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第十二幕:お揃いの虹
しおりを挟む不思議なふたつの虹・・・自然に撮影するには・・・。俺は、先ほど録画した七夏ちゃんと天美さんの動画を眺めながら考える。動画内では自然な七夏ちゃんが存在するが、瞳の色は自然とは言えない・・・俺の記憶に残っている七夏ちゃんの瞳の色と異なるからだ。自然な七夏ちゃんの笑顔と虹のセットは、今のところ俺の記憶の中でしか存在していない。七夏ちゃん本人ですら、分かっていない事なのに・・・。
---玄関から物音がした---
??「ただいま」
時崎「あ、凪咲さん! お帰りなさい!」
凪咲「柚樹君! お留守番ありがとうございます!」
時崎「いえ・・・」
凪咲「僭越ですが、せっかくのご旅行なのに、どこかお出掛けなさらないのかしら?」
時崎「ありがとうございます。ここが居心地良くて! それに、七夏ちゃんの笑顔を撮影する約束もありますので!」
凪咲「まあ! ありがとうございます!」
時崎「午後からは、ちょっと出掛けます」
凪咲「はい。では、昼食を用意しますので・・・ごゆっくりなさってくださいね」
時崎「ありがとうございます!」
凪咲「では、失礼いたします」
凪咲さんは、台所へと向かう。
別の方向から階段を降りてくるような音がする。
心桜「ふー。なんとか、間に合ったね!」
七夏「はい☆ よかったです☆」
時崎「七夏ちゃん! 天美さん!」
心桜「あ、お兄さん! さっきはどうもー!」
七夏「柚樹さん、さっきは、ありがとうございます!」
時崎「いや、大した事はしてないよ」
凪咲「あら、心桜さん! いらっしゃい!」
心桜「あ、凪咲さん! お邪魔してます! ・・・って、もうすぐ部活なんだけど」
凪咲「そうなの・・・お昼、良かったら、ご一緒に如何ですか?」
心桜「ありがとうございます! でも、お弁当ありますので!!」
凪咲「あら、残念・・・では、これを・・・」
心桜「わ! 風水大福! ありがとうございます!」
時崎「風水大福!?」
七夏「あ、えっと、お母さんが作ってます☆」
風水大福・・・見たところ「水大福」なのだけど、水色と緑色の二種類があるようだ。それぞれ、水大福と風大福というのかも知れない。どんな味なのだろうか?
凪咲「柚樹君も良かったら、食後に如何ですか?」
時崎「え? いいんですか?」
凪咲「はい」
時崎「ありがとうございます!」
心桜「それじゃ、つっちゃー、凪咲さん! ・・・あと、お兄さんも!」
時崎「・・・俺は後付か・・・」
心桜「あははっ! あたしの恋人にでもなれたら、先に呼んであげてもいいけど!」
時崎「え!?」
七夏「こっ! ここちゃー!?」
心桜「・・・って、冗談だよ! お兄さんっ! また会えたらねっ!」
時崎「あ、ああ・・・」
七夏「もう・・・ここちゃー!!」
時崎「天美さんには勝てないなぁ・・・」
凪咲「心桜さん、またいらしてね!」
心桜「はい! では失礼します!!」
凪咲「七夏、お留守番ありがとう」
七夏「はい☆ あ、お昼の準備、私も手伝います!」
凪咲「ありがとう。七夏」
七夏「柚樹さん、少し待っててくださいね」
時崎「あ、ああ。ありがとう」
二人が台所に戻ると、時計の秒針音が耳に届き始める・・・先ほどまで賑やかだった蝉もお昼休みのようだ。午後からは七夏ちゃんとお出掛けしたいと思っている。七夏ちゃんのMyPadのカバーを見に行こうという話をしているからだ。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
昼食を済ませ、七夏ちゃんと商店街へお出掛けする。七夏ちゃんのMyPadのカバー、良いのが見つかるといいなと思いながら・・・。店内には結構沢山の種類があって七夏ちゃんはどれが対応しているのか分からない様子だ。確かに、似たような機種が多い為、間違って買うと合わなかった・・・という事は避けなければならない。
七夏「どういうのがいいのかな・・・」
時崎「汎用のカバーもあるけど、七夏ちゃんのは『MyPad Little』という機種になるから、それに対応したカバーの中から選ぶといいよ」
七夏「はい☆ えっと・・・。あ、これ可愛いな♪」
時崎「それは、機種が一致しないみたいだよ」
七夏「そうなのですね・・・」
時崎「同じので対応した物があるかも知れないよ」
七夏「はい☆ ちょっと探してみますね♪」
そう言えば、俺の持っている「MyPad」のカバーも結構痛んできているから、自分のもついでに見てみるか・・・。
時崎「おや!? これは、セブンリーフじゃないか!?」
七夏ちゃんが、セブンリーフに目が無い事は知っていたので、これは喜んでくれると思う。早速俺は七夏ちゃんの所へ・・・と、七夏ちゃんがこちらに駆け寄ってきた。手にはカバーを持っている。
七夏「柚樹さん! これ! セブンリーフです!」
時崎「あ、セブンリーフ! いいの見つかって良かったね!」
七夏「はい☆」
七夏ちゃんも、セブンリーフのカバーを見つけたようだ。ここで、俺が同じカバーを見せるとマヌケな気がして、自分の手にしていたカバーを反射的に背後に隠していた。既に無用になってしまったカバーの感触が空しく、ちょっと残念な俺の思いとは対照的に、とても嬉しそうにカバーを見つめる七夏ちゃん・・・ん?
時崎「な、七夏ちゃん!」
七夏「え!?」
時崎「そのカバー、ちょっと見せてくれる?」
七夏「はい☆」
七夏ちゃんは、カバーを俺の前に差し出してくる。俺はそのカバーの対象機種を確認した。
時崎「七夏ちゃん・・・それ、七夏ちゃんのには使えない・・・」
七夏「え!? そんな・・・」
時崎「それ、俺の持ってる『MyPad』には対応してるんだけど・・・」
七夏「そうなのですか・・・。じゃあ、これ、柚樹さんにプレゼントします♪」
時崎「え!?」
七夏「柚樹さんのは、結構年期が入っているみたいですから」
七夏ちゃんの意外な申し出に、どう答えるべきか俺は焦った。その時、背後に持っていた物の存在を思い出す。一度、無用になったと思った物が、凄く心強い存在に思える。
時崎「ありがとう! じゃあ、俺は七夏ちゃんに、これをプレゼントするよ!」
七夏「え!?」
さっきの俺と同じような返事をする七夏ちゃんの前に、背後に持っていたカバーを見せる。
七夏「あ! セブンリーフ! でもそれって・・・」
時崎「大丈夫! 似ているけど、これは七夏ちゃんの機種に対応してるよ!」
七夏「わぁ☆ 本当ですか!?」
時崎「これでよければ、プレゼントするよ!」
七夏「はい☆ ありがとうございます!」
こうして、俺と七夏ちゃんは、お互いにMyPadのカバーを買って、プレゼントし合った。偶然にも、その金額は全く同じで、若干サイズの大きい俺のカバーの方は、旧モデル商品という事で割引率が高かったようである。
時崎「それにしても、お互いに同じ金額でプラスマイナスゼロだったね!」
七夏「ぷらすまいなす?」
時崎「あ、損得なしって事!」
七夏「あ、でしたら、お得だと思います!」
時崎「え!?」
七夏「金額は同じでも、プレゼントする人の気持ちがあります☆」
時崎「なるほど」
確かに、七夏ちゃんの言うとおりだ。このカバーをお互いに自分で買った場合と、相手にプレゼントするつもりで買った場合、金額だけでは測れない気持ちや想いがあるという事だ。
七夏「柚樹さん!」
時崎「ん?」
七夏「大切にします・・・」
時崎「俺も、大切にするよ」
七夏「お揃い・・・です・・・」
時崎「え?」
七夏ちゃんの顔が少し赤い・・・。そう言えば、俺もセブンリーフデビューをした事になって・・・そうじゃなくて、七夏ちゃんとお揃いのカバーになって・・・。そう思うと、急に顔が熱くなってきた。
七夏「柚樹さん、お顔・・・少し赤いです・・・」
時崎「な、七夏ちゃんこそ!」
七夏「くすっ☆」
先に、七夏ちゃんに指摘されてしまったが、この少しこそばゆい感覚・・・七夏ちゃんも同じ感覚なのだろうか? ともかく、俺はこのこそばゆい感覚を掻き消す!!
時崎「七夏ちゃん!」
七夏「はい☆」
時崎「他に買い物はないの?」
七夏「えっと・・・ちょっと寄りたいところがあります。いいですか?」
時崎「勿論!」
七夏「ありがとうございます♪」
俺は敢えて何処に行くのかは聞かず、七夏ちゃんに付いて行く事にした。そう言えば先日、写真屋さんへ案内してもらった時は、話題を探す事に気を取られていて気が回らなかったのかも知れないが、七夏ちゃんが案内してくれる時は、俺より前を歩こうとせず、ほぼ横を歩いている。以前より余裕が出てきた為か、自分のぎこちなく歩くさまが目につくようになった。俺は歩く速度を抑えて七夏ちゃんが先導する形を取ろうとすると、結果的に二人の歩く速度が遅くなる・・・。
時崎「七夏ちゃん!」
七夏「はい☆ あ・・・ごめんなさい。私が案内していたのですよね」
俺の『ぎこちない歩き方』に気付いてくれたようだ。七夏ちゃんは少しだけ歩く速度を上げてくれる。俺の歩みが滑らかになる速度を確認しているようだ。この辺りの配慮は民宿育ちだからなのかも知れない。
七夏「えっと、こちらのお店になります!」
時崎「喫茶店!?」
七夏「はい☆」
俺はてっきり、お買い物かと思っていたが、喫茶店という事は、七夏ちゃんは休憩したいという事なのかも知れない。そう言えば、今日は七夏ちゃんと商店街を結構歩いている・・・俺は写真撮影で結構歩き慣れているけど・・・この辺りの配慮ができないとダメだな・・・。
時崎「七夏ちゃん、ごめん!!」
七夏「え!?」
時崎「今日、結構歩かせたから・・・ここで休憩しよう!」
七夏「休憩・・・はい! お心遣いありがとうございます☆」
七夏ちゃんと喫茶店に入る。
七夏「こんにちは♪」
店主「あら、なっちゃん! いらっしゃい!」
七夏「はい☆ いつもの・・・お願いします」
店主「毎度ありがとう。ところで、そちらのお方は?」
七夏「あ、えっと・・・お客様です☆」
時崎「はじめまして。ご挨拶が遅くなってすみません」
店主「いえ、ごゆっくりどうぞ」
時崎「ありがとうございます。 七夏ちゃん!」
七夏「はい!?」
時崎「ここで休憩・・・」
七夏「あ・・・はい♪」
こちらの喫茶店では「なっちゃん」と呼ばれているようである。この喫茶店で、紅茶の葉とコーヒー豆を注文している。恐らく民宿風水で扱う業務用だろう。
七夏ちゃん本人はココアを注文したので、俺も同じ物を頼んだ。普段はココアを頼む事なんてなかったのだが、少しでも七夏ちゃんとの共通点を増やしたいと思ったからだ。
七夏「柚樹さんも好きですか?」
時崎「え!?」
七夏「えっと、ココア・・・」
時崎「あ、ああ・・・ココアの事ね」
前にもこんな事があった・・・『好きです! この写真!』・・・七夏ちゃんは、時々倒置法で話す事がある。どのような時なのかまでは、まだ分からないが、共感できた時がそうなのかも知れない。
七夏「はい。なかなか無くて・・・」
時崎「無いって、ココアが?」
七夏「はい。紅茶やコーヒーは他の喫茶店でもあるのですけど・・・」
時崎「なるほど」
七夏ちゃん曰く、紅茶やコーヒーは種類も豊富で、取り扱っているお店や、喫茶店のメニューにも普通にあるけど、ココアとなるとかなり限定される上、喫茶店のメニューに無かったりする事が多いらしい。確かに言われてみれば、喫茶店でココアを頼んだ記憶が無い。ココア好きの七夏ちゃんにとっては、この喫茶店は貴重な存在のようで、お買い物ついでに、その場で休憩も兼ねてココアを頂いているようである。
喫茶店を後にする時、七夏ちゃんは注文した商品を受け取る際に店主から新商品のココアの、お試しサンプルを頂いたみたいで、とてもご機嫌な様子。なんと、一緒に居た俺の分まで頂いたようで「後で一緒に頂きましょう!」と、心躍っているようだが、今、二人が飲んでいたのはココアなんだけど・・・まあ、ここ愛情(ココア以上)に甘い一時もいいかな・・・って、こんな洒落を思いついてしまい、慌てて掻き消す。
七夏「柚樹さん、お耳・・・少し赤いです・・・」
時崎「え!?」
七夏「くすっ☆」
今度は「な、七夏ちゃんこそ!」と反撃できなかったが、そんな俺の様子を楽しそうに見つめる七夏ちゃん。今回は「お揃い」とはならなかったが、今後も七夏ちゃんとの共通点を見つけ出したいと思うようになっていた。
第十二幕 完
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次回予告
いつの間にか現れている虹・・・そしていつの間にか見えなくなっている虹。俺は「ふたつの虹」が、いつまでも見えていてほしいと願う。
次回、翠碧色の虹、第十三幕
「虹はいつまで見えている?」
虹は見えなくなるのではない。誰も見なくなった時、人知れず姿を消してゆくのだと思う。
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