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Episode 5 【コンパスの示す先へ】
#35《人間に会いに行くお話》
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あれから一週間ほどが経過する。
颯の予定に合わせて皆が本館のリビングに集合していた。
黒斗と碧以外は出かけるという事しか聞かされていない為、何処へ行くのだろうかと前日からそわそわしている。
そんな空気の中でルナは奥の部屋からスピーダーが入った籠を持ってくると全員にそれを手渡していった。
「颯はどうする?」
「うーん、オレはいいや。走るの好きだし、多分追いつけるよ!」
そう言って彼はニカッと笑うと自ら荷物を持つと言い、今度は瑠璃に荷物を背中に括り付けてもらっている。
鼻の下を伸ばしながら嬉しそうにしている様子に気付いているのはどうやら黒斗だけのようだ。
「えっとね、黒斗と碧には先に伝えている事なんだけど、実は……」
そう言ってルナは経緯を話した。
元々貯蓄の少なかった米が近いうちに底を尽きてしまうのだが、現時点では米の栽培は出来ない。
その問題を解決する為に、挨拶も兼ねて今からとある人物が住む家へと向かうのだ。
「実はこのアトリエの敷地ってね、管理者が居るんだよ。ボクも詳しくは聞かされていないからわからないんだけど、師匠はその人に交易品の販売と物資の購入を代行してもらっていたんだ」
「その管理者って何処に住んでんの?」
「黒斗は行った事あるかな? ここから真東の敷地の境界線に木造の平屋と大きな窯炉があるんだけど……」
「んー、境界線までは行ってねぇな」
じゃあ皆初めてだねぇ、と自ら提案しているにも関わらず、ルナはあまり気乗りしていない。
そして自分達以外でここで暮らしている者がいるという事実に全員が驚いている。
宝石達が浮き足立つ中で荷物の固定が終わり手が空いた瑠璃の声が響く。
「その管理者さんってどんな人なの?」
「あー……えっとねぇ……。翔平っていう名前の人間のおじいちゃんだよ」
「「「に、人間!?」」」
ルナが嫌そうに答える中、瑠璃と藍凛は顔を見合わせ、颯は目を輝かせている。
質問攻めに合いそうになり「早く行かないと帰りが遅くなるから」と半ば強引に外へと連れ出し目的地へ向かって出発した。
本館と畑の間にある道をただひたすら真っ直ぐに進む。
ルナは犬の姿に変身し、スピーダーを所持した皆と同じ速さで先陣を切り、颯は余裕のある様子で藍凛の右隣で同じ速さでついてきていた。
「いいな……。荷物の代わりに私が乗りたい……」
「藍凛ちゃん、今はダメだよ。また後でね」
瑠璃にダメだと言われ駄々を捏ねるが願いは届かず、藍凛は頬を膨らましていた。
畑と倉庫を越え、その奥の小川までたどり着くと、申し訳程度の木製の橋がかけられている。
橋に体重がかかる度にミシミシと鳴り揺れ動いていた。
それを渡った先の地面には轍がうっすらと途切れて残っている。
このおおよそ三ヶ月の間で車輪のある物を移動させた事はない。
それ以前に付けられたものが奇跡的に残っているようだ。
更に東へと進むと遠くに見えていた森の出入口へと到着する。
「ここから先はボクから離れないでねー? 特に碧!」
「ふぇ!? そ、そんな事しないもん!」
皆の笑い声が森中に響いた。
そこから先は所謂変わり映えのない道。
森の奥ではよくある景観だ。
何事もなく歩き続け、何度か休憩を挟み、あと数十分程で目的地へとたどり着く所まで来る。
――あれ?
ルナは様子がおかしい事に気付いた。
目的地である平屋にそれがある。
「……なぁ、ルナ」
同じくそれに気付いたであろう黒斗が先頭にいるルナの元へ早足で寄り覗き込む。
自身が視たものを確認する為だ。
「……もしかして、黒斗も気付いた?」
「うん……。二人居るよな? なんでさっきまで視えなかったんだ……?」
「一人はおばあちゃんなんだけど、おばあちゃんの魔力は何故だか近くに行かないと視えないんだよねぇ……」
「へぇ……。じゃあ、もう一人は?」
「うーん……。まさかねぇ……」
黒斗は首を傾げるが、それ以降ルナは考え込んでしまい会話も途絶えてしまった。
数十分が経ち、目の前に見えている何かがだんだんと姿を露にしていく。
そこにはここから見て斜めに建てられた平屋と、その向かいには瓦屋根が付いた大きな窯炉があり、平屋の玄関扉は手前側に取り付けられている。
それの奥にある煉瓦の壁にはいくつかの薪が束になって置かれていた。
ルナは家の十数歩前で変身を解くとここまで着いてきた皆の様子を伺った。
「今から扉を叩くけど準備はいい?」
皆の意思を確認するとルナは玄関扉の前に立ち、専用の呼び出し鈴を鳴らした。
暫しの間緊張感が漂う。
瑠璃と颯にとっては人間に会うのは初めてだ。
不安と高揚感が二人の心の中を揺るがしていく。
「おお! ルナちゃんじゃないか。久しぶりだねぇ」
扉の向こうから現れたのは、黒斗よりも少し低い、白髪混じりで眼鏡をかけ顎に髭を生やした年配の男性だ。
彼は優しく微笑みかけ、後ろにいる黒斗達に目をやると、部屋の奥にいる誰かに声をかけていた。
入ってくれと招かれたので、ルナ達は緊張しながら家の中へ入っていった。
中に入ると目の前にテーブルが置かれてあり、右手側にキッチンが見える。
魔導テントよりも少し狭いリビングルームだ。
周囲にある棚は少々物で散らかっている。
玄関はルナ達全員の靴で埋まる程に小さく、申し訳程度の靴箱が左手側に置かれていた。
「ルナちゃんと一緒に来たという事は、君達もクリスタと同じ宝石……なのかい?」
そう言って男性は全員用の椅子を用意してくれている。
もう少し待っていてくれと言って奥の部屋へ入っていくと、一分も経たないうちに折りたたみ椅子を両手に二つ抱え戻ってきた。
更に後ろからもう一人、白髪の少女が折りたたみ椅子を抱えてこちらへ来るのが見えた。
「おばあちゃーん!!」
ルナは嬉しそうに白髪の少女の胸へとダイブする。
少女は身体が後ろへ倒れそうになるが、何とか堪えて幸せそうにルナを抱きしめ頭を撫でていた。
「お主達がここに来るという事は交易の話じゃな?」
「えっ、おばあちゃん、なんでそれを……?」
「あのバカ狐が言っておったからの」
本当に自分勝手な奴じゃ。
そう言って少女は全員に座るように促す。
少女の眉毛は短く、床に着きそうな長い髪を二つに結い、邪魔にならない程度の長さで後頭部に花柄のバレッタで固定している。
和服とまではいかない、和風なイメージを抱く衣服を身に纏っていた。
男性が奥の部屋から戻ってくると少女は立ったまま話を切り出した。
「改めて自己紹介をさせてもらうぞ。我が名はクリスタル。クリスタとでも呼んでくれ。ルナから聞いておろうが、ワシはおおよそ五百年程前に目覚めた、お主達と同じ宝石じゃ」
少女……元いクリスタは、長く生きている分貫禄のあるオーラを放っている。
普段は敷地内の何処かに身を隠しており、それはら魔力感知能力をもってしても視つける事が出来ない。
そこは彼女自身に招待された者のみが訪れる事を許される。
クリスタルの洞窟で目覚めたと話す彼女の能力は少々特殊なものらしい。
ルナと黒斗がこの家に近付くまで気付けない程、魔法や魔力を隠してしまうようだ。
「ワタシは神田翔平と申します。ここで陶芸家を営みながらキサラギグループに所属している、しがないおじさんだよ」
そう言って彼はニコニコと微笑んでいた。
動きやすい服装の上に土で汚れた焦げ茶色のエプロンに自然と目が向いた。
「……ねぇ、おばあちゃん。キサラギグループって何?」
「日ノ国で一番の実力派を誇っている大手企業グループじゃよ。遠い昔に色々あっての。この土地一帯を所有する事でワシらの生活を護ってくれているのじゃ」
ルナ達がいるこの大陸は人間の間では日ノ国と呼ばれている。
ここ数百年の間に人々の文明は発達し、それと同時に人々は欲深くなっていった。
更なる発展を理由に新たな土地を巡り内戦が起こることが増えていたという。
その土地を巡る内戦を止めるキッカケとなったのがキサラギグループだ。
キサラギグループは最初こそ小さな商店であったが、後に色んな事業へ手を伸ばしていく大手企業へと発展し、今ではこの日ノ国の法律を動かしてしまう程の実力派となり現在に至る。
国を統一し法律を定め取り締まっている組織は別にあるのだが、キサラギグループは領土を巡る争いを止め、野生生物や魔族の暮らす森を守る事で共存を可能にさせたのだ。
この国にとって大きな存在であるものが魔石族の為に土地を所有する。
つまり、魔石族にとってキサラギグループは人のセカイで言うパトロンなのだ。
「ワタシがここで暮らすのは管理を任されたというのももちろんありますが、一番は人里離れた場所で陶芸家として暮らしたいからで、仕事とは考えておりません。給料は頂いているがね。交易の代行なんて表面上で言っていますが、あくまでワタシの作品を街へ売り買い物に行くついでだ。売りたい物や買いたい物があれば気軽に仰ってください」
翔平の笑顔は安心感を与えてくれる親しみやすさを持ち合わせていた。
ルナ達は唐突な物事が、聞き慣れない言葉が多く入り込んだおかげで頭の整理がつかずにいる。
皆が呆然としている中で藍凛の身体が淡く光った。
つまりは交易や買い出しは遠慮なくいつでも言ってくれ、他はともかくそういう事なのだと藍凛が必要最低限の説明をする。
魔法を発動させる瞬間を目の当たりにし、翔平は思わずクリスタに視線を送った。
「そういえば、奴はまだかの?」
視線を向けられた事を気に止める様子もなくクリスタは質問する。
「声をかけたが来る気配がないな」
翔平は呟きながら立ち上がり、連れてくると言い残し奥の部屋へと入っていった。
「ルナや。お主ならもう気付いておろう?」
クリスタの視線がルナに向けられる。
ルナは複雑そうな顔をしてやっぱりと小声で呟き視線を逸らしていた。
皆が不思議に思いながらも待つ事数分。
翔平と同じく土まみれのエプロンを身につけた高身長の男性が姿を現した。
少々長めの茶色い髪を首の後ろで一括りにしている。
柔らかい表情と眼鏡を着用しているのも相まって好青年を想像させる印象だ。
「紹介する。二ヶ月ほど前に見つけて保護した、フローライトの天然石。ワシらと同じ魔石じゃ」
青年は「ほれ、挨拶せい」とクリスタに押し出される。
視線が一度に集まりたじろぐものの、ゆるゆるとした様子で一呼吸吐いていた。
「えっと、蛍吾です。よろしくお願いしますー」
丁寧な言葉と緩みのある声がリビングに響くと、この場にいる全員の気も緩んでいった。
颯の予定に合わせて皆が本館のリビングに集合していた。
黒斗と碧以外は出かけるという事しか聞かされていない為、何処へ行くのだろうかと前日からそわそわしている。
そんな空気の中でルナは奥の部屋からスピーダーが入った籠を持ってくると全員にそれを手渡していった。
「颯はどうする?」
「うーん、オレはいいや。走るの好きだし、多分追いつけるよ!」
そう言って彼はニカッと笑うと自ら荷物を持つと言い、今度は瑠璃に荷物を背中に括り付けてもらっている。
鼻の下を伸ばしながら嬉しそうにしている様子に気付いているのはどうやら黒斗だけのようだ。
「えっとね、黒斗と碧には先に伝えている事なんだけど、実は……」
そう言ってルナは経緯を話した。
元々貯蓄の少なかった米が近いうちに底を尽きてしまうのだが、現時点では米の栽培は出来ない。
その問題を解決する為に、挨拶も兼ねて今からとある人物が住む家へと向かうのだ。
「実はこのアトリエの敷地ってね、管理者が居るんだよ。ボクも詳しくは聞かされていないからわからないんだけど、師匠はその人に交易品の販売と物資の購入を代行してもらっていたんだ」
「その管理者って何処に住んでんの?」
「黒斗は行った事あるかな? ここから真東の敷地の境界線に木造の平屋と大きな窯炉があるんだけど……」
「んー、境界線までは行ってねぇな」
じゃあ皆初めてだねぇ、と自ら提案しているにも関わらず、ルナはあまり気乗りしていない。
そして自分達以外でここで暮らしている者がいるという事実に全員が驚いている。
宝石達が浮き足立つ中で荷物の固定が終わり手が空いた瑠璃の声が響く。
「その管理者さんってどんな人なの?」
「あー……えっとねぇ……。翔平っていう名前の人間のおじいちゃんだよ」
「「「に、人間!?」」」
ルナが嫌そうに答える中、瑠璃と藍凛は顔を見合わせ、颯は目を輝かせている。
質問攻めに合いそうになり「早く行かないと帰りが遅くなるから」と半ば強引に外へと連れ出し目的地へ向かって出発した。
本館と畑の間にある道をただひたすら真っ直ぐに進む。
ルナは犬の姿に変身し、スピーダーを所持した皆と同じ速さで先陣を切り、颯は余裕のある様子で藍凛の右隣で同じ速さでついてきていた。
「いいな……。荷物の代わりに私が乗りたい……」
「藍凛ちゃん、今はダメだよ。また後でね」
瑠璃にダメだと言われ駄々を捏ねるが願いは届かず、藍凛は頬を膨らましていた。
畑と倉庫を越え、その奥の小川までたどり着くと、申し訳程度の木製の橋がかけられている。
橋に体重がかかる度にミシミシと鳴り揺れ動いていた。
それを渡った先の地面には轍がうっすらと途切れて残っている。
このおおよそ三ヶ月の間で車輪のある物を移動させた事はない。
それ以前に付けられたものが奇跡的に残っているようだ。
更に東へと進むと遠くに見えていた森の出入口へと到着する。
「ここから先はボクから離れないでねー? 特に碧!」
「ふぇ!? そ、そんな事しないもん!」
皆の笑い声が森中に響いた。
そこから先は所謂変わり映えのない道。
森の奥ではよくある景観だ。
何事もなく歩き続け、何度か休憩を挟み、あと数十分程で目的地へとたどり着く所まで来る。
――あれ?
ルナは様子がおかしい事に気付いた。
目的地である平屋にそれがある。
「……なぁ、ルナ」
同じくそれに気付いたであろう黒斗が先頭にいるルナの元へ早足で寄り覗き込む。
自身が視たものを確認する為だ。
「……もしかして、黒斗も気付いた?」
「うん……。二人居るよな? なんでさっきまで視えなかったんだ……?」
「一人はおばあちゃんなんだけど、おばあちゃんの魔力は何故だか近くに行かないと視えないんだよねぇ……」
「へぇ……。じゃあ、もう一人は?」
「うーん……。まさかねぇ……」
黒斗は首を傾げるが、それ以降ルナは考え込んでしまい会話も途絶えてしまった。
数十分が経ち、目の前に見えている何かがだんだんと姿を露にしていく。
そこにはここから見て斜めに建てられた平屋と、その向かいには瓦屋根が付いた大きな窯炉があり、平屋の玄関扉は手前側に取り付けられている。
それの奥にある煉瓦の壁にはいくつかの薪が束になって置かれていた。
ルナは家の十数歩前で変身を解くとここまで着いてきた皆の様子を伺った。
「今から扉を叩くけど準備はいい?」
皆の意思を確認するとルナは玄関扉の前に立ち、専用の呼び出し鈴を鳴らした。
暫しの間緊張感が漂う。
瑠璃と颯にとっては人間に会うのは初めてだ。
不安と高揚感が二人の心の中を揺るがしていく。
「おお! ルナちゃんじゃないか。久しぶりだねぇ」
扉の向こうから現れたのは、黒斗よりも少し低い、白髪混じりで眼鏡をかけ顎に髭を生やした年配の男性だ。
彼は優しく微笑みかけ、後ろにいる黒斗達に目をやると、部屋の奥にいる誰かに声をかけていた。
入ってくれと招かれたので、ルナ達は緊張しながら家の中へ入っていった。
中に入ると目の前にテーブルが置かれてあり、右手側にキッチンが見える。
魔導テントよりも少し狭いリビングルームだ。
周囲にある棚は少々物で散らかっている。
玄関はルナ達全員の靴で埋まる程に小さく、申し訳程度の靴箱が左手側に置かれていた。
「ルナちゃんと一緒に来たという事は、君達もクリスタと同じ宝石……なのかい?」
そう言って男性は全員用の椅子を用意してくれている。
もう少し待っていてくれと言って奥の部屋へ入っていくと、一分も経たないうちに折りたたみ椅子を両手に二つ抱え戻ってきた。
更に後ろからもう一人、白髪の少女が折りたたみ椅子を抱えてこちらへ来るのが見えた。
「おばあちゃーん!!」
ルナは嬉しそうに白髪の少女の胸へとダイブする。
少女は身体が後ろへ倒れそうになるが、何とか堪えて幸せそうにルナを抱きしめ頭を撫でていた。
「お主達がここに来るという事は交易の話じゃな?」
「えっ、おばあちゃん、なんでそれを……?」
「あのバカ狐が言っておったからの」
本当に自分勝手な奴じゃ。
そう言って少女は全員に座るように促す。
少女の眉毛は短く、床に着きそうな長い髪を二つに結い、邪魔にならない程度の長さで後頭部に花柄のバレッタで固定している。
和服とまではいかない、和風なイメージを抱く衣服を身に纏っていた。
男性が奥の部屋から戻ってくると少女は立ったまま話を切り出した。
「改めて自己紹介をさせてもらうぞ。我が名はクリスタル。クリスタとでも呼んでくれ。ルナから聞いておろうが、ワシはおおよそ五百年程前に目覚めた、お主達と同じ宝石じゃ」
少女……元いクリスタは、長く生きている分貫禄のあるオーラを放っている。
普段は敷地内の何処かに身を隠しており、それはら魔力感知能力をもってしても視つける事が出来ない。
そこは彼女自身に招待された者のみが訪れる事を許される。
クリスタルの洞窟で目覚めたと話す彼女の能力は少々特殊なものらしい。
ルナと黒斗がこの家に近付くまで気付けない程、魔法や魔力を隠してしまうようだ。
「ワタシは神田翔平と申します。ここで陶芸家を営みながらキサラギグループに所属している、しがないおじさんだよ」
そう言って彼はニコニコと微笑んでいた。
動きやすい服装の上に土で汚れた焦げ茶色のエプロンに自然と目が向いた。
「……ねぇ、おばあちゃん。キサラギグループって何?」
「日ノ国で一番の実力派を誇っている大手企業グループじゃよ。遠い昔に色々あっての。この土地一帯を所有する事でワシらの生活を護ってくれているのじゃ」
ルナ達がいるこの大陸は人間の間では日ノ国と呼ばれている。
ここ数百年の間に人々の文明は発達し、それと同時に人々は欲深くなっていった。
更なる発展を理由に新たな土地を巡り内戦が起こることが増えていたという。
その土地を巡る内戦を止めるキッカケとなったのがキサラギグループだ。
キサラギグループは最初こそ小さな商店であったが、後に色んな事業へ手を伸ばしていく大手企業へと発展し、今ではこの日ノ国の法律を動かしてしまう程の実力派となり現在に至る。
国を統一し法律を定め取り締まっている組織は別にあるのだが、キサラギグループは領土を巡る争いを止め、野生生物や魔族の暮らす森を守る事で共存を可能にさせたのだ。
この国にとって大きな存在であるものが魔石族の為に土地を所有する。
つまり、魔石族にとってキサラギグループは人のセカイで言うパトロンなのだ。
「ワタシがここで暮らすのは管理を任されたというのももちろんありますが、一番は人里離れた場所で陶芸家として暮らしたいからで、仕事とは考えておりません。給料は頂いているがね。交易の代行なんて表面上で言っていますが、あくまでワタシの作品を街へ売り買い物に行くついでだ。売りたい物や買いたい物があれば気軽に仰ってください」
翔平の笑顔は安心感を与えてくれる親しみやすさを持ち合わせていた。
ルナ達は唐突な物事が、聞き慣れない言葉が多く入り込んだおかげで頭の整理がつかずにいる。
皆が呆然としている中で藍凛の身体が淡く光った。
つまりは交易や買い出しは遠慮なくいつでも言ってくれ、他はともかくそういう事なのだと藍凛が必要最低限の説明をする。
魔法を発動させる瞬間を目の当たりにし、翔平は思わずクリスタに視線を送った。
「そういえば、奴はまだかの?」
視線を向けられた事を気に止める様子もなくクリスタは質問する。
「声をかけたが来る気配がないな」
翔平は呟きながら立ち上がり、連れてくると言い残し奥の部屋へと入っていった。
「ルナや。お主ならもう気付いておろう?」
クリスタの視線がルナに向けられる。
ルナは複雑そうな顔をしてやっぱりと小声で呟き視線を逸らしていた。
皆が不思議に思いながらも待つ事数分。
翔平と同じく土まみれのエプロンを身につけた高身長の男性が姿を現した。
少々長めの茶色い髪を首の後ろで一括りにしている。
柔らかい表情と眼鏡を着用しているのも相まって好青年を想像させる印象だ。
「紹介する。二ヶ月ほど前に見つけて保護した、フローライトの天然石。ワシらと同じ魔石じゃ」
青年は「ほれ、挨拶せい」とクリスタに押し出される。
視線が一度に集まりたじろぐものの、ゆるゆるとした様子で一呼吸吐いていた。
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