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Episode 5 【コンパスの示す先へ】
#37《蛍吾の修行についてのお話》
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「黒斗くん、どうしちゃったのかな?」
「さぁ……?」
「なんだよアイツ。碧ちゃんを独り占めしやがって……!」
瑠璃と藍凛は心配そうに顔を見合わせている中、颯は一人悔しそうにしている。
「まぁまぁ。きっと蛍吾に触発されて修行に行ったんじゃない? ほら、いつも碧と一緒に出かけてるでしょ? 碧も普段からお絵描きの練習してるし」
ルナは気怠げに皆を宥めると、「そんなことより」と言って視線を蛍吾に向け、話題を彼に戻した。
蛍吾は先程まで湯呑みの成形をしていたらしく、一段落つくまで離れる事が出来なかったらしい。
「轆轤を回して成形していたし、僕はまだまだ未熟者だから、一度離れてしまったら分からなくなってしまうんだ」
そう言って蛍吾は笑う。
彼の話を聞いている内に瑠璃達は益々陶芸に興味を持つようになり、翔平の言葉に甘えて見学させてもらう事になった。
そうして翔平を含めた一同は奥の部屋へ入っていく。
その中で藍凛だけはリビングに留まり、皆が奥の部屋に入ったのを確認すると、椅子に座ったままのクリスタを睨みつける。
クリスタは何も言わず、藍凛が口を開くのを待っていた。
「二百年程前、あなたはあの白夜の街に居たわよね?」
「……どういう意味じゃ?」
「とぼけないで。街を襲った魔女と一緒に居たのは覚えているのよ」
「目覚める前の記憶があるという事か……」
暫しの間、静まり返ったこの場所で重たい空気が漂う。
どうして街を襲ったのか、話してもらうまでは離さない。
藍凛は獲物を逃がすまいと言わんばかりにクリスタを睨み続けている。
「……そうか。お主には先に話しておかねばならんようじゃな」
クリスタは静かに立ち上がると、「場所を変えよう」と外へ連れ出した。
先程蛍吾を浄化した窯炉の隣りにある薪割り台へ座るように促すが、藍凛が席を譲ったのでそこへ彼女が座る。
風がクリスタの前髪を撫で続ける中、大きなため息が吐き出された。
「……今から話す事はルナにも教えておらん事じゃ。奴には時が来れば話すつもりじゃが、それまでの間は他言無用でいてくれないだろうか?」
「えぇ、構わないわ」
藍凛は表情を変えず、ただ睨み続けている。
張り詰めた空気の中、クリスタは当時起こった出来事を語り始めたのだった。
◆
同時刻、奥の部屋に入ったルナ達は、エプロンを身につけて見学の準備をしている。
念の為、汚れないようにと翔平が全員に手渡してくれたのだ。
途中、藍凛が居ないことに気付いた瑠璃が呼びに戻ろうとしていたが、「アトリエの話を聞きたいみたいだから、戻ってくるまで待とう」とルナに呼び止められて今に至る。
颯にも小さめのエプロンを付けてあげるが、気持ち程度の前掛けに見えてしまう。
本人は瑠璃に付けてもらってご満悦のようだ。
「それじゃあ、今から作るねー」
蛍吾は緊張した様子で轆轤を足で回す。
一定の速さで回転するようになると、両手で土の形を整えながら、親指を中心に入れて穴を広げていく。
最初の内は視線を意識してしまい手が震えている様子だったが、少し経つと調子を取り戻し、いつしか周りの音すらも気に留めず、土いじりに集中していた。
「わぁ……!」
三人は初めて見る作業に目を奪われている。
十数分かけて形作られていくそれを時間を忘れる程堪能していた。
作業が終わって、蛍吾が轆轤を止めると、後ろから翔平が最終確認をする。
緊張した空気が漂っていた。
「……まぁいいだろう。だいぶ均等の厚さに仕上げられるようになったね」
翔平は微笑むと彼の肩を優しく叩いた。
「ありがとうございます!」
蛍吾は子供のように喜んでいた。
修行を始めてもう少しで三ヶ月、手びねりでの生成から始まり、轆轤での生成を何度か練習してからの作品。
手びねり以上の繊細さを必要とするこの作業は中々に難しいんだと語っていた。
足で一定の回転速度を維持するのにもある程度の筋力を必要とするという。
「同じ物を複数個生成出来るようになる事を目標にしよう。一点物が売れるのはワタシでも難しい事だから、安定した収入を得るにはまずはそこからだよ」
「はい」
「じゃあ、今日はここまでにしよう。これからは皆さんとの時間も大切にしなさい」
翔平はにっこり微笑むと、今度は自分の作業に戻っていった。
今日は手びねりで六角形の壺を作っているという。
ルナ達は大きな作業台の椅子に、右から颯、ルナ、瑠璃の順で翔平と向かい合う形で座り、作業を見学しながら交流する事にした。
この作業部屋は広い部屋とは言えないが、程よい空間で纏まった道具の配置となっている。
轆轤は二つ置かれており、翔平曰く、電動の物の方が便利ではあるが、敢えて不便を選んだという。
この家で管理者として住み込んではいるが、これらの道具は全てキサラギグループの資金で購入し、ここまで持ってきたらしい。
どうやら管理者は志願して決まるものではなく、社長直々に信頼出来る者へお願いしているそうだ。
「陶芸工房は街でも営めるが、街だと家賃や光熱費もかかるからね。ワタシが生きている間、ここを工房にして活動してくれて構わないと言ってくれてね。本当に有難い話だよ」
翔平が語っている最中に片付けが終わった蛍吾が椅子に座った。
彼の話は片付けの最中も聞こえていたので、この輪の中に自然と混ざっていく。
「そういえば、ここの電気って何処から取っているんですか? 街みたいに電線もないですよね?」
「あぁ、電気はこの敷地の物を使わせてもらっているよ。ここを買収する事で自分達の生活を護ってくれているせめてものお礼だと、ソレイユから頂いているものなんだ」
ふと、瑠璃と颯の脳裏に、この敷地内で使える電気は何処から流れているのだろうという疑問が浮かび上がった。
二人は何気なしにルナに視線をやると、億劫そうに右手で頭を掻いていた。
「ここの電気はね、《避雷蓄電塔》っていう少し大きめの塔から流れてるんだよ」
アトリエから南へ真っ直ぐ進んだ先に建っているという。
そういえば遠目で煉瓦造りと思われる建物があったなぁ、と二人は思い返していた。
ルナは定期的に建物全般の点検を行っており、内一つがその避雷蓄電塔だ。
落雷や大地の魔力を電力エネルギーに変換・蓄積し、必要量の電力が地中を通って建物に送られる仕様となっている。
これらもソレイユの魔法で創られたものだ。
「ざっくりと話では聞いていたけど、ここの魔法って凄いんだねー。他にはどんなものがあるの?」
今度は蛍吾からアトリエについて質問が飛ぶ。
色んな話が飛び交う中、彼が一番興味を持ったのは毎日の食事の話だった。
クリスタからは魔石族は食事が取れると教えられ、今も空腹感は無いが翔平と共に頂いているそうだ。
「料理は誰が作ってるのー?」
「わたしと碧の二人で作ってます」
「へぇー、そっちへ行く時は是非食べてみたいな」
「是非! 蛍吾さんのお口に合うといいな……」
「楽しみにしてるね」
「はい」
皆で食卓を囲む日が待ち遠しいと、ルナ達は笑い、今を楽しんでいた。
◆
時は少し遡り、黒斗と碧は森の中を歩いていた。
翔平の家を出てからの二人は無言でただひたすら前へ、黒斗が誘導して進んでいる。
「……碧」
「……」
「碧」
「ふぇ!? な、何……?」
碧は俯きながら考え込んでいて上の空だ。
何度呼び掛けても返答がない。
彼女のおでこを右手人差し指の背で軽く叩いてようやっと反応が返ってくる。
黒斗はため息を吐いて話を切り出した。
「ちょっと行きたい所があるんだけど行っていい?」
「ふぇ? う、うん。いいよ」
彼女の承諾を得ると、黒斗は上着ポケットから地図を取り出し、それを頼りに目的地へと向かう。
とはいえ魔力感知能力を覚醒させて以来、土地の形状も把握出来るようになっている為、確認する目的で地図を開いているだけに過ぎない。
――魔力感知能力、か……。確かにスゲェな。使い方によっちゃあ便利だし、ルナの言う通り危険でもある……。
あの日以来、黒斗は何度か魔力感知能力を発動させている。
オンオフの練習も兼ねてだが、一番は移動の際の確認と皆の現在地を把握する為だ。
ルナとは今後情報を交換しようという約束をしている。
その為にも日頃から発動させて敷地内の状況を把握する必要があった。
この約束と魔力感知能力の覚醒をキッカケに、皆を守る事の責任の重大さを思い知る。
少々甘くみていた過去の自分を恥じていた。
移動はしばらく続き、一度立ち止まりはしたものの、その時以外は歩き続けている。
方向転換や足場に関する事以外は黙りとしたままだ。
そうして一時間近く経った頃だった。
「着いたよ」
目的地へ到着すると、黒斗は前を指差しながら碧を呼ぶ。
碧は俯いたままの顔を上げ、その景色を視界へ入れた。
「わぁ……!!」
碧が見上げた先には、小さな湖を森林が囲い、淡い光が差し込む神秘的な景色が広がっていた。
日差しの強い昼過ぎであるにも関わらず、光は程よく遮られており、心地よい涼しさと静けさを併せ持っている。
光の粒子が宙を舞っているのかと錯覚させるほどの幻想的な空間だ。
彼女は目の前にある光景に心を奪われていた。
「……いつぞやのお礼。何にしようかずっと考えてたんだけど、この前歩き回ってたら見つけてさ。喜んでもらえそうだなって思って選んだんだけど、どうかな?」
黒斗は碧と向かい合うと微笑みかけた。
いつぞやのお礼。
それはアトリエに来たばかりの頃、別館の掃除を余儀なくされ、彼女に手伝ってもらった時の事だ。
ルナ達が藍凛を捜しに出かけたあの日、一人で過ごす事になった黒斗は、散策も兼ねて敷地内を歩き回っていた。
その時にこの場所を見つけたのだ。
碧は驚いた表情のまま、暫くの間この景色に魅入っていた。
「綺麗……。ありがとう……すっごく嬉しい……」
彼女の頬から伝う涙が、まるで浄化されたかのように景色に馴染んでいた。
黒斗はそこに座ろうと、湖に近い場所にある切り株を指差した。
その切り株は二人で座ると程よい空間が出来る程の大きさで、どこか不自然さを感じられる。
『よく見たら作り物だったんだよ』と笑いながら話していた。
二人は切り株の上に座ると、暫く静かな時を過ごす。
そこには移動していた時とは違い、いつもの心地良さがあった。
「…そうだ! 紅茶とおやつを持ってきたの。一緒に食べよ?」
そう言って碧はそれなりに大きなショルダーバッグからコップと水筒、そして鞄いっぱいに詰め込んだお菓子を取り出した。
クッキーやマドレーヌ等がタッパーにたくさん入っている。
「多っ!! 食いしん坊か」
「もぉー! 皆で食べようと思っただけだもん!」
「牛め」
「もぉー!! そんな事言うんならおやつあげないっ!!」
「わっ、ごめんごめん! 冗談だって!! おやつ欲しいです!!」
碧は『むぅー』と頬を膨らませながらもコップに紅茶を注いでいた。
紅茶を口に入れると同時に心地よい風が頬を撫でる。
二人は景色とおやつタイムを堪能しながら、楽しいひと時を過ごしたのだった。
「さぁ……?」
「なんだよアイツ。碧ちゃんを独り占めしやがって……!」
瑠璃と藍凛は心配そうに顔を見合わせている中、颯は一人悔しそうにしている。
「まぁまぁ。きっと蛍吾に触発されて修行に行ったんじゃない? ほら、いつも碧と一緒に出かけてるでしょ? 碧も普段からお絵描きの練習してるし」
ルナは気怠げに皆を宥めると、「そんなことより」と言って視線を蛍吾に向け、話題を彼に戻した。
蛍吾は先程まで湯呑みの成形をしていたらしく、一段落つくまで離れる事が出来なかったらしい。
「轆轤を回して成形していたし、僕はまだまだ未熟者だから、一度離れてしまったら分からなくなってしまうんだ」
そう言って蛍吾は笑う。
彼の話を聞いている内に瑠璃達は益々陶芸に興味を持つようになり、翔平の言葉に甘えて見学させてもらう事になった。
そうして翔平を含めた一同は奥の部屋へ入っていく。
その中で藍凛だけはリビングに留まり、皆が奥の部屋に入ったのを確認すると、椅子に座ったままのクリスタを睨みつける。
クリスタは何も言わず、藍凛が口を開くのを待っていた。
「二百年程前、あなたはあの白夜の街に居たわよね?」
「……どういう意味じゃ?」
「とぼけないで。街を襲った魔女と一緒に居たのは覚えているのよ」
「目覚める前の記憶があるという事か……」
暫しの間、静まり返ったこの場所で重たい空気が漂う。
どうして街を襲ったのか、話してもらうまでは離さない。
藍凛は獲物を逃がすまいと言わんばかりにクリスタを睨み続けている。
「……そうか。お主には先に話しておかねばならんようじゃな」
クリスタは静かに立ち上がると、「場所を変えよう」と外へ連れ出した。
先程蛍吾を浄化した窯炉の隣りにある薪割り台へ座るように促すが、藍凛が席を譲ったのでそこへ彼女が座る。
風がクリスタの前髪を撫で続ける中、大きなため息が吐き出された。
「……今から話す事はルナにも教えておらん事じゃ。奴には時が来れば話すつもりじゃが、それまでの間は他言無用でいてくれないだろうか?」
「えぇ、構わないわ」
藍凛は表情を変えず、ただ睨み続けている。
張り詰めた空気の中、クリスタは当時起こった出来事を語り始めたのだった。
◆
同時刻、奥の部屋に入ったルナ達は、エプロンを身につけて見学の準備をしている。
念の為、汚れないようにと翔平が全員に手渡してくれたのだ。
途中、藍凛が居ないことに気付いた瑠璃が呼びに戻ろうとしていたが、「アトリエの話を聞きたいみたいだから、戻ってくるまで待とう」とルナに呼び止められて今に至る。
颯にも小さめのエプロンを付けてあげるが、気持ち程度の前掛けに見えてしまう。
本人は瑠璃に付けてもらってご満悦のようだ。
「それじゃあ、今から作るねー」
蛍吾は緊張した様子で轆轤を足で回す。
一定の速さで回転するようになると、両手で土の形を整えながら、親指を中心に入れて穴を広げていく。
最初の内は視線を意識してしまい手が震えている様子だったが、少し経つと調子を取り戻し、いつしか周りの音すらも気に留めず、土いじりに集中していた。
「わぁ……!」
三人は初めて見る作業に目を奪われている。
十数分かけて形作られていくそれを時間を忘れる程堪能していた。
作業が終わって、蛍吾が轆轤を止めると、後ろから翔平が最終確認をする。
緊張した空気が漂っていた。
「……まぁいいだろう。だいぶ均等の厚さに仕上げられるようになったね」
翔平は微笑むと彼の肩を優しく叩いた。
「ありがとうございます!」
蛍吾は子供のように喜んでいた。
修行を始めてもう少しで三ヶ月、手びねりでの生成から始まり、轆轤での生成を何度か練習してからの作品。
手びねり以上の繊細さを必要とするこの作業は中々に難しいんだと語っていた。
足で一定の回転速度を維持するのにもある程度の筋力を必要とするという。
「同じ物を複数個生成出来るようになる事を目標にしよう。一点物が売れるのはワタシでも難しい事だから、安定した収入を得るにはまずはそこからだよ」
「はい」
「じゃあ、今日はここまでにしよう。これからは皆さんとの時間も大切にしなさい」
翔平はにっこり微笑むと、今度は自分の作業に戻っていった。
今日は手びねりで六角形の壺を作っているという。
ルナ達は大きな作業台の椅子に、右から颯、ルナ、瑠璃の順で翔平と向かい合う形で座り、作業を見学しながら交流する事にした。
この作業部屋は広い部屋とは言えないが、程よい空間で纏まった道具の配置となっている。
轆轤は二つ置かれており、翔平曰く、電動の物の方が便利ではあるが、敢えて不便を選んだという。
この家で管理者として住み込んではいるが、これらの道具は全てキサラギグループの資金で購入し、ここまで持ってきたらしい。
どうやら管理者は志願して決まるものではなく、社長直々に信頼出来る者へお願いしているそうだ。
「陶芸工房は街でも営めるが、街だと家賃や光熱費もかかるからね。ワタシが生きている間、ここを工房にして活動してくれて構わないと言ってくれてね。本当に有難い話だよ」
翔平が語っている最中に片付けが終わった蛍吾が椅子に座った。
彼の話は片付けの最中も聞こえていたので、この輪の中に自然と混ざっていく。
「そういえば、ここの電気って何処から取っているんですか? 街みたいに電線もないですよね?」
「あぁ、電気はこの敷地の物を使わせてもらっているよ。ここを買収する事で自分達の生活を護ってくれているせめてものお礼だと、ソレイユから頂いているものなんだ」
ふと、瑠璃と颯の脳裏に、この敷地内で使える電気は何処から流れているのだろうという疑問が浮かび上がった。
二人は何気なしにルナに視線をやると、億劫そうに右手で頭を掻いていた。
「ここの電気はね、《避雷蓄電塔》っていう少し大きめの塔から流れてるんだよ」
アトリエから南へ真っ直ぐ進んだ先に建っているという。
そういえば遠目で煉瓦造りと思われる建物があったなぁ、と二人は思い返していた。
ルナは定期的に建物全般の点検を行っており、内一つがその避雷蓄電塔だ。
落雷や大地の魔力を電力エネルギーに変換・蓄積し、必要量の電力が地中を通って建物に送られる仕様となっている。
これらもソレイユの魔法で創られたものだ。
「ざっくりと話では聞いていたけど、ここの魔法って凄いんだねー。他にはどんなものがあるの?」
今度は蛍吾からアトリエについて質問が飛ぶ。
色んな話が飛び交う中、彼が一番興味を持ったのは毎日の食事の話だった。
クリスタからは魔石族は食事が取れると教えられ、今も空腹感は無いが翔平と共に頂いているそうだ。
「料理は誰が作ってるのー?」
「わたしと碧の二人で作ってます」
「へぇー、そっちへ行く時は是非食べてみたいな」
「是非! 蛍吾さんのお口に合うといいな……」
「楽しみにしてるね」
「はい」
皆で食卓を囲む日が待ち遠しいと、ルナ達は笑い、今を楽しんでいた。
◆
時は少し遡り、黒斗と碧は森の中を歩いていた。
翔平の家を出てからの二人は無言でただひたすら前へ、黒斗が誘導して進んでいる。
「……碧」
「……」
「碧」
「ふぇ!? な、何……?」
碧は俯きながら考え込んでいて上の空だ。
何度呼び掛けても返答がない。
彼女のおでこを右手人差し指の背で軽く叩いてようやっと反応が返ってくる。
黒斗はため息を吐いて話を切り出した。
「ちょっと行きたい所があるんだけど行っていい?」
「ふぇ? う、うん。いいよ」
彼女の承諾を得ると、黒斗は上着ポケットから地図を取り出し、それを頼りに目的地へと向かう。
とはいえ魔力感知能力を覚醒させて以来、土地の形状も把握出来るようになっている為、確認する目的で地図を開いているだけに過ぎない。
――魔力感知能力、か……。確かにスゲェな。使い方によっちゃあ便利だし、ルナの言う通り危険でもある……。
あの日以来、黒斗は何度か魔力感知能力を発動させている。
オンオフの練習も兼ねてだが、一番は移動の際の確認と皆の現在地を把握する為だ。
ルナとは今後情報を交換しようという約束をしている。
その為にも日頃から発動させて敷地内の状況を把握する必要があった。
この約束と魔力感知能力の覚醒をキッカケに、皆を守る事の責任の重大さを思い知る。
少々甘くみていた過去の自分を恥じていた。
移動はしばらく続き、一度立ち止まりはしたものの、その時以外は歩き続けている。
方向転換や足場に関する事以外は黙りとしたままだ。
そうして一時間近く経った頃だった。
「着いたよ」
目的地へ到着すると、黒斗は前を指差しながら碧を呼ぶ。
碧は俯いたままの顔を上げ、その景色を視界へ入れた。
「わぁ……!!」
碧が見上げた先には、小さな湖を森林が囲い、淡い光が差し込む神秘的な景色が広がっていた。
日差しの強い昼過ぎであるにも関わらず、光は程よく遮られており、心地よい涼しさと静けさを併せ持っている。
光の粒子が宙を舞っているのかと錯覚させるほどの幻想的な空間だ。
彼女は目の前にある光景に心を奪われていた。
「……いつぞやのお礼。何にしようかずっと考えてたんだけど、この前歩き回ってたら見つけてさ。喜んでもらえそうだなって思って選んだんだけど、どうかな?」
黒斗は碧と向かい合うと微笑みかけた。
いつぞやのお礼。
それはアトリエに来たばかりの頃、別館の掃除を余儀なくされ、彼女に手伝ってもらった時の事だ。
ルナ達が藍凛を捜しに出かけたあの日、一人で過ごす事になった黒斗は、散策も兼ねて敷地内を歩き回っていた。
その時にこの場所を見つけたのだ。
碧は驚いた表情のまま、暫くの間この景色に魅入っていた。
「綺麗……。ありがとう……すっごく嬉しい……」
彼女の頬から伝う涙が、まるで浄化されたかのように景色に馴染んでいた。
黒斗はそこに座ろうと、湖に近い場所にある切り株を指差した。
その切り株は二人で座ると程よい空間が出来る程の大きさで、どこか不自然さを感じられる。
『よく見たら作り物だったんだよ』と笑いながら話していた。
二人は切り株の上に座ると、暫く静かな時を過ごす。
そこには移動していた時とは違い、いつもの心地良さがあった。
「…そうだ! 紅茶とおやつを持ってきたの。一緒に食べよ?」
そう言って碧はそれなりに大きなショルダーバッグからコップと水筒、そして鞄いっぱいに詰め込んだお菓子を取り出した。
クッキーやマドレーヌ等がタッパーにたくさん入っている。
「多っ!! 食いしん坊か」
「もぉー! 皆で食べようと思っただけだもん!」
「牛め」
「もぉー!! そんな事言うんならおやつあげないっ!!」
「わっ、ごめんごめん! 冗談だって!! おやつ欲しいです!!」
碧は『むぅー』と頬を膨らませながらもコップに紅茶を注いでいた。
紅茶を口に入れると同時に心地よい風が頬を撫でる。
二人は景色とおやつタイムを堪能しながら、楽しいひと時を過ごしたのだった。
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