37 / 48
第1章
第37話 安息と暗躍
しおりを挟む
リアは薄暗い部屋のベッドに腰を下ろしていた。
いつもの服装と変わっており、短い袖付きの白いワンピースの上から、青に染められたベストを羽織っている。
飾り気のない質素な服だが、それが逆にリア本来の美しさを際立たせていた。
また、湯浴みをしたことにより、彼女の白い肌は最高級のシルクにも劣らないほど滑らかだ。
夜の闇のように真っ黒な髪も本来の艶を取り戻しており、蝋燭の灯りを受けて黄金色に輝いている。
泥と血にまみれて旅を続けてきたリアは、見違える程に綺麗になっていた。
ベッドの横には靴まで用意されている。
清潔な服に靴、湯浴みに、食事。
リアがレナスの村を出てから抱き続けてきた願いの殆どは叶ったと言っていい。
しかし、その表情はどこか冴えなかった。
「浮かない顔してるな」
ネンコがいつの間にかリアの隣に座っていた。
「なんか村の人たちに悪い気がして……」
「そりゃあ、騙してるからな」
さらりと言われてリアは押し黙る。
当然、リアは記憶など失くしていない。
先程までの言動は全て演技で、内心いつばれないかと気が気でなかった。
特に薬師に顔を近づけられたときは、生きた心地がしなかった。
ネンコの立てた計画は、魔物に襲われて記憶を失くした哀れな少女を演じて同情を引くという単純なものだ。
自分が記憶を失っていることから着想を得たらしい。
概ね上手くいっているとネンコは考えているようだが、リアには不安が大きい。
「お前が魔物に襲われたってのは嘘ではないし、ひとりになったてのも事実だ。騙してるのは記憶喪失ってことだけだろ。違うか?」
ネンコに問われて、リアは今の自分の境遇を改めて考える。
家族を失い、魔物に襲われ、あてもなく彷徨う……全て自分が経験してきたことだ。
「しばらくはルークとマイって子たちがお前の世話をしてくれるみたいだぞ」
ネンコが集会所の話をリアに伝える。
リアはそれを聞いて少し安心する。
二人は非常に優しい人たちだった。
特にマイは自分のことを心から気遣ってくれて、良くしてくれている。
自分に姉がいたらあのような感じなのだろうかと一人っ子のリアは思う。
そして、そんな人たちを騙すのはやはり気が引ける。
「まあ、あれだ。どちらにしろそんなに長居はしない方がいいと思うぞ。どういうつもりかは知らないがあの薬師の婆さんは気づいてるっぽいしな」
「そうなの?」
リアの瞳に不安の色がよぎる。
「多分な」
そこまで言うとネンコは姿を消す。
しばらくすると部屋の外から複数の足音が聞こえてきた。
リアは緊張で身を固くする。
扉を叩く音がしたので返事をすると、マイとルークが部屋に入ってきた。
「具合はどう?」
マイが心配そうに声を掛けてくる。
その姿にリアは再び申し訳ない気持ちになるが、精一杯の笑顔で応える。
「大丈夫です。本当にありがとうございます」
「それは良かった。大きな怪我もないみたいだしね」
ルークは安心したように声を掛ける。
リアは彼に抱えられたことを思い出し、顔を赤くする。
「しばらくは私達があなたのお世話をすることになったの。でも、うちもルークの家も貧しいから、人ひとり余計に養っていくだけの余裕がないの。だから、あなたにも働いてもらわないといけないわ。記憶はともかく、体調が戻ってからいいんだけど……大丈夫かな?」
リアは頷く。
どのみちこの村へ恩を返さないといけないと思っていたので、この話はありがたかった。
どんな仕事も全力で頑張ろうと心に誓う。
「明日からでも大丈夫です」
「そう? 無理はしなくてもいいのだけど……じゃあ、お願いしちゃおっかな」
マイはそう言って屈託のない笑顔を浮かべた。
その表裏のない笑顔につられてリアも笑う。
「君のことなんて呼べばいいかな? 記憶は戻ってないかもしれないけど、名前がないと何かと不便だよね?」
思い出したかのようにルークが尋ねる。
マイもそれもそうねと呟くと腕組みをして難しい顔をする。
リアはそんな二人を見ながら悩む。
名前くらいは思い出したことにしていいのではないか。
偽名を語ってもいいが、あまり意味がないように思えるし、いずれボロが出てしまいそうだ。
何よりこれ以上、嘘を重ねることは躊躇われた。
「リア。リアって呼んでください」
リアが意を決して名前を告げると、マイとルークはギョッとしたようにリアを見る。
「記憶、戻ったの?」
「名前だけですが。多分、あたしはリアという名前だと思います」
「そっか、リアって言うんだ。いい名前だね。良かったね、名前だけでも思い出せて」
二人は素直に喜んでいるようだった。
「じゃあ、明日の朝にまた来るわね。今日はゆっくり休んで。おやすみー」
「おやすみ」
「おやすみなさい」
二人はリアと就寝の挨拶を交わすと、部屋を後にした。
リアは彼らを見送った後、すぐにネンコの名を呼んだ。
しかし、返事はない。
少し不安になったが、何か考えがあってのことだろうと気持ちを切り替えてベッドに仰向けに転がった。
普段とは違う柔らかい感触が彼女の全身を支える。
リアは痛みなく眠ることができる幸せを噛み締めながら、ぼんやりと天井を眺めていたが、急にこれまでの旅の疲れが押し寄たのか深い眠りに落ちていった。
その日の夜更け。
村長の家の一室に三人の人物の姿があった。
ひとりはこの村の村長。もうひとりは薬師の老婆。
そして、最後のひとりは灰色のフードを目深に被った背の低い小男だった。
三人は大きめのテーブルを囲むようにして木製の粗末な椅子に腰を下ろしていた。
テーブルの上には一枚の羊皮紙が広げられ、天井から吊るされたカンテラの灯りがその内容を照らしている。
「あんたの言ったとおりじゃったな」
フードの男に向かって薬師が話しかけた。
男は言葉を返さず、薄い笑みで応える。
「さて、儂らはこれからどうすればいいかの?」
村長が男に問いかける。
「例の娘を引き止めておく以外は何もしなくていいよ。いつも通りに振る舞ってて」
男は質問に答えると、羊皮紙を手に取る。
羊皮紙は今、世間を騒がせている魔女の手配書だった。
男は二日ほど前にこの手配書を持って村長と薬師のもとを訪れた。
そして、二人にこう告げたのだ。
『あと何日か後にひとりの少女がこの村を訪れる。彼女はひどく危険な魔女だが、上手く領主に引き渡せば多額の報奨金が手に入る』と。
更に彼は自分も魔女の捕獲を手伝うこと、報奨金は全て村長と薬師の二人に譲ることを約束したのだ。
自分のことを誰にも話さないことを条件として。
そのため彼の存在を村人たちは知らない。
村長と薬師の二人にとっても報奨金の取り分は多い方がいいので問題はなかった。
しかし、計画を秘密裏に進めるため、村長と薬師の二人は無理に自然を装う羽目になった。
薬師がリアを疑って見せたり、村長が集会を開いて村人たちの意見を求めたのはそのためだ。
「あと一週間くらいしたら、ヘルケン公の私兵が村に到着するはずさ。彼らは直接あんたたちに接触してくるから、後は娘の居場所を教えて報奨金を頂くだけだよ」
男は手配書を懐にしまい込むと、少し声色を変えて話を続ける。
「ただし、くれぐれも悟られないようにね。娘だけじゃなく、村人たちにも。いつどこで誰が聞き耳を立てているか分かったものじゃないからねえ」
彼はそう言って天井を見上げる。
村長たちも釣られて視線の先を追ったが、何も見つけることはできなかった。
男はしばらくの間そうしていたが、にやりと不気味な笑みを浮かべた後、目線を二人に戻して席を立つ。
「じゃあ、後はよろしく」
男は軽く挨拶した後、音もなく歩を進めて部屋から出ていった。
残された二人はお互い頷き合うと、吊るされたカンテラを取り外して一言も言葉を交わすことなくその場を後にした。
誰も居なくなった真っ暗な部屋の天井の梁にネンコが佇んでいた。
彼はリアと別れた後、薬師の後を追っていたのだ。
そして、この部屋に辿り着き、先程の会合を目撃した。
しかし、ネンコは三人が立ち去った後も、その場から動こうとしなかった。
すぐにでもリアに伝えなければならないような内容だったにも関わらずだ。
ネンコは少し首を横に傾けて唸る。
静かな夜に、その音だけがやたらと大きく響いた。
翌日、早朝から酒場で働くリアの姿があった。
酒場はマイが営んでいるものだ。
朝早くから夜遅くまで開いており、時間帯に合わせた食事や飲み物を提供している。
良心的な価格で旨い料理が食べられるということで、村では人気の場所だ。
酒場はそもそもマイの両親が始めたものだが、二人はすでに他界している。
そのため、マイは両親の店を受け継ぐことになった。
今はマイとルークの二人だけで切り盛りしている。
今日はそこにリアが加わった形だ。
「リアちゃん、ヤマメの塩焼き上がったよ」
「はーい」
リアはルークに呼ばれて、パタパタと急ぎ足で料理を受け取りに向かう。
厨房と繋がるカウンターの上には、ルークが腕によりをかけた料理が並んでいく。
それをマイとリアは分担して客のもとへと運んでいった。
正直なところ、マイとルークはリアをホールに立たせることについて最後まで迷っていた。
昨日のリアの現れ方があまりに衝撃的だったため、村人たちに余計な不安を与えはしないかと心配だったのだ。
しかし、しばらくリアが村に残るのであれば、早いうちにその不安を払拭する必要がある。
マイはそのためには村人たちに直に彼女と接してもらい、害がないことを知ってもらうことが近道だと考えた。
そのため、多少の不利益を被ることを覚悟の上で、リアをホールで使うことに決めたのだ。
案の定、訪れた客の何人かは店内にリアの姿を目にすると、背中を向けて引き返してしまった。
入店してきた客もリアに対して訝しむような視線を送っている。
しかし、そのような状況もすぐに変わるだろうとマイは確信していた。
実際にマイはほんの少しの時間を共にしたに過ぎないにも関わらず、彼女に対して親しみを感じている。
彼女にはそういう不思議な魅力があった。
誠実であり、謙虚であり、勤勉であり、美しく、愛くるしい。
年相応の子供らしさもあり、守ってあげたくなる。
そんな彼女が村人たちに馴染むのは時間の問題だろう。
マイはちらりと厨房の方を見る。
調理中のルークと目が合った。
ルークはマイに優しく微笑むと軽く頷く。
彼もリアのことを気にかけていたのだろう。
無言だがその表情は大丈夫だと告げていた。
マイは頷き返す。
マイは独りになることの苦しさを理解していた。
できることならば、目の前の少女にはそんな気持ちは味わってほしくないと思う。
マイは笑顔で働くリアを眺めながら、何か自分にできることはないかと考えるのだった。
いつもの服装と変わっており、短い袖付きの白いワンピースの上から、青に染められたベストを羽織っている。
飾り気のない質素な服だが、それが逆にリア本来の美しさを際立たせていた。
また、湯浴みをしたことにより、彼女の白い肌は最高級のシルクにも劣らないほど滑らかだ。
夜の闇のように真っ黒な髪も本来の艶を取り戻しており、蝋燭の灯りを受けて黄金色に輝いている。
泥と血にまみれて旅を続けてきたリアは、見違える程に綺麗になっていた。
ベッドの横には靴まで用意されている。
清潔な服に靴、湯浴みに、食事。
リアがレナスの村を出てから抱き続けてきた願いの殆どは叶ったと言っていい。
しかし、その表情はどこか冴えなかった。
「浮かない顔してるな」
ネンコがいつの間にかリアの隣に座っていた。
「なんか村の人たちに悪い気がして……」
「そりゃあ、騙してるからな」
さらりと言われてリアは押し黙る。
当然、リアは記憶など失くしていない。
先程までの言動は全て演技で、内心いつばれないかと気が気でなかった。
特に薬師に顔を近づけられたときは、生きた心地がしなかった。
ネンコの立てた計画は、魔物に襲われて記憶を失くした哀れな少女を演じて同情を引くという単純なものだ。
自分が記憶を失っていることから着想を得たらしい。
概ね上手くいっているとネンコは考えているようだが、リアには不安が大きい。
「お前が魔物に襲われたってのは嘘ではないし、ひとりになったてのも事実だ。騙してるのは記憶喪失ってことだけだろ。違うか?」
ネンコに問われて、リアは今の自分の境遇を改めて考える。
家族を失い、魔物に襲われ、あてもなく彷徨う……全て自分が経験してきたことだ。
「しばらくはルークとマイって子たちがお前の世話をしてくれるみたいだぞ」
ネンコが集会所の話をリアに伝える。
リアはそれを聞いて少し安心する。
二人は非常に優しい人たちだった。
特にマイは自分のことを心から気遣ってくれて、良くしてくれている。
自分に姉がいたらあのような感じなのだろうかと一人っ子のリアは思う。
そして、そんな人たちを騙すのはやはり気が引ける。
「まあ、あれだ。どちらにしろそんなに長居はしない方がいいと思うぞ。どういうつもりかは知らないがあの薬師の婆さんは気づいてるっぽいしな」
「そうなの?」
リアの瞳に不安の色がよぎる。
「多分な」
そこまで言うとネンコは姿を消す。
しばらくすると部屋の外から複数の足音が聞こえてきた。
リアは緊張で身を固くする。
扉を叩く音がしたので返事をすると、マイとルークが部屋に入ってきた。
「具合はどう?」
マイが心配そうに声を掛けてくる。
その姿にリアは再び申し訳ない気持ちになるが、精一杯の笑顔で応える。
「大丈夫です。本当にありがとうございます」
「それは良かった。大きな怪我もないみたいだしね」
ルークは安心したように声を掛ける。
リアは彼に抱えられたことを思い出し、顔を赤くする。
「しばらくは私達があなたのお世話をすることになったの。でも、うちもルークの家も貧しいから、人ひとり余計に養っていくだけの余裕がないの。だから、あなたにも働いてもらわないといけないわ。記憶はともかく、体調が戻ってからいいんだけど……大丈夫かな?」
リアは頷く。
どのみちこの村へ恩を返さないといけないと思っていたので、この話はありがたかった。
どんな仕事も全力で頑張ろうと心に誓う。
「明日からでも大丈夫です」
「そう? 無理はしなくてもいいのだけど……じゃあ、お願いしちゃおっかな」
マイはそう言って屈託のない笑顔を浮かべた。
その表裏のない笑顔につられてリアも笑う。
「君のことなんて呼べばいいかな? 記憶は戻ってないかもしれないけど、名前がないと何かと不便だよね?」
思い出したかのようにルークが尋ねる。
マイもそれもそうねと呟くと腕組みをして難しい顔をする。
リアはそんな二人を見ながら悩む。
名前くらいは思い出したことにしていいのではないか。
偽名を語ってもいいが、あまり意味がないように思えるし、いずれボロが出てしまいそうだ。
何よりこれ以上、嘘を重ねることは躊躇われた。
「リア。リアって呼んでください」
リアが意を決して名前を告げると、マイとルークはギョッとしたようにリアを見る。
「記憶、戻ったの?」
「名前だけですが。多分、あたしはリアという名前だと思います」
「そっか、リアって言うんだ。いい名前だね。良かったね、名前だけでも思い出せて」
二人は素直に喜んでいるようだった。
「じゃあ、明日の朝にまた来るわね。今日はゆっくり休んで。おやすみー」
「おやすみ」
「おやすみなさい」
二人はリアと就寝の挨拶を交わすと、部屋を後にした。
リアは彼らを見送った後、すぐにネンコの名を呼んだ。
しかし、返事はない。
少し不安になったが、何か考えがあってのことだろうと気持ちを切り替えてベッドに仰向けに転がった。
普段とは違う柔らかい感触が彼女の全身を支える。
リアは痛みなく眠ることができる幸せを噛み締めながら、ぼんやりと天井を眺めていたが、急にこれまでの旅の疲れが押し寄たのか深い眠りに落ちていった。
その日の夜更け。
村長の家の一室に三人の人物の姿があった。
ひとりはこの村の村長。もうひとりは薬師の老婆。
そして、最後のひとりは灰色のフードを目深に被った背の低い小男だった。
三人は大きめのテーブルを囲むようにして木製の粗末な椅子に腰を下ろしていた。
テーブルの上には一枚の羊皮紙が広げられ、天井から吊るされたカンテラの灯りがその内容を照らしている。
「あんたの言ったとおりじゃったな」
フードの男に向かって薬師が話しかけた。
男は言葉を返さず、薄い笑みで応える。
「さて、儂らはこれからどうすればいいかの?」
村長が男に問いかける。
「例の娘を引き止めておく以外は何もしなくていいよ。いつも通りに振る舞ってて」
男は質問に答えると、羊皮紙を手に取る。
羊皮紙は今、世間を騒がせている魔女の手配書だった。
男は二日ほど前にこの手配書を持って村長と薬師のもとを訪れた。
そして、二人にこう告げたのだ。
『あと何日か後にひとりの少女がこの村を訪れる。彼女はひどく危険な魔女だが、上手く領主に引き渡せば多額の報奨金が手に入る』と。
更に彼は自分も魔女の捕獲を手伝うこと、報奨金は全て村長と薬師の二人に譲ることを約束したのだ。
自分のことを誰にも話さないことを条件として。
そのため彼の存在を村人たちは知らない。
村長と薬師の二人にとっても報奨金の取り分は多い方がいいので問題はなかった。
しかし、計画を秘密裏に進めるため、村長と薬師の二人は無理に自然を装う羽目になった。
薬師がリアを疑って見せたり、村長が集会を開いて村人たちの意見を求めたのはそのためだ。
「あと一週間くらいしたら、ヘルケン公の私兵が村に到着するはずさ。彼らは直接あんたたちに接触してくるから、後は娘の居場所を教えて報奨金を頂くだけだよ」
男は手配書を懐にしまい込むと、少し声色を変えて話を続ける。
「ただし、くれぐれも悟られないようにね。娘だけじゃなく、村人たちにも。いつどこで誰が聞き耳を立てているか分かったものじゃないからねえ」
彼はそう言って天井を見上げる。
村長たちも釣られて視線の先を追ったが、何も見つけることはできなかった。
男はしばらくの間そうしていたが、にやりと不気味な笑みを浮かべた後、目線を二人に戻して席を立つ。
「じゃあ、後はよろしく」
男は軽く挨拶した後、音もなく歩を進めて部屋から出ていった。
残された二人はお互い頷き合うと、吊るされたカンテラを取り外して一言も言葉を交わすことなくその場を後にした。
誰も居なくなった真っ暗な部屋の天井の梁にネンコが佇んでいた。
彼はリアと別れた後、薬師の後を追っていたのだ。
そして、この部屋に辿り着き、先程の会合を目撃した。
しかし、ネンコは三人が立ち去った後も、その場から動こうとしなかった。
すぐにでもリアに伝えなければならないような内容だったにも関わらずだ。
ネンコは少し首を横に傾けて唸る。
静かな夜に、その音だけがやたらと大きく響いた。
翌日、早朝から酒場で働くリアの姿があった。
酒場はマイが営んでいるものだ。
朝早くから夜遅くまで開いており、時間帯に合わせた食事や飲み物を提供している。
良心的な価格で旨い料理が食べられるということで、村では人気の場所だ。
酒場はそもそもマイの両親が始めたものだが、二人はすでに他界している。
そのため、マイは両親の店を受け継ぐことになった。
今はマイとルークの二人だけで切り盛りしている。
今日はそこにリアが加わった形だ。
「リアちゃん、ヤマメの塩焼き上がったよ」
「はーい」
リアはルークに呼ばれて、パタパタと急ぎ足で料理を受け取りに向かう。
厨房と繋がるカウンターの上には、ルークが腕によりをかけた料理が並んでいく。
それをマイとリアは分担して客のもとへと運んでいった。
正直なところ、マイとルークはリアをホールに立たせることについて最後まで迷っていた。
昨日のリアの現れ方があまりに衝撃的だったため、村人たちに余計な不安を与えはしないかと心配だったのだ。
しかし、しばらくリアが村に残るのであれば、早いうちにその不安を払拭する必要がある。
マイはそのためには村人たちに直に彼女と接してもらい、害がないことを知ってもらうことが近道だと考えた。
そのため、多少の不利益を被ることを覚悟の上で、リアをホールで使うことに決めたのだ。
案の定、訪れた客の何人かは店内にリアの姿を目にすると、背中を向けて引き返してしまった。
入店してきた客もリアに対して訝しむような視線を送っている。
しかし、そのような状況もすぐに変わるだろうとマイは確信していた。
実際にマイはほんの少しの時間を共にしたに過ぎないにも関わらず、彼女に対して親しみを感じている。
彼女にはそういう不思議な魅力があった。
誠実であり、謙虚であり、勤勉であり、美しく、愛くるしい。
年相応の子供らしさもあり、守ってあげたくなる。
そんな彼女が村人たちに馴染むのは時間の問題だろう。
マイはちらりと厨房の方を見る。
調理中のルークと目が合った。
ルークはマイに優しく微笑むと軽く頷く。
彼もリアのことを気にかけていたのだろう。
無言だがその表情は大丈夫だと告げていた。
マイは頷き返す。
マイは独りになることの苦しさを理解していた。
できることならば、目の前の少女にはそんな気持ちは味わってほしくないと思う。
マイは笑顔で働くリアを眺めながら、何か自分にできることはないかと考えるのだった。
0
あなたにおすすめの小説
台風のよる、君ひそやかに、魔女高らかに
にしのくみすた
ファンタジー
【空を飛ぶ魔女たちの、もちもち百合ファンタジー・コメディ!】
台風の夜、魔女はホウキで空を翔け――嵐と戦う!
この街で台風と戦うのは、ホウキで飛ぶ魔女の仕事だ。
空を飛ぶ魔女に憧れながらも、魔法が使えない体質のため夢を諦めたモチコ。
台風の夜、嵐に襲われて絶体絶命のピンチに陥ったモチコを救ったのは、
誰よりも速く夜空を飛ぶ“疾風迅雷の魔女”ミライアだった。
ひょんな事からミライアの相方として飛ぶことになったモチコは、
先輩のミライアとともに何度も台風へ挑み、だんだんと成長していく。
ふたりの距離が少しずつ近づいていくなか、
ミライアがあやしい『実験』をしようと言い出して……?
史上最速で空を飛ぶことにこだわる変な先輩と、全く飛べない地味メガネの後輩。
ふたりは夜空に浮かんだホウキの上で、今夜も秘密の『実験』を続けていく――。
空を飛ぶ魔女たちの、もちもち百合ファンタジー・コメディ!
嵌められたオッサン冒険者、Sランクモンスター(幼体)に懐かれたので、その力で復讐しようと思います
ゆさま
ファンタジー
ベテランオッサン冒険者が、美少女パーティーにオヤジ狩りの標的にされてしまった。生死の境をさまよっていたら、Sランクモンスターに懐かれて……。
懐いたモンスターが成長し、美女に擬態できるようになって迫ってきます。どうするオッサン!?
【運命鑑定】で拾った訳あり美少女たち、SSS級に覚醒させたら俺への好感度がカンスト!? ~追放軍師、最強パーティ(全員嫁候補)と甘々ライフ~
月城 友麻
ファンタジー
『お前みたいな無能、最初から要らなかった』
恋人に裏切られ、仲間に陥れられ、家族に見捨てられた。
戦闘力ゼロの鑑定士レオンは、ある日全てを失った――――。
だが、絶望の底で覚醒したのは――未来が視える神スキル【運命鑑定】
導かれるまま向かった路地裏で出会ったのは、世界に見捨てられた四人の少女たち。
「……あんたも、どうせ私を利用するんでしょ」
「誰も本当の私なんて見てくれない」
「私の力は……人を傷つけるだけ」
「ボクは、誰かの『商品』なんかじゃない」
傷だらけで、誰にも才能を認められず、絶望していた彼女たち。
しかしレオンの【運命鑑定】は見抜いていた。
――彼女たちの潜在能力は、全員SSS級。
「君たちを、大陸最強にプロデュースする」
「「「「……はぁ!?」」」」
落ちこぼれ軍師と、訳あり美少女たちの逆転劇が始まる。
俺を捨てた奴らが土下座してきても――もう遅い。
◆爽快ざまぁ×美少女育成×成り上がりファンタジー、ここに開幕!
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
おっさん武闘家、幼女の教え子達と十年後に再会、実はそれぞれ炎・氷・雷の精霊の王女だった彼女達に言い寄られつつ世界を救い英雄になってしまう
お餅ミトコンドリア
ファンタジー
パーチ、三十五歳。五歳の時から三十年間修行してきた武闘家。
だが、全くの無名。
彼は、とある村で武闘家の道場を経営しており、〝拳を使った戦い方〟を弟子たちに教えている。
若い時には「冒険者になって、有名になるんだ!」などと大きな夢を持っていたものだが、自分の道場に来る若者たちが全員〝天才〟で、自分との才能の差を感じて、もう諦めてしまった。
弟子たちとの、のんびりとした穏やかな日々。
独身の彼は、そんな彼ら彼女らのことを〝家族〟のように感じており、「こんな毎日も悪くない」と思っていた。
が、ある日。
「お久しぶりです、師匠!」
絶世の美少女が家を訪れた。
彼女は、十年前に、他の二人の幼い少女と一緒に山の中で獣(とパーチは思い込んでいるが、実はモンスター)に襲われていたところをパーチが助けて、その場で数時間ほど稽古をつけて、自分たちだけで戦える力をつけさせた、という女の子だった。
「私は今、アイスブラット王国の〝守護精霊〟をやっていまして」
精霊を自称する彼女は、「ちょ、ちょっと待ってくれ」と混乱するパーチに構わず、ニッコリ笑いながら畳み掛ける。
「そこで師匠には、私たちと一緒に〝魔王〟を倒して欲しいんです!」
これは、〝弟子たちがあっと言う間に強くなるのは、師匠である自分の特殊な力ゆえ〟であることに気付かず、〝実は最強の実力を持っている〟ことにも全く気付いていない男が、〝実は精霊だった美少女たち〟と再会し、言い寄られ、弟子たちに愛され、弟子以外の者たちからも尊敬され、世界を救って英雄になってしまう物語。
(※第18回ファンタジー小説大賞に参加しています。
もし宜しければ【お気に入り登録】で応援して頂けましたら嬉しいです!
何卒宜しくお願いいたします!)
ラストアタック!〜御者のオッサン、棚ぼたで最強になる〜
KeyBow
ファンタジー
第18回ファンタジー小説大賞奨励賞受賞
ディノッゾ、36歳。職業、馬車の御者。
諸国を旅するのを生き甲斐としながらも、その実態は、酒と女が好きで、いつかは楽して暮らしたいと願う、どこにでもいる平凡なオッサンだ。
そんな男が、ある日、傲慢なSランクパーティーが挑むドラゴンの討伐に、くじ引きによって理不尽な捨て駒として巻き込まれる。
捨て駒として先行させられたディノッゾの馬車。竜との遭遇地点として聞かされていた場所より、遥か手前でそれは起こった。天を覆う巨大な影―――ドラゴンの襲撃。馬車は木っ端微塵に砕け散り、ディノッゾは、同乗していたメイドの少女リリアと共に、死の淵へと叩き落された―――はずだった。
腕には、守るべきメイドの少女。
眼下には、Sランクパーティーさえも圧倒する、伝説のドラゴン。
―――それは、ただの不運な落下のはずだった。
崩れ落ちる崖から転落する際、杖代わりにしていただけの槍が、本当に、ただ偶然にも、ドラゴンのたった一つの弱点である『逆鱗』を貫いた。
その、あまりにも幸運な事故こそが、竜の命を絶つ『最後の一撃(ラストアタック)』となったことを、彼はまだ知らない。
死の淵から生還した彼が手に入れたのは、神の如き規格外の力と、彼を「師」と慕う、新たな仲間たちだった。
だが、その力の代償は、あまりにも大きい。
彼が何よりも愛していた“酒と女と気楽な旅”――
つまり平和で自堕落な生活そのものだった。
これは、英雄になるつもりのなかった「ただのオッサン」が、
守るべき者たちのため、そして亡き友との誓いのために、
いつしか、世界を救う伝説へと祭り上げられていく物語。
―――その勘違いと優しさが、やがて世界を揺るがす。
出来損ない貴族の三男は、謎スキル【サブスク】で世界最強へと成り上がる〜今日も僕は、無能を演じながら能力を徴収する〜
シマセイ
ファンタジー
実力至上主義の貴族家に転生したものの、何の才能も持たない三男のルキウスは、「出来損ない」として優秀な兄たちから虐げられる日々を送っていた。
起死回生を願った五歳の「スキルの儀」で彼が授かったのは、【サブスクリプション】という誰も聞いたことのない謎のスキル。
その結果、彼の立場はさらに悪化。完全な「クズ」の烙印を押され、家族から存在しない者として扱われるようになってしまう。
絶望の淵で彼に寄り添うのは、心優しき専属メイドただ一人。
役立たずと蔑まれたこの謎のスキルが、やがて少年の運命を、そして世界を静かに揺るがしていくことを、まだ誰も知らない。
アリエッタ幼女、スラムからの華麗なる転身
にゃんすき
ファンタジー
冒頭からいきなり主人公のアリエッタが大きな男に攫われて、前世の記憶を思い出し、逃げる所から物語が始まります。
姉妹で力を合わせて幸せを掴み取るストーリーになる、予定です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる