャガーをそのまま無限収納に放り込む。
解体などの処理は、家に戻ってからだ。その為の解体小屋を建てたからね。
槍を無限収納に入れ、次は腰の同田貫正国とは違う太刀を使う。
これは僕の冬の間の渾身の一振り。
僕とお義父さんは、タケミカヅチ様からの贈り物である同田貫正国と和泉守兼定の代わりの得物を求めていた。
同田貫に不満などない。
ただ、斬れ過ぎるんだ。
命が掛かった場面で、強敵と相対した時に自重する積りは、僕もお義父さんもないが、普段使うのは、自分の技を鍛錬できる刀が欲しかった。
今の同田貫と兼定は、それこそデタラメに一振りすれば、どんな物も斬れてしまう。
極端な話、拾った枝を以って大木を穿ち斬り裂く技を身に付ける事が目標なんだ。
その為に、わざわざ打ったのがこの一振り。同田貫とほぼ同じ刃渡りと重ねで、魔鋼を素材に造った刀だ。
同じ様に兼定とほぼ同寸に造った刀をお義父さんが使っている。
気配を消して、足音を立てずに進む。
常に360度周囲を警戒しながら進む。
古流剣術の奥義の一つに、氣を薄く広く拡げ、有機物無機物にかかわらず、其処に在るモノを観る「観法」という技がある。
僕とお義父さんが、この世界に来てから取り組んでいるのは、それに魔力感知を合わせる方法。
こと戦いに於いて、相手よりも先に察知するのは重要だ。機先を制して一撃を加えれるアドバンテージは、生き死にの掛かった状況では特に大切な能力だ。
魔物という野生の存在を相手に、人間である僕達が上回るのは、キシャール様が構築したこの世界のスキルシステムのお陰もあるだろう。
お義父さんは、スキルやレベル云々以前に平然とやってしまいそうどけど…………
お義父さんのバケモノ化が止まらない。
「うん?」
その時、僕の感知範囲に、凄く気持ち悪いナニカが引っかかる。
それを受けて、腰の太刀を同田貫へと変える。
この気持ち悪い感覚は、間違いなくヤツらだ。
獣系、爬虫類系、虫系、植物系と、多種多様な魔物が生息するこの森でも、ごく稀にしか遭遇しない、穢れた魔力に侵された存在。
それはアンデッド。
この森には、人型の魔物は少ないので、出没するのは、この森で無念のうちに死んだ人間が、穢れた魔力の所為で、アンデッド化した存在。
だけど以前斃したスケルトンとは比べ物にならない禍々しさを感じる。
そんな時、このタケミカヅチ様から頂いた神剣と化した同田貫正国は頼りになる。
何もせずとも邪なる存在を滅する力を保っている。
ここは丘からは距離が離れてはいるが、万が一佐那の暮らす近くまで来られるのは避けたい。
そう思った僕は、察知したモノが居るであろう場所へと急ぐ。
森の樹々の隙間から、その存在を視認した。
・イビルリッチ S+ランク
実体のあるリッチとは違い、実体を持たないレイスが進化を繰り返し至った特異な存在。
単純な物理攻撃は無効。魔法耐性も高いが、光魔法に弱い。
「!!」
宙に浮かぶイビルリッチの下に、汚れた灰色の大きな塊を見つけた。
「シッ!」
『GYAAAAーーーー!!』
エビルリッチが僕に気付いたのと、同田貫がエビルリッチを一刀両断したのは同時だった。
コロンと大きな魔石が落ちる。
魔石を回収して、大きな汚れた灰色の塊を確認すると、それはとても大きな犬、いや狼だった。
死んでいるのか動かない狼に近付こうとすると、驚く事に僕に話し掛けてきた。
『其処の人の子よ。頼みがある。御主の持つ神剣で、私にトドメを刺し楽にしてくれぬか』
「え!?」
・風の聖霊獣 EXランク
女神が創りし聖なる存在の一つ。
その存在は世界の調和を図る。
巨大な狼に話し掛けられて、驚いて鑑定すると、この狼が聖霊獣だと分かった。
「トドメ? 助からないのか?」
『酷く強力な呪いを受けてしまった。このまま苦しみながら朽ち果てるのを待つより、一思いに楽にさせてくれぬか』
「ちょっとだけ試させてくれ」
皐月ほど光魔法を練習していないが、何とかなりそうな気がする。
改めて観察すると、灰色に汚れた様に見えたのは、呪いの影響だと分かった。
ジクジクと今も蝕んでいるのだろう。体を起こす事も出来ないようだ。
狼に手をかざし、穢れに侵された魔力を浄化するイメージで光魔法を発動する。
大量の魔力を込め、魔力の制御が危うくなるのを気力で抑え込む。
白い光が狼を包み込み、呪いの解呪が成功した事を確信する。
狼を包んでいた光が霧散した後には、白銀に輝く毛並みの美しい巨大な狼が横たわっていた。
◇
私は風の聖霊獣。
女神様が創りし存在。
私が存在するという事が、世界の調和に繋がっている。
その日、私が住む森を探索していた時に見つけた。
それは理から外れた魔物。
アンデッドは森を穢す。
ただ、この森のアンデッドは、弱い個体なので、放っておいても問題なない。
しかし私が察知したのは、そんな生易しいアンデッドではないと、私の本能が訴えている。
そのアンデッドの名は、イビルリッチ。
実体を持たないイビルリッチは、非常に厄介な魔物だった。
これでも私は、風の聖霊獣だ。
対アンデッドには絶大な威力の聖なる風や雷で、イビルリッチを攻撃した。
ところがこのイビルリッチには、まともに攻撃が通らない。
効いていない訳じゃない。
その証拠に、イビルリッチの魔力を削っているのは分かる。ただ、その量は少ない。
爪や牙も使い攻撃するが、時間が経つほど不利になっていくのは私の方だった。
イビルリッチからの強力な呪いの攻撃が、私の身体を蝕む。
やがて地面に倒れ伏したのは私の方だった。
身体がピクリとも動かせなくなり、雷の魔法も放てなくなる。
あと数発聖雷が当たればと悔しい思いで、最期の時を待つ。
イビルリッチが愉悦の表情を浮かべた気がした次の瞬間、イビルリッチが斬り裂かれ、断末魔の叫び声を上げ、その禍々しい魔力は霧散した。
身体が動かせなくなり、死を待つばかりとなった私は、その光景を目にして驚愕に口をポカンと開けていた。
珍しい細身の片刃の剣一振りでイビルリッチを滅したのは、なんと一人の人の子だった。
いや、普段の人の子ではないのは直ぐに分かった。
私を創りだした女神の強い護りを感じる。
それだけではなく、他にも知らぬ神の護りが二柱分あるのが分かる。
何より、その手に持つ剣は、強力な力を持つ神剣だった。
私は、恥を承知でこの人の子に、女神様の元に還して貰おうと話し掛けた。
『其処の人の子よ。頼みがある。御主の持つ神剣で、私にトドメを刺し楽にしてくれぬか』
「え!?」
驚くのも仕方ない。獣の姿で話せる存在は希少なのだから。
「トドメ? 助からないのか?」
驚いた顔をした人の子だが、トドメを刺せという願いに真剣な表情で聞いてきた。こんな状態だが、私と相対して普通に対応できるとは、なかなか肝の太い人の子だ。
『酷く強力な呪いを受けてしまった。このまま苦しみながら朽ち果てるのを待つより、一思いに楽にさせてくれぬか』
私が強力な呪いに侵されている事を告げると、人の子は少し考え込むようにした。
「ちょっとだけ試させてくれ」
そう言って、手を私にかざし魔法を発動した。
暖かな優しい光が私を包み込み、呪いに侵されて死ぬ程苦しかった身体が、スッと楽になっていく。
驚いた事にこの人の子は、あれ程の強力な呪いを解呪してみせた。
そんな事が出来る大神官を私は知らない。
女神に創られた聖獣の私が、女神の護りと神剣を持つ者と出会えたのは運命としか思えない。
そう思っていると、いつの間にか、人の子との仮契約が結ばれている事に気が付いた。
聖獣と契約など、長い歴史の中でも聞いた事がない。
契約が仮なのは、人の子に名前を貰って始めて契約が完了するからだ。
人の子との暖かな魔力の繋がりに、知らず知らずのうちに、私の口角は上がっていた。
これから楽しくなりそうだ。
◇
白銀の毛皮が美しい巨狼がムクリと起き上がった。
その大きさは北極グマよりも大きいかもしれない。
『人の子よ、私に名前をくれぬか』
「えっ、名前を付けるの?」
『そうだ』
起き上がった巨狼が、突然意味の分からない事を言い出した。
名前を付けろと言われても、僕は余りネーミングセンスって無いんだよな。
それでも名前が無いのは可哀想か。
「名前ねぇ、…………ん~、そうだ、風の聖霊獣だったな。風の牙で風牙でどうだ?」
『私はフーガ。これからは主人の盾となり剣となろう』
「だっ!? クッ!!」
僕が巨狼にフーガと名付け、巨狼が名前を受け入れた次の瞬間、僕の体から大量の魔力が抜けていく。
立ちくらみで我慢出来ずにその場に膝をつく。
『これで契約は成った。末永くよろしく頼む主人殿』
「……契約って何だよ」
『主人が私に名前を付け、私がそれを受け入れる。精霊契約とはそういうものだ』
「いや、そういうものだって、そういうのは説明してから頼むよ。というか、お前は精霊なのか?」
『お前ではない。私はフーガだ。それと精霊かとの問いには、似たようなモノだとしか言えぬな』
この狼に名前を付けたら契約が成立したらしい。
確かに、このフーガとの繋がりをハッキリと感じる。
もう仕方ないな。こうして出会ったのも運命なんだろう。
「はぁ、家に来てもいいけど、フーガはデカイから暫くは外で我慢しろよ」
『ん? 大きいと邪魔なら小さくなればいいのだろう?』
「へっ? 小さく成れるの?」
『私は魔物とは違う存在だからな』
そうフーガが言うと、身体がドンドン小さくなって、豆柴サイズまで縮んだ。
「おおー! 小さいと可愛いな。確かにこれを見れば、精霊に近い存在だと納得できるな」
『フフッ、そうだろう』
小さくなったフーガが胸を張る様な仕草をする。
「今日は、もう帰ろう」
『なら、私の背に乗れば良い』
そう言ってフーガが元の大きさに戻る。
「乗せてくれるの?」
巨大な狼の背中に乗るというファンタジーなシチュエーションに、少しワクワクしてしまう。
フーガに言われた通りに背中に乗る。
『うむ、しっかりと掴まるのだぞ。……方向はあっちだな』
僕がフーガに掴まると、フーガは森の中を飛ぶように駆けだした。
いや、実際にフーガは空中を駆けていた。
猛烈なスピードで樹々の間を抜ける。
ジェットコースターなんて目じゃないな。
かなり森の深い場所に居た筈なのに、森を抜けるのに30分もかからなかった。
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