蠱毒の王

つららの

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第八話 故知らぬ炎

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あれから半年が経った。正直行き詰まりを感じている。

ハンターライセンスはC級に上がった。戦闘力も上がってきている。昨日、教会でパラメータを確認したらこうだった。

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アイン・シュタウフェン 15歳
HP 隗」譫蝉ク榊庄
TP 50

技能
算術 Lv.10(Max)
弁論術 Lv.5
剣術 Lv.5
短剣術 Lv.3
投擲術 Lv.2
隠密術 Lv.1
体術 Lv.4
採取術 Lv.3
解体術 Lv.3
農耕術 Lv.2
社交術 Lv.4
薬理術 Lv.8
医術 Lv.7
苦痛完全耐性
├毒耐性 Lv.10(Max)
├痛覚耐性 Lv.10(Max)
└精神耐性 Lv.10(Max)

魔術
なし

加護
超回復

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戦闘技能のレベルは上がった。それは間違いない。だが、密度が足りていないのだ。この辺りで戦える魔獣はゴブリン、ボブゴブリン、ワイルドボアやマッドボアぐらいのものだ。はっきり言って敵として力不足。

また、俺に戦いの師がいないことも問題だ。俺の戦い方は我流。貴族時代に剣術の基礎は習ったが、あくまで儀礼剣術。戦闘を主眼に置いたものではなく、剣を振る作法のようなものでしかない。はっきり言って、我流では剣技習得の効率が悪い。

だからと言って、誰かに師事するにも俺の体は異常すぎた。打ち身も、切り傷も小さなものは数秒で治ってしまう。もし、あの組織に話しが流れてしまえば、追われるかもしれない。同じ理由でチームも組めない。

いや、はっきり言おう。俺は利害関係では人を信頼できなくなってしまった。金のための関係は、言ってしまえば欲望の取引だ。より多くの欲望を満たすため、信頼という仮初の縛りをお互いに課すだけ。

俺は知っている、欲望の為に人は簡単に他者から奪える。ドクは知識欲だった、皇帝は権力への欲求、ハンターは金銭欲。欲望に駆られた人は、いとも簡単に他者から奪う。無自覚に、無意識に、奪っている。

だから俺は信じない、俺から奪う誰かを信頼しない。

だから、人に頼らない俺は、より濃い経験を積まなければならない。この街でもう得るものはないのだ。

そうと決まれば、行き先を決めなければならない。

帝国は大陸の西側に位置する。帝都は国土の中心に位置し、近代化が進んでいる。東側では大陸を横断する大山脈を挟み商国と隣接している。東側は元うちの領地があり、商国とのいざこざも多いみたいなので、正直近づきたくない。西側は海に面しているが、貿易港が多く、整備が行き届いている為、都市の周りではあまり戦闘技能持ちのハンターの需要はないらしい。

となると、北か南になるわけだが。北は極めて寒冷な土地だ。極北には永久凍土があり寒冷な土地に適応した人種が住んでいるとのことだ。行けないこともないが、俺にはまだ早いだろう。寒い地域では、生き物が大型化しやすい。チームを組まない俺では太刀打ちできる獲物は少ない。

結論、南に行くことが一番だと思う。南方では、熱帯、亜熱帯、温帯性気候のような様々な気候の場所があり、その場所で様々な進化を遂げた魔獣がいるそうだ。戦闘経験を積むにはもってこいだ。

よし、様々な街を経由して南下していこう。経由する街で手に入れたいものもある。

組合の掲示板を見るとちょうど街を出る商人の護衛依頼があった。俺は、その依頼を受けて商人と一緒に街を出る。

街から街へ、乗合馬車や依頼を受けながら南下していく。決して穏やかな旅ではなかった。

そして、俺は目的地である南部最大の都市に向かう為、都市へ奴隷を輸送する商隊職員の護衛任務に就いた。

この世界では、奴隷は合法的な存在であり、奴隷は2種類ある。

一つは、犯罪奴隷
帝国刑法に定められた刑罰の一つ、奴隷刑に処された犯罪者の末路である。死刑よりも生産性があるとして、多くの大罪人がこの刑に処されている。

犯罪奴隷には基本的に人権などはなく、使い潰すことを前提として肉体労働や生きた人間の肉体を必要とする実験などに従事させられる。

もう一つは、契約奴隷
奴隷契約という契約のもと労働に従事する奴隷である。契約奴隷は契約により、衣食住が保証され、帝国労働法に基づいた限度ある労働が義務付けられる。

この契約をすると契約期間に比例した金を受け取ることができる。多くの契約奴隷は借金をこさえ、差し当たっての大金が必要な者たちだ。だが一部、その人生全てをを奴隷商に売り渡す者もいるという。

そしてこの奴隷を扱い、奴隷を管理するのが奴隷商である。

奴隷商は国の許認可を受けるれっきとした商売なのである。

というのは、護衛の時、商隊の男に聞いた。まあ、受け売りだ。

その彼、ドルマン・スコルッピオは、「スコルッピオ奴隷商会」という、帝都で長い歴史を持つ奴隷商会の若旦那だった。

彼は幼い頃から商会の跡取りとして、様々な教育を受けてきたらしい。そして、今は仕入れを任され経験を積んでいる25歳の美丈夫だ。

とても気さくで、何故だか俺をとても気に入ってくれたようで頻繁に仕事以外で話しかけてくる。

「アインさん、今日から峡谷越えとのことです。」

今回も荷台から話しかけられた。

「わかりました、、何度も言いますが商隊長直々に連絡される必要はないんですよ?」

「いえいえ、私がやりたくてやっているんですよ?私はアインさんと仲良くなりたいのです。ねぇ、ホロさんも仲良くなりたいですよね?」

荷台にいるホロにも絡み始めた、、、

「ワンッ!!」

「、、、、、。はぁ、わかりました。」

「あははっ。ではそろそろ、なんで左手だけ手袋つけているのか、教えてくれる気にはなりましたか?」

「何度も説明しているではないですか、、、特にこれと言った理由はないと、、、」

「えぇー?本当ですか?何かあると思ったんですけれど。これ以上聞いてアインさんの機嫌を悪くするといけないのでこの辺りにしておきますか。」

いつもこんな調子だ。いろいろなことを教えてくれるのはありがたいが、ちょっと距離が近すぎる。

「あ、そういえば、渓谷には輝石竜子グランリザードがいるみたいなので警戒しておいてください。彼らは鉱石食なので、縄張りにはいらなければ、滅多に襲ってはこないみたいですが一応お願いします。」

「わかりました。」

この商隊は、ドルマンさん以外は商会の御者が1人と、馬二頭と馬車の編成だ。積荷は5個の木檻だ。中身は犯罪奴隷が4人と契約奴隷が1人だ。

馬車のサイズも小さいので、護衛は俺1人だ。とは言っても、幌に大きくスコルッピオ奴隷商会の会紋が描かれたこの馬車を襲うような愚かな盗賊はいない。

奴隷制度は皇帝がその運営を下賜したものであり、選ばれた商会でしか取り扱えない。つまり、奴隷商会を襲うということは、帝国の旗に泥を塗るということである。

さらに、予定するルートに交戦的な魔物はいないので、俺1人の護衛で事足りるということだ。

「そろそろ峡谷に入る、ホロ降りて来い。」

「ワフッ!」

ホロが檻の一つから出てくる。ホロは契約奴隷の1人に何故か懐き、よくその奴隷の檻に入っている。俺以外に懐くのは初めだ。

ホロが入っていた檻には不思議な少女がいる。ドルマンさんから聞いたところによると、彼女は親に売られたらしい。生まれた頃から、泣きもせず、歳を重ねても話すこともできない。おおよそ感情と呼べるものはなく、とても醜く耐えかねた肉親は彼女を売ったそうだ。ありていに言えば先天性の障がいがあるそうだ。

この世界では、子は働き手として育てられる。盲人や物言わずは働けず穀潰しになってしまうから、大抵が間引かれる、良くて捨てられるか、この子みたいに売られるかだ。

そして、彼女も売られた。

だが、先にも言ったように、彼女は不思議なのだ。

確かに話せない。感情の発露もない。だが、皆が言うように醜くはない。

俺の目から見た彼女は、陽炎だった。

その様相が捉えられない。いかに目を凝らしても焦点が合わないように上手く認識できないのだ。手足があるのはわかる。だが、その輪郭はぼやけ肌の質感や指の本数すらわからない。顔があるのはわかる。だが、その目立ち鼻筋がわからない。

そんな、この世界に存在しているかすら妖しい陽炎のような少女だった。

まあ、だからなんだと言う話だ。ただ、そういう存在なのだろう。この依頼が終われば二度と会うこともない。ただ、それだけなのだから。

俺たちは、峡谷の壁に沿って作られた坂をゆっくりと降りていく。

荷台はかなりの重さがある、スピードが乗ってしまえば、コントロールを失う。牛歩の如き速度で、1日をかけて峡谷を下る必要があるのだ。

一歩一歩、万全を期し商隊は進んだ。足場を確認し、輝石竜子グランリザードの縄張りに入らないように気をつけながら進む。

そうして進むと、日暮前に峡谷の底についた。

今日はここで休むようだ。俺は御者を手伝い天幕を張る。その間御者は食事を作っていた。

犯罪奴隷には、携行食糧として安価な乾燥させたパンを与える。契約奴隷である少女は、衣食住がある程度保証されている。御者が作った干し肉とオートミールの粥とドライフルーツを受け取り、檻に持っていく。

少女は、昼間見た時と体勢も変えず座っていた。どこを見ているか、どんな表情なのかはわからない。

いつものように、檻の中に皿を置く。

「ホロ、頼む。」

彼女は、初日から一貫して俺の言葉に反応を示さない。だから最初は、俺がスプーンを口に運び食事を食べさせていた。

だがある日、いつものように食事を食べさせようとした時、ホロが小さく吠えた。そうすると、彼女は自力で食事を食べ始めたのだ。

それからは、ホロに頼み小さく吠えてもらい、自力で食事を摂らせている。

何故だかわからないが、ホロは彼女と多少意思疎通ができるみたいだ。彼女はあまりにも不思議な存在だった。

ホロが吠える

「ワンッ!」

「、、、、、」

彼女が食事を始めた。

俺とホロも食事にしよう。

峡谷の冷たい風が俺の背をなぞる。冷たさのせいか、少し鳥肌が立った。
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