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1章

第5話:魔獣の王

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「うわあああぁぁぁ!」

「な、なんだよ、このバケモノは……」

「ま、魔法も効いてないのか……?こんな奴、一体どうすれば……」



『やかましいぞ!』
 咆哮と共に、爪で薙ぎ払う。

 たったそれだけで、周囲に血しぶきが散り、紙切れのように人間の兵士は空に舞う。

 圧倒的戦力差を自覚しながらも、は苛立っていた。


『弱い……貴様ら、揃いも揃って弱すぎる!』


 魔獣ヴァンラグレス。

 彼は、生まれつき戦闘が好きだった。
 その爪牙は生まれてから血を吸わない日が無かった、と言われるほどに。

 更に特殊な体毛に覆われているため、生半可な武器や魔法を通さない防御力をも併せ持っていた。

 以前はその能力を持て余し、ただ漫然と暴虐に明け暮れて、魔界をも滅ぼさんとしていた。

 しかしある日、彼の傲慢は終わりを迎える。


 ただ、一人の人間に敗れ去ったことで。


 惜敗どころか、結果としては爪牙どころか、指一本、体毛ひとつ触れることは出来なかった。
 しかも、その人間は魔獣を打ち倒したあと、笑顔で言ったのだ。

『良い腕力をしているな』

 腕力。
 確かに、腕力だけは自信があるが――他はどうだろうか。

 自問自答するも、魔獣の王と持て囃された彼に、答えは出ない。
 それこそが答えだった。

 もしかすれば、人間の男にとっては何の気もない、ふと出ただけの言葉だったのかもしれない。
 だが、その言葉は魔獣の王にとって、決定的なであった。


(あの御方の持つ力、底知れぬ。ただの人間であろうはずがない)


 魔獣の王は、そう確信していた。

(あの御方が魔界から我々をついに、新天地である異世界に召喚なされたのだ)

 興奮と共に、魔獣の王はに燃えていた。
(我々はここで人間どもを蹴散らし、下らぬ者どもによる圧政を粉砕する!)


 信じがたいことに、魔獣の王と、そして魔界から召喚された者達は、自身を救世主と考えていた。

 魔獣、魔竜、そして魔人。

 その身体能力と潜在能力は人間を遥かに凌駕し、悠久を生きる彼らの知識でもって人間などを超越した知識を蓄えられる。

 人間などという醜悪で狂暴で、救い難い生物は、新たな世界に必要ない。
 だが、従順な態度を示す者だけは「選別」し、家畜として生きることを許してやる。

 それが、の計画であり、慈悲であった。


(特に、若い肉はうまいからな)


 魔竜や魔人にとっては魔力が主食だが、魔獣にとっては本能に根差す欲求がある。
 肉を食べたい、というまったく原始的なもの。

 だが、彼らが本当に待ち望むのは単なる新天地探しでも、ましてや食べ物でもない。

 血で染まった腕を見て食欲を覚えた自分を、魔獣は恥じた。
 そして、使命感で己を満たす。

(今は、我らの王国を作る。そしてその後は――魔神王の降臨を!!)



「そこまでにしろ!」

(――――む?)

 人間の、あまりの弱さに物思いにふけっていた。
 だが、そこに、とびきり威勢のいい人間が現れた。

 大剣を携えた、金髪の男。服装は、周囲にいる指揮官らしき者と同じ。

 周囲には女性兵士がいるが、どれもこれもマズそうだ。


『ふん』
 魔獣の王は鼻を鳴らした。

 己の力量も、そして下らない世界で下らない価値観に染まっているとも分からない、哀れな存在だ。

 と、そう思えば、憤りよりも滑稽さが上回る。

(だが、この状況下で逃げるのではなく、正々堂々と挑んできたことは賞賛に値するべきか。とはいえ――)

 魔獣の王は、狂暴性と闘争心において類を見ないほど高い。
 その実、知能も高く、この世界の人語も既に理解し始めており、この賞賛に値すると言葉を交わそうと思えば可能である。


『だが、貴様らのような弱者と交わすような言葉は持ち合わせぬ!』
 咆哮と共に、一歩踏み出す。

 魔獣が地面を踏みしめるごとに、周囲にいる人間どもはたじろぎ、実際に揺れ動き、転倒していた。

 はまったく意識していないが、その咆哮の「声」には本人の意志とは無関係に恐怖心で満たすという「呪い」が付与される。

 この相乗効果で、周囲にいる兵士、そして騎士ですらも、魔獣の王ヴァンラグレスの咆哮と闊歩を止められる者は居なかった。

 たった一人を除いて。


(ほう……)
 感嘆の想いと共に、ヴァンラグレスは、先刻大声を張り上げた指揮官を見た。

 彼は未だ、立っていた。

 そして――


(―――な、なんだと?)

 金髪の指揮官は、右手から青白い粒子――魔素を放ち、長大な魔剣を形成した。


『バ、バカな!あの魔剣は……!』

 魔獣の王、暴虐の獣と恐れられたヴァンラグレスが唯一、敗北を喫した魔剣そのものに酷似していた。


『よ、よせ!わかった、俺の負けだ、だから――――』


 痛みすら感じることなく、魔獣の王ヴァンラグレスは、その身を両断され、果てた。
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