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第二十五話
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レイガルにとってメルシアの正体と告白内容は大きな驚きではあったのだが、今までの関係を変えるには至らなかった。彼女の活躍によって助けられていた冒険の記憶は否定しようのない事実で、レイガルの中で培われた仲間という圧倒的な認識を覆すことはなかったのだ。
そして、これまで半ば勢いで領主と対決しようとしていた彼らだったが、お互いが立場と目的を確認したことで憂いは完全に消え、より結束を強くして足早に石造りの通路を進んで行く。
途中でいくつかの分岐点に出くわすが、その度にエスティは先行するネゴルス達の足音を的確に捉え、遂には階下に向かって延びる階段に行き着いた。
「進みましょう!」
数秒の間、底なしの闇のように深い階段を見つめていたエスティだったが、力強い声で告げると第七階層に続く階段に足を踏み入れる。パーティーはいよいよ遺跡の深部に到達しようとしていていた。
レイガルはメルシアに続いて変わりようのない螺旋階段をひたすら降り続ける。これまでも階層間を繋ぐ階段は冥界にでも通じているのかと思わせるほど深かったが、第七階層への階段は特に深く感じられた。あまりに永く階段を下ったため魔法による罠を疑い始める頃、先頭のエスティが感嘆の声を漏らした。
「終わりが見えたわ!」
その言葉にレイガルは安堵の溜息を吐くが、息が白いことで何時にも増して周囲の気温が低いことに気付いた。彼は纏っているマントを整えて改めて寒さに備える。
「・・・街の深部には〝神秘の渦〟以外にも様々な施設が存在します。私達、魔法生物達を生み出して命令を与える施設と、街の秩序を乱した罪人を捕らえておく牢獄です。この場の気温が低いのは牢獄が破損して、冷凍保存用の冷気が漏れているためです。ちなみにネゴルスが半永久的に課せられた封印刑から逃げ出したことで、街の防衛体制が高水準に維持され、攻撃的な魔法生物が街に放たれました」
エスティに続いて階段を降り切ったメルシアは、寒さを気にするレイガル達に第七階層に関する説明を行なう。
「それでネゴルスは深部まで辿り着ける手段、怪物達を倒せる冒険者を欲していたというわけね」
「ええ、そういうことなのでしょう。私が任務を与えられて人の姿になった時にはかなりの歳月が過ぎていたので、推測もありますが」
「・・・自分の野望のために子供を儲けて、生贄にするために遺跡の深部を再び目指す。こんなことを二十年ほど前から計画していたなんて、とんでもない執念ね・・・コリンを別にしてもネゴルスを自由にさせたら、この世界の災厄となるのは間違いないわ!」
「はい、そのとおりです!」
二人の会話を聞きいていたレイガルも恐怖を覚える。エスティの指摘どおり、それだけの労力と執念を掛けた願いが大金や一国の王といった彼が思いつく程度の願望とは思えない。間違いなく世界規模の災厄になるに違いなかった。
「漠然とした思いで領主は倒さねばならないと感じていたが・・・改めて聞かされると、俺達はとんでもないで野望を阻止しようとしているのだな」
「・・・ええ、そういうことね・・・急ぎましょう!」
エスティの合図の下、冷気に満ちた回廊をパーティーは駆け足で進む。コリンとリシアの命だけでなく、世界の命運さえも自分達の手に掛かっていると思うと、レイガルは装備の重みも苦にはならなかった。
これまでは追われる立場であったが、やはり追う方の負担は少ない。特に今回の状況においては先行するネゴルス達からの待ち伏せの可能性はないと思われたので、エスティは警戒を最低限にして、ひたすら速度を追求させていた。そのため彼らはキマイラ戦で生じた時間を取り戻し、やがてネゴルス達に追いついた。
「懲りないやつだな、お前達は!・・・ネゴルス様はこの国、いや大陸をも支配するだろう。なぜ、偉大な皇帝の誕生を阻もうとする。彼の配下として栄達の道が開かれているのだぞ!」
レイガル達の存在に気付いたアシュマードが、コリンとリシアを引きずりながら奥に消えるネゴルスとマイラの壁となるべく、二人の衛兵を連れて彼らを迎え討つために立ちはだかった。
「自分の子供を犠牲にするような者よ。そんな人間を皇帝にさせられないし、協力なんてする気はない! あんた達こそ、そこをどきなさい!」
「馬鹿なことを! 通りたければ力づくでやってみろ!」
「もちろん、そうする。メルシア!」
エスティの言葉が終わると同時に、アシュマードを中心にメルシアの〝火球〟が放たれる。白兵戦を挑もうとする敵に馬鹿正直に相対する義務はない。集約された魔力が一気に火炎と衝撃の奔流となって溢れ出た。
優れた戦士の力はパーティーの援護や補助があって初めて最大限に機能する。特に根源魔術士の攻撃魔法に対して物理的な防御力は意味がない。おそらく、アシュマードはこれまで仲間の援護を当然のことのように感じていたのだろう。
爆風と熱波が消えさって床に蹲るアシュマード達をレイガルは覚めた目で見つめる。とは言え、彼を愚かだと一言で片付ける気にはならなかった。もしかすれば自分もそのような傲慢な冒険者になっていたかもしれないのだ。
「もう、やめておけ!」
それでも立ち上がろうとするアシュマードにレイガルは告げる。止めを刺す絶好の機会ではあるが、既に戦闘に耐えられる身体ではなかったし、ネゴルスを倒せば彼との敵対の意味はなくなる。二人の衛兵も虫の息で床に倒れており、これ以上は無駄な争いだった。
「そう、あんたは寝ていなさい!」
そう言い放つとエスティはアシュマードの後頭部を兜越しにブーツの踵で強烈な蹴りを放つ。それで最後の気力が潰えたのだろう彼は床に俯せに倒れた。
「・・・余裕があったら助けに来て上げる」
最後にそれだけを言い残すと、エスティはネゴルスが消えた先を追い掛ける。レイガル達も勝利の余韻を浸ることなく、倒れる三人の身体を越えて後に続く。真に倒す敵はネゴルスなのだ。
そして、これまで半ば勢いで領主と対決しようとしていた彼らだったが、お互いが立場と目的を確認したことで憂いは完全に消え、より結束を強くして足早に石造りの通路を進んで行く。
途中でいくつかの分岐点に出くわすが、その度にエスティは先行するネゴルス達の足音を的確に捉え、遂には階下に向かって延びる階段に行き着いた。
「進みましょう!」
数秒の間、底なしの闇のように深い階段を見つめていたエスティだったが、力強い声で告げると第七階層に続く階段に足を踏み入れる。パーティーはいよいよ遺跡の深部に到達しようとしていていた。
レイガルはメルシアに続いて変わりようのない螺旋階段をひたすら降り続ける。これまでも階層間を繋ぐ階段は冥界にでも通じているのかと思わせるほど深かったが、第七階層への階段は特に深く感じられた。あまりに永く階段を下ったため魔法による罠を疑い始める頃、先頭のエスティが感嘆の声を漏らした。
「終わりが見えたわ!」
その言葉にレイガルは安堵の溜息を吐くが、息が白いことで何時にも増して周囲の気温が低いことに気付いた。彼は纏っているマントを整えて改めて寒さに備える。
「・・・街の深部には〝神秘の渦〟以外にも様々な施設が存在します。私達、魔法生物達を生み出して命令を与える施設と、街の秩序を乱した罪人を捕らえておく牢獄です。この場の気温が低いのは牢獄が破損して、冷凍保存用の冷気が漏れているためです。ちなみにネゴルスが半永久的に課せられた封印刑から逃げ出したことで、街の防衛体制が高水準に維持され、攻撃的な魔法生物が街に放たれました」
エスティに続いて階段を降り切ったメルシアは、寒さを気にするレイガル達に第七階層に関する説明を行なう。
「それでネゴルスは深部まで辿り着ける手段、怪物達を倒せる冒険者を欲していたというわけね」
「ええ、そういうことなのでしょう。私が任務を与えられて人の姿になった時にはかなりの歳月が過ぎていたので、推測もありますが」
「・・・自分の野望のために子供を儲けて、生贄にするために遺跡の深部を再び目指す。こんなことを二十年ほど前から計画していたなんて、とんでもない執念ね・・・コリンを別にしてもネゴルスを自由にさせたら、この世界の災厄となるのは間違いないわ!」
「はい、そのとおりです!」
二人の会話を聞きいていたレイガルも恐怖を覚える。エスティの指摘どおり、それだけの労力と執念を掛けた願いが大金や一国の王といった彼が思いつく程度の願望とは思えない。間違いなく世界規模の災厄になるに違いなかった。
「漠然とした思いで領主は倒さねばならないと感じていたが・・・改めて聞かされると、俺達はとんでもないで野望を阻止しようとしているのだな」
「・・・ええ、そういうことね・・・急ぎましょう!」
エスティの合図の下、冷気に満ちた回廊をパーティーは駆け足で進む。コリンとリシアの命だけでなく、世界の命運さえも自分達の手に掛かっていると思うと、レイガルは装備の重みも苦にはならなかった。
これまでは追われる立場であったが、やはり追う方の負担は少ない。特に今回の状況においては先行するネゴルス達からの待ち伏せの可能性はないと思われたので、エスティは警戒を最低限にして、ひたすら速度を追求させていた。そのため彼らはキマイラ戦で生じた時間を取り戻し、やがてネゴルス達に追いついた。
「懲りないやつだな、お前達は!・・・ネゴルス様はこの国、いや大陸をも支配するだろう。なぜ、偉大な皇帝の誕生を阻もうとする。彼の配下として栄達の道が開かれているのだぞ!」
レイガル達の存在に気付いたアシュマードが、コリンとリシアを引きずりながら奥に消えるネゴルスとマイラの壁となるべく、二人の衛兵を連れて彼らを迎え討つために立ちはだかった。
「自分の子供を犠牲にするような者よ。そんな人間を皇帝にさせられないし、協力なんてする気はない! あんた達こそ、そこをどきなさい!」
「馬鹿なことを! 通りたければ力づくでやってみろ!」
「もちろん、そうする。メルシア!」
エスティの言葉が終わると同時に、アシュマードを中心にメルシアの〝火球〟が放たれる。白兵戦を挑もうとする敵に馬鹿正直に相対する義務はない。集約された魔力が一気に火炎と衝撃の奔流となって溢れ出た。
優れた戦士の力はパーティーの援護や補助があって初めて最大限に機能する。特に根源魔術士の攻撃魔法に対して物理的な防御力は意味がない。おそらく、アシュマードはこれまで仲間の援護を当然のことのように感じていたのだろう。
爆風と熱波が消えさって床に蹲るアシュマード達をレイガルは覚めた目で見つめる。とは言え、彼を愚かだと一言で片付ける気にはならなかった。もしかすれば自分もそのような傲慢な冒険者になっていたかもしれないのだ。
「もう、やめておけ!」
それでも立ち上がろうとするアシュマードにレイガルは告げる。止めを刺す絶好の機会ではあるが、既に戦闘に耐えられる身体ではなかったし、ネゴルスを倒せば彼との敵対の意味はなくなる。二人の衛兵も虫の息で床に倒れており、これ以上は無駄な争いだった。
「そう、あんたは寝ていなさい!」
そう言い放つとエスティはアシュマードの後頭部を兜越しにブーツの踵で強烈な蹴りを放つ。それで最後の気力が潰えたのだろう彼は床に俯せに倒れた。
「・・・余裕があったら助けに来て上げる」
最後にそれだけを言い残すと、エスティはネゴルスが消えた先を追い掛ける。レイガル達も勝利の余韻を浸ることなく、倒れる三人の身体を越えて後に続く。真に倒す敵はネゴルスなのだ。
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