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しおりを挟む物事はそうそう思い通りにはならない。
僕は、一生懸命王族の側にいるのは相応しくないと自己宣伝したつもりだった。しかし、その後も、基本的に領地で暮らしている僕は、パトリック殿下に会うために、たびたび王都に足を運ぶことを余儀なくされた。そして、十三歳のときには、僕はパトリック殿下の婚約者候補になっていたのだ。
「ああ、美しいエティ。髪の毛も瞳も蜂蜜色で、どこも甘いね」
パトリック殿下は僕を膝の上にのせて、髪に口付けをしている。彼の腕は僕の腰にしっかりと回巻きついている。そして、時々お菓子を口に入れられる。相変わらず、王宮のお菓子は美味しい。
テーブルの上には、ブランシャールの領地で品種改良した光の加減で黄金色に見える薔薇が飾られている。僕が生まれてから品種改良されたその黄金色の薔薇には、『エティエンヌ』という名前がついているのだ。
非常に恥ずかしい。
ところで、パトリック殿下は氷魔法がお得意で、『氷晶の王子殿下』と呼ばれている。これは、パトリック殿下が無表情で冷たい雰囲気であることもそう呼ばれる理由のひとつである。ところが、僕に微笑みかけているその甘い笑顔はその二つ名を無に帰している。日頃、どれだけ猫を被っておられるのか。
「パトリック殿下、色が似ているだけで蜂蜜の味はしませんから」
「パットって呼ばないとだめと言っただろう?」
「ひあっ パッ……パット様、あああ、耳を舐めないでくださいっ」
「ふふ。なんて可愛いのだろう。……早く結婚したいな」
侍従も侍女もいるのにいたたまれない。婚姻前の王族が、誰かと二人きりになることはないのだ。
僕といる時のパトリック殿下がどんな様子かが国王陛下や王妃様に報告されて、僕はどんどん逃げられなくなるのだろうと思う。それは仕方ないと思うと同時に、今となっては僕にとって喜びになっている。
やがて、側近候補の二人の来訪が告げられた。僕は膝から降ろされて、パトリック殿下は無表情になり、『氷晶の王子殿下』に戻られる。
側近候補は、メルセンヌ侯爵令息ロラン様とショソン伯爵令息マチアス様だ。ロラン様は焦げ茶色の髪に緑色の瞳、マチアス様は赤色の髪に灰色の瞳。どちらも文武に優れた美しい方たちだ。よほどのことがない限り、このまま側近になることだろう。
「殿下、お幸せそうで何よりです」
「お二人の仲が良いのは結構なことですね」
そう言って微笑む二人は、パトリック殿下の無表情を読み取れるらしい。それだから側近候補になったのか、側近候補になったからわかるようになったのかは知らない。とにかく二人はとても優秀で、僕とは違う。いかにも貴族らしい、優秀な人物なのだ。
そう、僕は……、婚約者候補は側近候補とは違う。この国では、第二王子の婚約者候補は男性になることが多い。しかし、第一王子に子どもができる前に何かあれば、第二王子は女性と婚姻を結んで子どもを作らねばならない。第二王子が男性を正妃にして女性を側妃にした例もあるが、それは、第一王子の正妃にも側妃にも子どもができなかったときのことだ。第一王子が立太子し、子どもが生まれれば、男性の婚約者候補はそのまま婚約者となり、いずれは伴侶になる。
しかし、政治的な不安定さはあるけれど、僕たちはいろいろな意味で相性が良かったようだ。
パトリック殿下とロラン様とマチアス様と僕。同じ年齢の僕たち四人は、一緒に文武の教育を受けて充実した楽しい時間を過ごした。
やがて僕たちは十五歳になり、王立学院に入学することになった。
貴族籍の者は王立学院に通学する義務がある。ただし、国が認めた者には家庭学習をし、更に必要な試験を受けることで通学が免除されることがある。
僕も領地で暮らす予定のときは、この制度を利用するつもりだったのだが。
「学院を卒業したらエティと正式に婚約できる。楽しみだな。卒業パーティーのラストダンスを一緒に踊ろう」
いつものように僕はパトリック殿下の膝の上で、甘い声で囁く彼の言葉を聞いた。僕たちと入れ違いに卒業されたカミーユ殿下は、間もなく立太子される。現在の婚約者候補のジャンヌ様と正式な婚約を結び、一年後には婚姻式を行う予定だ。ジャンヌ様との間に順調に子どもができれば、僕が婚約者候補から正式な婚約者になるだろう。学生のうちは正式に婚約できないのは、ヴァンロゼ王国の王族の慣わしである。
「パット、ファーストダンスではなくラストダンスを?」
「そうだ、そしてそのまま正式な婚約発表をする。素晴らしいと思わないか?」
返事をする間もなく、パトリック殿下の唇が僕の口を塞いだ。
テーブルの上にはいつものように、黄金色の薔薇が飾られている。
いつの間にか、パトリック殿下の側にいることが僕の幸せになった。そして、その幸せがいつまでも続くと思っていた。
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