遺跡の街 その地下には宝と名誉そして陰謀が眠っている

月暈シボ

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第十六話

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「水袋は持って来た?とりあえず一杯にして」
 裏庭でレイガルを待っていたのは、エスティを含む四人の人影だった。メルシアの隣にはフード付きマントで顔を隠した小柄な二人連れが寄り添いながら並んで立っている。
 一瞬だけ警戒を示す彼だが、まずは言われたとおりに井戸水を使い水袋に中身を満たす。どこに向かうのかは不明だが、水の心配をすることから街を離れるのだと判断した。
「この二人はコリンとその従者のマイラよ。しばらく、あたし達が彼らを遺跡の中に匿うことになったの」
「な・・・んだって?!」
 驚いたことで、思わず上げそうになった声を抑えながらレイガルは改めて二人の人影を見つめる。その一人が軽くフードを上げて会釈を示した。月灯りの僅かな光の中に、どこかで見覚えのある若い女性の顔が浮かび上がる。確か、コリンの会見した時に金貨の入った皮袋を携えていた女中と思われた。
「マイラです。ご子息様からのご挨拶はお許し下さい。この方は今、緊張状態にあるのです」
 マイラと名乗った女中の言葉どおり、もう一人コリンと思われるより小柄な人影は僅かに震えており、彼女が支えなければ倒れてしまいそうだった。
「レイガルだ。・・・なんでそんなことに?」
「急遽、彼の保護を依頼されたの。今は少しでも時間が惜しいから、詳しい話は後で! しばらく遺跡の中に身を隠すつもりだから、水を確保したから出発するわ! 付いてきて!」
 マイラに自己紹介を返しつつレイガルは疑問を発するが、エスティの返答ともう一人の仲間、眠りに就く前にも思い出したメルシアが黙って頷く仕草をしたことで、この場での追及は保留とする。
 彼女は自分からは意見を主張することは少ないが、納得出来ないことにははっきりと意見を口にする。メルシアが賛成を示しているということは筋の通る理由があるに違い。
 そして二人の仲間の意見が一致している以上、それはパーティーの判断だ。彼は重くなった水袋を収納すると、指示に従い黙って移動を開始した。
「こっちはギルドの反対側じゃないか?」
 街の南側、歓楽街が広がる区画に足を進めるエスティにレイガルは問いかける。先程の話では遺跡に潜伏すると告げていた。コリンを連れて遺跡に潜るのも突飛な判断だが、それ以上に辻褄の合わない行動に思えたのだ。
「そう思うは無理もないわね。けど、もうしばらく私を信じて付いて来て!」
 こう言われてはレイガルもそれ以上は何も言わず、殿役を務めることに集中する。歓楽街はその性質上、夜中こそが真の活動時間と言える場所だ。後ろの守りは彼が引き受ける必要があった。
 やがて、エスティは汚い路地裏に入ると何かの店と思われる建物の裏口にレイガル達を導き、独特のノックを響かせた。

「ここから先も全部あたしに任せて!」
 エスティが一度、後ろに向けてそう呟いたところで扉が開く。
「・・・あんたか、エスティ。ここで働く気になったのかい? あんたほどの上玉ならいつでも歓迎するぜ!」
「そういう冗談は嫌いだって言ったはずよね。あれを使わせて欲しいの。五人分」
「じ、冗談さ、エスティ。使用量は一人金貨二枚、つまり十枚だ」
 中から出て来たのは厳つい顔をした大柄な男だったが、エスティの抗議を受けると調子を改めた。
「はっ?!高過ぎるでしょ!前は一人一枚だったじゃない!」
「相場は上がるもんさ。あまり安くしちまうと、馬鹿がつまらねえ事で使っちまうからな。こっちも大変なんだよ。口封じ代も含まれてるのさ!」
「わかったわ、今夜は金貨六枚で許してあげる」
「それは、こっちが言う台詞だろ? まあ、まけて九枚だ」
「八枚」
「・・・わかった、それでいいよ。入んな!」
 エスティから受け取った金貨の確認を終えた男は、彼女とその連れであるレイガル達を中へ誘う。男の先導で甘い香水の匂いが漂い、どこからか悲鳴にも似た女の喘ぎ声が聞える古びた廊下を進みながら、レイガルは困惑していた。
 彼らが入った建物が娼館であるのは間違いない。それもどちらかと言えば高級な部類だろう。そんなところにコリンを含む自分達を連れて来たエスティの意図が見抜けなかった。
「リーネ! 良いって言うまで、この廊下を使うなって言ったろ!」
「そんなの聞いてないし。それに、客とやってる最中に漏らすわけにはいかないんでね、厠くらい行かせておくれよ!」
「・・・仕方ねえな、通れ!」
 レイガルを困惑から引き戻すかのように、男の怒鳴り声とともに廊下の前方から娼婦と思われる女がゆっくりと向かって来る。彼女は僅かな薄布を羽織っただけの格好で、ただ歩くだけで大きく揺れる豊満な胸を持っていた。
 そして、マントのフードで顔を隠した集団、つまりエスティ達を見つけると不思議そうな顔を浮かべてすれ違って行く。だが、明らかに男と思われるレイガルを見つけると、その足を止め素早く彼の腕に自分の腕を絡ませた。
「あら、お兄さん。一度に四人も相手にするのかい? きっと凄いモノを持っているんだろうね。ねえ、私をそのお仲間に入れてみないかい?四人を相手に出来るなら五人もいけるさ!」
「・・・悪いが、また今度にしてくれ!」
 娼婦に腕を組まれたレイガルは彼女の体臭と香水が混じった匂いに鼻腔を擽られながらも、身を捩りながら振り解く。どうやら、とんでもない誤解を受けたようだった。
「つれないねぇ。でも、リーネの名前は覚えておくれ。小さい胸に飽きたらいつでも歓迎だよ。お兄さん!」
 引き際は弁えているのだろう女は笑顔を残して去って行き、レイガルは遅れた分を取り戻すため早足で追い掛ける。
 やがて男はレイガル達を地下室に案内し、更に床に偽装された一部の石畳を剥がして隠された階段を曝け出した。
「こっから先は、そっちに任せるぜ!」
「ええ、もちろん!」
「もう察しが就いたと思うだろうけど、この下は遺跡に繋がっていて、ここから中に侵入するの。それじゃ、まずは私が降りるから、次はメルシア、そこの二人、やはりレイガルは最後を頼むわね!」
 レイガル以外には予め伝えられていたのだろう。メルシア達は特に驚きもせず、エスティに続いて下に降り始める。
 まさか、娼館の地下に遺跡への入口が存在するとは思わなかったが、ゴルジアは遺跡の上に発展した街である。新たな入口が見つかっていたとしてもありえないことではなかった。レイガルは幾つかの疑問が解消されたことに納得しつつも、エスティの情報網の広さに驚愕した。
「・・・世話になったな」
 しかし、今は驚いている場合ではないとレイガルは隠し階段を降りようとするが、ここまで案内した男の視線を感じると、礼儀として一声掛ける。
「ああ、・・・しかし、あのエスティが男を作るとは思わなかったよ。・・・確かに良い女だが、浮気なんてしたら命がけになるんじゃないか? さっきうちの女に絡まれたろ? 凄い顔で兄さんのことを睨んでたぜ!」
「・・・多少の差はあれ、男はいつも命懸けさ! だろ?」
「違いねぇ!」
 レイガルはそう嘯くと、苦笑を浮かべる男に見送られながらエスティと仲間の待つ遺跡に向かった。
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