27 / 47
閉ざされた街
27 脱出
しおりを挟む
「ダレスさん・・・ミシャ・・・」
囚われの身となったことで自身に流れる血筋の因縁を思い出させられたアルディアだが、次いで零れた言葉は仲間達の名前だ。
ダレスと知り合ったのは一週間ほど前のことだが、アルディアは彼のことを誰よりも信頼していた。当初はユラント神が選んだ勇者としての敬意だったが、今は違う。
共に旅をし、戦ったことでわかったことがある。彼は人の身として許されないほどの大きな力を持っていながら、それを多用することはせず、人間ではどうしても抗えない〝本物の悪〟のみにその力を使うと誓っているのだ。
名の無い傭兵として生きているのも、彼の力を悪用しようとする者達から逃れるためだろう。
おとぎ話の英雄は白馬に跨り、煌びやかな武具でその身を着飾っているが、真の英雄は自身の存在が世界の脅威とならないよう敢えて身を潜めているのである。
それにダレスは自分を戦友として認めてくれた。それだけでも彼はアルディアにとって特別な存在だった。
何しろ彼女は同僚であるユラント教団の神官戦士達にも『アルディア殿が優秀なのは認めますが・・・同じ部隊に配属されるのは・・・彼女は後方支援で頑張って欲しいです』と言われていたのである。初めて得た真の戦友だった。
もちろん、妹分のミシャも理解者の一人である。彼女は〝白百合亭〟の生存者を救うためとはいえ、単独行動を起こして攫われた自分を心配して必至になって探そうとしているだろう。
ダレスが一緒なので無理はさせないと思われたが、ミシャから姉のように慕われているだけに心が痛んだ。
「・・・二人を待っている余裕はない・・・そう、私も行動に移さないと!」
一転して、アルディアは自分に言い聞かせるように決意を呟くと、部屋を出るために黒檀で出来た扉のノブに手を掛ける。
当然ながら外側から鍵が掛けられており扉はビクとも動かない。王族としての待遇は得ても囚われ人であることに変わりないのだ。
「仕方ないわ・・・とあぁぁ!」
アルディアは気合の掛け声とともに全力で扉に前蹴りを放つ。如何に丈夫な黒檀でも数カ所の蝶番で固定されているだけである。彼女の強烈な蹴りを受けると激しい音を響かせながら壁から吹き飛んだ。
「きしゃぁぁぁ!」
脱出路を確保し外に出たアルディアだが、それに満足することなく、いつもの奇声を上げながら外にいた見張りと思われる怪物に殴り掛かる。
不意を突かれた敵は彼女の強烈なストレートパンチを受けると弾かれるように廊下に崩れ落ちる。ほぼ即死だった。
「むう・・・」
見張りを素早く倒したアルディアは左右に繋がる廊下の先を順に見つめ、一瞬だけどちらに進むべきか逡巡(しゅんじゅん)する。
だが、自らが吹き飛ばした扉の下から怪物の一体が這い出そうしているのを発見すると、それを踏みつけるために左側に向う。
「ぎゃ!!」
アルディアに扉越しに踏まれた憐れな怪物は悲鳴を上げる。もちろん彼女にそれを聞く余裕はない。離宮を脱出するために走り出していた。
いつもとは勝手の違う服装に戸惑いながらもアルディアは豪奢に飾られた廊下を突き進む。
毛足の長い絨毯が敷かれているので裸足でも問題ないが、鎖帷子とその下に着る胴着で抑えていた胸の膨らみが走る度に上下に揺れて邪魔になって仕方がない。
自分の身体の一部なので文句を言うつもりはないが、豊満な胸が邪魔をして満足に戦えないのは、彼女にとって囚われの身でいることよりも苦痛だった。
そのためアルディアはまずは自分の装備を取り返すか、別の武具を手に入れることを念頭に入れていた。ここが離宮なら護衛や衛兵の詰所が随所にあるはずなのだ。
「あそこかしら・・・」
幾つかの分岐点を直感で進んだアルディアは、やがてそれらしい部屋を見つける。その部屋は両扉になっており、材質も黒檀に加えて要所を真鍮の板で補強している。
これほど頑強に護られた部屋ならば、武具の一つくらいはあるだろうと思えたのである。
「たりゃあぁぁぁ!」
アルディアは雄叫びとともに速度を緩めることなく、扉に向って飛び蹴りを放つ。彼女の筋力と体重、そして加速度によって重厚な扉は、いとも簡単に内側へ倒壊した。
そのままアルディアは受身をとって衝撃を吸収すると、目的の武具を得るために素早く立ち上がる。流石に蹴りを放った足裏を含めて身体のあちこちが痛いが今は無視した。まずは武器だった。
だが、アルディアの瞳に真っ先に映ったのは部屋、というよりは小型の広間の奥に置かれた王座に座る一人の若い男だ。
彼はやや痩せ型で顔色は悪いものの整った顔をしている。薄い金髪と青い瞳と鼻筋は近視感のある形、鏡で見る自分の顔によく似ていた。
「・・・あ、あなたは?!」
瞬時に全てを悟りながらもアルディアは誰何(すいか)の声を上げる。どうやら、武器庫か衛兵の詰所と思っていた部屋は離宮における王の間だったらしい。
「そっちから会いに来ているのは知っていたが、随分派手な登場だね。生き別れの兄弟がこんなお転婆だったとは思わなかったよ! 妹君、いや姉上かな?」
男は冷めた笑みを浮かべながらアルディアの問いに答えるのだった。
囚われの身となったことで自身に流れる血筋の因縁を思い出させられたアルディアだが、次いで零れた言葉は仲間達の名前だ。
ダレスと知り合ったのは一週間ほど前のことだが、アルディアは彼のことを誰よりも信頼していた。当初はユラント神が選んだ勇者としての敬意だったが、今は違う。
共に旅をし、戦ったことでわかったことがある。彼は人の身として許されないほどの大きな力を持っていながら、それを多用することはせず、人間ではどうしても抗えない〝本物の悪〟のみにその力を使うと誓っているのだ。
名の無い傭兵として生きているのも、彼の力を悪用しようとする者達から逃れるためだろう。
おとぎ話の英雄は白馬に跨り、煌びやかな武具でその身を着飾っているが、真の英雄は自身の存在が世界の脅威とならないよう敢えて身を潜めているのである。
それにダレスは自分を戦友として認めてくれた。それだけでも彼はアルディアにとって特別な存在だった。
何しろ彼女は同僚であるユラント教団の神官戦士達にも『アルディア殿が優秀なのは認めますが・・・同じ部隊に配属されるのは・・・彼女は後方支援で頑張って欲しいです』と言われていたのである。初めて得た真の戦友だった。
もちろん、妹分のミシャも理解者の一人である。彼女は〝白百合亭〟の生存者を救うためとはいえ、単独行動を起こして攫われた自分を心配して必至になって探そうとしているだろう。
ダレスが一緒なので無理はさせないと思われたが、ミシャから姉のように慕われているだけに心が痛んだ。
「・・・二人を待っている余裕はない・・・そう、私も行動に移さないと!」
一転して、アルディアは自分に言い聞かせるように決意を呟くと、部屋を出るために黒檀で出来た扉のノブに手を掛ける。
当然ながら外側から鍵が掛けられており扉はビクとも動かない。王族としての待遇は得ても囚われ人であることに変わりないのだ。
「仕方ないわ・・・とあぁぁ!」
アルディアは気合の掛け声とともに全力で扉に前蹴りを放つ。如何に丈夫な黒檀でも数カ所の蝶番で固定されているだけである。彼女の強烈な蹴りを受けると激しい音を響かせながら壁から吹き飛んだ。
「きしゃぁぁぁ!」
脱出路を確保し外に出たアルディアだが、それに満足することなく、いつもの奇声を上げながら外にいた見張りと思われる怪物に殴り掛かる。
不意を突かれた敵は彼女の強烈なストレートパンチを受けると弾かれるように廊下に崩れ落ちる。ほぼ即死だった。
「むう・・・」
見張りを素早く倒したアルディアは左右に繋がる廊下の先を順に見つめ、一瞬だけどちらに進むべきか逡巡(しゅんじゅん)する。
だが、自らが吹き飛ばした扉の下から怪物の一体が這い出そうしているのを発見すると、それを踏みつけるために左側に向う。
「ぎゃ!!」
アルディアに扉越しに踏まれた憐れな怪物は悲鳴を上げる。もちろん彼女にそれを聞く余裕はない。離宮を脱出するために走り出していた。
いつもとは勝手の違う服装に戸惑いながらもアルディアは豪奢に飾られた廊下を突き進む。
毛足の長い絨毯が敷かれているので裸足でも問題ないが、鎖帷子とその下に着る胴着で抑えていた胸の膨らみが走る度に上下に揺れて邪魔になって仕方がない。
自分の身体の一部なので文句を言うつもりはないが、豊満な胸が邪魔をして満足に戦えないのは、彼女にとって囚われの身でいることよりも苦痛だった。
そのためアルディアはまずは自分の装備を取り返すか、別の武具を手に入れることを念頭に入れていた。ここが離宮なら護衛や衛兵の詰所が随所にあるはずなのだ。
「あそこかしら・・・」
幾つかの分岐点を直感で進んだアルディアは、やがてそれらしい部屋を見つける。その部屋は両扉になっており、材質も黒檀に加えて要所を真鍮の板で補強している。
これほど頑強に護られた部屋ならば、武具の一つくらいはあるだろうと思えたのである。
「たりゃあぁぁぁ!」
アルディアは雄叫びとともに速度を緩めることなく、扉に向って飛び蹴りを放つ。彼女の筋力と体重、そして加速度によって重厚な扉は、いとも簡単に内側へ倒壊した。
そのままアルディアは受身をとって衝撃を吸収すると、目的の武具を得るために素早く立ち上がる。流石に蹴りを放った足裏を含めて身体のあちこちが痛いが今は無視した。まずは武器だった。
だが、アルディアの瞳に真っ先に映ったのは部屋、というよりは小型の広間の奥に置かれた王座に座る一人の若い男だ。
彼はやや痩せ型で顔色は悪いものの整った顔をしている。薄い金髪と青い瞳と鼻筋は近視感のある形、鏡で見る自分の顔によく似ていた。
「・・・あ、あなたは?!」
瞬時に全てを悟りながらもアルディアは誰何(すいか)の声を上げる。どうやら、武器庫か衛兵の詰所と思っていた部屋は離宮における王の間だったらしい。
「そっちから会いに来ているのは知っていたが、随分派手な登場だね。生き別れの兄弟がこんなお転婆だったとは思わなかったよ! 妹君、いや姉上かな?」
男は冷めた笑みを浮かべながらアルディアの問いに答えるのだった。
0
あなたにおすすめの小説
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
断罪まであと5秒、今すぐ逆転始めます
山河 枝
ファンタジー
聖女が魔物と戦う乙女ゲーム。その聖女につかみかかったせいで処刑される令嬢アナベルに、転生してしまった。
でも私は知っている。実は、アナベルこそが本物の聖女。
それを証明すれば断罪回避できるはず。
幸い、処刑人が味方になりそうだし。モフモフ精霊たちも慕ってくれる。
チート魔法で魔物たちを一掃して、本物アピールしないと。
処刑5秒前だから、今すぐに!
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました
いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。
子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。
「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」
冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。
しかし、マリエールには秘密があった。
――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。
未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。
「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。
物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立!
数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。
さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。
一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて――
「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」
これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、
ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー!
※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。
【完結・おまけ追加】期間限定の妻は夫にとろっとろに蕩けさせられて大変困惑しております
紬あおい
恋愛
病弱な妹リリスの代わりに嫁いだミルゼは、夫のラディアスと期間限定の夫婦となる。
二年後にはリリスと交代しなければならない。
そんなミルゼを閨で蕩かすラディアス。
普段も優しい良き夫に困惑を隠せないミルゼだった…
お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
「居なくていいなら、出ていこう」
この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
中身は80歳のおばあちゃんですが、異世界でイケオジ伯爵に溺愛されています
浅水シマ
ファンタジー
【完結しました】
ーー人生まさかの二週目。しかもお相手は年下イケオジ伯爵!?
激動の時代を生き、八十歳でその生涯を終えた早川百合子。
目を覚ますと、そこは異世界。しかも、彼女は公爵家令嬢“エマ”として新たな人生を歩むことに。
もう恋愛なんて……と思っていた矢先、彼女の前に現れたのは、渋くて穏やかなイケオジ伯爵・セイルだった。
セイルはエマに心から優しく、どこまでも真摯。
戸惑いながらも、エマは少しずつ彼に惹かれていく。
けれど、中身は人生80年分の知識と経験を持つ元おばあちゃん。
「乙女のときめき」にはとっくに卒業したはずなのに――どうしてこの人といると、胸がこんなに苦しいの?
これは、中身おばあちゃん×イケオジ伯爵の、
ちょっと不思議で切ない、恋と家族の物語。
※小説家になろうにも掲載中です。
無魔力の令嬢、婚約者に裏切られた瞬間、契約竜が激怒して王宮を吹き飛ばしたんですが……
タマ マコト
ファンタジー
王宮の祝賀会で、無魔力と蔑まれてきた伯爵令嬢エリーナは、王太子アレクシオンから突然「婚約破棄」を宣告される。侍女上がりの聖女セレスが“新たな妃”として選ばれ、貴族たちの嘲笑がエリーナを包む。絶望に胸が沈んだ瞬間、彼女の奥底で眠っていた“竜との契約”が目を覚まし、空から白銀竜アークヴァンが降臨。彼はエリーナの涙に激怒し、王宮を半壊させるほどの力で彼女を守る。王国は震え、エリーナは自分が竜の真の主であるという運命に巻き込まれていく。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる