魔女とネズミの冒険譚 ~魔法使いの少女と最強最弱のネズミが世界を滅ぼすまで~

ころべえ

文字の大きさ
6 / 48
第1章

第6話 軍神の聖女

しおりを挟む
それから三日後の早朝、町の外れにある軍神ヨーダを祀った神殿にアルフォートの姿はあった。
ミスタリアの国教は再生の女神アルトラを崇めるアルトラ教であり、最近までは他教を信仰する者などほとんどいなかった。
しかし、不死王斃しの一人であり、軍神ヨーダの御使いである聖女ロエル・ホルスレイの活躍により、軍神を崇める者が現れはじめた。
そして、聖女の活躍と相まって日に日に信者は増えていった。
国も自国の危機を救った英雄と彼女が信望する神に敬意を表し、特例として国教以外の宗教を認め、大々的に布教支援を行う方針を示したのだ。
この神殿も大戦後に国の援助を受けて、建てられたものだ。

「それで、国を出るというの?」

アルフォートの対面に座る女性はそう問いかけた。
彼は声の主に視線を向ける。

全てに光を与えるような金色の髪に、吸い込まれそうな青い瞳。
そして、雪のように白い肌。
絶世の美女という言葉が馬鹿げて聞こえる程に美しい女性がそこにいた。
しかも、ただ美しいというだけではなく、一度面と向かえば膝をつき、頭を垂れてしまうような神々しさをも備えていた。
体つきは小柄で、とても軍神の御使いとは思えないほど華奢だ。
しかし、アルフォートは知っている。
ひとたび彼女が戦場に出れば、正に軍神となることを。
発する言葉の一言一言が味方に勇気と希望を授け、敵に恐怖と絶望を与える。
愛用する聖鎚を振るえば、如何なる者でも無傷では済まない。
百を超える不死者の軍団に一人立ち向かい、かすり傷一つ負わずに殲滅させたことはアルフォートの記憶に新しい。
踊るように鎚を振るう彼女は、ともすれば鬼神のようであったが、その美しさは女神のようでもあった。

その聖女が静かに隣に座っている。
しかし、その表情は険しかった。

「ちょっとアル? 聞いてるの?」

なかなか返事をしないアルフォートにしびれを切らしたのか、少し拗ねたようにロエルは言った。

「ああ、聞いてるよ」

「どうだか……」

疑うような目でアルフォートを見つめる。

「聞いてるさ。そして、別に国を出るわけじゃない」

「だって、軍は辞めるんでしょう?」

「ああ、軍は辞める。あの愚かな王の下では国を良くすることなどできないだろうからな」

「じゃあ、これからどうするの?」

「まずは件の赤目の魔女のことを調べてみるさ。王やあの魔術師の話の真偽を明らかにしたい。その結果次第では……」

アルフォートは、少し話すのをためらいながらも言葉を続ける。

「俺は王を許さないだろうな」

アルフォートの言葉に怒気が混じる。
普段は冷静な彼がここまで感情を露わにすることは珍しい。
その分、アルフォートが本気であることを感じさせた。

「……」

ロエルはじっとアルフォートを見つめていたが、諦めたようにため息をつく。
ロエルは彼を止めるつもりだった。
アルフォートが軍を辞めることは彼が来る前から知っていた。
国から通達があったのだ。
アルフォートが国を裏切ったと。
謀反を起こしたとまで言っていた。
話を聞いた時、ロエルはまさかと思いはしたが、よくよく考えれば納得できる。
彼が仕えていたのはあくまで前王であり、国ではない。
そのことは以前からアルフォートに聞いていた。
前王が亡くなった後も、その遺志を継ぎ、前王の作り上げたこの国を発展させることに尽力してきた。
全ては前王のためだ。
しかし、動機はともあれ、彼はこの国に必要である。
国が栄えれば、民は少なからず幸福を得るだろう。
いや、例え国が栄えなくとも、アルフォートのような人間が国の中心にいれば、救われる民は多いだろう。
だからこそ、アルフォートを引き止めたかった。
しかし、実直で強い信念を持つ彼を止められる者などいないのだろう。
それに、話を聞く限りでは、この国を捨てるという訳でもないようだ。

「そう……」

ロエルはもう一度ため息を吐き、つぶやく。
そして、すぐに決意したようにアルフォートを見据えた。

「私も行く」

突然のことに、アルフォートは困惑したが、すぐに冷静を取り戻す。

「駄目だ」

「どうして?」

ロエルは小首をかしげる。

「君は、この神殿の大神官だぞ? 君がいなくなったら誰がここの面倒を見るんだ?」

「大丈夫よ。大神官なんて飾りみたいなものだし、何かあったら神官たちが対応してくれるわ」

「そんな簡単な話じゃないだろ」

「アルだって同じことしてるじゃない」

痛いところを突かれたアルフォートはむぅと唸ると、腕を組んで押し黙る。
この展開は予想はしていた。
ロエルはこう見えて子供のようなところがある。
アルフォートが彼女と出会った時はまだ十四歳の年端もいかぬ少女だった。
当時の彼女の奔放さに、周囲が振り回されることが多かった。
特に比較的歳の近かったアルフォートには、よく懐いており、一見するとわがままとも取れるようなこともよく言っていた。
そのためか、大人になった今でもアルフォートに対してだけは、子供のような言動が目立つのだ。
もちろん、アルフォートもそのことについては悪い気はしていない。
むしろ、素直で可愛らしい彼女の言動に好感すら抱く。
しかし、今回ばかりは話が違う。
アルフォートは裏切り者として扱われているのだ。
まだ追手など差し向けられているような感じではないが、それも時間の問題だろう。
そんなことに自分が慕う人たちを付き合わせるわけにはいかない。
軍を出る際にも、部下たちによく言い聞かせてきた。
王に逆らうなと。
自分を討ち取れとの命令が出たら、それに従うようにと。
処分を受けるのは自分だけで十分だった。

(我ながら自分勝手な考えだ……ロエルに言えた資格はないな)

暫く考えた後、アルフォートは自嘲する。
どう言い繕おうと結局は自分のわがままでしかない。
しかし、この考えを曲げるわけにはいかなかった。
特に目の前の女性に対しては。

「やっぱり駄目だ。君はここに残るんだ」

「……」

ロエルは思う。
この人は簡単に自分の信念を曲げる人ではない。
そこのところが、真の騎士たる所以なのだろう。
しかし、そろそろ私の気持ちにも気づいてほしいものだ。
この鈍感で愚直な青年の向こう脛を蹴飛ばしたくなる衝動に駆られながら、ロエルは立ち上がる。
彼女は今日何度目になるのか判らないため息をつきながら、アルフォートに近づく。
そして、その前に静かに跪き、手と手を重ねて、自分の愛する者を見つめる。

「分かったよ……貴方のこれからの戦いに軍神の加護のあらんことを」

大神官らしい言葉を告げると、アルフォートの手に頬を寄せる。

「ああ、行ってくる。終わったら会いに来るよ」

アルフォートは、心底ほっとしたような顔をして、無意識に彼女の髪を撫でながら答えた。


それから程なくして、アルフォートは馬にまたがりミスタリアの城下町からレナスへ向けて旅立った。
しかし、その行く先にはこれからの苦難を暗示するかのように暗雲が立ち込めており、希望を打ち消すかのように陽の光を遮っていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

台風のよる、君ひそやかに、魔女高らかに

にしのくみすた
ファンタジー
【空を飛ぶ魔女たちの、もちもち百合ファンタジー・コメディ!】 台風の夜、魔女はホウキで空を翔け――嵐と戦う! この街で台風と戦うのは、ホウキで飛ぶ魔女の仕事だ。 空を飛ぶ魔女に憧れながらも、魔法が使えない体質のため夢を諦めたモチコ。 台風の夜、嵐に襲われて絶体絶命のピンチに陥ったモチコを救ったのは、 誰よりも速く夜空を飛ぶ“疾風迅雷の魔女”ミライアだった。 ひょんな事からミライアの相方として飛ぶことになったモチコは、 先輩のミライアとともに何度も台風へ挑み、だんだんと成長していく。 ふたりの距離が少しずつ近づいていくなか、 ミライアがあやしい『実験』をしようと言い出して……? 史上最速で空を飛ぶことにこだわる変な先輩と、全く飛べない地味メガネの後輩。 ふたりは夜空に浮かんだホウキの上で、今夜も秘密の『実験』を続けていく――。 空を飛ぶ魔女たちの、もちもち百合ファンタジー・コメディ!

嵌められたオッサン冒険者、Sランクモンスター(幼体)に懐かれたので、その力で復讐しようと思います

ゆさま
ファンタジー
ベテランオッサン冒険者が、美少女パーティーにオヤジ狩りの標的にされてしまった。生死の境をさまよっていたら、Sランクモンスターに懐かれて……。 懐いたモンスターが成長し、美女に擬態できるようになって迫ってきます。どうするオッサン!?

【運命鑑定】で拾った訳あり美少女たち、SSS級に覚醒させたら俺への好感度がカンスト!? ~追放軍師、最強パーティ(全員嫁候補)と甘々ライフ~

月城 友麻
ファンタジー
『お前みたいな無能、最初から要らなかった』 恋人に裏切られ、仲間に陥れられ、家族に見捨てられた。 戦闘力ゼロの鑑定士レオンは、ある日全てを失った――――。 だが、絶望の底で覚醒したのは――未来が視える神スキル【運命鑑定】 導かれるまま向かった路地裏で出会ったのは、世界に見捨てられた四人の少女たち。 「……あんたも、どうせ私を利用するんでしょ」 「誰も本当の私なんて見てくれない」 「私の力は……人を傷つけるだけ」 「ボクは、誰かの『商品』なんかじゃない」 傷だらけで、誰にも才能を認められず、絶望していた彼女たち。 しかしレオンの【運命鑑定】は見抜いていた。 ――彼女たちの潜在能力は、全員SSS級。 「君たちを、大陸最強にプロデュースする」 「「「「……はぁ!?」」」」 落ちこぼれ軍師と、訳あり美少女たちの逆転劇が始まる。 俺を捨てた奴らが土下座してきても――もう遅い。 ◆爽快ざまぁ×美少女育成×成り上がりファンタジー、ここに開幕!

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

おっさん武闘家、幼女の教え子達と十年後に再会、実はそれぞれ炎・氷・雷の精霊の王女だった彼女達に言い寄られつつ世界を救い英雄になってしまう

お餅ミトコンドリア
ファンタジー
 パーチ、三十五歳。五歳の時から三十年間修行してきた武闘家。  だが、全くの無名。  彼は、とある村で武闘家の道場を経営しており、〝拳を使った戦い方〟を弟子たちに教えている。  若い時には「冒険者になって、有名になるんだ!」などと大きな夢を持っていたものだが、自分の道場に来る若者たちが全員〝天才〟で、自分との才能の差を感じて、もう諦めてしまった。  弟子たちとの、のんびりとした穏やかな日々。  独身の彼は、そんな彼ら彼女らのことを〝家族〟のように感じており、「こんな毎日も悪くない」と思っていた。  が、ある日。 「お久しぶりです、師匠!」  絶世の美少女が家を訪れた。  彼女は、十年前に、他の二人の幼い少女と一緒に山の中で獣(とパーチは思い込んでいるが、実はモンスター)に襲われていたところをパーチが助けて、その場で数時間ほど稽古をつけて、自分たちだけで戦える力をつけさせた、という女の子だった。 「私は今、アイスブラット王国の〝守護精霊〟をやっていまして」  精霊を自称する彼女は、「ちょ、ちょっと待ってくれ」と混乱するパーチに構わず、ニッコリ笑いながら畳み掛ける。 「そこで師匠には、私たちと一緒に〝魔王〟を倒して欲しいんです!」  これは、〝弟子たちがあっと言う間に強くなるのは、師匠である自分の特殊な力ゆえ〟であることに気付かず、〝実は最強の実力を持っている〟ことにも全く気付いていない男が、〝実は精霊だった美少女たち〟と再会し、言い寄られ、弟子たちに愛され、弟子以外の者たちからも尊敬され、世界を救って英雄になってしまう物語。 (※第18回ファンタジー小説大賞に参加しています。 もし宜しければ【お気に入り登録】で応援して頂けましたら嬉しいです! 何卒宜しくお願いいたします!)

ラストアタック!〜御者のオッサン、棚ぼたで最強になる〜

KeyBow
ファンタジー
第18回ファンタジー小説大賞奨励賞受賞 ディノッゾ、36歳。職業、馬車の御者。 諸国を旅するのを生き甲斐としながらも、その実態は、酒と女が好きで、いつかは楽して暮らしたいと願う、どこにでもいる平凡なオッサンだ。 そんな男が、ある日、傲慢なSランクパーティーが挑むドラゴンの討伐に、くじ引きによって理不尽な捨て駒として巻き込まれる。 捨て駒として先行させられたディノッゾの馬車。竜との遭遇地点として聞かされていた場所より、遥か手前でそれは起こった。天を覆う巨大な影―――ドラゴンの襲撃。馬車は木っ端微塵に砕け散り、ディノッゾは、同乗していたメイドの少女リリアと共に、死の淵へと叩き落された―――はずだった。 腕には、守るべきメイドの少女。 眼下には、Sランクパーティーさえも圧倒する、伝説のドラゴン。 ―――それは、ただの不運な落下のはずだった。 崩れ落ちる崖から転落する際、杖代わりにしていただけの槍が、本当に、ただ偶然にも、ドラゴンのたった一つの弱点である『逆鱗』を貫いた。 その、あまりにも幸運な事故こそが、竜の命を絶つ『最後の一撃(ラストアタック)』となったことを、彼はまだ知らない。 死の淵から生還した彼が手に入れたのは、神の如き規格外の力と、彼を「師」と慕う、新たな仲間たちだった。 だが、その力の代償は、あまりにも大きい。 彼が何よりも愛していた“酒と女と気楽な旅”―― つまり平和で自堕落な生活そのものだった。 これは、英雄になるつもりのなかった「ただのオッサン」が、 守るべき者たちのため、そして亡き友との誓いのために、 いつしか、世界を救う伝説へと祭り上げられていく物語。 ―――その勘違いと優しさが、やがて世界を揺るがす。

出来損ない貴族の三男は、謎スキル【サブスク】で世界最強へと成り上がる〜今日も僕は、無能を演じながら能力を徴収する〜

シマセイ
ファンタジー
実力至上主義の貴族家に転生したものの、何の才能も持たない三男のルキウスは、「出来損ない」として優秀な兄たちから虐げられる日々を送っていた。 起死回生を願った五歳の「スキルの儀」で彼が授かったのは、【サブスクリプション】という誰も聞いたことのない謎のスキル。 その結果、彼の立場はさらに悪化。完全な「クズ」の烙印を押され、家族から存在しない者として扱われるようになってしまう。 絶望の淵で彼に寄り添うのは、心優しき専属メイドただ一人。 役立たずと蔑まれたこの謎のスキルが、やがて少年の運命を、そして世界を静かに揺るがしていくことを、まだ誰も知らない。

アリエッタ幼女、スラムからの華麗なる転身

にゃんすき
ファンタジー
冒頭からいきなり主人公のアリエッタが大きな男に攫われて、前世の記憶を思い出し、逃げる所から物語が始まります。  姉妹で力を合わせて幸せを掴み取るストーリーになる、予定です。

処理中です...