翠碧色の虹

T.MONDEN

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第十五幕:ふたつの虹と一緒に

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昨日は、布団に入ってもなかなか眠れなかった・・・。考え事をしていたからだ。七夏ちゃんが起こしに来てくれて、朝食を頂いて・・・これが「いつもの事」のようになりつつある喜びとは裏腹に、気になる事も大きくなってくる。光が明るく強くなれば、落ちる影も、よりはっきりと形作られるという事だ。俺は七夏ちゃんに今の心境を悟られないよう、足早に自分の部屋に戻ってきた。

一緒に居ると、分かる事と、分からなくなる事がある。民宿風水でお世話になり一週間。ふたつの虹を持つ七夏ちゃんの性格が、ある程度分かってきたつもりではいたが、その本心は分からなくなってきている。近づき過ぎると見えなくなる事以外にも、一緒に過ごす時間が長くなると、見えなくなってくる事もあると言えるのかも知れない。全てを知りたいと追い求めるのは、贅沢な事なのだろうか?
七夏ちゃんの事をもっと知れば、結論が出るのかも知れない。とにかく、ここでの明確な目的が見えてきた事は確かだ。七夏ちゃんの笑顔の写真を撮って、アルバムを作る事。その為には、七夏ちゃんにとって、本当に楽しくて幸せに思ってもらえる事を探す必要がある。

七夏ちゃんにとって、幸せな事とは、何なのだろうか?
とにかく、七夏ちゃんと一緒に過ごす時間を増やせば、見えてくると信じたい。

しばらく考えて、気持ちの整理も出来たので「いつもの事」のように、七夏ちゃんの顔を見にゆくことにする。
居間へ移動すると、七夏ちゃんが何かを作っているようだ。

時崎「おや? 七夏ちゃん、おにぎり作ってるの?」
七夏「はい♪ おむすびです☆ 柚樹さん、お腹空きました?」
時崎「いや、それは、まだ大丈夫だけど・・・」
七夏「もう少し、待っててくださいね☆」
時崎「ああ。ありがとう」

俺は、七夏ちゃんが、手際よくおにぎりを作っている様子に、少し興味を持った。

七夏「??? えっと、どうかしました???」
時崎「とても、手際がいいなと思って」
七夏「くすっ☆」

おにぎりを作っている七夏ちゃんは、とても楽しそうだ・・・それを見ていると俺も何か出来ないかなと、机の周りをぐるりと見回す・・・おにぎりの具は梅干、かつお、こんぶ、たらこ・・・と定番のものから、ジャコ? と・・・これは、なんだろう? その具を覗き込んでいると、

七夏「あ、えっと、それは、刻みうなぎさんです♪」
時崎「う、うなぎ!?」
七夏「土用ですので♪」
時崎「ん? 今日土曜日だったかな?」
七夏「そうじゃなくて、夏の土用(丑の日)です♪」
時崎「なるほど!」

うなぎのおにぎりは食べたことが無いので、今からちょっと楽しみなのだけど、いつも作ってもらってばっかりで、申し訳なくなってきた。俺にも何か出来る事はないかな・・・。

時崎「七夏ちゃん!」
七夏「はい!?」
時崎「俺にも何か手伝える事ってないかな?」
七夏「え?」
時崎「いつも見てるばっかりで申し訳なくて・・・」
七夏「それは、柚樹さんは一応、お客様ですから♪」
時崎「そ、それはそうなんだけど・・・」

俺は、七夏ちゃんから「お客様」って言われると、少し切なくなる事に気付き始めていた。

七夏「柚樹さん?」
時崎「え?」
七夏「柚樹さんも、作ってみます? おむすび・・・」

俺の表情の変化から心を読まれたのか、七夏ちゃんはそう尋ねてきた。

時崎「手伝ってもいいの?」
七夏「はい♪ 助かります☆」
時崎「ありがとう。失敗したら自分で食べるから」
七夏「失敗しないように、私が頑張ります!」
時崎「じゃあ、よろしくお願いします」
七夏「はい☆ よろしくです☆ では、柚樹さん、手をよく洗って来てください」
時崎「分かったよ」

こうして、七夏ちゃんと一緒におにぎり・・・いや、おむすびを作る事になった。台所で手を洗いながら、七夏ちゃんが作っていたおむすびの手順を思い出す。ごはんをにぎり、具を入れて、更に、にぎり固めて海苔を巻く・・・これだけの事だから余程の事が無い限り、形はともかく大幅に味を損ねる事は無いだろう・・・そう思っていた。

七夏「じゃあ、柚樹さん、ここに来てください」
時崎「ああ」

俺は、七夏ちゃんの隣に来て、辺りの様子を再確認する。

七夏「柚樹さん! 手を出してください」
時崎「こ、こう?」
七夏「はい♪」

七夏ちゃんは、俺の差し出した手に軽く塩を振ってくれた。お料理レベルが1上がったような気がした。

七夏「えっと、ごはんをよそって、こんな形の窪みを作って、その窪みに具を入れて、ご飯を包むように結びます。そして、最後に海苔を巻きます♪」

さっきも見ていたけど、とても手際がいい。俺が手伝うと確実に足を引っ張るなーと思ってしまうが、もう前進しかないっ!

七夏「海苔の巻き方は、入れた具によって変えておくと、後で迷わなくて済みますけど、柚樹さんは、ご自由に巻いてくださいね♪」
時崎「ありがとう」

俺は、七夏ちゃんが行っていたように、桶からご飯をしゃもじですくい、手に乗せた。

時崎「あ、熱っ!!」
七夏「ひゃっ!!」

予想以上のごはんの温度に驚き、俺は反射的にご飯を桶の中に放り戻してしまった。

七夏「ゆ、柚樹さん! 大丈夫ですか!?」
時崎「す、すまない。ちょっと驚いて大声を出してしまった」
七夏「すみません。『ごはん熱いですから気をつけてください』って言うのを忘れてました」
時崎「いや、七夏ちゃんを見てると、ごはんがこんなに熱いなんて思えなかったよ」
七夏「私は慣れてますから・・・本当にすみません。火傷しませんでしたか?」
時崎「それは大丈夫」
七夏「良かった」
時崎「しかし、このままでは・・・」
七夏「柚樹さん、こうしてください」

そう言うと、七夏ちゃんは、手をパチパチと叩き出した。それは、いわゆる拍手だ。俺はその拍手の意味が分からなかったけど、ここでは七夏ちゃんに言われたとおり一緒に拍手をする。
パチパチパチパチパチパチパチ・・・・・。

七夏「そのまま、続けててくださいね☆」
時崎「あ、ああ」

俺がパチパチと拍手を続けている間に七夏ちゃんは、再びおむすびを作りはじめる・・・なんだこれは? 俺は七夏ちゃんがおむすびを作るのを拍手で応援しろという事なのか!?この構図を他人が見ると、そういう風にしか見えないよ・・・いや、どう考えてもっ!!!

七夏「柚樹さんっ!」

おむすびをひとつ作り終えた七夏ちゃんが、声を掛けてきた。

時崎「え!? な、何?」
七夏「ごはん、よそってください!」
時崎「あ、ああ」

何かもう訳が分からなくなってきたけど、俺は七夏ちゃんに言われたとおり、桶からご飯をよそう・・・

時崎「あれ? 熱くない!?」

先程から、多少の時間経過はあるが、そんなにすぐに桶の中のご飯が冷めるとは考えにくい・・・これは一体・・・そう考えていると---

七夏「柚樹さんっ! 急いでごはん、むすんでください!」
時崎「え!? あ、ああ。すまない」

俺は、七夏ちゃんが行っていたようにむすんで、窪みを作る・・・。

七夏「具は何にしますか?」
時崎「じゃあ、うなぎで」

俺がそう言うと、七夏ちゃんは、具の刻みうなぎを手に取り、俺の作った窪みに乗せてくれた。

七夏「はい☆」
時崎「ありがとう」
七夏「後は、こうして・・・」

そう言いながら七夏ちゃんは、俺の手を外から優しく包むように補助してくれた。七夏ちゃんの手の温もりが伝わってくるのが心地よい・・・その手の温もりが、おむすびの温もりと混ざってしまうのが、勿体無いと思ってしまう。

七夏「はい♪ こんな感じです☆」
時崎「・・・・・」
七夏「??? 柚樹さん? どうかしましたか?」
時崎「いや、手を添えてくれて、ありがとう」
七夏「くすっ☆ 力加減を伝える為には、この方法が一番なのです☆」
時崎「なるほど」

今までも色々な意味で七夏ちゃんには驚かされているが、その行動一つひとつに、ちゃんと意味があるんだなと、改めて思ってしまう。

七夏「後は海苔を巻いてくださいね。あ、海苔は無くてもいいですよ☆」
時崎「ああ、分かったよ」

こうして、俺は七夏ちゃんのおむすび作り、なんとか手伝えたかな。おむすび作りが単純で簡単だという思いは払拭された。七夏ちゃんくらい手際よく作るには相当な訓練が必要だと実感した。

凪咲「あら、柚樹君?」
時崎「あ、凪咲さん。お疲れ様です」
七夏「今日は柚樹さんが、おむすびを作るの手伝ってくれて、助かってます♪」
凪咲「まあ、ありがとう。柚樹君!」
時崎「いえいえ。手伝うどころか、七夏ちゃんの足を引っ張ってしまって・・・」
七夏「そんなことは・・・感謝してます!」
凪咲「それで、台所が賑やかだったのね」
時崎「騒がしくて、すみません」
凪咲「賑やかな事は歓迎します!」
時崎「ありがとうございます」

・・・で、結果的に七夏ちゃんの作ったおむすびと、俺の作ったおむすびは、一目瞭然で分かる差がある・・・というか時間の経過で差が出てしまった。形の不揃いもそうだが、俺の作ったおむすびは巻いた海苔が剥がれかけている・・・。七夏ちゃんが素早く作っていた理由がここにあったのかも知れない。ごはんが冷めない間に海苔を巻く工程まで辿り着けないと、ご飯と海苔がしっかりとくっつかないという事か・・・七夏ちゃんにコツを聞いてみようかと思ったが、おむすび作りだけでなく、七夏ちゃんの事を聞かなくても分かるように努力しようと思う。

 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆

昼食は「おむすび」・・・今回は、俺の作ったおむすびも一緒に並んでいるが、いつも七夏ちゃんが作ってくれていたのだと、改めて感謝する。

七夏「いただきまーす♪」
凪咲「では、頂きますね」

凪咲さん、七夏ちゃんは、俺の作った不揃いで海苔が剥がれかけているおむすびを手に取り口に運んでくれている・・・俺は、申し訳ないと思いつつも、感謝の気持ちが上書きされてゆく喜びを実感した。

七夏「ん! 美味しく出来てます☆」
凪咲「あら、美味しい! うなぎ!?」
七夏「はい☆ あ、柚樹さんもどうぞ!」
時崎「ありがとう」

自分で作ったおむすびを「美味しい」と言って食べてくれる・・・今まで味わった事のない、こそばゆく、恥ずかしい感覚に、どうコメントしたらいいのか分からなくなる。七夏ちゃんが作ってくれたお料理を、俺が美味しいと言った時の、七夏ちゃんの嬉しくも恥ずかしそうな表情と、同じ気持ちと感覚であろう何かが、俺の心の内側から満たされてきた。

<<七夏「お料理は楽しいです♪」>>

以前そう話してた、七夏ちゃんの気持ちが、心の内側から分かった事が、何よりも嬉しかった。

七夏「柚樹さん? どうかしました?」
時崎「おむすび作りって、面白いなと思って」
七夏「え?」
時崎「まさか、拍手するとは思ってなかったから」
七夏「くすっ☆ 拍手をすると、ごはんが熱く思えなくなりますので」
時崎「拍手にそんな意味があったとは・・・」
凪咲「柚樹君、拍手で七夏の応援だと思ったのかしら?」
時崎「はい!! まさにそれです!!!」
七夏「お、お母さん!!!」
凪咲「懐かしいなーと思ってね」
七夏「・・・・・」

なるほど。おむすび作りに拍手は、凪咲さんから七夏ちゃんへのバトン・・・という事か。そして、俺は七夏ちゃんからバトンを受け取った事になる・・・このバトンは誰にも渡したくない・・・そんな事を考えている自分に気付き、心拍数が追いついてくるようだった。俺が本当に追いかけたいのは虹ではなく・・・それは---

時崎「ところで『おむすび』なんだね?」
七夏「え!?」
時崎「『おにぎり』じゃなくて・・・」
七夏「あ、はい☆ おむすびです♪ ご、ご縁を結ぶという意味です♪」
時崎「なるほど・・・」
七夏「えっと、お母さんの受け売り・・・です・・・」
時崎「な、なるほど・・・」

七夏ちゃんや、凪咲さんとのご縁が今後も続いてほしいと思う。七夏ちゃんと一緒に結んだおむすびは、形は不揃いでも、味はとても優しかった。

時崎「ごちそうさまでした」
七夏「はい☆ ごちそうさまです♪」
凪咲「柚樹君、ありがとう。美味しかったわ!」
時崎「そんな・・・お粗末さまです」
七夏「くすっ☆」
時崎「七夏ちゃん?」
七夏「はい?」
時崎「午後から時間あるかな?」
七夏「えっと・・・ごめんなさい。まだちょっと宿題が残ってて・・・」
時崎「そう・・・じゃあ、俺は、ちょっと出掛けてくるよ」
七夏「はい☆」

俺は、アルバムの素材として使える写真を撮影しに、出かける事にした。

☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ 

時崎「昼過ぎに虹は現れない・・・か・・・」

ブロッケンの虹がよく現れる場所・・・ここで、ブロッケンの虹を撮影したのが随分前の事のように思える。七夏ちゃんは、ブロッケンの虹の事を知らないようだった。この街に住んでいるのなら、この場所の事は知っていると思うのだが、虹に関する場所なので、七夏ちゃんにとって辛い思い出がある可能性も否定できない。とりあえず俺は、コントラストが良いこの風景を撮影しておく。七夏ちゃんがこの場所に辛い思い出が無い場合、アルバムの素材として使えるかも知れない。

どのくらい空を眺めていたのだろう・・・本来の予定なら、この場所に結構来る事を覚悟していたのだが、今はもっと大切な事がある。必要な素材を撮影し、買い物を済ませた俺は、民宿風水に戻る事にした。

☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ 

民宿風水に戻る。居間に七夏ちゃんが居るようだ・・・と、同時に鼻を突く薬品のような香りを微かに感じた。

七夏「あ、柚樹さん、お帰りなさい」
時崎「ただいま。七夏ちゃん。何をしているの?」
七夏「えっと、お掃除です」
時崎「お掃除?」

七夏ちゃんの手元には、小さな蒸気機関車と綿棒・・・これは、鉄道模型というやつかな・・・それを、七夏ちゃんが掃除しているという事は、もしかして・・・。

七夏「??? 柚樹さん、どうかしました?」
時崎「ちょっと、訊いていいかな?」
七夏「はい」
時崎「七夏ちゃんって、鉄道好き?」
七夏「え? まあ、好きか嫌いかで言えば、好き・・・かな?」
時崎「じゃあ、好きか嫌いか普通で言えば?」
七夏「えっと・・・普通・・・です」
時崎「そ、そう・・・普通・・・か・・・」
七夏「あ、これは、お父さんの趣味で、お掃除は、時々私もお手伝いしてます☆」

七夏ちゃんは、俺の質問の意図を理解したらしく、そう答えてくれた。なるほど、鉄道模型は、七夏ちゃんのお父さんの趣味・・・という事か。いや、別に七夏ちゃんの趣味が鉄道模型だったとしても、構わないと思うけど。七夏ちゃんは、お父さんのお手伝いとして模型の掃除を行っているようだ。凪咲さんのお手伝いも行っている事を考えると、然程不自然な事ではない・・・か。模型の掃除をしている七夏ちゃんを見ると、特に模型の底面・・・車輪を入念に掃除しているようだ。

時崎「車体の底面も入念に掃除するんだね」
七夏「え?」
時崎「底面ってあまり見えないのに・・・と、思ってね」
七夏「あ、この模型さんは、車輪から電気を受けて走りますので」
時崎「車輪から電気?」
七夏「はい。線路に電気が流れていて、それを車輪で受けて走ります」

俺は、七夏ちゃんの言っている事が、ちょっと分からなかった。

七夏「柚樹さん。こっちに来てくれますか?」
時崎「あ、ああ」

七夏ちゃんについて行くと、そこは、七夏ちゃんのお父さんの部屋だろうか・・・今まで入った事が無い部屋だ。民宿とは言っても、自分が案内された場所以外は入らないから、そう考えると、まだ知らない事が沢山ありそうだ。

七夏「柚樹さん。どうぞ☆」
時崎「おっ! これは!?」

そこには、部屋の片隅、畳一畳ほどの大きさの場所に、小さな線路が敷かれていた。それを見た俺は、幼い頃に、青色のレールの上を走る電車のおもちゃで遊んでいた記憶が蘇ってきたが、ここにあるのは、もっと本格的なやつだ。七夏ちゃんが、先程掃除していた蒸気機関車の模型を、何かヘラのような物を使って線路に乗せる。そして、手元にあるコントローラーのようなつまみをゆっくり動かすと、先程の蒸気機関車が、ゆっくりと走り出した。

時崎「あ、動いた!」

精密な模型が、ゆっくりと動き出した時は、ちょっとした感動を覚えた。模型をよく見ると、ヘッドライトも光っているようで、小型ながら、なかなかの迫力がある。しばらく、その模型に見入ってしまっていた。

七夏「柚樹さんも、動かしてみます?」
時崎「え?」

俺は、七夏ちゃんから動かし方を教えてもらい、ゆっくり走っている蒸気機関車の操作を行ってみる。なるほど、この模型は線路に電気が流れ、機関車の中にあるモーターを回して走るようだ。俺が知っている電車のおもちゃは、機関車の中に電池とモーターが入っていた為、外部から制御する事は出来なかったが、この方式なら外部から速度や進行方向の制御ができるという事か・・・。機関車の動かし方と言っても、速度の調節と、進行方向くらいなので、覚えるという程の事ではない。俺は、しばらくその蒸気機関車を動かし、眺めていると、童心に帰る感覚を覚えた。

七夏「柚樹さん?」
時崎「え!?」

しばらく、その模型に夢中になっていたようだ。

七夏「くすっ☆ 男の人って、こういうの・・・好きなのですね☆」
時崎「うぅ・・・すまない」
七夏「私は、別にいいと思います♪」
時崎「七夏ちゃんは、鉄道模型の掃除を頼まれたりしてるの?」
七夏「はい。出来る時に、時々ですけど」
時崎「特に鉄道模型が好きという訳ではないのに?」

俺がそう言うと、七夏ちゃんは奥の棚から、ひとつの蒸気機関車の模型を持ってきた。ぱっと見では今、俺が動かしている模型とそんなに変わらないように見えたが、注意深く見てみると、機関車の先頭付近、片方の部品が折れていて、修復を試みた形跡がある。

時崎「これは・・・?」
七夏「この模型さん、幼い頃に、私が落として壊してしまって・・・」

七夏ちゃんが続ける・・・。昔、お父さんの部屋で遊んでいた時に、過ってこの模型を落としてしまったらしい。それを、なんとか修復しようと試みたが、当時の七夏ちゃんでは無理だったようで・・・

-----当時の回想1-----

七夏「ひゃっ! あっ! ど、どうしよう・・・」

落としてしまった模型は、一部が破損していた。七夏ちゃんは、それを接着剤で修復しようとするが、上手く行かない。色々と手を尽くしてはみるが、時間ばかりが経過してゆく・・・七夏ちゃんは、どうしたらいいのか分からず、その場で今にも泣きそうな状態を必死に堪えていた・・・。

直弥「ただいま」
七夏「!!!」

七夏ちゃんのお父さんが帰って来た事が分かり、一気に涙が溢れてきた。

直弥「七夏!? どおした?」
七夏「お父さん・・・ごめんなさい・・・これ・・・」

七夏ちゃんが、壊してしまった模型を、お父さんに見せる・・・。

直弥「あっー! 門デフがっ!」
七夏「ご、ごめんなさいっ!!!」

----------------

七夏「私、お父さんが大切にしている模型さんを壊してしまったから、絶対怒られると思って・・・」
時崎「え? 怒られなかったの?」
七夏「えっと、怒られました・・・」
時崎「やっぱり・・・」
七夏「でも・・・」

七夏ちゃんが続ける。

-----当時の回想2------

直弥「七夏」
七夏「はい・・・っ!」

七夏ちゃんのお父さんは、七夏ちゃんをギュッと抱きしめる。

七夏「っ! お、お父さん!?」
直弥「七夏、壊してしまった事は良くない事だけど、その後の行動が大切なんだよ。七夏は、なんとか修復しようとしてくれたみたいだし、何より、今まで辛かったんじゃない?」
七夏「・・・ごめんなさい・・・お父さんの大切な模型さん・・・」
直弥「模型も大切だけど、七夏の方がもっと大切だから、もう泣かないで、これからの事を考えよう」
七夏「・・・これからの事・・・?」

 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆

直弥「・・・という訳で、これを、修理しようと思うんだけど・・・」
七夏「お母さん・・・ごめんなさい」
凪咲「仕方がないわねー」

-----------------

時崎「あれ? ちょっと待って。修理したはずなのに、手元にある模型は壊れたままだけど!?」
七夏「はい。この模型さんは、修理されなかったのです」

-----当時の回想3------

直弥「ただいま」
凪咲「お帰りなさい。どうだったのかしら?」
直弥「結論から言うと、新しいのを買った」
凪咲「え!?」
直弥「実は、相談したら、車体の交換になってしまうとの事で」
凪咲「新しいのって、結構高くついたのでは?」
直弥「ま、まあそうなんだが・・・」
凪咲「もぅー」
直弥「修理しようかと考えたんだが、これは、七夏の直そうとしてくれた想いが詰まっているから、交換されてしまうのはちょっと・・・って、思ったんだよ」
凪咲「そう・・・なら、七夏に少し感謝ね」
直弥「まあ、そういう事になるかな・・・」
七夏「あ、お父さん。おかえりなさい。模型さん直ったのかな?」
直弥「いや、新しいのを買って、壊れた模型は大切に取って置く事にしたよ」
七夏「え!? どおして? あんなに大切にしていたのに、直さなくていいの?」
直弥「ま、まあ・・・その・・・あれだ」
凪咲「~♪」
七夏「???」
直弥「まあ、新しいのは門デフじゃない壊れにくいのを選んだよ。七夏もちょっと模型の扱い方を覚えてもらおうかな」
七夏「・・・はい」

----------------

七夏「・・・という事で、時々、模型さんのお掃除をお手伝いするようになりました」
時崎「なるほど。良いお話をありがとう。鉄道模型にも、ちょっと興味が出てきたよ」
七夏「くすっ☆」
時崎「七夏ちゃんのお父さんは、車掌さんだったよね」
七夏「はい☆ お父さん・・・本当は列車の運転士さんに、なりたかったみたい」
時崎「そうか・・・それで・・・」
七夏「でも、車掌さんのお仕事も充実してるって話してます☆」
時崎「列車に関われるお仕事だからかな?」
七夏「はい☆」

七夏ちゃんの家に、鉄道模型や列車の運転ゲームがある理由が分かった。どちらも列車の運転が出来るという共通点がある。七夏ちゃんのお父さんが、列車の運転士になれなかった理由・・・なんとなくの憶測ではあるが、それは、七夏ちゃんの虹の色への認識が答えになっているのかも知れない。そうだとしても、俺が訊く必要は無い事だ。

時崎「ところで、どおして模型の掃除をここじゃなくて、居間でしていたの?」
七夏「それは、居間の方が、風通しが良いからです♪」
時崎「風通し?」
七夏「はい。お掃除には薬品も使いますので」
時崎「なるほど!」

民宿風水に帰って来た時、鼻を突いた香りの理由が分かった。
・・・七夏ちゃんが、ガチの鉄道マニアでなかった事に、ちょっと安心感を覚えたのは、内緒にしておこうと思ったりした・・・。いや、別に鉄道マニアでも構わないんだけどね。

七夏「明日と明後日は、出来そうに無いから今日、模型さんのお掃除なのです♪」
時崎「確か、天美さんと海へ遊びに行くんだったね」
七夏「はい♪ あっ、その事でお母さんから聞いたのですけど、柚樹さんも一緒に来てくれるのですか?」
時崎「ああ。邪魔にならなければ・・・荷物持ちでも何でもするよ!」
七夏「ありがとうございます!」
時崎「あと、写真をお願いすると思うけど、大丈夫かな?」
七夏「はい♪ 明日は、ここちゃーと、もう一人、お泊りに来ますから、ちょっと騒がしくなるかもです」
時崎「え!? もう一人???」
七夏「はい♪ とっても優しくて、綺麗な先輩です!」
時崎「そうなんだ。七夏ちゃんが綺麗って言うくらいだから相当なんだろうね」
七夏「くすっ☆ はい♪ 柚樹さん、見惚れてしまうかもです☆」
時崎「そこまでとは! 楽しみにしておくよ!」
七夏「はい♪ またその時に、紹介しますね☆」

ちょっと気になる事が・・・この場合、一般的には・・・と、言ってしまっていいのか分からないが、女の子が自分よりも可愛い子を「可愛い」と言うかどうか・・・だ。「綺麗」の場合は、どうなのだろう・・・まあ、それ以前に、七夏ちゃんは素直なタイプだから期待するなという方が無理だと思う。先輩と言う事は、七夏ちゃんより年上って事になる。いずれにしても、七夏ちゃんの大切な人の事を知るという事は、俺にとっても大切な事になってくると、思うようになっていた。

第十五幕 完

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次回予告

ふたつの虹は十分魅力的だ。そんな、ふたつの虹を持つ少女が魅力的だという存在とは?

次回、翠碧色の虹、第十六幕

「虹を映す少女」

俺は、みっつめの不思議な虹に出逢う事になる。
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