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第一章 戦士グリフと銀髪の少年
第六話
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気が付いた時グリフは、セレメ、レスゲンの三人で暗い森の中を走っていた。
レスゲンは重りとなる盾と兜を捨てていて、セレメは密書が入ったガルドの荷物と使い魔の猫を背負っている。
そうだと、グリフは思い出す。パラミアは最後の癒しの力を瀕死の自身でなく、グリフへと注いだのだった。その後、ガルドはセレメに密書を託すとその場に残って足止め役となり、グリフ達を森の中に逃がしたのだ。
もっとも、金属鎧を着たグリフ達では長い距離をいつまでも走ってはいられない。グリフは更なる決断が必要だと思った。
「レスゲン!俺達が囮となってセレメを逃そう!」
「・・・そうするしかないな!」
悲壮な提案だったが、レスゲンは荒い息を整えながら承諾した。
「待って二人とも!」
「もうこれしかない!密書が届けば俺達の勝ちなんだ。パラミアとガルドもそのために犠牲になった。全滅したら二人の意志が無駄になる。セレメ頼む!」
異議を唱えようとしてセレメだが、グリフの説得を受けて涙を見せながら頷くように頭を下げる。過酷な選択だが、彼女も冒険者であり、最悪の事態は常に覚悟しているのだ。
「ああ、それに死ぬとは決まっていない。イアデルで落ち合おう!」
「・・・ええ、約束よ!」
その言葉を最後にセレメは北に向かって一人で走り出した。
森の中は月明かりもろくに届かない暗さだが、魔道士は使い魔と感覚を共有出来る。猫を連れた彼女ならば、上手く逃げられるはずだとグリフは信じた。
また、最後の言葉は気休めに過ぎなかったが、彼は満足した気分になる。自身の夢である最古の街バーニスを訪れることは出来なくなったが、自分が生まれた国と恋人を守るために戦って死ぬのならば、男として悪くない最後だと思えたからだ。
「俺がいることを忘れるなよ!」
セレメの姿が見えなくなるとレスゲン呆れたように呟いた。
「もちろんだ、俺達は二人して常に先頭で戦ってきた仲だろう!」
「おう!それでこそ、相棒だ!」
グリフの返事にレスゲンは笑顔を上げる。それに合わせて彼も口角を崩した。
パラミア、ガルドの死とセレメとの別れ、様々な感情に押しつぶされそうとしていたが、グリフが長い間一緒に戦ってきたレスゲンのことを頼もしいと思った。
「俺は五人を倒して、二人に手傷を負わせた。お前はレスゲン?」
「こっちも四人は確実に倒している!」
「なら、どっちが多く倒せるか最後の勝負だ!」
二人に迫る敵を前にしてグリフは提案をする。既に覚悟を終えているので焦燥感は全くない。
「おし、いいだろう!」
同じような心境なのだろうレスゲンは良く通る声で頷くと、二人は剣を構えて背後から迫る敵を迎え撃った。
敵の腹に剣を突き刺したグリフは、燃えるように熱い自分の肺から息を吐き出した。身体は重く、既に疲労と傷による痛みとの区別が出来なくなっている。それでも彼は、たった今倒した敵が七人目であることを覚えていた。
「このくそったれ共!こっちだ!」
レスゲンが大声で敵を挑発して、森の奥へ誘い込もうとしていた。
セレメのためにギリギリまで敵の足止めを目論んでいたグリフとしては、良い策とは思えなかったが、お互いが孤立してしまっては更に不利になるのは間違いない。そのため彼は急いで相棒の後を追った。
当初はレスゲンを追う敵を更に追い立てていたグリフだったが、しばらくすると敵の姿は見えなくなっていた。
「レスゲン!止まれ!それ以上は危険だ!」
荒い呼吸に喘ぎながらグリフは前を走るレスゲンに警告を発する。正直に言えば森のどこから先が魔女の領域なのか知る由もなかったが、レスゲンを止めるためにそう嘯いたのだった。
呼吸を整えながら、グリフは立ち止まったレスゲンに歩み寄る。警告に従ったというよりも、前方に段差のある崖が現れて立往生したといった具合だ。
「・・・苦しいが直ぐに戻ろう!セレメが追われる!」
追いついたグリフは崖下を見つめながらレスゲンに語り掛けた。
これまで自身の激しい呼吸と胸を打つ早鐘のような鼓動音のため気付かなかったが、崖の下には幅が人の丈三倍程の川が流れていて水流の音を辺りに湛えていた。グリフは喉の渇きを思い出したが、残念なことに水面は遥に下で流れも急だった。
「・・・どうした?傷が痛むのか?」
水のことを意識から外すと、グリフは先ほどから俯いたまま黙っているレスゲンに、改めて向き合おうとした。
「・・・う?!」
その瞬間、レスゲンに抱き着かれたグリフは同時に脇腹に鋭い痛みを感じる。その場所は鎖帷子の継ぎ目がある位置だ。反射的にレスゲンを引き離し、長剣を振るおうとするがその攻撃は簡単に避けられた。
「なんで?!」
脇腹から流れる熱い液体を左手で抑えながら、グリフはレスゲンに問い掛けた。
「お前が居なければ!・・・お前が死んでくれれば、俺の運が開けるんだ!栄光も!出世も!セレメも全部俺のモノになる!」
引き攣った笑みを浮かべながら宣言したレスゲンを、グリフは痛みに耐えながらも睨み付ける。先程まで仲間だと思っていたレスゲンの顔は、ゴブリンよりも醜く感じられた。
「どうして・・・なんだ・・・」
レスゲンが自分に対して、このような敵意の感情を抱いていたのは衝撃だったが、グリフは疑問を投げ掛けた。これは、この期に及んでも今の状況を受け入れたくないという願望と、彼の主張が飛躍しすぎて理解出来なかったためだ。
「ふっ。確約がないまま、こんなことをすると思うのか?どうして俺達がこんな辺鄙な場所で密書を狙われたと思う?例え、ローアンやアーブリユで認められなくとも、ドレニア王国が俺の実力を受け入れてくれるからだ!」
「・・・お前!裏切って敵に情報を漏らしたのか!」
疑問の解答を得たグリフは全て謎を解き明かすと、吐き捨てるように糾弾した。
レスゲンは以前よりドレニア王国と通じていたに違いない。彼は今回の襲撃を手引きすると同時に、グリフを始末するための機会としたのだ。
「俺は・・・俺を認めてくれた方に付いただけさ!」
「だからと言って、セレメがお前なんかに・・・!」
流れ出した血液と痛みによって意識を朦朧とさせながらもグリフは言い放った。限界が近づいていたが、彼はこの言葉を最後の反撃としたのだ。
「もういいだろう。死ね!」
レスゲンは血糊の付いた短剣をグリフに投げつけると、武器を片手剣に持ち替えて斬り掛かった。短剣を避けようとしたグリフは、そのまま崩れるように倒れ込む。
もはや、立ち上がることも剣を構えることも出来なくなった彼は、悪足掻きとして崖の下に転げるように逃げ込んだ。レスゲンに直接止めを刺されることだけは避けたのだ。
一瞬の浮遊感の後に、激しい衝撃と冷たさがグリフの身体を覆う。鎖帷子の重さによって一気に川底に叩きつけられた後に、激しい水流に翻弄されると彼の意識は暗黒の中に飲み込まれていった。
レスゲンは重りとなる盾と兜を捨てていて、セレメは密書が入ったガルドの荷物と使い魔の猫を背負っている。
そうだと、グリフは思い出す。パラミアは最後の癒しの力を瀕死の自身でなく、グリフへと注いだのだった。その後、ガルドはセレメに密書を託すとその場に残って足止め役となり、グリフ達を森の中に逃がしたのだ。
もっとも、金属鎧を着たグリフ達では長い距離をいつまでも走ってはいられない。グリフは更なる決断が必要だと思った。
「レスゲン!俺達が囮となってセレメを逃そう!」
「・・・そうするしかないな!」
悲壮な提案だったが、レスゲンは荒い息を整えながら承諾した。
「待って二人とも!」
「もうこれしかない!密書が届けば俺達の勝ちなんだ。パラミアとガルドもそのために犠牲になった。全滅したら二人の意志が無駄になる。セレメ頼む!」
異議を唱えようとしてセレメだが、グリフの説得を受けて涙を見せながら頷くように頭を下げる。過酷な選択だが、彼女も冒険者であり、最悪の事態は常に覚悟しているのだ。
「ああ、それに死ぬとは決まっていない。イアデルで落ち合おう!」
「・・・ええ、約束よ!」
その言葉を最後にセレメは北に向かって一人で走り出した。
森の中は月明かりもろくに届かない暗さだが、魔道士は使い魔と感覚を共有出来る。猫を連れた彼女ならば、上手く逃げられるはずだとグリフは信じた。
また、最後の言葉は気休めに過ぎなかったが、彼は満足した気分になる。自身の夢である最古の街バーニスを訪れることは出来なくなったが、自分が生まれた国と恋人を守るために戦って死ぬのならば、男として悪くない最後だと思えたからだ。
「俺がいることを忘れるなよ!」
セレメの姿が見えなくなるとレスゲン呆れたように呟いた。
「もちろんだ、俺達は二人して常に先頭で戦ってきた仲だろう!」
「おう!それでこそ、相棒だ!」
グリフの返事にレスゲンは笑顔を上げる。それに合わせて彼も口角を崩した。
パラミア、ガルドの死とセレメとの別れ、様々な感情に押しつぶされそうとしていたが、グリフが長い間一緒に戦ってきたレスゲンのことを頼もしいと思った。
「俺は五人を倒して、二人に手傷を負わせた。お前はレスゲン?」
「こっちも四人は確実に倒している!」
「なら、どっちが多く倒せるか最後の勝負だ!」
二人に迫る敵を前にしてグリフは提案をする。既に覚悟を終えているので焦燥感は全くない。
「おし、いいだろう!」
同じような心境なのだろうレスゲンは良く通る声で頷くと、二人は剣を構えて背後から迫る敵を迎え撃った。
敵の腹に剣を突き刺したグリフは、燃えるように熱い自分の肺から息を吐き出した。身体は重く、既に疲労と傷による痛みとの区別が出来なくなっている。それでも彼は、たった今倒した敵が七人目であることを覚えていた。
「このくそったれ共!こっちだ!」
レスゲンが大声で敵を挑発して、森の奥へ誘い込もうとしていた。
セレメのためにギリギリまで敵の足止めを目論んでいたグリフとしては、良い策とは思えなかったが、お互いが孤立してしまっては更に不利になるのは間違いない。そのため彼は急いで相棒の後を追った。
当初はレスゲンを追う敵を更に追い立てていたグリフだったが、しばらくすると敵の姿は見えなくなっていた。
「レスゲン!止まれ!それ以上は危険だ!」
荒い呼吸に喘ぎながらグリフは前を走るレスゲンに警告を発する。正直に言えば森のどこから先が魔女の領域なのか知る由もなかったが、レスゲンを止めるためにそう嘯いたのだった。
呼吸を整えながら、グリフは立ち止まったレスゲンに歩み寄る。警告に従ったというよりも、前方に段差のある崖が現れて立往生したといった具合だ。
「・・・苦しいが直ぐに戻ろう!セレメが追われる!」
追いついたグリフは崖下を見つめながらレスゲンに語り掛けた。
これまで自身の激しい呼吸と胸を打つ早鐘のような鼓動音のため気付かなかったが、崖の下には幅が人の丈三倍程の川が流れていて水流の音を辺りに湛えていた。グリフは喉の渇きを思い出したが、残念なことに水面は遥に下で流れも急だった。
「・・・どうした?傷が痛むのか?」
水のことを意識から外すと、グリフは先ほどから俯いたまま黙っているレスゲンに、改めて向き合おうとした。
「・・・う?!」
その瞬間、レスゲンに抱き着かれたグリフは同時に脇腹に鋭い痛みを感じる。その場所は鎖帷子の継ぎ目がある位置だ。反射的にレスゲンを引き離し、長剣を振るおうとするがその攻撃は簡単に避けられた。
「なんで?!」
脇腹から流れる熱い液体を左手で抑えながら、グリフはレスゲンに問い掛けた。
「お前が居なければ!・・・お前が死んでくれれば、俺の運が開けるんだ!栄光も!出世も!セレメも全部俺のモノになる!」
引き攣った笑みを浮かべながら宣言したレスゲンを、グリフは痛みに耐えながらも睨み付ける。先程まで仲間だと思っていたレスゲンの顔は、ゴブリンよりも醜く感じられた。
「どうして・・・なんだ・・・」
レスゲンが自分に対して、このような敵意の感情を抱いていたのは衝撃だったが、グリフは疑問を投げ掛けた。これは、この期に及んでも今の状況を受け入れたくないという願望と、彼の主張が飛躍しすぎて理解出来なかったためだ。
「ふっ。確約がないまま、こんなことをすると思うのか?どうして俺達がこんな辺鄙な場所で密書を狙われたと思う?例え、ローアンやアーブリユで認められなくとも、ドレニア王国が俺の実力を受け入れてくれるからだ!」
「・・・お前!裏切って敵に情報を漏らしたのか!」
疑問の解答を得たグリフは全て謎を解き明かすと、吐き捨てるように糾弾した。
レスゲンは以前よりドレニア王国と通じていたに違いない。彼は今回の襲撃を手引きすると同時に、グリフを始末するための機会としたのだ。
「俺は・・・俺を認めてくれた方に付いただけさ!」
「だからと言って、セレメがお前なんかに・・・!」
流れ出した血液と痛みによって意識を朦朧とさせながらもグリフは言い放った。限界が近づいていたが、彼はこの言葉を最後の反撃としたのだ。
「もういいだろう。死ね!」
レスゲンは血糊の付いた短剣をグリフに投げつけると、武器を片手剣に持ち替えて斬り掛かった。短剣を避けようとしたグリフは、そのまま崩れるように倒れ込む。
もはや、立ち上がることも剣を構えることも出来なくなった彼は、悪足掻きとして崖の下に転げるように逃げ込んだ。レスゲンに直接止めを刺されることだけは避けたのだ。
一瞬の浮遊感の後に、激しい衝撃と冷たさがグリフの身体を覆う。鎖帷子の重さによって一気に川底に叩きつけられた後に、激しい水流に翻弄されると彼の意識は暗黒の中に飲み込まれていった。
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