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第十一話
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「君は斥候兵として茂みの中に隠れている。辺りは薄暗く視界は完璧ではない。息を殺して地面に伏せる君の前を二十本の足が過ぎて行く、敵の分隊だ。やり過ごした君は敵の数を確認しようと頭数を数える。敵は八人で騎兵と歩兵で構成されていた。騎兵と歩兵の内訳を答えよ」
「えっと、ちょっと計算するので待って下さい・・・」
出題された問題にヒロキは取り掛かる。具体的な例を述べているが、これが方程式で求めることが出来る計算問題であることに気付くと、頭の中で計算を開始する。計算用の筆記用具がないので面倒だが、これも受験対策で似たような問題を解いたことがあるので戸惑うことはなかった。魔法が実在しその方面で文明が発達した世界だが、十代半ば程度の学生に求める学力は日本と似ているようだ。
騎兵には人が乗っているが、地面を伏せてとあるので騎兵の足はそのまま馬として四本で扱っていいだろう。歩兵をX、騎兵をYとして式を組み立てる。総数は八人なのでX+Y=8、次に判明している足の数からもう一つの式を作る。歩兵は人なので足は二本、騎兵は馬で四本となる。つまり2X+4Y=20だ。あとはこれを片方に代入してXを求めるだけだが、ヒロキの暗算能力は高くない。時間を掛けてXが6、Yが2であることを突き止めた。
「騎兵は二騎、歩兵は六人です」
「うむ、答えの導きまでに掛かった時間は遅いが値は正しい。ではどうやってそれを突き止めたのか説明しなさい」
答えの数値自体はそれほど大事ではないのだろう。回答したヒロキにアルビセスは更に問い掛ける。実際この問題は掛け算が出来れば力押しで突き止めることが可能だ。ヒロキも彼が数学と言えるレベルの解答を欲していると理解した。
「はい、まずは歩兵をX、騎兵をY・・・ああ、これは私が習ったやり方なので、呼び方は何でも良いのですが、適当な記号を数値未定の歩兵の数と騎兵の数に割り振ります。歩兵と騎兵は合わせて八。足の数は二十なのでこの数字を使ってもう一つの式を・・・」
「うむ、充分だ。ミーレ・ヒロキ。君がミーレとして常識的な数学知識を持ち合わせていることはわかった。ありがとう」
本来は数学が得意とは言えないヒロキだが、可能な限りわかりやすい語彙を使ってアルビセスに説明を施そうとしたのが認められたのか、彼は充分とばかりに頷いた。
「では最後の質問だ。再び仮定を前提にしているが、その状況になったつもりで素直に答えてほしい。・・・引き続き君は敵地に潜入した帝国軍の斥候だ。魔法の使用を制限された状況化で、君は仲間と共に敵に関する重大な機密情報を入手した。この情報を本部に届ければ、不利にある戦況を一気に変えられるだろうと思われる。だが、君の仲間は重傷を負っている。このまま仲間を連れていけば足手纏いになるのは確実で、情報を伝えるのが遅くなるだけでなく、君まで敵に捕まる可能性が高い。君ならこれからどう行動する?」
「・・・仲間を安全に隠しておける場所を探します。そこに仲間を隠して自分一人で味方のところまで急ぎます」
「うむ、仮にそのような場所があったとしよう。だが、仲間の傷は深く早く治療しないと命に係わると思われる。この場合も仲間をそこに置いて行くかね?・・・もっと具体的にしよう。君が掴んだのは友軍部隊への奇襲作戦に関する情報だった。仲間を見捨てれば友軍一千人を助けられるかもしれない」
「・・・苦しい選択ですが、おそらくは仲間一人の命より友軍一千人の命を選んで、仲間を置いて味方の下に急ぐと思います」
「では、仲間が君にとって非常に大切な人物であったらどうする。親友や恋人であった場合だ」
「それは・・・」
ヒロキは今では疎遠となっている中学生時代に仲の良かった友人の顔を思い出す。彼が瀕死で苦しんでいる様子を思うと胸が痛くなるが、一千人の命と引き換えとなると後者を選ぶ他ないように思える。恋人については今まで持ったことがないので実感は持てなかった。
「・・・やはり、一千人の友軍の命を選ぶような気がします」
「ほう、ではもっと具体的にしよう。傷付いた仲間が、今そこでこの審査会を傍聴しているミーレ・リゼートであったらどうする?」
アルビセスの質問にヒロキは思わず後ろを振り返ってイサリアの顔を見つめる。照明器具の光の配置で彼女の表情は読み取り難いが不機嫌なように見えた。
それが審査会中に後ろを振り向いた自分への呆れなのか、嫌らしい質問をしたアルビセスへの怒りかは知れなかった。いずれにしてもヒロキは直ぐに姿勢を戻して質問に答えようと思考を巡らせた。
自分とイサリアは現在良好な関係を築けている。改めて考えてみればこの世界に呼び出した張本人であるので面倒を見るのは当たり前のような気もするが、それを前提としてもイサリアはこの〝アデムス〟で最も頼れる存在だった。
だがそれは友人や恋人のような関係ではなく、厳密にはお互いの利害に沿った契約者の関係だ。これまでにはお互いを認め合う状況もあったが、元の世界、日本に戻るために行動を共にしているに過ぎないのだ。アルビセスの質問はこれまで成り行きに身を任せていた自分にイサリアとの関係を見つめ直すきっかけとなった。
だが、そのイサリアと友軍一千人の命を天秤に掛けろと問われたヒロキは、込み上げる苦笑を耐えねばならなかった。イサリアが瀕死で苦しむ姿をどうしても想定出来なかったからだ。その状況を仮定しての問い掛けであるのだが、彼女が瀕死の傷を負う場面が全く想像できない。
むしろ自分が瀕死となって彼女に置いて行かないで欲しいと懇願する姿が浮かんで来る。そして仲間を見捨てる自分を許せずに、無謀にも敵に戦いを挑むイサリアの姿までが見えた。
「・・・その質問には答えることが出来ません。仮定とはわかっていますが、イサリアが・・・瀕死になるところを思い浮かべることが出来ないので・・・」
断腸の思いで友軍を選ぶ演技をすることも考えたが、ヒロキは素直に答えることにする。審査の答えとしては不適切と思われるが、自分に嘘を吐きたくなかったのだ。
「なるほど・・・ありがとう、ミーレ・ヒロキ。この質問で君の倫理や哲学に対する向き合い方、そして帝国への忠誠心を察することが出来た。嫌らしいことを聞いたかもしれないが許してほしい」
「・・・いえ、大丈夫です」
これにはヒロキも無難に答える。最後の質問は控えに見てもかなり嫌らしい質問だったが、それをこの場で指摘するのは憚れた。
今回の審議はアルビセスのイサリアに対する間接的な嫌がらせのようなものだ。余計なことを口にして、ヒロキ個人までもが彼の反感を買ってしまってはもっと面倒なことになるだろう。
「議長、質問は以上です。審議出願者として、やはりミーレ・ヒロキのミーレとしての資格を剥奪すべきだと申し上げます。基礎学力においては最低限の水準を満たしていると認めますが、彼には帝国への忠誠が希薄で、五大公家の一家であるリゼート家の傾倒が著しいと思われ、学院の理念である公平さに欠けると判断されるべきだと進言します」
やはり最後の質問を正直に答えたのは不味かったとヒロキは軽く後悔する。学力に対する問いには及第点を得た彼だったが、指摘どおり彼に帝国への忠誠心は希薄どころか全くない。それが最後の答えに現れていたのだ。アルビセスの目的がヒロキの排除である以上、そこを的確に突いて来ると配慮するべきだった。
「議長として審議出願者の最終判断を確認しました。ミーレ・ヒロキの後見人である学院長、反論があればどうぞ」
「仮定を前提した質問で帝国への忠誠を量るには、根拠不十分であると思われる。そもそも、地方有力者の子弟の受け入れは、帝国に組み込まれた歴史の浅い臣民に忠誠心を育む目的も含まれている。後見人としてミーレ・ヒロキは学院で学ぶ機会を与えられるべきだと進言しよう」
「後見人の反論を確認。では、これまで審議に議長としての判断を述べましょう・・・」
ヒロキの不安を余所に議長役を務めるシャルレーによって着々と審議は進められ、結果が出ようとする。彼は展開の早さに戸惑いつつも彼女の言葉を待った。
「・・・ミーレ・ヒロキはこのままミーレとして学院で学ぶ機会を得るべきだと判断します。学力的には水準を満たしていますし、後見人の指摘どおり帝国への忠誠心については学院で学び、暮らすことで育まれると思われます。ミーレはあくまでも士官候補生です。正式な軍人としての役割を求めるには早計でしょう。・・・導師アルビセスがこの判断に不服を申し立てるのであれば、再審として正式な審議会を開くことも可能ですが?」
「・・・いえ、議長の判断を受け入れます」
「了解しました。これにてミーレ・ヒロキに対する審議会を終了します」
アルビセスもこれ以上の追及は無意味と判断したのか、シャルレーが閉会を宣言すると何も言わず立ち去って行った。
「ミーレ・ヒロキ。晴れてミーレとして認められたわけだが、出席する講義は決めているのかな?」
「・・・いえ、まだです。導師シャルレー」
イサリアと合流しようとしたヒロキだが、いつの間にか高座の議長席から降り立ったシャルレーに話し掛けられる。先程の彼女の判断は有難かったが、妖しい気配を放つ妙齢の美女にヒロキは思わず身構えた。
「ぜひ、私の講義を加えたまえ。先程の状況であのような解答をする君には気骨がある。私は気骨のあるミーレが好きでね。帝国式の魔法体系には不慣れなようだが、気にしなくて良いぞ。どうだ?!」
「導師シャルレー。ミーレ・ヒロキの学院への案内には私が当たっています。短期の留学ということもあり、受講する講義については二人で相談するつもりであります」
「ミーレ・リゼート。君がそこまで他人に執心する姿が見られるとは思っていなかったが・・・そうか来週にはミゴールへの昇格試験があったか。うむ、私としては試験が終わってからでも構わない。ミーレ・リゼート、余裕が出来たらぜひ二人で私の講義に顔を出して欲しい」
「・・・わかりました。それでしたら都合を付けられると思います」
「うむ、それでは楽しみにしているよ」
イサリアに助けられる形でヒロキはシャルレーより解放された。
「助かったよ、イサリア・・・」
「うむ、導師シャルレーは私でも緊張する方だからな・・・」
部屋を去るシャルレーの滑らかな曲線を描く後ろ姿が見えなくなったところで、二人は溜息を吐く。審査会では、客観的な判断で味方となった彼女ではあるが、何を考えているかわからない分アルビセスよりも厄介な存在に感じられた。
「ミーレ・リゼート、私の言いたいことがわかるな?」
「はい、学院長。ですが、これは不幸な偶然です。ミーレ・ヒロキに学院施設を案内していたところを導師アルビセスに見つかってしまったのです」
「うむ。平民派のアルビセスが大貴族出身の君に何かしらの動きは見せたのは間違いないだろうが・・・、私にも準備というものがあるのだ。それに早くも導師シャルレーにミーレ・ヒロキの存在を知られてしまった。くれぐれもこれ以上は目立たぬようにな!」
「はい、学院長のご厚意には感謝いたします」
「では、ミーレ・ヒロキ。君も彼女が無茶をしないように注意して上げてくれ」
「はい、ありがとうございました」
二人は最後まで残っていた学院長から改めて警告を受ける。ヒロキは先程の感謝を伝えるが、警告については相手がイサリアであるため実践出来るかは自信がなかった。
いずれにしても、審査会を乗り越えたことで彼がミーレとして資格を疑われることはなくなった。自分から望んだ立場ではなかったが、これでイサリアと交わした約束を叶える御膳立てが整ったというわけだった。
「えっと、ちょっと計算するので待って下さい・・・」
出題された問題にヒロキは取り掛かる。具体的な例を述べているが、これが方程式で求めることが出来る計算問題であることに気付くと、頭の中で計算を開始する。計算用の筆記用具がないので面倒だが、これも受験対策で似たような問題を解いたことがあるので戸惑うことはなかった。魔法が実在しその方面で文明が発達した世界だが、十代半ば程度の学生に求める学力は日本と似ているようだ。
騎兵には人が乗っているが、地面を伏せてとあるので騎兵の足はそのまま馬として四本で扱っていいだろう。歩兵をX、騎兵をYとして式を組み立てる。総数は八人なのでX+Y=8、次に判明している足の数からもう一つの式を作る。歩兵は人なので足は二本、騎兵は馬で四本となる。つまり2X+4Y=20だ。あとはこれを片方に代入してXを求めるだけだが、ヒロキの暗算能力は高くない。時間を掛けてXが6、Yが2であることを突き止めた。
「騎兵は二騎、歩兵は六人です」
「うむ、答えの導きまでに掛かった時間は遅いが値は正しい。ではどうやってそれを突き止めたのか説明しなさい」
答えの数値自体はそれほど大事ではないのだろう。回答したヒロキにアルビセスは更に問い掛ける。実際この問題は掛け算が出来れば力押しで突き止めることが可能だ。ヒロキも彼が数学と言えるレベルの解答を欲していると理解した。
「はい、まずは歩兵をX、騎兵をY・・・ああ、これは私が習ったやり方なので、呼び方は何でも良いのですが、適当な記号を数値未定の歩兵の数と騎兵の数に割り振ります。歩兵と騎兵は合わせて八。足の数は二十なのでこの数字を使ってもう一つの式を・・・」
「うむ、充分だ。ミーレ・ヒロキ。君がミーレとして常識的な数学知識を持ち合わせていることはわかった。ありがとう」
本来は数学が得意とは言えないヒロキだが、可能な限りわかりやすい語彙を使ってアルビセスに説明を施そうとしたのが認められたのか、彼は充分とばかりに頷いた。
「では最後の質問だ。再び仮定を前提にしているが、その状況になったつもりで素直に答えてほしい。・・・引き続き君は敵地に潜入した帝国軍の斥候だ。魔法の使用を制限された状況化で、君は仲間と共に敵に関する重大な機密情報を入手した。この情報を本部に届ければ、不利にある戦況を一気に変えられるだろうと思われる。だが、君の仲間は重傷を負っている。このまま仲間を連れていけば足手纏いになるのは確実で、情報を伝えるのが遅くなるだけでなく、君まで敵に捕まる可能性が高い。君ならこれからどう行動する?」
「・・・仲間を安全に隠しておける場所を探します。そこに仲間を隠して自分一人で味方のところまで急ぎます」
「うむ、仮にそのような場所があったとしよう。だが、仲間の傷は深く早く治療しないと命に係わると思われる。この場合も仲間をそこに置いて行くかね?・・・もっと具体的にしよう。君が掴んだのは友軍部隊への奇襲作戦に関する情報だった。仲間を見捨てれば友軍一千人を助けられるかもしれない」
「・・・苦しい選択ですが、おそらくは仲間一人の命より友軍一千人の命を選んで、仲間を置いて味方の下に急ぐと思います」
「では、仲間が君にとって非常に大切な人物であったらどうする。親友や恋人であった場合だ」
「それは・・・」
ヒロキは今では疎遠となっている中学生時代に仲の良かった友人の顔を思い出す。彼が瀕死で苦しんでいる様子を思うと胸が痛くなるが、一千人の命と引き換えとなると後者を選ぶ他ないように思える。恋人については今まで持ったことがないので実感は持てなかった。
「・・・やはり、一千人の友軍の命を選ぶような気がします」
「ほう、ではもっと具体的にしよう。傷付いた仲間が、今そこでこの審査会を傍聴しているミーレ・リゼートであったらどうする?」
アルビセスの質問にヒロキは思わず後ろを振り返ってイサリアの顔を見つめる。照明器具の光の配置で彼女の表情は読み取り難いが不機嫌なように見えた。
それが審査会中に後ろを振り向いた自分への呆れなのか、嫌らしい質問をしたアルビセスへの怒りかは知れなかった。いずれにしてもヒロキは直ぐに姿勢を戻して質問に答えようと思考を巡らせた。
自分とイサリアは現在良好な関係を築けている。改めて考えてみればこの世界に呼び出した張本人であるので面倒を見るのは当たり前のような気もするが、それを前提としてもイサリアはこの〝アデムス〟で最も頼れる存在だった。
だがそれは友人や恋人のような関係ではなく、厳密にはお互いの利害に沿った契約者の関係だ。これまでにはお互いを認め合う状況もあったが、元の世界、日本に戻るために行動を共にしているに過ぎないのだ。アルビセスの質問はこれまで成り行きに身を任せていた自分にイサリアとの関係を見つめ直すきっかけとなった。
だが、そのイサリアと友軍一千人の命を天秤に掛けろと問われたヒロキは、込み上げる苦笑を耐えねばならなかった。イサリアが瀕死で苦しむ姿をどうしても想定出来なかったからだ。その状況を仮定しての問い掛けであるのだが、彼女が瀕死の傷を負う場面が全く想像できない。
むしろ自分が瀕死となって彼女に置いて行かないで欲しいと懇願する姿が浮かんで来る。そして仲間を見捨てる自分を許せずに、無謀にも敵に戦いを挑むイサリアの姿までが見えた。
「・・・その質問には答えることが出来ません。仮定とはわかっていますが、イサリアが・・・瀕死になるところを思い浮かべることが出来ないので・・・」
断腸の思いで友軍を選ぶ演技をすることも考えたが、ヒロキは素直に答えることにする。審査の答えとしては不適切と思われるが、自分に嘘を吐きたくなかったのだ。
「なるほど・・・ありがとう、ミーレ・ヒロキ。この質問で君の倫理や哲学に対する向き合い方、そして帝国への忠誠心を察することが出来た。嫌らしいことを聞いたかもしれないが許してほしい」
「・・・いえ、大丈夫です」
これにはヒロキも無難に答える。最後の質問は控えに見てもかなり嫌らしい質問だったが、それをこの場で指摘するのは憚れた。
今回の審議はアルビセスのイサリアに対する間接的な嫌がらせのようなものだ。余計なことを口にして、ヒロキ個人までもが彼の反感を買ってしまってはもっと面倒なことになるだろう。
「議長、質問は以上です。審議出願者として、やはりミーレ・ヒロキのミーレとしての資格を剥奪すべきだと申し上げます。基礎学力においては最低限の水準を満たしていると認めますが、彼には帝国への忠誠が希薄で、五大公家の一家であるリゼート家の傾倒が著しいと思われ、学院の理念である公平さに欠けると判断されるべきだと進言します」
やはり最後の質問を正直に答えたのは不味かったとヒロキは軽く後悔する。学力に対する問いには及第点を得た彼だったが、指摘どおり彼に帝国への忠誠心は希薄どころか全くない。それが最後の答えに現れていたのだ。アルビセスの目的がヒロキの排除である以上、そこを的確に突いて来ると配慮するべきだった。
「議長として審議出願者の最終判断を確認しました。ミーレ・ヒロキの後見人である学院長、反論があればどうぞ」
「仮定を前提した質問で帝国への忠誠を量るには、根拠不十分であると思われる。そもそも、地方有力者の子弟の受け入れは、帝国に組み込まれた歴史の浅い臣民に忠誠心を育む目的も含まれている。後見人としてミーレ・ヒロキは学院で学ぶ機会を与えられるべきだと進言しよう」
「後見人の反論を確認。では、これまで審議に議長としての判断を述べましょう・・・」
ヒロキの不安を余所に議長役を務めるシャルレーによって着々と審議は進められ、結果が出ようとする。彼は展開の早さに戸惑いつつも彼女の言葉を待った。
「・・・ミーレ・ヒロキはこのままミーレとして学院で学ぶ機会を得るべきだと判断します。学力的には水準を満たしていますし、後見人の指摘どおり帝国への忠誠心については学院で学び、暮らすことで育まれると思われます。ミーレはあくまでも士官候補生です。正式な軍人としての役割を求めるには早計でしょう。・・・導師アルビセスがこの判断に不服を申し立てるのであれば、再審として正式な審議会を開くことも可能ですが?」
「・・・いえ、議長の判断を受け入れます」
「了解しました。これにてミーレ・ヒロキに対する審議会を終了します」
アルビセスもこれ以上の追及は無意味と判断したのか、シャルレーが閉会を宣言すると何も言わず立ち去って行った。
「ミーレ・ヒロキ。晴れてミーレとして認められたわけだが、出席する講義は決めているのかな?」
「・・・いえ、まだです。導師シャルレー」
イサリアと合流しようとしたヒロキだが、いつの間にか高座の議長席から降り立ったシャルレーに話し掛けられる。先程の彼女の判断は有難かったが、妖しい気配を放つ妙齢の美女にヒロキは思わず身構えた。
「ぜひ、私の講義を加えたまえ。先程の状況であのような解答をする君には気骨がある。私は気骨のあるミーレが好きでね。帝国式の魔法体系には不慣れなようだが、気にしなくて良いぞ。どうだ?!」
「導師シャルレー。ミーレ・ヒロキの学院への案内には私が当たっています。短期の留学ということもあり、受講する講義については二人で相談するつもりであります」
「ミーレ・リゼート。君がそこまで他人に執心する姿が見られるとは思っていなかったが・・・そうか来週にはミゴールへの昇格試験があったか。うむ、私としては試験が終わってからでも構わない。ミーレ・リゼート、余裕が出来たらぜひ二人で私の講義に顔を出して欲しい」
「・・・わかりました。それでしたら都合を付けられると思います」
「うむ、それでは楽しみにしているよ」
イサリアに助けられる形でヒロキはシャルレーより解放された。
「助かったよ、イサリア・・・」
「うむ、導師シャルレーは私でも緊張する方だからな・・・」
部屋を去るシャルレーの滑らかな曲線を描く後ろ姿が見えなくなったところで、二人は溜息を吐く。審査会では、客観的な判断で味方となった彼女ではあるが、何を考えているかわからない分アルビセスよりも厄介な存在に感じられた。
「ミーレ・リゼート、私の言いたいことがわかるな?」
「はい、学院長。ですが、これは不幸な偶然です。ミーレ・ヒロキに学院施設を案内していたところを導師アルビセスに見つかってしまったのです」
「うむ。平民派のアルビセスが大貴族出身の君に何かしらの動きは見せたのは間違いないだろうが・・・、私にも準備というものがあるのだ。それに早くも導師シャルレーにミーレ・ヒロキの存在を知られてしまった。くれぐれもこれ以上は目立たぬようにな!」
「はい、学院長のご厚意には感謝いたします」
「では、ミーレ・ヒロキ。君も彼女が無茶をしないように注意して上げてくれ」
「はい、ありがとうございました」
二人は最後まで残っていた学院長から改めて警告を受ける。ヒロキは先程の感謝を伝えるが、警告については相手がイサリアであるため実践出来るかは自信がなかった。
いずれにしても、審査会を乗り越えたことで彼がミーレとして資格を疑われることはなくなった。自分から望んだ立場ではなかったが、これでイサリアと交わした約束を叶える御膳立てが整ったというわけだった。
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