元社畜とツンデレ騎士様と時々魔物

睡眠丸

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店長のクラウスさんは犬っぽい

喫茶店に就職してみた(3)

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 開店は店主が起きた時。閉店は店主が一冊本を読み終えたとき
 
 花の月にオープンしたという店、月日の数え方はわからないが、詳しく聞けば1か月前ほどにオープンした新店だということはわかった。
 
 今まで来たお客さんは、身内のみ。

「この先、どうやってやっていくつもりだったんですか、クラウスさん」

「な、なんとか、なるかなぁって」

「収入ゼロで?」

「うっ」

「電気代、水道代……という概念があるかわからないですが、お店を開けてる以上、なにがしかのコストがかかります。今日みたいにお客さんがゼロの日が続けば、このお店は大赤字ですよ」

「いやーははは」

 理解できてるのか、できてないのか。困ったように笑うろくでなし。

 衣食住+職に恵まれた優良な場所だと思っていたのに、一気にその幻想が崩れ去った。

 何の計画性もなしに脱サラして、ラーメン屋を目指す人間みたいだ。
 どうして自分だけはうまくいくのだと思うのだろう。

「飲食店はですね、三か月が勝負なんですよ。リピーターを作ったり、話題性を作ったりして、集客を怠ったらいけないんですよ? インスタだのツイッターだの、できることすべてやってもうまくいかないお店がたくさんあるというのに、クラウスさん、今日一日何してましたか?」

「仕立て屋の男の子が、幼馴染の女の子にウェディングドレスを作る物語を読んでました」

「つまり、本を読んでただけですよね?」

「はい」

 うなだれる成人男性。……自分の行動が一経営者としていけないことがわかってるみたいだ。銀行業務として、長年働き続けて、こういう甘い経営者をたくさん見てきた。
 
 銀行に融資をもとめるも計画が稚拙だったり、そもそも行き当たりばったりだったリ。考えなしの経営者。運があれば、ほそぼそと続いていくことも可能だけれど、たいていは一年たたずにお店はつぶれてしまった。
 
 融資業務をしたことはないけれど、話だけはよく聞くのだ。

「……わかったような口をきいてごめんなさい」

 ただ、少しばかり問い詰めすぎたかもしれない。私は前の世界のことしか知らないのだ。この世界のことを一切知らない。将棋盤の上でオセロのルールを解くようなことをしていたら、私の方が馬鹿なのだ。

「いや、サクラさんのいうことはもっともなんだ。僕は、何の努力もしていない。ただ、僕は喫茶店をオープンすることが決まっていた。それに従った。―――それだけなんだ。そう、決まっていたけれど、維持する方法が、一切わからない」

 決まっていた?

 家業でも継いだのだろうか。眉を八の字にして、わかりやすくクラウスさんはしょんぼりとした。

「サクラさんには、本当に申し訳ないけど……」

 謝罪をされて、それからどうなるというのだろう。無意味だ。ここで確認することはただ一つだ。この先、ずっと喫茶店としてやっていくために、必要なもの。

「クラウスさんに聞きたいのは一つだけです―――このお店、続けるつもりはありますか?」

 店主のやる気がなければ、どんな店も続かない。
 目をぱちくりさせるクラウスさんは、少しだけ間を置いてから、強く頷いた。

「なら、いいのです」

 続けるつもりもなく、喫茶店を開く人間はいないだろうけれども。確認として聞いておきたかった。

「お店を、流行らせましょう。一緒に」

 少なくとも、私の生活が安定できるくらいの収入が得られるほどに。
 衣食住全てがそろったこの職を、何の努力もせずに手放すのは惜しい。彼の手を取り、茶色の瞳を真っすぐ見つめる。こののんびりとした経営者とともに喫茶店を立て直す。

「さ、サクラさん……」

 瞳を潤ませて、私を見つめる成人男性。外見年齢としては完全に年上のはずなのに、もはや行き場を失ったワンコにしか見えないのは私だけだろうか。

 大事なことは隠すし、勝手に額にシールを貼るし、計画性なしに喫茶店を開くけれど、なんとなく見捨てられない気持ちになるのは、クラウスさんの才能の一つだと思う。

 ……というより、こういう状況になることをみこして、一緒にお店を立て直せる人材を探したら私だったのでは……?

 計画性のない男の計画通りが、私?
 頭がこんがらがってきた。

 いやいや、もう深く考えるのはよそう。ともあれ、まずするべきことは―――

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