遺跡の街 その地下には宝と名誉そして陰謀が眠っている

月暈シボ

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第二十二話

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 パーティーの殿を歩むレイガルはそっと欠伸を噛み殺した。先程の仮眠によって疲労の幾らかは軽減されたが身体は正直だ。更なる休息を訴えている。もちろん、その要求に応える事は出来ない。何しろ後ろには追っ手が迫っているのである。時間を無駄にすることは許されなかった。彼は息を深く吸い込み意識を集中させる努力をした。
 眠気と格闘するレイガルだったが、それは一気に解消されることになる。これまで順調に先導していたエスティが新しい十字路の手前で〝停止〟のハンドサインを示したからだ。何かしらの脅威を感じたに違いなかった。
 続いて彼女は二番手を務めるメルシアに灯りを隠すよう促す。その頃にはレイガルの意識は緊張によって完全に覚醒しており、剣をいつでも抜けるようにしたまま暗闇を睨みつけていた。
 やがて、永い沈黙を経て前方から何かが立てる足音が聞こえてくる。完全にも近い暗闇の中で詳しい様子を知ることは出来ないが、何者かが十字路の右側から左側に横切ろうとしているようだった。その足音は鋲で裏打ちされた靴底のような硬い音を立ててはいるが、レイガルの耳にも不自然な歩幅であることが理解出来た。
 暗闇の中、迫り来る足音の重圧にレイガルは恐怖心と抗いながら、じっと耐える。そしてコリンの存在を思い出すと彼の身を案じた。
 これまで様々な怪物と戦った自分でさえ、これほどの恐怖を感じているのである。まだ年端のないコリンには堪え難い試練と思われた。だが、その間にも足音は独特のリズムを立てながら徐々に左側に遠ざかって行く。エスティが待機を解除したのは、足音が聞こえなくなってから、かなり経ってのことだった。

「もう、大丈夫。灯りを付けて」
 その言葉と同時に複数の溜息が漏れる。もちろんレイガルもその一人だ。
「・・・では、気をつけて下さい」
 メルシアが警告とともに〝灯り〟を再発動させる。それは抑制された光ではあったが暗闇に慣れた目には刺激が強かった。ちなみに魔法の光は術者によって自由に光量が調整可能だ。
「ところで前を横切って奴は何者だったんだ?」
 安全が確認されたことでレイガルはエスティに問い掛ける。暗視能力を持つ彼女ならば、その姿を捉えているはずだった。
「・・・今の通り過ぎたのはキマイラよ。・・・獅子の上半身に山羊の下半身と頭、更にドラゴンの頭と翼を背中に生やした怪物で、ドラゴンの頭からは炎を掃き出し、山羊の頭は魔法を唱えると言われているわ。あれと戦っていたら大変なことになっていたでしょうね・・・」
「キマイラ?!じゃ、あの変な足音は山羊の蹄だったのか・・・」
「そう、獅子の前足には肉球があるからね。足音を出すことはない。あべこべな身体と存在だけど、それがいち早く探知出来た要因でもあるわ」
「なるほど・・・」
「とりあえず、ヤバイ奴をやり過ごせた。皆、良く暗闇に耐えたわね。特にコリン、あなたは偉いわ!」
 報告を終えたエスティは仲間を、特にコリンを褒める。もし、彼が恐怖から錯乱していればとんでもないことになっていたはずだ。
「いえ、大丈夫です。皆さんと一緒ですし・・・でも、僕もキマイラを一目見たかった・・・」
「・・・冷静でいてくれて何よりだわ。これからもこの調子でお願いね!」
「はい!」
 コリンの返答にエスティはやや演技染みた笑顔で答える。絶対の信頼を置いてくれるのは有難いが、彼は自分の置かれた状況を本質的に理解出来ていないように見えたからだ。
 おそらくはこれまで遺跡探索を冒険譚として聞き及んでおり、実際に遺跡に潜ったことで物語の主人公と自分を重ねているのだろう。
 主人公は窮地に陥っても怪物の牙や爪に斃されることはないし、落とし穴に落ちて墜死することもないが、現実では遺跡探索で命を落とす冒険者は成功する者よりも遙かに多い。その事実をコリンは実感出来ていないのだ。
 もっとも、それを今の彼に指摘する必要もない。知れば今回のように正体不明の怪物が直ぐ近くを通る恐怖に耐えられないだろう。エスティのぎこちない笑顔にはそういった大人の狡さを隠すためのものだった。
「ここは右側に進みましょう。少なくてもキマイラと遭遇するとこないし。ついでにこれを落としてと・・・」
 移動を再開したエスティは十字路までやってくると、キマイラがやって来た右側の通路にパーティーを誘導し、更にわざとらしく手拭いの切れ端を落とした。
「追っ手があっちに進んでキマイラと潰しあってくれれば、好都合だからね」
「それなら左側に落とした方が良いのではないか?」
「普通はそう思うのでしょうけど。これまで痕跡を残さず逃げているのに、いきなりこんなのが落ちていたら怪しいでしょ?これは嫌がらせなのよ。敢えて進んだ方向に落として追っ手の盗賊を混乱させるのが目的。裏を読んで反対側に行ってくれたら儲け物程度のこと。少なくてもここでしばらくは悩むでしょうね」
「そういうことか・・・」
 疑問に思ったレイガルの指摘にエスティは先程のコリンに見せたぎこちない笑顔ではなく、活き活きとしているが悪そうな笑顔を浮かべながら答える。レイガルは少しだけ追っ手に同情すると、再び移動を開始したパーティーの最後尾を務めた

「ごめん・・・こっちを選んだのは失敗だったわ。・・・引き返しましょう」
 後ろを振り返りながらエスティは肺から絞り出すように告げた。悔やむ気持ちが溢れているが、それは無理もない。キマイラをやり過ごした後にも幾つかの分岐を越えていたが、先導役の彼女が選んだ通路は袋小路となっていたからだ。
 更に、もしかしたら隠し扉や通路があるのではとマイラと交代で念入りに調べても、それらを発見することは遂に叶わなかった。
「・・・そうしよう」
 エスティの苦渋の選択にレイガルが代表して答える。追っ手が迫っている状況で引き返すのは辛い行為だったが、それで彼女を責めるのは酷だろう。さすがのエスティも遥先の行き止まりまでは感知出来ないはずがないのだ。パーティーの仲間達は隊列を素直に入れ替えると、足早に元来た通路を引き返して行った。
 やがて、ちょっとした広間となった十字の分岐点まで戻ると、エスティは石床に片耳を押し付けて伝わる音を拾う。彼女の表情が強張ったことでレイガルは覚悟を決める。どうやらこれまで稼いだ時間をこの袋小路で全て使い尽くしてしまったようだ。
「残念だけど、とうとう追いつかれたみたい・・・。迎え撃つ体制を整えましょう!」
 エスティの言葉にコリンを除く全員が頷いた。

 先頭に立つレイガルの目に、魔法の光で浮かび上がった人影の群が映る。おそらくはあちら側にも同じような光景に見えたのだろう。
 彼らは通路の先に待ち構えるレイガル達の存在気付くと歩調を緩めた。それでも彼我の距離は少しずつ埋まり、やがてお互いの顔が確認出来るまでに至った。
「・・・こんな奥深くまで逃げるとはな」
「アシュマード。あんたこそ、クズだとは思っていたけど殺し屋までやるとはね!」
 先頭の男が呆れたような声を出し、それにエスティが辛辣な言葉で答えた。二人のやり取りを聞きながらレイガルはどこか醒めた様子で追っ手の戦力と状況を値踏みする。
 戦いは避けられないことはわかっており、昂揚感と緊張そして恐怖がせめぎ合っている状態だ。その中で彼は自分がやるべきことを見極めようとしていた。
 敵の総数は十人。アシュマードと彼の仲間と思われる冒険者が五人に、完全武装の衛兵が四人。そしてその衛兵に守られる場違いな人物が一人存在していた。黒貂と思われる滑らかな毛皮のマントで身を包んだ若い女性である。
 やや上を向いた鼻は高慢さを感じされるが、整えられた眉に上品に結った金色の髪、更にさりげなく身につけた耳飾りの宝石の質と大きさから身分の高さが伺えた。おそらく、この女性は〝山羊〟のギルドマスターでコリンの姉であるリシアに違いない。
 彼女の存在に驚きながらもレイガルは分析を続ける。戦力の数では倍近い差があったが、地の利はこちらにあった。レイガル達は十字路側を陣取って狭い通路側にいるリシア達を抑えている形である。戦いになればお互いに正面からぶつかるしかなく、包囲される危険はない。
 最も警戒すべきは敵の根源魔術士による〝火球〟の魔法だ。レイガルは閉鎖空間における〝火球〟の恐ろしさをメルシアから充分に教えられていた。最悪の場合、自分が標的となって魔法を受ける必要があるだろう。
「相変わらず、人を罵ることには長けているな。・・・一応、警告するが攫ったコリン様を素直に解放すれば命だけは助けてやるぞ!」
「解放?!・・・子供を殺しに来ながら、あたし達を誘拐犯呼ばわりとは本当に呆れた奴ね!」
「アシュマード! 敵と戯れるのはおやめなさい。それにあなた達! コリンを攫って何をしようとしているの? 遺跡深部を発見したのは私の手の内にある冒険者、そこのアシュマード達なのよ! こんなことをしても意味はないわ! 見たところ弟は無事のようだし、大人しく投降するなら、寛大な処置を与えてもやってもいいわよ!」
 レイガルが敵側の魔術士らしき敵の動きに注意を払っている間にもエスティとアシュマードはやり取りを続けるが、若い貴婦人リシアがやや苛ついた様子で声を挟んだ。
「・・・どういうこと? あんた達はコリンを殺しに来たんじゃないの?」
「はあ?! なんで私が弟をころ・・・そんな恐ろしい行為をしなきゃいけないの?! 私はお父様に攫われたコリンを直接連れ戻すよう命を受けただけよ。家督を譲る最後の条件としてね。そうでなければ遺跡の中にまで来たりしないわ。元々、コリンは家を継ぐことを望んでいなかった。・・・難癖を付けて自分達を正当化しようとしないで、早く弟を返しなさい!」
「な・・・なんですって!・・・」
 怒りの声を上げようとしたエスティだが、お互いの齟齬に気付いたのだろう。彼女は途中で言葉を飲み込むと、後ろに控えているマイラを振り返った。
「マイラ、これはどういう・・・」
「申し訳ありませんが、こういうことです」
 エスティと同じように、後ろを振り向いたレイガルの目にコリンの背後から口元を塞ぎ喉に短剣を押し付けるマイラが映った。
 これまでの献身的な態度からは信じられない光景だったが、彼女はレイガルと視線を合わせることなく、コリンを連れてリシアを守る衛兵達の背後に移動する。レイガル達はただ、それを見守るしかなかった。
「・・・コリンが狙われているというのは狂言だったのね!」
「あ、あなた達!何をするの!血迷ったの、アシュマード!!」
 エスティの怒りの声に被せるようにリシアの悲鳴が上がる。何事かとレイガルが再び彼女に向き直ると、アシュマードに拘束されるリシアの姿が映った。同時に起った二つの展開にレイガルが戸惑っていると、ただ一人悠然と立っていた衛兵の一人が無骨な兜を脱ぎなから宣言するように告げた。
「マイラは裏切ってなどいない。彼女もアシュマードも私の配下にあるからだ」
「お、お父様! そんな・・・まさか今まで・・・」
 後ろ手に縛られたリシアがそれまでの怒りを忘れたように驚きの悲鳴を上げた。その声によってレイガルは改めて男を見つめる。
 中年を過ぎたその男の顔には年齢に相応しい皺が刻まれてはいたが、精力的な目元には自信と威厳が感じられる。これまで直接の面識はないが、リシアの発言から彼がゴルジアの領主ネゴルス・エクザート本人だと思われた。
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