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その40
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ジェダが領主を務めるコンサーラ領はシュテム王国の最北部に位置している。彼に、正確にはコンサーラ一族の当主に比較的高位の爵位である伯爵の称号が与えられているのも、隣国の抑えとなる要の土地であるためだ。
隣国が攻めてきた場合には、この地で王国の盾となり敵を食い止める、あるいは可能な限り時間を稼ぐことを期待されている。よって、一度戦が起れば真っ先に過酷な戦場となることを運命づけられた土地でもあった。
そのような難しい土地なので、代々の当主は針の穴を縫うような難しい領地運営を強いられていた。国境の警備を固めつつも、隣国との関係を良好に保つために独自の外交を繰り広げなくてはならなかったのだ。
隣国側の実力者に贈り物を送り合う等してパイプを作りつつ、戦争の兆しを少しでも察知すると懐柔策、あるいは対抗手段をシュテム王国の国王に進言して隣国を牽制させて来たのである。
この、敢えて敵に近付くやり方は情報の価値を知る者からすれば、疑う余地のないほど効果的な戦法なのだが、下手をすると味方側に『裏切って敵と通じているのでは?』と誤解される危険性も孕んでいた。歴代の領主達はその際どい匙加減を辛うじて見極めていたのだろう。幾つかの疑惑の目を向けられながらも、戦争の芽を未然に防ぎつつ領主の地位を確保していた。
だが、今から八年前、つまりミリア達の父親の代において、付き合いの贈答品で片付けるには済まない高額の金銭が隣国国王からコンサーラ伯爵に贈られた事実が発覚する。この噂は瞬く間にシュテム王国内に広がり、ミリアの父は窮地に追いやられる。これほどの金銭を授けられたのは王国を裏切る前金だとされたのである。
この疑いに先代伯爵は国王に、金が入った箱を受け取ったのは事実だが、中身がこれほど大量の金貨であるとは知りもしなかった。隣国が自分を失脚させるために仕組んだ策略であると弁明する。
不自然な程早い噂の広がり方からして信憑性の高い言い訳ではあったが、金子(きんす)を受け取ってしまったのは事実である。例え隣国の策略であったとしても、領主として何かしらの決着を付ける必要があった。
領地と貴族の地位を失う瀬戸際に先代が選んだのは、金銭は妻が自分に内密に隣国に便宜を図った賄賂だったとしたのである。これなら妻の独断専行として罪を全て被らせることが出来る。領地と妻の命を天秤に掛けた選択だった。
これにより、ミリアとジェダの母は伯爵夫人としての地位を失うだけでなく、国を売った罪人として首を刎ねられることとなる。遺体も売国奴として処分され、その行方は知れない。当時のミリア達は八歳でこの世界の過酷さを見せられたのだった。
泣きながら王国の兵士に連れされる母を見送った光景をミリアは今でも忘れない。思えば、彼女は貴族の夫人としては地味で、豪奢なドレスや宝石よりも季節ごとに咲く花を愛でる女性だった。
唯一の贅沢と言えば裏庭の一角に設けた小さな庭園だけだろう。幼い頃のミリアは春先になると弟を交えながら花冠の作り方を母に教わったものである。これは、彼女にとってもっとも幸せで懐かしい思い出であり、掛け替えのない宝物だった。
そんな心優しく慎ましい女性が金銭のために国を裏切るはずもなく、母を売って貴族の面目を保った父とそれを強いさせた王国に対して、ジェダが強い憎しみを持つのはミリアにも理解出来た。何しろ自分の同じくらいそれらを憎んでいたのである。
だが、彼女は弟とは違い憎しみの炎に飲み込まれ、焼き尽くされることなかった。父を完全に許すことはなかったが、その判断を理解することは出来た。
あの時、母を生贄にしなければ父が売国奴として処刑されていただろう。同じ大罪人でも貴族の当主本人とその妻では重みが違う。そうなれば跡取りであるジェダはもちろん、ミリアも無事ではすまなかったはずである。父は自分達のことも踏まえて苦渋の選択を取ったのである。
そして十年後、母と妻を代償にして生きながらえた親子に運命の時が訪れる。家督を継ぐに相応しい年齢となったジェダが行動を移したのである。この世界では十二歳で一人前として認められるが、責任ある地位に相応しいとされるのは、やはりもう少し歳を取った十八歳以上からである。彼はそれまで虎視眈々と時を待っていたのだった。
隣国が攻めてきた場合には、この地で王国の盾となり敵を食い止める、あるいは可能な限り時間を稼ぐことを期待されている。よって、一度戦が起れば真っ先に過酷な戦場となることを運命づけられた土地でもあった。
そのような難しい土地なので、代々の当主は針の穴を縫うような難しい領地運営を強いられていた。国境の警備を固めつつも、隣国との関係を良好に保つために独自の外交を繰り広げなくてはならなかったのだ。
隣国側の実力者に贈り物を送り合う等してパイプを作りつつ、戦争の兆しを少しでも察知すると懐柔策、あるいは対抗手段をシュテム王国の国王に進言して隣国を牽制させて来たのである。
この、敢えて敵に近付くやり方は情報の価値を知る者からすれば、疑う余地のないほど効果的な戦法なのだが、下手をすると味方側に『裏切って敵と通じているのでは?』と誤解される危険性も孕んでいた。歴代の領主達はその際どい匙加減を辛うじて見極めていたのだろう。幾つかの疑惑の目を向けられながらも、戦争の芽を未然に防ぎつつ領主の地位を確保していた。
だが、今から八年前、つまりミリア達の父親の代において、付き合いの贈答品で片付けるには済まない高額の金銭が隣国国王からコンサーラ伯爵に贈られた事実が発覚する。この噂は瞬く間にシュテム王国内に広がり、ミリアの父は窮地に追いやられる。これほどの金銭を授けられたのは王国を裏切る前金だとされたのである。
この疑いに先代伯爵は国王に、金が入った箱を受け取ったのは事実だが、中身がこれほど大量の金貨であるとは知りもしなかった。隣国が自分を失脚させるために仕組んだ策略であると弁明する。
不自然な程早い噂の広がり方からして信憑性の高い言い訳ではあったが、金子(きんす)を受け取ってしまったのは事実である。例え隣国の策略であったとしても、領主として何かしらの決着を付ける必要があった。
領地と貴族の地位を失う瀬戸際に先代が選んだのは、金銭は妻が自分に内密に隣国に便宜を図った賄賂だったとしたのである。これなら妻の独断専行として罪を全て被らせることが出来る。領地と妻の命を天秤に掛けた選択だった。
これにより、ミリアとジェダの母は伯爵夫人としての地位を失うだけでなく、国を売った罪人として首を刎ねられることとなる。遺体も売国奴として処分され、その行方は知れない。当時のミリア達は八歳でこの世界の過酷さを見せられたのだった。
泣きながら王国の兵士に連れされる母を見送った光景をミリアは今でも忘れない。思えば、彼女は貴族の夫人としては地味で、豪奢なドレスや宝石よりも季節ごとに咲く花を愛でる女性だった。
唯一の贅沢と言えば裏庭の一角に設けた小さな庭園だけだろう。幼い頃のミリアは春先になると弟を交えながら花冠の作り方を母に教わったものである。これは、彼女にとってもっとも幸せで懐かしい思い出であり、掛け替えのない宝物だった。
そんな心優しく慎ましい女性が金銭のために国を裏切るはずもなく、母を売って貴族の面目を保った父とそれを強いさせた王国に対して、ジェダが強い憎しみを持つのはミリアにも理解出来た。何しろ自分の同じくらいそれらを憎んでいたのである。
だが、彼女は弟とは違い憎しみの炎に飲み込まれ、焼き尽くされることなかった。父を完全に許すことはなかったが、その判断を理解することは出来た。
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