機械少女と霞んだ宝石達~The Mechanical Girl and the hazy Gemstones~

綿飴ルナ

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Last Episode《Timeless》

#97《魔狼族の宴》

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 桜結みゆが帰って来ない。
 瑠璃は数ヶ月前に旅立った彼女の事が心配で堪らなかった。

『すまない。今は事情が話せないが、暫くの間は帰れそうにない』

 ソレイユから連絡があったあの時の知らせが今も不安として心に残っている。


「よーし、皆、準備はいーい?」


 今は瑠璃の心配事を棚に置いておかなければならない。
 これからはやてが暮らす魔狼族の集落へ赴く為、暗い気持ちのまま会う訳にはいかないからだ。


「そいじゃあ黒斗、あとは任せたよ」

「あぁ、気を付けて行ってこいよ」


 黒斗とあおに見送られ、瑠璃達は魔狼族の集落へと出発した。
 前々から魔狼族に宴の誘いを受けていたらしく、如月家の引っ越しや生活が落ち着いてきたので、予定を合わせて行われる事になったのだ。
 今回参加するのははやてはもちろん、ルナと瑠璃、藍凛あいりと蛍吾の五人だ。
 ソレイユは桜結みゆの様子を見に行っている為に不在。
 黒斗はあおの為、ルナ達が不在している中でのアトリエの管理の為、あとはいつものように怖いという理由でアトリエに残ったのだ。

 瑠璃が一番驚いたのは、藍凛あいりの為に作った御守りのおかげで、魔法が発動しても身体が光らなくなった事。
 蛍吾の御守りと同じ方法で能力が付与された魔導具を完成させる事が出来た事だ。
 それを付けるのは宴の間だけ。滞在中に効果が切れないよう、アトリエから集落までの移動時は外している。


「ねぇ、ルナ。一つ聞いてもいいかな?」

「んー? どしたの瑠璃?」

「どうしてわたしはルナを抱っこして歩いてるのかな?」


 腕の中にいる、犬の姿になったルナに質問した。
 この目で本物の犬を見た事はないが、これだけはわかる。
 ――重い。
 ルナと出会ったばかりの頃に抱きかかえて以来ではあるが、確かにあの時も同じ感想を抱いていた。


「だって藍凛あいりはやてに乗っちゃったからさぁ」

「えぇ……自分で歩こうよ……」

「もぉー、我儘だなぁ。ボクはこれでも周囲を警戒して皆の安全を守ってるんだよ?」

「うん……それはすごく感謝してるんだけど……ちょっとかなぁ……」


 そろそろ腕が限界だ。このままでは宴が始まる頃にはお箸もお椀も持てなくなってしまいかねない。
 それを伝えようにも、同じ女の子に『重たい』とは中々言えずにいる。
 降りてもらおうにも本人は歩く気がなさそうなので、瑠璃は凄く泣きたくなった。


「じゃあ、僕が変わるよー」


 蛍吾は瑠璃の腕からルナを抱き上げて交代してくれた。
 彼は隠す事なく『重い』と言ったが、どうやらルナは気に止めていないようだ。


「どうせなら奏兄ちゃんに抱っこされたかったなぁ」

「えぇ!? ちょっと、それは酷いよー」


 蛍吾の嘆き声が木霊すると木々の間から柔らかい風が通り過ぎていった。

 開放された両腕の筋肉をほぐしながら颯の後ろをついて行くと、その先には緑と青が絡まる渓谷が広がっていた。
 木漏れ日が川を鮮やかにしている。ここにあおがいれば喜んでいただろう。


「綺麗……。景色をそのまま持って帰れたらいいのに……」


 瑠璃は無意識に声を出していた。


「……あ。そういやぁ、母さんがカメラを持ってたんだった」

「そうなの?」

「うん、アトリエにもあるハズなんだけど見つけられなくてさぁ。ババアが隠し持ってる可能性が高いんだよねぇ……」


 帰ったら聞いておくと言われて話が終わってしまったが、意図はしっかりと伝わっているようだ。

 渓谷を歩いていると密林地帯に入り、足場が固まって歩きやすくなる。
 景色を目に焼き付けながら更に長い距離を歩くと、はやてが『もうすぐ着く』と教えてくれた。

 そこから急勾配の坂を登っていくと、目の前にツタが絡んだ大きな門が見えてくる。
 頻繁に出入りする出入口だからか、土の道がとても分かりやすい。
 急勾配であるにも関わらず、サンダルで来てしまった瑠璃でも滑らずに登れる事が出来た。


「おーい!」


 門の下に見覚えのある二匹が見える。《雷の雷牙》と《氷の氷奈》だ。
 二匹ははやてを見つけるとこちらへ駆け寄ってきては嬉しそうに飛び跳ねていた。


「おかえり! 待ちくたびれたぜ!」

「ただいま、雷牙、氷奈!」

「おかえりなさい! 宴の準備は整っているから、どうぞこちらへ」


 氷奈に案内されるがまま、周辺に居る魔狼族に見られながら到着した先には大きな広場があった。
 瑠璃達専用の簡素な木のテーブルの上に、肉料理が置かれた籠がある。


藍凛あいりちゃんが作ってくれたやつ、結構評判良くてさ! 女の子達が『料理を飾れる』っつーてめちゃくちゃ喜んでんだ」

「そう……良かった」


 料理が入れられた籠が魔狼族の女性陣によって次々と運ばれて行く様子から、藍凛あいり特製の道具はその籠で間違いはないだろう。
 どうやらそれだけではないらしいが、この話の続きは後で聞く事にする。


「マゼンタ様だっ!」

「シアン様!」


 白毛の体毛を持つ魔狼が二匹、高台からこちらへ降りてくる。
 白と赤と青が混ざり合うその姿は《美》そのもので、瑠璃は思わず見惚れてしまった。
 二匹が所定の位置であろう席へ到着すると、マゼンタの号令で全ての魔狼が立ち上がる。


「本日は我らの宴に来てくれた事、心より礼を言う」

「こちらこそ、お声をかけて頂き光栄です」


 ルナが笑顔で言葉を返すと、自然と周囲も笑顔になった。


「是非楽しんでいってね。それでは、宴を始めましょう!」


 シアンが音頭取り、宴が始まった。瞬く間に賑やかな空間へと変わる。
 瑠璃は早速目の前の料理に手をつけようと、予め用意していたナイフとフォークで肉を切り、それを口の中に入れた。
 香ばしい匂いと薬草の香りが広がって幸せな気持ちになる。


「わぁ! 凄く美味しい! 絶妙な焼き加減、ハーブが味を効かせてる。どうやって作ったのかな?」


 瑠璃は無意識な一人言を口に出していたようで、近くに居た女子が答えてくれた。


「それ、はやてが持ってきてくれた《フライパン》という物を焚き火の上に置いて焼いたんです。料理の作り方も、はやてが聞いてきたって教えてくれて」

「あの時聞いてきたのって、その為だったんだ……。フライパンは藍凛あいりちゃんが?」

「うん…。はやてに相談されたから、作ってみた」


 藍凛あいりはそう言って自慢げに親指を立てていたので、瑠璃は頬が落ちそうなくらいに幸せな気持ちになった。


「あれからそちの仲間はどうだ?」


 高台側からマゼンタの声が聞こえる。彼の視線の先にはルナがいた。


「父さんは蛍吾のおかげで軽傷で済んだよ。暫くの間は治療しなきゃいけないけど、これもキミ達が助けてくれたおかげ。本当にありがとう」


 ルナはでんきあめを片手に感謝の想いを伝えていた。すると今度はシアンがルナに質問をする。
 それは案の定でんきあめの事だ。
 いつものように返答をすると毎度同じ反応をされる。そして彼女はいつもと同じ言葉を返すのだ。


「ボクには食事機能はついてないからさぁ。ロボットだからね。なんなら触ってみる?」


 瑠璃はざっくりと割られた野菜スープを頂きながらその光景を眺めていた。
 いつものように驚かれていたが、その後に興味をそそる話題になったので聞き耳を立てる事にする。


「前からずっと気になってたんだけど、魔狼族ってどういう種族なの?」

「ワタシ達は言わば《アンデッド》ね。狼の亡骸に魔力が入ってこの姿になるのよ」

「そうなんだぁ! アンデッドって事は永久に生きていられるの?」

「永久だったら良かったんだけど、残念ながらね。身体が亡骸だからか、魔力が完全に枯渇すると役目を終えるわ。唯一ワタシと主人は全ての魔力を奪う能力を持っているから、危険だと判断した仲間がいれば実行するわね。よっぽどの事が無い限りはしないけど」


 話を傍聴している限りでは魔法の発動方法も違うようで、目覚める際に近くにある属性魔法の影響を受けるらしく、その属性魔法を発動させる事が出来るらしい。
 尚、はやては走りに活かせる程の風を纏っているようだ。

 食事が一区切りつくと、三匹の女子の魔狼が瑠璃の元へやって来る。
『瑠璃は料理に詳しい』とはやてに教えてもらったと話して、料理について学びに来たようだ。
 瑠璃は四足よつあしの魔狼が作りやすいものを選んで作り方を教えてあげると、魔狼達はとても嬉しそうにしていた。


「あれ? そういえばはやては何処ー?」


 蛍吾の声が聞こえたので、瑠璃も周囲を見回した。
 先程まで蛍吾の横に居たはやての姿が見当たらない。
 声が聞こえる方へ目をやると、少し離れた場所にはやてと魔狼五匹が集まって話し込んでいた。
 その中には見知った魔狼がいる。……氷奈だ。


「ねぇ、はやてはどんな女の子が好みなの?」


 一匹の魔狼が彼に質問をしているようだ。おそらく囲っているのは女の子だろう。


「えー、女の子はみんな可愛いからなー。強いて言うなら天使みたいな子かな!」

「天使?」

「ここにはいないけど、あおちゃんっていう天使みたいな笑顔で癒される子がいるんだ」

「!? そ、そうなんだ……」


 女子達はあからさまに落ち込んでいる。瑠璃はその意味にいち早く気付いた。


「……でも黒斗に取られちまってさぁ。正直ちょっとショックだったな」

「そっかぁ。 えっと、黒斗って?」

「あ、 オレの親友な! ここには来てねぇけど、すっげービビりなんだよ」


 はやてはとても嬉しそうに親友の自慢話を始めてしまったので、女子達が困惑しているようだった。
 ――が、頑張れ……!


「ねぇ、瑠璃ちゃん。何を応援しているのー?」


 瑠璃は蛍吾に質問され、声を出して驚いてしまった。どうやら心の応援は声に出していたらしく、瑠璃は恥ずかしくなって一度視線を逸らしてしまう。『なんでもない』と答えると、蛍吾は気に止める様子もなく食事を再開し、瑠璃は小さな息を零した 。

 その後、宴は夜まで開催され、瑠璃達は簡易魔導テントの中で一泊して、翌日アトリエに帰宅したのだった。


 ◆


 宴から帰宅して数日後。ソレイユと桜結みゆが帰ってきた。
 いつもと違う桜結みゆの姿に、その場にいる全員が困惑する。
 瑠璃が声をかけると、彼女は瑠璃の胸に飛び込んで号泣した。

 ソレイユから告げられたのは、桜結みゆを助けてくれたおばあさんがこの世を去ったという事だ。
 最期の挨拶を交わし、生命の灯火が消えるところを見届け、おばあさんの親族を探し回ったのだという。

 だが、おばあさんは身寄りがいなかった為、葬式はキサラギグループを通して街の住民と共に送ったそうだ。
 葬式が終わり、しばらくの間はおばあさんの家でソレイユと共に暮らし、彼女の友人であるミカとメイに支えられ、立ち上がれるようになった今、こうして帰宅したらしい。


「おばあちゃんね、最期に言ってくれたんだ……。『あの家は貴女が使いなさい』って……。だから桜結みゆ、街に行く時はおばあちゃんの家で過ごす事にしたの……」

「うん」

「もちろんアトリエここにも帰ってくるよ? 桜結みゆにとってこの家も大切な家だからっ……」


 桜結みゆは涙を流したまま精一杯の笑顔を向け、少しの間、部屋の中で引きこもっていた。
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