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第二話 選択

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「つまりは、エレンディアに転生したかったら、あなた達の中から勢力を選び、その配下となって代わりに戦えということなんだな?」
 秩序、混沌、中立を代表する三人の自己紹介を聞かされた後、俺は結論を口にする。正直に言えば秩序と混沌に関しては彼女達の見た目とその気配からそれとなく正体に勘付いていた。顔を隠したローブの女性に関しては明かされるまで何者だろうと思っていたが、言われてみれば確かに中立的な立場と姿であると納得する。
 ちなみに、先程までは彼女達が年上ということもあり敬語を使っていたが、その条件を知ってからはそんな余裕はなくなっていた。
「ああ、そのとおりだ。だがよう、度胸があるとは言え、全く違う世界で生きて来たあんたをそのままエレンディアに送り出すほどあたしは薄情じゃないぜ。あそこで役立つ能力、あんたに分かりやすく言うならスキルだな、それを二つ持たせてやるし、やる気が出るようにあっちにはご褒美も用意してある。なんなら、エレンディアに送り届ける前に先渡ししてやってもいいぜ。ふふふ、この意味がわかるだろ?」
「リュウザキさん、幼い子供を救おうとして命を落としたあなたは秩序を体現するに相応しい魂を持っています! 能力やスキルには相性もありますから、あなたには秩序がお似合いです。あなたは他者を助ける力が欲しくはありませんか? 我々、秩序に忠誠を誓うならば、まずは怪我を癒す力を授けてエレンディアに送ることが出来ます。どうです悪い条件ではないでしょう!」
 先程とは反対に今度は聖女が、思わせぶりに舌で唇を舐める悪魔女を肘で押し出すようにして俺の前に立つと改めて微笑を浮かべながら勧誘を掛けた。
「実質的な話をしましょう。秩序と混沌から授けられるスキルは二つで、秩序を選んだ場合には自動的に一つが回復魔法20レベルとなります。このレベルについてですが、概念的に100を最高と定めており、およそ20で一人前、50で達人の域とされています。秩序を選択した時点で一人前の治療師と言うことになりますね。混沌は自由に選べるスキルの枠が二つとなりますが、上限は10レベルまで、秩序も残りの一枠は10レベルとなっています。そして私の天秤はマサキ殿、あなたに三つのスキルをその内の一つを最高50レベルで授けることが出来ます。もっとも、その代わりといっては何ですが、授けるスキルは無作為に選ばれた三つになり、あなたが任意に選ぶことは出来ません。これは秩序と混沌に対する天秤の宿命であり、因果のバランスを取るためです」
 スキルとレベルに回復魔法、唐突にゲームのような単語が出始めたことに俺は困惑するが、最後に説明をしたローブの女も含めて彼女達三人が質の悪い冗談を口にしているような浮いた気配は見られない。
「まあ、あんたがそう思うのは無理もないわな。何しろエレンディアはあたし達三つの勢力が対等の条件で戦えるように設計して創った世界だ。基準を明確にするために多くの事象を数値化して表現出来るようにしたんだから、一種のゲームさ。だったら、自分の望んだ最善の状態で始めるのが当然だろう? それに混沌はあんたの奥底に眠る欲望も否定しない。自由に生きたいなら混沌しかないぜ!」
「リュウザキさん、その女に誑かされてはいけません。秩序なき生き方は動物のそれか、むしろそれ以下です。どうぞ、秩序をお選びなさい。それが名誉を理解出来る者の正しい選択です!」
 まるで俺の心中を見透かしたように悪魔女が説明を行なうともに勧誘へと繋げ、聖女もそれに続く。エレンディアとやらがどのような世界かは検討もつかないが、この二人のやり取りからすると、秩序と混沌の間では熾烈な戦いが繰り広げられているに違いない。
「もちろん、マサキ殿にはエレンディアへの転生を拒否する権利もあります。その場合は、元の世界の摂理に従うことになりますね・・・管轄外なのではっきりと断定は出来ませんが、前世の記憶がなくなるまで魂を清めた後に輪廻することになるでしょう。それがどれほどの期間で成されるかは、私にもわかりません」
 やはり俺の心を読めるのだろう。天秤のローブ女が俺の考えに先回りするように答える。もっとも、その超常的な力によって俺は自分が置かれている状況を理解する。
 この三人は、いや三柱と言うべきか、彼女たちはそれぞれが秩序、混沌、天秤を体現した女神なのだ。仮にそれが俺の作り上げた妄想だとしても〝転生〟を断ればそこで、この奇妙なやりとりが終わりになる。それで現実世界に戻れるかと言えば、当然ながら保証はない。断るのはリスクが高いし、何よりも面白くない。この頃になると俺はやる気になっていた。

「そのエレンディアという世界に転生するためには、自分が忠誠を尽くす神を選ぶ必要があるわけだ・・・」
 ルールを理解したことで俺は取り囲むように立つ彼女達に改めて問い掛ける。
「そうだ。どうやら、あたし達が神格であることに気付いたみてえだな。でも、そんなに堅苦しくなることはないぜ。これは取引なんだからよ!あたしとマサキは対等だ、遠慮なんかしなくていい。だから、さっさと混沌を選んじまいなよ!」
 右側に立つ混沌が俺をからかいながら繰り返し勧誘をねじ込んで来るが、ガサツながらもその飾らない態度は逆に好感が持てた。彼女が俺を手駒にしようとしているのは事実だが、それに見合う対価は充分に払うと言っているのだ。
「リュウザキさん。秩序はエレンディアだけでなく、この多元宇宙の法を護るためにも、あなたの協力を必要としています。どうか、あなたの力を私に!」
 これまでと同じように秩序が混沌に対抗して俺を勧誘するが、今回は多くを語らずに俺の正義感と自尊心へ圧力を掛けるように言葉を閉める。
「ああ、言い忘れましたがエレンディアに転生した後でも所属する勢力を変えることは出来ます。もっとも、秩序から混沌、混沌から秩序、この二つ場合は初期スキルを失うペナルティがありますので注意して下さい。ちなみに天秤からこの二つへの変更ではこのペナルティがありません。なにせ中立ですから。迷ったら天秤を選ぶと良いでしょうね」
 最後に天秤は、中立らしい熱のない態度で勧誘を行うが、さらっと重要なことを言ってのけた。

「・・・じゃ、天秤で!」
 おそらくは充分に考える時間を与えられていたと思われるが、俺は大して悩まずにその選択を口にする。秩序はどう考えても堅苦しいと思われるし、混沌に走るほど俺は堕落していないからだ。
 正直に言えば、悪魔女の言う褒美とやらには未練があった。だが俺にはまだ早いと諦める。何しろ俺ときたら、女の子とキスもしたことがないのだ。まずは人並みの恋をしたかった。例えそれが失恋に終わったとしても。
 それにランダムとは言え、最初に与えられるスキルが三つで最大は50レベルというは魅力的である。日本では取得のない高校生に過ぎなかったのが俺だ。どんなスキルがあるか知らないが人並み程度では面白くない。本当に第二の人生があるのなら、人より優れた能力を持つ誘惑に抗えなくても仕方ないだろう。
 もっとも、天秤を選んだ最大の理由はやはり勢力の鞍替えが容易と言う点だろう。まずは中立で始めて正義に目覚めたり、好き勝手にやりたくなったりしたら鞍替えすれば良いのだ。
「なんてこと、リュウザキさん、あなたはこの宇宙の法を蔑ろにしようとするのですか!」
「馬鹿野郎! 今ならまだ間に合う! 自分の気持ちに素直になれ! あたしのおっぱ・・・」
 秩序と混沌が恨み言を叫ぶが、まるで溶けるようにその姿を消し去った。
「マサキ殿、天秤はあなたの選択を歓迎します」
 天秤の女神が俺の前に進み出て腕を広げる。その声は先程と変らず無感情に聞こえたが、抱擁される寸前、俺はフードから僅かに零れた彼女の顔を覗き見る。そこには微かな笑みが浮かんでいるように思えた。
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