上 下
27 / 36

第二十七話 トリム再び

しおりを挟む
 このエレンディア世界の特徴であり魅力の一つが、魔法が実在することだろう。俺は偶然に近い形で覚えていた暗黒魔法よって、死ぬか生きるかの瀬戸際をなんとか踏み留まり、敵を撃退することに成功したのである。
 もっとも、俺があの瞬間に〝ドレイン〟を使わなかったとしても、アリサ達は秩序の使者を撃退していたに違いない。きっかけになったとは言え、自分の力を過信するのは禁物だ。なんと言っても俺の暗黒スキルは1レベルでしかないのだから。これからも危機を乗り越えてエレンディアで生き残るには、魔法スキルに限らず更に腕を上げる必要があるだろう。
 そのような反省をしながら俺達はトリム帰還の旅を再開する。幸いにして被害を負ったのは俺だけである。革鎧は一部が無残に切り裂かれてしまったが、自分の血で汚れた服を着替えれば不便はなかった。

「いや・・・しかし、マサキが無事で良かったよ!」
 しばらく無言で歩いていた俺達だが、戦いの興奮とショックが薄れたのかアリサが俺を再び気遣ってくれる。彼女はあまり自分から好意を曝け出す性格ではないので、俺としてはとても嬉しい! 死ぬ気で戦った甲斐があったと涙が出そうになる。
「ええ、本当に・・・出血が酷かったですからね。あの時は私も一刻も早くマサキに〝ヒーリング〟を掛けようと油断をしてしまいました。マサキが無事でなかったら、あの女は絶対に殺すと心に誓いましたよ!」
「うん、私も同じことを思ったよ!」
 ネイリーンが彼女らしいことを口にしてルシェラもそれに同意する。やや過激な発想だが、そこまで二人に慕われている証でもあり、俺は照れて顔がにやけそうになるのを堪える。
「ああ・・・でもあの時、マサキは何か魔法を使ってなかったかな?!」
 当時の状況を詳しく思い出したのか、アリサが俺に問い掛けてくる。修羅場だったので暗黒魔法のことは誤魔化せると思っていたが、彼女の観察力はそんなに甘くはないようだ。
「・・・うん、実は暗黒魔法の〝ドレイン〟を使って敵を攻撃するとともに自分の体力を回復させたんだ」
「ああ! やっぱり、あの魔法は暗黒魔法の〝ドレイン〟だったんだね。すごいな、マサキ。いつの間に覚えたんだ?!」
「えっと・・・ゴルディゾーンの目撃情報が流れた日に武器を新調したろ。あの日に一号から教えてもらった・・・」
 アリサに嘘を吐きたくなかったし、隠し通せるとも思わなかったので俺は正直に事実を話す。もっとも、取得の際に一号から経験値を〝奢(おご)って〟もらったことまでは口にしなかった。
「おお、本当にすごいね! 暗黒魔法は混沌勢力の中でもエリートしか取得できないレアなスキルだったはず。・・・それを伝授させるとは! マサキはサキュバスを逆に誑し込んだんだね! やるなぁ!」
「いや、そんなことはしていない、話の流れで教えてくれただけで、たまたまだ!!」
 念願とも言えるアリサからの褒め言葉ではあるが、俺は必至に否定する。こんな形で彼女に認められるのは不本意であるし、このままではアリサに俺が不特定多数の女と遊ぶような、ふしだらな男と思われてしまう。なんとか誤解を解く必要があった!
「そんな謙遜を! サキュバスの餌食になった男はおそらく星の数ほどいると思うけど、サキュバスから暗黒魔法を伝授された人間なんて聞いたことがないからね。マサキは誇って良いと思うよ! いや、しかし数週間前までは役立たずだったマサキがこれほどまでに成長するとはね・・・ふふふ」
 俺はなおもアリサからの評価を正そうとするが、アリサは久しぶりに壷に嵌まったのか、お腹を押さえて笑い出す。こうなってしまっては、しばらくの間は会話にならないので俺は黙るしかない。

「なるほど、あの時の魔法は一号から教わったのですか・・・」
 アリサの発作が治まるのを待つ俺の肩を、ネイリーンが唐突に後ろから叩く。その力は随分と強く仲間に呼び掛ける親密さは感じられない。つか、痛い!
「まあ、なんていうか・・・変った魔法を覚えたいな! みたいな話になってノリで教えてもらったんだよ・・・」
「そうですか、マサキは一号と随分と仲が良いみたいですね。・・・以前、私の着替えを隠れて覗(のぞ)いたり、昨夜も胸をずっと凝視したりしていたのも、マサキが若い男だから仕方ないと思って水に流していましたが、一号という相手がいたのなら、その節操のなさに怒って良いですよねぇ?!」
「ば、ばれていたのか?!」
 振り向いた俺はネイリーンの形相に恐怖を覚えながら驚きの言葉を発する。今の彼女は口にこそ微笑を浮かべているが、目だけは見開いて身体は小刻みに震えている。怒りをぎりぎりまで我慢するとこんな感じになるのではと思われた。
「当たり前です! なんで、ばれていないと思ったのですか! 被害がアリサやルシェラには及ばず、私だけだったので大目に見ていただけですよ!」
「だって! アリサとルシェラにそんなことしたら、それこそ犯罪じゃん!」
「何ですか?! その言い訳は! マサキ、あなたは馬鹿ですか?!」
「うが!」
 俺の肩を握るネイリーンの力が上がる。まるで万力に挟まれたようだ。とはいえ、俺も自分に非があることはわかっていたので黙るしかない。覗きはともかく、昨夜はあんなにガン見したのだから、気付かれないはずはないのだ。それにもうちょっと言い訳を考えるべきであった。本当に馬鹿である俺は!
「ちょっま! 肩が、骨が折れる! 誰か・・・ルシェラ助けて!」
「もう、二人は本当に仲が良いなぁ! まあ、マサキはちょっと女の子に気が多すぎるよね。ネイリーンに懲らしめてもらわないと!」
 俺はやり取りを見つめていたルシェラに助けを求めるが、彼女はそれだけを言うと頬を膨らませてアリサの元へと歩み去って行く。どうやら俺はネイリーンだけでなくルシェラまで怒らせてしまったらしい。
「覗きをしたのは謝る! いえ、謝ります。だから許して! お願いします! 男の子が素敵なお姉さんを気になるのは仕方がないのです!」
 俺はひたすらネイリーンに謝りながら機嫌を取るしかなかった。

 秩序の使者達の襲撃とそれに続く一悶着があったものの、その後は大きなトラブルもなく俺達はトリムの街に帰還しようとしていた。この頃になると、ネイリーンとルシェラも機嫌を治しており、これまでのように接してくれている。
 どうやら、この旅で俺は二人から、ダメ男だがパーティーとしては大事な仲間という地位を得たようである。俺はただ、アリサに冒険者として認められ、やがては恋人同士となり、可能ならばネイリーンとルシェラそして一号とも甘酸っぱい体験をしたかっただけなのだが、それがネイリーンとルシェラには気に入らなかったようだ。
 本命のアリサと一号はなんとなく許してくれそうなので勘違いしていたが、冷静に考えれば袋叩きにされても文句は言えない願望だ。これからはもう少し上手くやるか、控え目にするしかないだろう。

「ねえ、見て! 塔の一つが!」
 そろそろトリムの塔が見え始めようとするところでルシェラが声を上がる。一時は探索スキルで役に立とうとした俺だが、その役目はすっかりルシェラが負っている。目が良く野外生活スキル持つ彼女は優れた斥候で監視役でもあるのだ。
「本当だ。西側かな、それが途中で折れている・・・」
 アリサの台詞どおり、北上する俺達から見て左側の塔、すなわち西の塔が半ば程で折れており、半分ほどの高さになっていた。
「急いだ方がよさそうだ!」
 詳細は不明だが、石造りの塔を破壊出来る存在などゴルゾディーン以外には考えられない。俺達はアリサの指示に従いトリムに向うためにその脚を早めた。

 今まさにトリムがドラゴンからの襲撃を受けていると思っていた俺だったが、馬車並の巨体を持ったとされる怪物の姿は空のどこにも見えず、耳を凝らしてもどこかで鳴く鳶(とんび)の声がするだけである。
 もっとも、地上部分は大きく変化していた。往路には見掛けた城門前の屋台や露天商の姿はどこにもなく、日の出から日没までは開かれているはずの門は堅く閉じられ、城壁の上に立ち衛兵の数が目立ち、厳戒体勢が執られているのがわかる。
 また、西の塔だけでなく城壁にもいくつか破壊された箇所があるので、俺達が街を留守にしている間にトリムがなんらかの敵の攻撃を受けたのは間違いだろう。
 アリサが城壁の上から声を掛ける門番達に説明を施すと僅かに門が開いたので、俺達は素早くトリムの街中に入る。一先ずはこれでギルドから依頼内容を終えて、生きて再びトリムに帰って来たのだ。
 街の内部を心配する俺だが、直ぐに露天商たちに迎えられる。普段は街の外に居住している彼らもこの時ばかりは避難を許されたのだ。外から人の流れはほとんど途絶えたはずだったが、逞しくも商いは続けており、何かしら売り込みを掛けて来る。
 なんとかそれを切り抜けると今度は門番達に詳しい事情を聞かれるが、これはリーダーのアリサが対処し俺達は晴れて冒険者ギルドに足を運んだ。
しおりを挟む

処理中です...