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第四話

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 遺跡への入口はギルド内の奥に存在していたが、冒険者がそこに至るには衛兵達が見張る監視所を通る必要があった。
 街の地下に広がる遺跡に潜る冒険者はここで登録証を提示し、更に自らの装備や持ち物を申告する。これを怠ると、既に自分の財産である武具や魔道具を探索での回収物と見做されてしまうので皆必死だ。
 これほど厳密に検査が施されるのは、遺跡内の宝物は全て領主の所有物と定められているからである。冒険者はあくまでも領主の依頼を受けて、彼の財産を地上に運び出しているというのが前提となっている。探索で見つけた出した宝物等が、そのまま丸ごと冒険者の取り分になるのではなかった。
 そして探索を成功させ遺跡から帰還した冒険者達は、この監視所で発見、発掘した宝を再度申告し、鑑定人によってその価値を設定され、冒険者の格に応じてギルド、正確には領主側の徴収分(初期の冒険者では五割、評価が上がるにつれて五分免除で最高評価は三割となる)を引いた報奨金が支払われる。
 取引額はある程度の変動があるため、エスティのように帰って来たときには買い取り価格が下がっていたという不運なこともある。また、魔道具のような極めて価値の高い宝に関しては、回収した冒険者に買い取り権が優先的に与えられて、現物の支給や購入が認められていた。
 これらの条件では冒険者側がやや不利のように感じられるが、彼らには衣食住の補助が与えられギルド内の食堂はもちろんのこと、隣接する宿泊施設にも街の相場からすると半額程度で利用すること出来る。
 冒険者はギルドに命を賭けた探索の成果を半分近く徴収されることになるが、それらの何割かは巡り巡って彼らの生活を支える費用として還元される。
 細かい点に対しては不満の声がないわけではないが、冒険者ギルドはこのようにして、どちらかと言えば新規参入の冒険者達を保護する目的で運営されている向きが強かった。

 装備と持ち物の申告を終えたレイガルはエスティの後に続いて地下に繋がる階段を降りて行く。昨夜はリーダーである彼女から遺跡の立ち回り方の講義を終えると、早々にギルドと提携している宿屋で身体を休めたので体調は万全だ。敗け戦からゴルジアを目指して逃げ回っていた疲れはもうどこかに消えていた。
 体力的には問題のないレイガルだが、階段の冷たく乾いた空気を感じると改めて纏っているマントの裾を整える。エスティの忠告のとおり、遺跡の中は地上とは違い気温が低い。
 必要装備として厚手のマントを買ったのは痛い出費だったが、風邪を引いて剣を振るう腕を鈍らせては愚かと言う他ない。これ以外にも遺跡に必要な様々な忠告を与えてくれたエスティに彼はそっと感謝した。
 まるで氷室の中のような階段は、上がりと下りそれぞれ二人ずつ並んで歩けるほどしっかりと整備されている。かつては山羊小屋近くで偶然見つかった遺跡に繋がる穴だったらしいが、より効率良く冒険者を送り出すために優秀な石工を雇って作り上げたに違いない。
「・・・領主は遺跡最大の宝を先に手に入れた側に家督を譲ると定めたらしいが、その最大の宝とは一体どんな代物なのだろう?」
 階段の出来に感心しつつ、レイガルは前を歩くエスティにこれまで気になっていた疑問をぶつける。
 この街の領主が家督権を巻き込んだ激しい探索競争をさせてまで手に入れようとしている代物であり、更にギルドの管理体制がこれほど厳しく体系化されているのも、街の繁栄のためであるとともに、その悲願の宝を冒険者に持ち逃げされないための対策と思えたからだ。どれほどの価値であるのか興味があった。
「・・・さあ、今の段階ではなんとも言えないわね。具体的な噂はあたしも聞いたことがないわ」
「それじゃ、探しようがないんじゃないか?」
「何をもって最大とするのかは解釈次第だけど、その宝は遺跡の最深部にあるというのが領主の見解だから、いつかは見つかる日が来るんじゃないかしら?」
「なるほど・・・。しかし遺跡の最深部か・・・今の俺には想像も出来ないほど果てしない場所に思える」
「そうね。でも・・・いつかはあたし、いえ、あたし達の手でこの遺跡の最深部を見つけてやりたいわね! もっとも、まずはレイガルが低層を難無く探索出来るようにならないとだけど!」
「ああ、とりあえずは足手まといにならないようにだな」
「ええ、頼むわよ。今日探索する第二層は既にかなり調べ尽くされているけど、脅威がないわけじゃないからね。昨日の忠告を守って行動すること!・・・ああ、もうすぐ下に着くわ。雑談は終わり!」
「了解!」
 レイガルはエスティの警告に力強く頷く。遺跡では一瞬の油断が、命の危機に陥ることもあるという。彼も戦場に足を踏み入れる覚悟に切り替えた。
 やがてエスティの肩越しに、淡い光りを放つ階段の終着口を捉える。あれこそが真の意味での遺跡の入口だろう。

「おお・・・」
 岩盤を穿った穴を潜り抜けたレイガルは思わず感嘆の声を上げた。地中に潜った筈なのに目の前には青々と茂る森林が広がっていたからだ。しかも天井はその限界を目視では確認することが出来ず、果てしなく続いているように見える。
 本物の空ならば存在するはずの太陽こそ見当たらないが、頭上から柔らかい光が森全体を照らし出しており、目隠しをされて連れて来られていたら、地の底だとは信じられなかっただろう。
 もっとも、春か初夏を思わせる深緑を湛えた木々に似合わず、肌に感じる空気は冷たい。それによって得体の知れない不自然さが存在していた。
「昨日説明した通り、第一層は森になっているの。話によると、遺跡は空間そのものが半永久的に続く古代の魔法で管理されているらしいわ。もちろん、詳しいことは不明。この空・・・いや天井を〝飛翔〟が使える根源魔術士が限界を確かめようと飛んでみたことがあったらしいけど、いくら飛んでも天井をみつけられなくて引き返したって話もある。本職さえもお手上げなのだから、あたしらが深く考えても意味はないわ。・・・そういう物だとして納得するしかないわね」
「そ、そうだな。しかし事前に聞かされていたが、これほどとは・・・」
「そんなに驚いた?まあ、最初は無理もないけど・・・気分を落ち着かせるために少し休む?」
「いや、大丈夫だ。驚きはあるが、そこまでじゃない!」
 エスティの提案にレイガルは笑顔で答える。遠慮など母親のお腹の中に置いて来たような気性の彼女だが、仲間に対する思いやりは充分に持っているようだ。
「それじゃあ、早速移動を開始するわよ。第一層ではレイガルは出来るだけ音を立てずに、あたしからは少し離れて付いて来ること!そして昨日教えたハンドサインを見落とさないこと!この二つを必ず守って!いいわね!」
 そう告げるとエスティは素早く先行を開始する。レイガルは指示されたとおり、ある程度の距離を取ると鎖帷子を纏った身で音を立てるなという難題に挑戦しながらリーダーの後を追い掛けた。
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