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閉ざされた街
29 対峙
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「・・・スレイオン王子、魔族は人間が御(ぎょ)することの出来る存在ではありません! 彼らは暗黒神の眷属であり、ユラント神と人間の敵なのです。この国だけでなく・・・人間世界にとって必ずや大きな災いとなります。今なら・・・まだ間に合います! お考えを改めて王家としての役割を果たして下さい!」
双子の兄弟であるスレイオンの野望と狂気に当てられたアルディアだが、彼女は自身の立場を見失うことはなかった。当然の役割として翻意を促す。
アルディアもスレイオンを狂わせた王家の陰謀と、会ったこともない自分の身を案じてくれたことには一定の理解と感謝の気持ちを感じていた。
だが、だからといって魔族の解放を正当化させるわけにはいかない。スレイオンの野望はユラント神の教えに反するだけでなく、人間社会に対する裏切りでもあるのだ。
「お前は・・・自分を捨てただけでなく、暗殺しようとした王家を許すのか?! そして第一王子でありながら後継者の道を奪われ、兄弟を暗殺されようとした俺に王家の役割を・・・果たせと言うのか?!」
スレイオンにとってはアルディアの答えは予想外だったのだろう。狂気に満ちた眼を更に広げて彼女を睨みつける。
「その通りです! スレイオン王子が・・・自分を廃しようとする現妃様に対して反撃を行うことには・・・私も否定も賛成も致しません。ですが、それに魔族の力を利用するべきではありません! 魔族はユラント神の・・・そして人類の敵だからです!」
「王族とはいえ、ハミルに飛ばされた俺に・・・いや、そうか。お前は敬虔なユラント神の神官でもあったな。双子の兄弟も十九年の歳月は大きな隔たりを生むらしい・・・アルディア、お前なら私を助けてくれると信じていたのに残念だ・・・」
改めてお互いの考えを確認し合うアルディアとスレイオンだが、それは双子としてこの世に生まれながら相容れぬ関係になったことを浮き彫りにしただけだった。
「・・・お考えを翻(ひるがえ)すつもりはないのですね?」
それでもアルディアは藁にでも縋る思いでスレイオンに最後の確認を行う。
「むろんだ。結界は健在だが、お前の血を魔族に捧げることによって・・・」
「ならば、ユラント神の名において審判を受けて頂きます!! うりゃあぁぁぁ!!」
まだスレイオンが何か告げようとしていたが、アルディアは先に自身の宣告を行ないながら王座に向って突撃を開始する。更に雄叫びを上げて、利き手である右手で強烈なストレートパンチをスレイオンの顔面目掛けて放った。
「ちょっま! アルディア! お前、実の兄弟に向って! 俺を殺す気か?!」
前に転がることでアルディアの攻撃を避けたスレイオンだが、王座の一部が彼女のパンチで破壊されたのを見たことで青白い顔を更に青くしながら、激しく糾弾する。
「ええ、そのようにお伝えしたはずですが?」
「お、お前は俺の話をちゃんと聞いていたのか?! 俺が魔族に魂を売ったのはお前の身を案じる想いもあったからだぞ! それをいきなり殺そうとするなんて!」
「もちろん・・・そのお気持ちは私も充分に察しております!だからこそ、スレイオン王子・・・あなたの過ちは私が正せねばなりません。私の手でユラント神の下に送って差し上げます!」
「クソ! アルディア、お前の噂は聞いていたが、まさかここまで脳筋とは思わなかった。素手で・・・しかも、そんな格好で兄弟を殺そうとするとは・・・見た目とはえらい違いだ!」
拳を前に突き出して間合いを測るアルディアの姿と宣言にスレイオンは、どこか焦点のずれたことを口にする。
もっとも、彼もまさか薄絹のガウンを纏っただけの聖女のような美女、それも血を分けた兄弟が自分を殴り殺そうとするとは思っていなかったのだろう。
「・・・あなたが考えを変えてくれるだけで、もっと平和的に解決出来ますが?!」
動揺するスレイオンに圧力を掛けるためにアルディアは軽いジャブ数発をこれ見よがしに放つ。これでスレイオンが魔族との縁を断ち切ってくれるのなら、彼女は何と言われようとも構わないつもりだった。
「ぐは!」
『もう遅い!』
ジャブの一発がスレイオンの腹に入り、短い悲鳴を上げさせたところでアルディアは第三者の声を聞く。それは思念のよって形作られた疑似的な声で、邪悪と奸智に満ちていた。
「やめろ・・・出て来るな! 約束が違・・・」
『そなたの願いは王家への復讐であろう! まずはこの者の血で我に課せられた封印を洗い流してくれる!』
ジャブを受けたスレイオンは両腕で自身の身体を抱き締める。殴られた痛みに耐えているようにも思えるが、内側から溢れ出ようとする何かを抑えつけているようにも見えた。
「てりゃあぁぁ!」
『うおおお!』
その只ならぬ気配にアルディアは雄叫びを上げて再度攻撃を行う。
だが、彼女の目の前でスレイオンの身体の一部が内側から膨張し、右腕から肩そして顔の一部が異形の存在へと変化する。
「く!」
突如出現したその巨大な右腕が身体を掴み取ろうとするので、アルディアは攻撃を断念して大きく後ろに飛び退く。
「スレイオン・・・あなたはもう既に・・・手遅れだったのですね・・・」
短剣のような鉤爪が鼻先を通り過ぎる風圧を感じつつ、アルディアは更にスレイオンから間合いを開ける。
彼の左半身と下半身はまだ人間の姿を留めていたが、逆にそれが酷(ひど)くおぞましい。魔族が人の身に憑依し、身体と精神を乗っ取ろうとする過程であるからだ。
そして、アルディアはその事実によって全てを悟る。
復活した魔族を倒すには憑代(よりしろ)となった肉体ごと破壊か再封印するしかない。魔族に魅入られた者の魂はユラント神の審判と救済を得ることも出来ない。
一度は倒す覚悟を決めていたとは言え、もう、スレイオンを、生き別れた兄弟を、助けることは霊的にも不可能なのだ。
だが、彼女が憐憫の想いに耽ることは許されなかった。
『嘆くことはない。直ぐにそなたの血肉も我に取りこまれるのだからな!』
かつてスレイオンだった存在、今は復活した魔族は間を置かずにそう告げると、今度は逆にアルディアに攻勢を仕掛け、その異形の右腕を振り下ろした。
双子の兄弟であるスレイオンの野望と狂気に当てられたアルディアだが、彼女は自身の立場を見失うことはなかった。当然の役割として翻意を促す。
アルディアもスレイオンを狂わせた王家の陰謀と、会ったこともない自分の身を案じてくれたことには一定の理解と感謝の気持ちを感じていた。
だが、だからといって魔族の解放を正当化させるわけにはいかない。スレイオンの野望はユラント神の教えに反するだけでなく、人間社会に対する裏切りでもあるのだ。
「お前は・・・自分を捨てただけでなく、暗殺しようとした王家を許すのか?! そして第一王子でありながら後継者の道を奪われ、兄弟を暗殺されようとした俺に王家の役割を・・・果たせと言うのか?!」
スレイオンにとってはアルディアの答えは予想外だったのだろう。狂気に満ちた眼を更に広げて彼女を睨みつける。
「その通りです! スレイオン王子が・・・自分を廃しようとする現妃様に対して反撃を行うことには・・・私も否定も賛成も致しません。ですが、それに魔族の力を利用するべきではありません! 魔族はユラント神の・・・そして人類の敵だからです!」
「王族とはいえ、ハミルに飛ばされた俺に・・・いや、そうか。お前は敬虔なユラント神の神官でもあったな。双子の兄弟も十九年の歳月は大きな隔たりを生むらしい・・・アルディア、お前なら私を助けてくれると信じていたのに残念だ・・・」
改めてお互いの考えを確認し合うアルディアとスレイオンだが、それは双子としてこの世に生まれながら相容れぬ関係になったことを浮き彫りにしただけだった。
「・・・お考えを翻(ひるがえ)すつもりはないのですね?」
それでもアルディアは藁にでも縋る思いでスレイオンに最後の確認を行う。
「むろんだ。結界は健在だが、お前の血を魔族に捧げることによって・・・」
「ならば、ユラント神の名において審判を受けて頂きます!! うりゃあぁぁぁ!!」
まだスレイオンが何か告げようとしていたが、アルディアは先に自身の宣告を行ないながら王座に向って突撃を開始する。更に雄叫びを上げて、利き手である右手で強烈なストレートパンチをスレイオンの顔面目掛けて放った。
「ちょっま! アルディア! お前、実の兄弟に向って! 俺を殺す気か?!」
前に転がることでアルディアの攻撃を避けたスレイオンだが、王座の一部が彼女のパンチで破壊されたのを見たことで青白い顔を更に青くしながら、激しく糾弾する。
「ええ、そのようにお伝えしたはずですが?」
「お、お前は俺の話をちゃんと聞いていたのか?! 俺が魔族に魂を売ったのはお前の身を案じる想いもあったからだぞ! それをいきなり殺そうとするなんて!」
「もちろん・・・そのお気持ちは私も充分に察しております!だからこそ、スレイオン王子・・・あなたの過ちは私が正せねばなりません。私の手でユラント神の下に送って差し上げます!」
「クソ! アルディア、お前の噂は聞いていたが、まさかここまで脳筋とは思わなかった。素手で・・・しかも、そんな格好で兄弟を殺そうとするとは・・・見た目とはえらい違いだ!」
拳を前に突き出して間合いを測るアルディアの姿と宣言にスレイオンは、どこか焦点のずれたことを口にする。
もっとも、彼もまさか薄絹のガウンを纏っただけの聖女のような美女、それも血を分けた兄弟が自分を殴り殺そうとするとは思っていなかったのだろう。
「・・・あなたが考えを変えてくれるだけで、もっと平和的に解決出来ますが?!」
動揺するスレイオンに圧力を掛けるためにアルディアは軽いジャブ数発をこれ見よがしに放つ。これでスレイオンが魔族との縁を断ち切ってくれるのなら、彼女は何と言われようとも構わないつもりだった。
「ぐは!」
『もう遅い!』
ジャブの一発がスレイオンの腹に入り、短い悲鳴を上げさせたところでアルディアは第三者の声を聞く。それは思念のよって形作られた疑似的な声で、邪悪と奸智に満ちていた。
「やめろ・・・出て来るな! 約束が違・・・」
『そなたの願いは王家への復讐であろう! まずはこの者の血で我に課せられた封印を洗い流してくれる!』
ジャブを受けたスレイオンは両腕で自身の身体を抱き締める。殴られた痛みに耐えているようにも思えるが、内側から溢れ出ようとする何かを抑えつけているようにも見えた。
「てりゃあぁぁ!」
『うおおお!』
その只ならぬ気配にアルディアは雄叫びを上げて再度攻撃を行う。
だが、彼女の目の前でスレイオンの身体の一部が内側から膨張し、右腕から肩そして顔の一部が異形の存在へと変化する。
「く!」
突如出現したその巨大な右腕が身体を掴み取ろうとするので、アルディアは攻撃を断念して大きく後ろに飛び退く。
「スレイオン・・・あなたはもう既に・・・手遅れだったのですね・・・」
短剣のような鉤爪が鼻先を通り過ぎる風圧を感じつつ、アルディアは更にスレイオンから間合いを開ける。
彼の左半身と下半身はまだ人間の姿を留めていたが、逆にそれが酷(ひど)くおぞましい。魔族が人の身に憑依し、身体と精神を乗っ取ろうとする過程であるからだ。
そして、アルディアはその事実によって全てを悟る。
復活した魔族を倒すには憑代(よりしろ)となった肉体ごと破壊か再封印するしかない。魔族に魅入られた者の魂はユラント神の審判と救済を得ることも出来ない。
一度は倒す覚悟を決めていたとは言え、もう、スレイオンを、生き別れた兄弟を、助けることは霊的にも不可能なのだ。
だが、彼女が憐憫の想いに耽ることは許されなかった。
『嘆くことはない。直ぐにそなたの血肉も我に取りこまれるのだからな!』
かつてスレイオンだった存在、今は復活した魔族は間を置かずにそう告げると、今度は逆にアルディアに攻勢を仕掛け、その異形の右腕を振り下ろした。
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