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第十三話
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三つの人影がこの世の深淵に繋がっているような螺旋階段に佇んでいた。先頭の人物は待ち伏せや罠の類を見つけようとしているのだろう。全てを見逃さないとばかりに鋭い視線を階段の遙か下、あるいは足元、時には周囲の壁に向ける。
その姿はまるで獲物を狙う猫、それもしなやかで悠然とした雌猫のようだ。やがて、その人影は後ろに合図を送ると、完璧な忍び足で一歩一歩確認するように階段を降りて行った。
雌猫の如き人物、エスティの指示を受けたメルシアとレイガルはその後を追うように彼女が合図を送った位置まで移動する。
彼らが進んでいるのは第五層に繋がると思われる、新しく発見した階段だ。当然のことだが、こうした未踏路は、あらゆることに事前情報なしで対処しなくてはならない。エスティが慎重になるのは当然だった。
「やっと、ここに辿り着けたわね・・・」
無事に階段を下り終え、平行方向に向かう出口を潜り抜けると、エスティは後から合流したレイガル達に感慨の気持ちを込めて呟いた。遺跡探索のベテラン冒険者である彼女としても、第五層に足を踏み入れるのは初めてのことだ。
何しろ、現時点で存在が確認されている遺跡の最下階層は次の第六層である。一歩手前の第五層でさえ、辿りつける冒険者は一握りしか存在しない。
その第五層をエスティの肩越しにレイガルは見つめる。彼の視界には地下遺跡の中と思えないほどの開けた草原が広がり、城館と思われる建築物が幾つか距離を置いて建てられているのが確認出来る。
第五層は一層や二層と同じく野外を思わせる開放型の階層のようだ。足元には城館へ至るために、緑の草原を切り裂くような茶色の土道が続いていた。
「・・・あの一番近くの城までは密集して進みましょう。レイガル、ここからあなたが先に立って」
「ああ、了解だ」
リーダーの指示でレイガルは先頭を彼女と交代する。このような人工的な手が殆ど加えられていない場所では、罠を隠すのは難しい。エスティとしてはやっと一息つける場所に出たという気分だろう。もっとも、逆にこのような開けた場所では隠密行動は不可能に近い。襲撃に備えて隊列を変える必要があった。
「どうやってこの空を維持しているのかしら?」
肌に当たる空気は冷たいが、晴れやかな青空の下を歩むエスティは真ん中のメルシアに問い掛ける。この話題は以前にもレイガルと彼女の間で語られたことがあったが、メルシアは古代の魔法文明を受け継ぐ根源魔法の使い手だ。魔術士としてより詳しいことを知っているかもしれなかった。
「空間を制御する魔法の一種だと思われますが、この規模で半永久的に作用させている原理はわかりません。おそらくは、この遺跡のどこかにこれだけの魔法を発動させている魔導装置があるのでしょう。もし、それを解き明かせれば・・・かつての魔法文明を復活させることが出来るかもしれませんね」
「・・・それじゃ、その魔法装置とやらが、この地下遺跡最大の宝ってことになるのかしら?」
「その可能性はあるとは思います。ですが、魔法装置に関してはあくまでも私の推測です。なんとも言えません」
「なるほど。それでも信憑性のある説を言えるだけさすがだわ。あたしとレイガルじゃ、影も形も出てこなかったのだから!」
「まったくだな!」
エスティがおどけたのでレイガルも前を見据えたまま相槌を打つ。
「いえ、そんなことはありません・・・。いや、あれはなんでしょう!」
落ち着いて謙遜するメルシアだったが、それは彼女に似合わない慌てた声に掻き消される。
「・・・あ、あれは本気でまずいわ!二人とも急いで城まで走って!!」
悲鳴に近いエスティの言葉が響き渡る中、レイガルは既に走りだしていた。彼も上空に二枚の翼を羽ばたかせる生物の姿を瞳に捉えたからだ。
比較物のない空なので正確な大きさは知れないが、馬車よりも小さいことはないだろう。防具を新調した彼だが、大空を舞う巨体に試そうとは微塵にも思わなかった。
「く!」
当初は仲間達を気遣っていたレイガルだが、走り続けている内に俊敏性を武器とするエスティはおろか、メルシアにも抜かれて最後尾となっていた。いくら魔力によって重さが軽減されているとはいえ、元の重さがなくなったわけではない。重武装の彼が徐々に遅れるのは当然のことだ。更に彼の霞む目の中に城館の門が映るが、それは堅く閉じられていて彼らを拒絶しているように見えた。
「はあ・・・はあ・・・」
「あたしが・・・先行して・・・門を・・・開ける!二人とも・・・がんばって!」
心臓の鼓動が血管を通して鼓膜を叩く音と、一息吐くたびに肺を焦がすような自分の呼吸の合間にレイガルはエスティの声を聞く。この一言がなければ、彼は苦しみからその場に倒れていたかもしれない。レイガルはそれほどまでに追い詰められていた。
幸いなことに閂は掛けられていなかったため、エスティは持たれ掛かるようにして門の片側を内側に向って開ける。罠が仕掛けられている可能性もあったが、今はそれどころではない。
そこにふらつきながらもメルシアが吸い込まれるようにして入って行く。レイガルも後に続こうとするが、急ごうとする意識とは異なり脚は緩慢にしか動かない。彼の耳には真後ろで翼の羽ばたく風切音が聞えるようになっていた。
「ぐわ!」
唐突にレイガルは後ろから強烈な力を受けて前方に吹き飛ばされる。その勢いで彼は床に叩きつけられながらも門を潜ることが出来た。本能的に起き上がろうとする彼の視界に、門を閉めるエスティの姿とその奥に先端に鉤爪のような針が生えた爬虫類の尻尾が一瞬だけ見えた。
「・・・なんとか・・・・間に合ったわね。・・・あれはおそらくワイバーンよ」
しばらくの間、喘ぐ呼吸に耐えながら閉じた門を見つめていた三人だったが、リーダーのエスティが最初に口を開く。額に浮かぶ玉のような汗を拭いながらレイガルも、自分達に起きた現象を理解しようと記憶を反芻した。
レイガル達を空から追いまわした怪物は尻尾の形状からして、エスティの見立てどおりワイバーンだと思われた。
ワイバーンはドラゴンの亜種とされる種族でドラゴンに比較すると知能は低いが、人間の一人や二人は楽に連れ去ることの出来る巨体と自由に空を飛び回る翼、そして尾に強力な毒針を持つ恐るべき捕食者だ。身を隠す場所のない草原で戦うにはあまりにも不利な相手であり、正体を知る前に逃げ出したのは本能的な直感にせよ正解と言えた。
「申し訳ありませんレイガル。ああするしかなかったのです」
「・・・いや、むしろあれがなければ俺はどうなっていたかわからん。助かったよ!」
また、メルシアの謝罪によって、最後にレイガルを吹き飛ばしたのは彼女の〝火球〟であることも理解した。直前までに迫ったワイバーンへの牽制であり、その爆風で彼を門の中に導いたのだ。
一歩間違えば〝火球〟の効果を直接浴びることになったはずだが、あれがなければレイガルはワイバーンの攻撃を受けていただろう。感謝こそすれ非難はありえなかった。
「それにしても、レイガルは先見の目があるわね。鎧を新調していなかったら間に合わなかったでしょう。その時は、あいつとあの開けた場所で一戦交えることになっていた・・・」
「本当だな、防具をケチらないで良かった・・・」
エスティの言葉にレイガルは背筋を冷やしながら頷く。新しい防具のありがたみをこのような形で認識するとは思わなかったが、従来の装備では間違いなく途中でワイバーンに追い付かれていただろう。
「とりあえず、この門から離れた場所で着替えましょう。探索はそれからね」
エスティの指摘によってレイガルは自分達が全身汗まみれであることに改めて気づく。感じた背筋の寒さは恐怖のせいだけではなかったのだ。このままは風邪を引いてしまうだろう。
レイガル達は交代で着替えを済ませると、城内の探索を開始した。
その姿はまるで獲物を狙う猫、それもしなやかで悠然とした雌猫のようだ。やがて、その人影は後ろに合図を送ると、完璧な忍び足で一歩一歩確認するように階段を降りて行った。
雌猫の如き人物、エスティの指示を受けたメルシアとレイガルはその後を追うように彼女が合図を送った位置まで移動する。
彼らが進んでいるのは第五層に繋がると思われる、新しく発見した階段だ。当然のことだが、こうした未踏路は、あらゆることに事前情報なしで対処しなくてはならない。エスティが慎重になるのは当然だった。
「やっと、ここに辿り着けたわね・・・」
無事に階段を下り終え、平行方向に向かう出口を潜り抜けると、エスティは後から合流したレイガル達に感慨の気持ちを込めて呟いた。遺跡探索のベテラン冒険者である彼女としても、第五層に足を踏み入れるのは初めてのことだ。
何しろ、現時点で存在が確認されている遺跡の最下階層は次の第六層である。一歩手前の第五層でさえ、辿りつける冒険者は一握りしか存在しない。
その第五層をエスティの肩越しにレイガルは見つめる。彼の視界には地下遺跡の中と思えないほどの開けた草原が広がり、城館と思われる建築物が幾つか距離を置いて建てられているのが確認出来る。
第五層は一層や二層と同じく野外を思わせる開放型の階層のようだ。足元には城館へ至るために、緑の草原を切り裂くような茶色の土道が続いていた。
「・・・あの一番近くの城までは密集して進みましょう。レイガル、ここからあなたが先に立って」
「ああ、了解だ」
リーダーの指示でレイガルは先頭を彼女と交代する。このような人工的な手が殆ど加えられていない場所では、罠を隠すのは難しい。エスティとしてはやっと一息つける場所に出たという気分だろう。もっとも、逆にこのような開けた場所では隠密行動は不可能に近い。襲撃に備えて隊列を変える必要があった。
「どうやってこの空を維持しているのかしら?」
肌に当たる空気は冷たいが、晴れやかな青空の下を歩むエスティは真ん中のメルシアに問い掛ける。この話題は以前にもレイガルと彼女の間で語られたことがあったが、メルシアは古代の魔法文明を受け継ぐ根源魔法の使い手だ。魔術士としてより詳しいことを知っているかもしれなかった。
「空間を制御する魔法の一種だと思われますが、この規模で半永久的に作用させている原理はわかりません。おそらくは、この遺跡のどこかにこれだけの魔法を発動させている魔導装置があるのでしょう。もし、それを解き明かせれば・・・かつての魔法文明を復活させることが出来るかもしれませんね」
「・・・それじゃ、その魔法装置とやらが、この地下遺跡最大の宝ってことになるのかしら?」
「その可能性はあるとは思います。ですが、魔法装置に関してはあくまでも私の推測です。なんとも言えません」
「なるほど。それでも信憑性のある説を言えるだけさすがだわ。あたしとレイガルじゃ、影も形も出てこなかったのだから!」
「まったくだな!」
エスティがおどけたのでレイガルも前を見据えたまま相槌を打つ。
「いえ、そんなことはありません・・・。いや、あれはなんでしょう!」
落ち着いて謙遜するメルシアだったが、それは彼女に似合わない慌てた声に掻き消される。
「・・・あ、あれは本気でまずいわ!二人とも急いで城まで走って!!」
悲鳴に近いエスティの言葉が響き渡る中、レイガルは既に走りだしていた。彼も上空に二枚の翼を羽ばたかせる生物の姿を瞳に捉えたからだ。
比較物のない空なので正確な大きさは知れないが、馬車よりも小さいことはないだろう。防具を新調した彼だが、大空を舞う巨体に試そうとは微塵にも思わなかった。
「く!」
当初は仲間達を気遣っていたレイガルだが、走り続けている内に俊敏性を武器とするエスティはおろか、メルシアにも抜かれて最後尾となっていた。いくら魔力によって重さが軽減されているとはいえ、元の重さがなくなったわけではない。重武装の彼が徐々に遅れるのは当然のことだ。更に彼の霞む目の中に城館の門が映るが、それは堅く閉じられていて彼らを拒絶しているように見えた。
「はあ・・・はあ・・・」
「あたしが・・・先行して・・・門を・・・開ける!二人とも・・・がんばって!」
心臓の鼓動が血管を通して鼓膜を叩く音と、一息吐くたびに肺を焦がすような自分の呼吸の合間にレイガルはエスティの声を聞く。この一言がなければ、彼は苦しみからその場に倒れていたかもしれない。レイガルはそれほどまでに追い詰められていた。
幸いなことに閂は掛けられていなかったため、エスティは持たれ掛かるようにして門の片側を内側に向って開ける。罠が仕掛けられている可能性もあったが、今はそれどころではない。
そこにふらつきながらもメルシアが吸い込まれるようにして入って行く。レイガルも後に続こうとするが、急ごうとする意識とは異なり脚は緩慢にしか動かない。彼の耳には真後ろで翼の羽ばたく風切音が聞えるようになっていた。
「ぐわ!」
唐突にレイガルは後ろから強烈な力を受けて前方に吹き飛ばされる。その勢いで彼は床に叩きつけられながらも門を潜ることが出来た。本能的に起き上がろうとする彼の視界に、門を閉めるエスティの姿とその奥に先端に鉤爪のような針が生えた爬虫類の尻尾が一瞬だけ見えた。
「・・・なんとか・・・・間に合ったわね。・・・あれはおそらくワイバーンよ」
しばらくの間、喘ぐ呼吸に耐えながら閉じた門を見つめていた三人だったが、リーダーのエスティが最初に口を開く。額に浮かぶ玉のような汗を拭いながらレイガルも、自分達に起きた現象を理解しようと記憶を反芻した。
レイガル達を空から追いまわした怪物は尻尾の形状からして、エスティの見立てどおりワイバーンだと思われた。
ワイバーンはドラゴンの亜種とされる種族でドラゴンに比較すると知能は低いが、人間の一人や二人は楽に連れ去ることの出来る巨体と自由に空を飛び回る翼、そして尾に強力な毒針を持つ恐るべき捕食者だ。身を隠す場所のない草原で戦うにはあまりにも不利な相手であり、正体を知る前に逃げ出したのは本能的な直感にせよ正解と言えた。
「申し訳ありませんレイガル。ああするしかなかったのです」
「・・・いや、むしろあれがなければ俺はどうなっていたかわからん。助かったよ!」
また、メルシアの謝罪によって、最後にレイガルを吹き飛ばしたのは彼女の〝火球〟であることも理解した。直前までに迫ったワイバーンへの牽制であり、その爆風で彼を門の中に導いたのだ。
一歩間違えば〝火球〟の効果を直接浴びることになったはずだが、あれがなければレイガルはワイバーンの攻撃を受けていただろう。感謝こそすれ非難はありえなかった。
「それにしても、レイガルは先見の目があるわね。鎧を新調していなかったら間に合わなかったでしょう。その時は、あいつとあの開けた場所で一戦交えることになっていた・・・」
「本当だな、防具をケチらないで良かった・・・」
エスティの言葉にレイガルは背筋を冷やしながら頷く。新しい防具のありがたみをこのような形で認識するとは思わなかったが、従来の装備では間違いなく途中でワイバーンに追い付かれていただろう。
「とりあえず、この門から離れた場所で着替えましょう。探索はそれからね」
エスティの指摘によってレイガルは自分達が全身汗まみれであることに改めて気づく。感じた背筋の寒さは恐怖のせいだけではなかったのだ。このままは風邪を引いてしまうだろう。
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