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十六話 ハヴァルセーの街
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殺さず捕らえた亜人狩りの三人を護送する為、寄り道をする事になった僕達は、ハヴァルセーの街まで二日かけて向かった。
ハヴァルセーの街にたどり着いた僕達を出迎えたのは、門に並ぶ長蛇の列だった。
「凄い人の列だな」
「シグお兄ちゃん、人がいっぱい人がいるねー!」
「王都とここくらいのものよ。貴族が多いから人の出入りには厳しいのよ。本当は国境の街ほど厳しく出入りのチェックをするべきなんだけどね」
アグニ達を送還したので、今は僕が馭者席に座っている。当然のように、ルカは僕の膝の上にチョコンと座っている。余りに短時間で僕に依存しているルカに、多少心配になるけど、今はルカの心の安定の為だと思う事にしている。それに頼られるって経験は、僕にとっても初めての事なので、ルカに甘えられるのが嫌じゃない僕がいる。
半日掛けて門をくぐった僕達は、先ずは衛兵の詰所で盗賊の生き残りを引き渡す。その際、男達の奴隷紋は解呪してある。
闇属性魔法は希少な神印で、国に十人居るか居ないかというレベルだそうだ。だから盗賊の首に奴隷紋が刻まれているのは、闇属性魔法の遣い手ですと宣言しているようなもの。流石にそんな事リスクはおえない。
詰所では引き渡した男達に、その場で隷属の首輪を付けていた。闇属性魔法を使える者が少ないので、マジックアイテムの隷属の首輪で代用している。
マジックアイテム化するには、闇属性魔法の遣い手が必要だが、首輪を付けた対象への契約魔法は、魔力が有れば誰でも可能なので、一般的には隷属の首輪が流通している。闇属性の神印を持つ者にとって、隷属の首輪造りは、それだけで食べて行ける美味しい仕事になっている。
ハヴァルセーの街は、セレネさん曰く王都に次ぐ規模だと言う通り、石畳の広い通りには様々な種族が街を歩く姿を見る事が出来た。ただ、獣人族の奴隷が多いような気がしたのは、僕の気の所為ではないと思う。
種族間差別の少ないバルディア王国でも、税金が払えなくなったり、様々な理由で奴隷になるのは、獣人族が多いとセレネさんが教えてくれた。
それは獣人族が小さなコミュニティで暮らす事が多く、小さな集落では産業も無く、食料も種族的なものなのか、狩猟に依存するケースが多いが狩猟には危険が伴う為、集落の働き盛りの男手を失う事も珍しくなく、結果常に税金を払うのにも困る貧困の負のスパイラルから抜け出せないのだとか。
街で商売をする獣人族も居て、裕福な生活を送る者も居ない訳ではないが、それは極少数らしい。
盗賊の生き残りを引き渡した後、次に向かったのはハンター協会だ。
ここで当然、一悶着起きる。
立派な石造りの大きな建物の中に、セレネさんの後ろに付いて行く。
建物の中に入った途端、周囲の様々な視線が僕達に突き刺さる。ルカのキュと僕に抱きつく力が強くなる。
「おい、あれAランクハンターのセレネじゃねえか?」
「間違いないだろう。エルフのハンターなんて、そうそう居ないぜ」
「良い女だなぁ。一晩お願いしたいぜ」
「あぁ、たまんねぇ身体じゃねぇか」
ザワザワと建物の中に居たハンター達が遠慮のない視線を向けてくる。
そしてセレネさんの顔を見た、カウンターの向こうの一人の協会職員の顔色が青くなっている。
「なっ!? 何故ここに居る!?」
「それはどういう意味なの? ハンターなんだから協会にも顔を出すのは当然じゃない。まぁいいわ。協会支部長を呼んでくれるかしら」
「は、はい、少々お待ち下さい」
セレネが近くに居た協会の受付嬢にそう頼む。
少し待たされ二階の個室に通された。
そこから更に待たされ、ルカは退屈して僕に抱かれて眠ってしまった。
そしてさっきの顔を青くしていた職員と、恰幅の良い中年の男が入って来た。
「Aランクハンターのセレネだな。何の用だ」
偉そうな物言いにイラッとくるけど、僕は当事者じゃないので我慢する。
セレネさんは盗賊達の認識証を机の上にドサッと積み上げる。
「盗賊達の認識証よ。指名依頼で臨時パーティーを組んだバウンティハンターも盗賊とグルだったわ。生き残り盗賊は衛兵の詰所で引き渡したわ。隷属の首輪をして尋問して調書も取れている。この少年に助けられなければ、私は無理矢理奴隷に堕とされていた」
支部長だと思われる肥った男の顔が、どんどん険しくなる。
「……盗賊の討伐報酬と指名依頼の報酬をだそう。それでいいな」
「バカなのあなた。そんな事で誤魔化せると思っているの」
「いいも悪いも、王族に逆らえるわけがないだろう」
ふんっと、見下すような態度は変わらない。とてもじゃないけど、理不尽にも奴隷堕ちを仕掛けた相手に対する態度じゃない。
そこで更に見当外れの事を僕に向けて言いだした。
「そっちの小僧も分かってるな。他言無用だ。逆らえばハンター資格を剥奪してやるぞ」
「お前はバカか? 僕はハンター資格もなにも、剥奪以前に僕はハンターですらない」
余りのもの言いにキレた僕が、そう言うと支部長が驚きの表情になる。
「ハンター協会は、国家の枠を超えた組織なのよね。特定の国の権力者の為に便宜を図る事は許されないんじゃないの?」
「ふん、綺麗事では世の中は渡って行けんのだ。小僧、お前も余計な話はするなよ。適当な罪をでっち上げて、ブタ箱に放り込む事も出来るんだぞ!」
要するに、ただ盗賊を討伐しただけにしておけという事だ。頭の悪い恫喝をしてくるので、流石の僕もカチンときたので、瞬間的に支部長だけに向けて威圧の殺気を放つ。僕にすれば、殺気という程でもない。軽く睨んだ程度だけど、それでも結構効いたみたいで、汗を大量にかきガクガクと震え始めた。
「恫喝する相手を間違うなよ。お前の選択でこの国程度は更地になると思え」
多分、意味は分からないだろうけど、僕はそう言うと席を立ち部屋の外へと出る。もうここに用はない。でも更地は言い過ぎだけどね。イグニートが怒れば実現しそうで怖いけど……
「シグ君、シグ君待って!」
セレネさんも部屋を出て僕を追いかけてきた。
「ごめんなさいシグ君。私の所為で不快な思いをさせてしまって」
「セレネさんが悪い訳じゃないですよ。セレネさんは被害者じゃないですか」
「それでも盗賊達の討伐報酬は受け取って貰わないと困るわ。もう少し待って、お願い」
お金を貰いたくてセレネさんを助けた訳じゃないので受け取れません。と言う僕と、受け取って下さいと言うセレネさんのやり取りが続き、意外にも頑固なセレネさんに根負けして、報酬は折半で落ち着いた。セレネさんは、それでも自分は貰い過ぎだと納得していなかったけど、盗賊狩りで僕は結構お金持ちなんだよな。
ハンター協会の建物を出て、今日はこの街に泊まろうと宿屋を探そうと考えていると、セレネさんがお勧めの宿屋を紹介してくれるという。
「この街の事なら私に任せて」
「助かります。お願いします」
退屈で眠ってしまったルカを抱きながら、預けていた馬車を取りに行く。
抱いたルカを揺らさないよう上下の動きを抑えたイグニートやアグニ達に叩き込まれた歩法だ。ヴァルナからは、いつでも暗殺者に成れるとお墨付きを頂いたっけ。
「私がお勧めする宿は、ここよ」
「へぇー、僕には宿の良し悪しはあまり分からないけど、良い雰囲気の建物ですね」
セレネさんの案内で辿り着いたのは、ハンター協会から歩いて15分、馬車で五分位の位置にある、白い漆喰の壁と窓に飾られた色とりどりの花の対比が美しい外観の宿屋だった。セレネさん曰く、馬車を預かるスペースのある宿は、そこそこ高級なのだとか。
「ここはハンター協会まで歩いて行けるから、私はこの街で仕事する時は利用しているのよ。セキュリティもしっかりしているし、ご飯も美味しいわよ」
「へえ、それは楽しみですね」
エルフのセレネさんにとってセキュリティの問題は重要なんだろう。食べる楽しみを覚え始めた僕に、料理が美味しいというのは、それだけで泊まる価値がある。
馬車を停車場に預け、馬の世話をお願いしてから、セレネさんにうながされて宿に入ると、一階は受付と洒落たレストランになっていた。今まで泊まった事のある宿屋は、レストランというより酒場って感じだったから、落ち着いた雰囲気の内装のこの宿は、高級な宿屋なのかと思って見ていると、セレネさんが僕の思っている事を読んだように否定してきた。
「心配しなくても普通より少しだけ高い程度よ。それに宿代は私に払わせて。命の恩人だもの、それくらいはさせてね」
「分かりました。お世話になります」
「あら、セレネちゃんじゃないの」
僕と話すセレネさんに声を掛けて来たのは、この宿の女将さんだろう。優しそうな笑顔の女性、年齢は30歳位だろうか。
「マーサさん、二部屋お願いできる? 私とこちらの男の子と女の子だけど」
「あらあら、セレネちゃんが男性を連れて来るなんて珍しいわね。雨でも降らなきゃいいけど」
「ちょっ、ちょっとマーサさん! 変な事言わないでください!」
何故か顔を赤くしているセレネさんと、親しげに話すマーサさん。
「あら、お客様を放って置いたみたいでごめんなさいね。直ぐに受付させてもらうわね」
「あ、はい」
受付へと移動して、マーサさんが台帳に名前を書いて、部屋の鍵を渡してくれた。本当なら身分証の提示が必要らしいのだけど、セレネさんの紹介なら問題ないと言ってくれた。明日一応役所で認識証を発行してもらおう。
「じゃあ、落ち着いたらレストランで食事しましょう」
「分かりました。じゃあ、またあとで」
セレネさんと夕食を一緒する約束をすると、二階の部屋に入った。部屋の中も清潔で、ベッドは二つある。その一つにそっとルカを寝かせ、僕ももう一つのベッドに腰掛けた。
(坊、あの協会の支部長、殺しとくか?)
(非合法な事に平気で手を染める奴等です。シグ様は勿論、セレネさんも気を付けた方がいいと思われます)
(主人、いっその事協会の建物ごと更地にするか?)
(今は放置でいいよ。一応軽く威圧したから、それでも何かしてくれば、その時はその時だよ)
部屋で落ち着いた途端、インドラ、ヴァルナ、アグニがそれぞれ念話を入れて来た。アグニ達もあの協会支部長の態度に怒ってたみたい。
何とか皆んなを落ち着かせ、そろそろセレネさんと約束した夕食の時間が近付いた頃、寝ていたルカが起きだした。
「……ん、シグお兄ちゃんどこ?」
「ここに居るよ」
目を覚まして直ぐに僕を探すルカ。側に行くとそのまま抱きついてきたので、抱き上げて頭を撫でる。
「ご飯食べに行こうか」
「うん! ルカね、お腹空いた!」
機嫌の良くなったルカを片手に抱いて、一階のレストランへと移動する。
どんな料理が食べれるのか楽しみだな。
ハヴァルセーの街にたどり着いた僕達を出迎えたのは、門に並ぶ長蛇の列だった。
「凄い人の列だな」
「シグお兄ちゃん、人がいっぱい人がいるねー!」
「王都とここくらいのものよ。貴族が多いから人の出入りには厳しいのよ。本当は国境の街ほど厳しく出入りのチェックをするべきなんだけどね」
アグニ達を送還したので、今は僕が馭者席に座っている。当然のように、ルカは僕の膝の上にチョコンと座っている。余りに短時間で僕に依存しているルカに、多少心配になるけど、今はルカの心の安定の為だと思う事にしている。それに頼られるって経験は、僕にとっても初めての事なので、ルカに甘えられるのが嫌じゃない僕がいる。
半日掛けて門をくぐった僕達は、先ずは衛兵の詰所で盗賊の生き残りを引き渡す。その際、男達の奴隷紋は解呪してある。
闇属性魔法は希少な神印で、国に十人居るか居ないかというレベルだそうだ。だから盗賊の首に奴隷紋が刻まれているのは、闇属性魔法の遣い手ですと宣言しているようなもの。流石にそんな事リスクはおえない。
詰所では引き渡した男達に、その場で隷属の首輪を付けていた。闇属性魔法を使える者が少ないので、マジックアイテムの隷属の首輪で代用している。
マジックアイテム化するには、闇属性魔法の遣い手が必要だが、首輪を付けた対象への契約魔法は、魔力が有れば誰でも可能なので、一般的には隷属の首輪が流通している。闇属性の神印を持つ者にとって、隷属の首輪造りは、それだけで食べて行ける美味しい仕事になっている。
ハヴァルセーの街は、セレネさん曰く王都に次ぐ規模だと言う通り、石畳の広い通りには様々な種族が街を歩く姿を見る事が出来た。ただ、獣人族の奴隷が多いような気がしたのは、僕の気の所為ではないと思う。
種族間差別の少ないバルディア王国でも、税金が払えなくなったり、様々な理由で奴隷になるのは、獣人族が多いとセレネさんが教えてくれた。
それは獣人族が小さなコミュニティで暮らす事が多く、小さな集落では産業も無く、食料も種族的なものなのか、狩猟に依存するケースが多いが狩猟には危険が伴う為、集落の働き盛りの男手を失う事も珍しくなく、結果常に税金を払うのにも困る貧困の負のスパイラルから抜け出せないのだとか。
街で商売をする獣人族も居て、裕福な生活を送る者も居ない訳ではないが、それは極少数らしい。
盗賊の生き残りを引き渡した後、次に向かったのはハンター協会だ。
ここで当然、一悶着起きる。
立派な石造りの大きな建物の中に、セレネさんの後ろに付いて行く。
建物の中に入った途端、周囲の様々な視線が僕達に突き刺さる。ルカのキュと僕に抱きつく力が強くなる。
「おい、あれAランクハンターのセレネじゃねえか?」
「間違いないだろう。エルフのハンターなんて、そうそう居ないぜ」
「良い女だなぁ。一晩お願いしたいぜ」
「あぁ、たまんねぇ身体じゃねぇか」
ザワザワと建物の中に居たハンター達が遠慮のない視線を向けてくる。
そしてセレネさんの顔を見た、カウンターの向こうの一人の協会職員の顔色が青くなっている。
「なっ!? 何故ここに居る!?」
「それはどういう意味なの? ハンターなんだから協会にも顔を出すのは当然じゃない。まぁいいわ。協会支部長を呼んでくれるかしら」
「は、はい、少々お待ち下さい」
セレネが近くに居た協会の受付嬢にそう頼む。
少し待たされ二階の個室に通された。
そこから更に待たされ、ルカは退屈して僕に抱かれて眠ってしまった。
そしてさっきの顔を青くしていた職員と、恰幅の良い中年の男が入って来た。
「Aランクハンターのセレネだな。何の用だ」
偉そうな物言いにイラッとくるけど、僕は当事者じゃないので我慢する。
セレネさんは盗賊達の認識証を机の上にドサッと積み上げる。
「盗賊達の認識証よ。指名依頼で臨時パーティーを組んだバウンティハンターも盗賊とグルだったわ。生き残り盗賊は衛兵の詰所で引き渡したわ。隷属の首輪をして尋問して調書も取れている。この少年に助けられなければ、私は無理矢理奴隷に堕とされていた」
支部長だと思われる肥った男の顔が、どんどん険しくなる。
「……盗賊の討伐報酬と指名依頼の報酬をだそう。それでいいな」
「バカなのあなた。そんな事で誤魔化せると思っているの」
「いいも悪いも、王族に逆らえるわけがないだろう」
ふんっと、見下すような態度は変わらない。とてもじゃないけど、理不尽にも奴隷堕ちを仕掛けた相手に対する態度じゃない。
そこで更に見当外れの事を僕に向けて言いだした。
「そっちの小僧も分かってるな。他言無用だ。逆らえばハンター資格を剥奪してやるぞ」
「お前はバカか? 僕はハンター資格もなにも、剥奪以前に僕はハンターですらない」
余りのもの言いにキレた僕が、そう言うと支部長が驚きの表情になる。
「ハンター協会は、国家の枠を超えた組織なのよね。特定の国の権力者の為に便宜を図る事は許されないんじゃないの?」
「ふん、綺麗事では世の中は渡って行けんのだ。小僧、お前も余計な話はするなよ。適当な罪をでっち上げて、ブタ箱に放り込む事も出来るんだぞ!」
要するに、ただ盗賊を討伐しただけにしておけという事だ。頭の悪い恫喝をしてくるので、流石の僕もカチンときたので、瞬間的に支部長だけに向けて威圧の殺気を放つ。僕にすれば、殺気という程でもない。軽く睨んだ程度だけど、それでも結構効いたみたいで、汗を大量にかきガクガクと震え始めた。
「恫喝する相手を間違うなよ。お前の選択でこの国程度は更地になると思え」
多分、意味は分からないだろうけど、僕はそう言うと席を立ち部屋の外へと出る。もうここに用はない。でも更地は言い過ぎだけどね。イグニートが怒れば実現しそうで怖いけど……
「シグ君、シグ君待って!」
セレネさんも部屋を出て僕を追いかけてきた。
「ごめんなさいシグ君。私の所為で不快な思いをさせてしまって」
「セレネさんが悪い訳じゃないですよ。セレネさんは被害者じゃないですか」
「それでも盗賊達の討伐報酬は受け取って貰わないと困るわ。もう少し待って、お願い」
お金を貰いたくてセレネさんを助けた訳じゃないので受け取れません。と言う僕と、受け取って下さいと言うセレネさんのやり取りが続き、意外にも頑固なセレネさんに根負けして、報酬は折半で落ち着いた。セレネさんは、それでも自分は貰い過ぎだと納得していなかったけど、盗賊狩りで僕は結構お金持ちなんだよな。
ハンター協会の建物を出て、今日はこの街に泊まろうと宿屋を探そうと考えていると、セレネさんがお勧めの宿屋を紹介してくれるという。
「この街の事なら私に任せて」
「助かります。お願いします」
退屈で眠ってしまったルカを抱きながら、預けていた馬車を取りに行く。
抱いたルカを揺らさないよう上下の動きを抑えたイグニートやアグニ達に叩き込まれた歩法だ。ヴァルナからは、いつでも暗殺者に成れるとお墨付きを頂いたっけ。
「私がお勧めする宿は、ここよ」
「へぇー、僕には宿の良し悪しはあまり分からないけど、良い雰囲気の建物ですね」
セレネさんの案内で辿り着いたのは、ハンター協会から歩いて15分、馬車で五分位の位置にある、白い漆喰の壁と窓に飾られた色とりどりの花の対比が美しい外観の宿屋だった。セレネさん曰く、馬車を預かるスペースのある宿は、そこそこ高級なのだとか。
「ここはハンター協会まで歩いて行けるから、私はこの街で仕事する時は利用しているのよ。セキュリティもしっかりしているし、ご飯も美味しいわよ」
「へえ、それは楽しみですね」
エルフのセレネさんにとってセキュリティの問題は重要なんだろう。食べる楽しみを覚え始めた僕に、料理が美味しいというのは、それだけで泊まる価値がある。
馬車を停車場に預け、馬の世話をお願いしてから、セレネさんにうながされて宿に入ると、一階は受付と洒落たレストランになっていた。今まで泊まった事のある宿屋は、レストランというより酒場って感じだったから、落ち着いた雰囲気の内装のこの宿は、高級な宿屋なのかと思って見ていると、セレネさんが僕の思っている事を読んだように否定してきた。
「心配しなくても普通より少しだけ高い程度よ。それに宿代は私に払わせて。命の恩人だもの、それくらいはさせてね」
「分かりました。お世話になります」
「あら、セレネちゃんじゃないの」
僕と話すセレネさんに声を掛けて来たのは、この宿の女将さんだろう。優しそうな笑顔の女性、年齢は30歳位だろうか。
「マーサさん、二部屋お願いできる? 私とこちらの男の子と女の子だけど」
「あらあら、セレネちゃんが男性を連れて来るなんて珍しいわね。雨でも降らなきゃいいけど」
「ちょっ、ちょっとマーサさん! 変な事言わないでください!」
何故か顔を赤くしているセレネさんと、親しげに話すマーサさん。
「あら、お客様を放って置いたみたいでごめんなさいね。直ぐに受付させてもらうわね」
「あ、はい」
受付へと移動して、マーサさんが台帳に名前を書いて、部屋の鍵を渡してくれた。本当なら身分証の提示が必要らしいのだけど、セレネさんの紹介なら問題ないと言ってくれた。明日一応役所で認識証を発行してもらおう。
「じゃあ、落ち着いたらレストランで食事しましょう」
「分かりました。じゃあ、またあとで」
セレネさんと夕食を一緒する約束をすると、二階の部屋に入った。部屋の中も清潔で、ベッドは二つある。その一つにそっとルカを寝かせ、僕ももう一つのベッドに腰掛けた。
(坊、あの協会の支部長、殺しとくか?)
(非合法な事に平気で手を染める奴等です。シグ様は勿論、セレネさんも気を付けた方がいいと思われます)
(主人、いっその事協会の建物ごと更地にするか?)
(今は放置でいいよ。一応軽く威圧したから、それでも何かしてくれば、その時はその時だよ)
部屋で落ち着いた途端、インドラ、ヴァルナ、アグニがそれぞれ念話を入れて来た。アグニ達もあの協会支部長の態度に怒ってたみたい。
何とか皆んなを落ち着かせ、そろそろセレネさんと約束した夕食の時間が近付いた頃、寝ていたルカが起きだした。
「……ん、シグお兄ちゃんどこ?」
「ここに居るよ」
目を覚まして直ぐに僕を探すルカ。側に行くとそのまま抱きついてきたので、抱き上げて頭を撫でる。
「ご飯食べに行こうか」
「うん! ルカね、お腹空いた!」
機嫌の良くなったルカを片手に抱いて、一階のレストランへと移動する。
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