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Episode 7 【結縁のチャームローゼ】
#60《祝福の宴》
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長いようで短い時間を過ごした二人は名残惜しくも手を繋いで帰路についた。
静けさに交えて足音と風の靡く音がする。
行きと帰りでこんなにも景色が違うのか。そう錯覚させられるほど、二人の心は幸福に満ちていた。
明日からは違った毎日が訪れる。
少し先の未来に胸を踊らせながら水車横を通り、あっという間にアトリエに到着しようとしていた。
「おかえり! 」
「「わぁっ!!」」
本館の脇道を曲がった先にはルナ達がおり、瑠璃が声をかけたと同時にランタンの明かりが灯された。
片やイタズラの成功を喜び、片や拍手と共に祝福してくれている。
「二人ともおめでとう! いつ結ばれるのかなって焦れったかったんだよ」
「へ、つーか、何で……?」
「あなた達、わかりやすいから」
瑠璃と藍凛は顔をにんまりとさせていた。
黒斗はふと隣りに視線を向けると、碧は顔を真っ赤にして俯いている。
少し遅れて現状を理解すると、恥ずかしくなって繋いでいた手を離してしまった。
直前までルナ達は確かに室内に居たのを魔力感知で確認している。
出かける様子を伺いながら帰宅するタイミングで待ち伏せしていたようだ。
――やらかした……。後の事何にも考えてなかった……。
油断していたおかげで黒斗の頭が回らない。
「明日はご馳走だね! 蛍吾さんも呼ぼうよ」
「そいじゃあ朝イチで誘いに行かなきゃだねぇ」
「ルナ、よろしくね」
いつしか待ち伏せ組によるパーティーの計画が進められている。
瑠璃達は明日は楽しみにしてほしいと言ってそそくさと本館の中へ入ってしまった。
賑やかな空間に静けさが戻り、取り残された黒斗と碧は呆然と立ち尽くす。
黒斗はもう一度碧の手を握って口元を緩ませた。
「……おやすみ。また明日な」
「うん……また明日ね」
繋いだ両手が離れ、家の中に入って一日が終わった。
◆
翌日。朝から本館が忙しない。
黒斗はいつも通りに起床して家事をこなしていると、廊下の窓越しに三人の姿が見えた。
ルナは犬の姿で颯爽と出かけていき、藍凛は日課の当番、瑠璃は青屋根倉庫で何かをしている。
一通りの家事を終え、いつもの時間にいつものように外へと出ると、珍しく道端で碧が立ち尽くしていた。
「おはよう。どうした?」
「あっ、えっとね……瑠璃と藍凛ちゃんに言われたんだけど……」
碧はしょぼんとした様子でモジモジしている。
話の続きを待っていると、畑から帰ってきた瑠璃に声をかけられた。
「あっ、黒斗くんおはよう。昨日も話してた事だけど、今夜は二人のお祝いパーティーだよ。これからその準備をするから、夕方までは中に入らないでほしいの」
「へ!? 入れねぇの?」
「ごめんね。それまでは二人で過ごしてて。いつもの夕食の時間に来てね」
「へ、あ、ちょっと待って! せめて時間を潰せるも…の……」
瑠璃に笑顔で手を振られ、彼女が中に入るとガチャッという音を立てて扉が閉まる。
これは鍵がかけられたという事であり、中に入る事が叶わないという事だ。
黒斗はルナから一人前だと言われた後、彼女から魔力操作で行う本館の解錠の手解きを受けているので簡単に入る事が出来るが、言われてしまった手前、入ってしまえば信頼を損ない兼ねない。
どうやら碧も自室から降りて直ぐに追い出しを喰らってしまったようだ。
「え、ど、どうしよう……」
黒斗は焦る。
いつものお出かけをしても構わないのだが、碧は手ぶらである為何もする事がない状態だ。
別館にメモ用紙はあるが、これらは彼女にとって手持ち無沙汰でしかない。
黄色屋根倉庫は施錠されており、本館のような魔法もかかっておらず、鍵もないので入れない。
別館の地下には物置部屋がある。入る事は可能だが、道具や観賞用の作品ばかりで遊べる物など見当たらなかった。
そこで時間を潰すにしても時間が余るのは目に見えている。
――二階に上がってもらうか……? いやいやいや、昨日の今日じゃ早すぎるって! 心の準備が……!
そもそも別館の二階には時間を潰せるものなど無い。
候補をいくつか選んではみるが、現在時刻は九時を過ぎた辺りで、夕食の時間は十七時――つまりは全てを合わせても時間が余る。
頭を抱えてしまうばかりだ。
「ねぇねぇ」
碧が黒斗の右腕を引っ張る。
知らぬうちに余所を向いていた自分に驚きながら、呼ばれた方向に視線を向けた。
「私、良い場所知ってるよ」
微笑む碧に腕を引っ張られて道なりに歩いて行く。
その道の先には小川を隔てて水車小屋があり、本館から水車小屋に到着するまではそれなりに時間がかかる。
「……もしかして、水車小屋に行くの?」
「ふふっ、そうだよ」
碧が飛び跳ね気味に歩きながら先導してくれている中、黒斗は今日に至るまでを振り返っていた。
彼女の宝石を絶対防御付与してからは、少しずつではあるが情緒も安定して来ているように思える。
あの後、瑠璃も碧の姿が視えるようになったと聞かされた時は驚いたが、共有出来る相手が増えるのはとても心強い。
ルナと合わせた四人で、碧の両腕の傷について言葉を交わす事が幾度かあったが、蛍吾の魔法を付与した薬を錬金術で作れないだろうかという意見に纏まり、後日蛍吾に手伝ってもらおうという話に落ち着いた。
碧の現状については誰にも話さないと四人で決めた事だ。
なので蛍吾にはその主旨を伝えない手筈となっている。
『浅い傷はともかく、ボクが噛んだ痕だけは消えるかどうかまではわからないし、残ってしまったらごめんね……』
『ありがとうルナ。でも私、この傷なら残ったままでも良いって思ってるの。だって――』
あの時、碧がルナに笑みを向けて言った言葉を、黒斗は今も鮮明に覚えている。
彼女にとってルナは命の恩人であり大切な親友なのだと、純粋さを魅せて語った碧の姿は宝石の石言葉に相応しい輝きを放っていた。
それは以前まであったベールよりも暗く、瞼を開けたままでいられる程よく淡い光だ。
「着いたー!」
碧は楽しそうに水車小屋の扉を開けた。
この水車小屋は主に小麦の製粉目的に使われている。
碧と瑠璃が管理して使用していた事もあり、黒斗は作物の運搬でしか中に入った事がない。
扉の奥には製粉用の石臼、その奥に小川の流れが動かしている羽根車と少しばかりの景色が見える。
壁沿いには木製のベンチと三段棚と机、藁で作られた大きな何かが置かれていた。
「あのね、瑠璃と居る時、ここで色々遊んだり、ちょっとした物を作ったり、本を読んだりして小麦粉が出来上がるのを待ってるの。椅子もあるし、藁ベッドもあるからお昼寝も出来るんだよ」
碧は棚にある籠を取り出すと中身を見せてくれた。
麻紐で結われた四角い籠の中にはおはじきやお手玉、ビー玉等、和を想像させる遊び道具が置かれている。
よく見ると下段には折り畳み式の碁盤や羽子板等も入れられていた。
「これって遊べるやつ? どうやって使うの?」
「えっとねー……」
それからは水車小屋の中でのんびりとした時間を過ごしていた。
遊びながら玩具の使い方を教わり、甘い時間に身を寄せて浸り、せせらぎの音に揺られて眠ったりと、長いようで短い時間を堪能する。
「そろそろ時間か……。碧ー、起きろー」
黒斗は寄りかかって眠っている碧の肩を揺らした。
起きる気配がない。肩を揺らしてもう一度名前を呼ぶ。
「んー……、いただきまーす……」
「夢の中でも食ってんの!? おーい、これから夕飯だぞー」
「……ふぇ!? 食べるー……」
「食いしん坊か!?」
黒斗はこの時、碧が一度寝ると中々起きない事を初めて知ったのだった。
◆
水車小屋を出ると、空が朝とは違う色に染まりかけている。
浮ついた足取りでアトリエに到着した頃には、玄関前でルナが待っていた。
「おかえりー! 準備が終わったら呼ぶから少しだけ待っててって瑠璃が言ってたよ!」
ルナは身体を左右に大きく揺らしながら座るようにテラスを指さしていた。
「ルナは準備終わったの?」
テラスに腰をかけた後、碧がルナに疑問を投げかける。
「あー……えっとねぇ……。イタズラするなって怒られて……閉め出された!」
ルナはそう言って舌を出して茶目っ気を主張していた。
悪戯後の彼女はいつも不機嫌になっているが、今日は嬉しさが滲み出ている。
それから数分程玄関で待っていると、扉が開いて瑠璃に呼ばれた。
リビングルームは折り紙で作られた装飾が壁や柱に吊るされており、ダイニングテーブルの上には豪勢な料理が並べられている。
いつも夕餉を取っているテーブルの席には既に藍凛と蛍吾が座っているが、そこに颯の姿は見当たらなかったのは残念だ。
全員が着席すると、瑠璃がグラスを手に音頭を取ってお祝いが始まる。
黒斗達は交際までの経緯を根掘り葉掘り聞かれたが、幾度か言葉を濁しながら食事を取った。
初めは祝福される事が面映ゆかった黒斗だが、次第にそれは心地のいい安心感に繋がる。
それは碧達と出会った時の安心感に近しいものだった。
その傍ら、黒斗の向かいに座っているルナがでんきあめを舐めながらこちらに微笑みかけてくる。
そして幸福に満ちた笑みを浮かべて碧に視線を送っている姿があった。
いつもより長い夕餉を堪能し、いつもより長くリビングで過ごす。そんな幸せを噛み締めた一日となった。
◆
時は遡り、キサラギグループの一室で一夜を過ごした桜結は、荷馬車に揺られ、目的地である《來望湖》と呼ばれる港街へ一人で向かっていた。
人が文明を築くここ――日ノ国の乗り物は主に、四輪の電動車と船、そして今乗っている荷馬車がある。
内電動車と船の発端はキサラギグループが関与していると、一泊中に暇を持て余していた時に見つけたパンフレットに記載されていた。
先程まで居た街から來望湖までは、荷馬車で向かえば二日ほどかかる。
速度で言えば電動車やルナが創ったスピーダーの方が上回るのだが、街を一歩出てしまえばそこは自然溢れる大地となる。
電動車は作りの関係上街から街までの移動には向いておらず、スピーダーは言わずもがな第三者に見つかると危険である為、ルナと別れる際に回収されている。
――帰ったら何を話そー? アトリエの話は出来ないから……少し濁して肝試しとかー。ファッションショーをして遊んだ話だったら盛り上がるかな?
桜結は街で帰りを待っている住民達との交流が待ち遠しくて仕方がない。
ルナ達に出会うまでの――來望湖から出会った森までは荷馬車と徒歩で移動していた。
隣街へ赴いてみたが、黒斗らしき人物に出会えなかったのと、所持金があまりなかった事が徒歩での移動に繋がっている。
桜結は目覚めた時から、人と同じように一日三食の食事を取っており、ルナから話を聞くまでは食べなくても平気である事に気付いていなかったので、残りのお金は食費に消えていったのだ。
アトリエから出る際にルナから幾らかお金を貰った事で、こうして荷馬車で移動出来ている。
桜結は一切れのパンを齧って景色をぼんやりと眺めていた。
「お嬢さん、後十分ほどで街に到着しますよ。三十分ほどの休憩を頂いてから出発致しますので、時間厳守でお願いしますね」
髭を生やした運転手が桜結に目配せをして告げた。
――にしても、皆勿体ないわよねー。蛍吾しか街に行かないなんてさー。
桜結は遠くに見える街並みを眺めながら目を輝かせる。
今向かっている街は初めて行く場所。
來望湖よりは広く、人口も多い街だ。
――知らない事に沢山の衣装、色んな人達との交流。こんなに魅力的な場所なんてないと思うんだけどなー!
知らない街に足を踏み入れる。
桜結は抱く高揚感に笑みが零れていた。
静けさに交えて足音と風の靡く音がする。
行きと帰りでこんなにも景色が違うのか。そう錯覚させられるほど、二人の心は幸福に満ちていた。
明日からは違った毎日が訪れる。
少し先の未来に胸を踊らせながら水車横を通り、あっという間にアトリエに到着しようとしていた。
「おかえり! 」
「「わぁっ!!」」
本館の脇道を曲がった先にはルナ達がおり、瑠璃が声をかけたと同時にランタンの明かりが灯された。
片やイタズラの成功を喜び、片や拍手と共に祝福してくれている。
「二人ともおめでとう! いつ結ばれるのかなって焦れったかったんだよ」
「へ、つーか、何で……?」
「あなた達、わかりやすいから」
瑠璃と藍凛は顔をにんまりとさせていた。
黒斗はふと隣りに視線を向けると、碧は顔を真っ赤にして俯いている。
少し遅れて現状を理解すると、恥ずかしくなって繋いでいた手を離してしまった。
直前までルナ達は確かに室内に居たのを魔力感知で確認している。
出かける様子を伺いながら帰宅するタイミングで待ち伏せしていたようだ。
――やらかした……。後の事何にも考えてなかった……。
油断していたおかげで黒斗の頭が回らない。
「明日はご馳走だね! 蛍吾さんも呼ぼうよ」
「そいじゃあ朝イチで誘いに行かなきゃだねぇ」
「ルナ、よろしくね」
いつしか待ち伏せ組によるパーティーの計画が進められている。
瑠璃達は明日は楽しみにしてほしいと言ってそそくさと本館の中へ入ってしまった。
賑やかな空間に静けさが戻り、取り残された黒斗と碧は呆然と立ち尽くす。
黒斗はもう一度碧の手を握って口元を緩ませた。
「……おやすみ。また明日な」
「うん……また明日ね」
繋いだ両手が離れ、家の中に入って一日が終わった。
◆
翌日。朝から本館が忙しない。
黒斗はいつも通りに起床して家事をこなしていると、廊下の窓越しに三人の姿が見えた。
ルナは犬の姿で颯爽と出かけていき、藍凛は日課の当番、瑠璃は青屋根倉庫で何かをしている。
一通りの家事を終え、いつもの時間にいつものように外へと出ると、珍しく道端で碧が立ち尽くしていた。
「おはよう。どうした?」
「あっ、えっとね……瑠璃と藍凛ちゃんに言われたんだけど……」
碧はしょぼんとした様子でモジモジしている。
話の続きを待っていると、畑から帰ってきた瑠璃に声をかけられた。
「あっ、黒斗くんおはよう。昨日も話してた事だけど、今夜は二人のお祝いパーティーだよ。これからその準備をするから、夕方までは中に入らないでほしいの」
「へ!? 入れねぇの?」
「ごめんね。それまでは二人で過ごしてて。いつもの夕食の時間に来てね」
「へ、あ、ちょっと待って! せめて時間を潰せるも…の……」
瑠璃に笑顔で手を振られ、彼女が中に入るとガチャッという音を立てて扉が閉まる。
これは鍵がかけられたという事であり、中に入る事が叶わないという事だ。
黒斗はルナから一人前だと言われた後、彼女から魔力操作で行う本館の解錠の手解きを受けているので簡単に入る事が出来るが、言われてしまった手前、入ってしまえば信頼を損ない兼ねない。
どうやら碧も自室から降りて直ぐに追い出しを喰らってしまったようだ。
「え、ど、どうしよう……」
黒斗は焦る。
いつものお出かけをしても構わないのだが、碧は手ぶらである為何もする事がない状態だ。
別館にメモ用紙はあるが、これらは彼女にとって手持ち無沙汰でしかない。
黄色屋根倉庫は施錠されており、本館のような魔法もかかっておらず、鍵もないので入れない。
別館の地下には物置部屋がある。入る事は可能だが、道具や観賞用の作品ばかりで遊べる物など見当たらなかった。
そこで時間を潰すにしても時間が余るのは目に見えている。
――二階に上がってもらうか……? いやいやいや、昨日の今日じゃ早すぎるって! 心の準備が……!
そもそも別館の二階には時間を潰せるものなど無い。
候補をいくつか選んではみるが、現在時刻は九時を過ぎた辺りで、夕食の時間は十七時――つまりは全てを合わせても時間が余る。
頭を抱えてしまうばかりだ。
「ねぇねぇ」
碧が黒斗の右腕を引っ張る。
知らぬうちに余所を向いていた自分に驚きながら、呼ばれた方向に視線を向けた。
「私、良い場所知ってるよ」
微笑む碧に腕を引っ張られて道なりに歩いて行く。
その道の先には小川を隔てて水車小屋があり、本館から水車小屋に到着するまではそれなりに時間がかかる。
「……もしかして、水車小屋に行くの?」
「ふふっ、そうだよ」
碧が飛び跳ね気味に歩きながら先導してくれている中、黒斗は今日に至るまでを振り返っていた。
彼女の宝石を絶対防御付与してからは、少しずつではあるが情緒も安定して来ているように思える。
あの後、瑠璃も碧の姿が視えるようになったと聞かされた時は驚いたが、共有出来る相手が増えるのはとても心強い。
ルナと合わせた四人で、碧の両腕の傷について言葉を交わす事が幾度かあったが、蛍吾の魔法を付与した薬を錬金術で作れないだろうかという意見に纏まり、後日蛍吾に手伝ってもらおうという話に落ち着いた。
碧の現状については誰にも話さないと四人で決めた事だ。
なので蛍吾にはその主旨を伝えない手筈となっている。
『浅い傷はともかく、ボクが噛んだ痕だけは消えるかどうかまではわからないし、残ってしまったらごめんね……』
『ありがとうルナ。でも私、この傷なら残ったままでも良いって思ってるの。だって――』
あの時、碧がルナに笑みを向けて言った言葉を、黒斗は今も鮮明に覚えている。
彼女にとってルナは命の恩人であり大切な親友なのだと、純粋さを魅せて語った碧の姿は宝石の石言葉に相応しい輝きを放っていた。
それは以前まであったベールよりも暗く、瞼を開けたままでいられる程よく淡い光だ。
「着いたー!」
碧は楽しそうに水車小屋の扉を開けた。
この水車小屋は主に小麦の製粉目的に使われている。
碧と瑠璃が管理して使用していた事もあり、黒斗は作物の運搬でしか中に入った事がない。
扉の奥には製粉用の石臼、その奥に小川の流れが動かしている羽根車と少しばかりの景色が見える。
壁沿いには木製のベンチと三段棚と机、藁で作られた大きな何かが置かれていた。
「あのね、瑠璃と居る時、ここで色々遊んだり、ちょっとした物を作ったり、本を読んだりして小麦粉が出来上がるのを待ってるの。椅子もあるし、藁ベッドもあるからお昼寝も出来るんだよ」
碧は棚にある籠を取り出すと中身を見せてくれた。
麻紐で結われた四角い籠の中にはおはじきやお手玉、ビー玉等、和を想像させる遊び道具が置かれている。
よく見ると下段には折り畳み式の碁盤や羽子板等も入れられていた。
「これって遊べるやつ? どうやって使うの?」
「えっとねー……」
それからは水車小屋の中でのんびりとした時間を過ごしていた。
遊びながら玩具の使い方を教わり、甘い時間に身を寄せて浸り、せせらぎの音に揺られて眠ったりと、長いようで短い時間を堪能する。
「そろそろ時間か……。碧ー、起きろー」
黒斗は寄りかかって眠っている碧の肩を揺らした。
起きる気配がない。肩を揺らしてもう一度名前を呼ぶ。
「んー……、いただきまーす……」
「夢の中でも食ってんの!? おーい、これから夕飯だぞー」
「……ふぇ!? 食べるー……」
「食いしん坊か!?」
黒斗はこの時、碧が一度寝ると中々起きない事を初めて知ったのだった。
◆
水車小屋を出ると、空が朝とは違う色に染まりかけている。
浮ついた足取りでアトリエに到着した頃には、玄関前でルナが待っていた。
「おかえりー! 準備が終わったら呼ぶから少しだけ待っててって瑠璃が言ってたよ!」
ルナは身体を左右に大きく揺らしながら座るようにテラスを指さしていた。
「ルナは準備終わったの?」
テラスに腰をかけた後、碧がルナに疑問を投げかける。
「あー……えっとねぇ……。イタズラするなって怒られて……閉め出された!」
ルナはそう言って舌を出して茶目っ気を主張していた。
悪戯後の彼女はいつも不機嫌になっているが、今日は嬉しさが滲み出ている。
それから数分程玄関で待っていると、扉が開いて瑠璃に呼ばれた。
リビングルームは折り紙で作られた装飾が壁や柱に吊るされており、ダイニングテーブルの上には豪勢な料理が並べられている。
いつも夕餉を取っているテーブルの席には既に藍凛と蛍吾が座っているが、そこに颯の姿は見当たらなかったのは残念だ。
全員が着席すると、瑠璃がグラスを手に音頭を取ってお祝いが始まる。
黒斗達は交際までの経緯を根掘り葉掘り聞かれたが、幾度か言葉を濁しながら食事を取った。
初めは祝福される事が面映ゆかった黒斗だが、次第にそれは心地のいい安心感に繋がる。
それは碧達と出会った時の安心感に近しいものだった。
その傍ら、黒斗の向かいに座っているルナがでんきあめを舐めながらこちらに微笑みかけてくる。
そして幸福に満ちた笑みを浮かべて碧に視線を送っている姿があった。
いつもより長い夕餉を堪能し、いつもより長くリビングで過ごす。そんな幸せを噛み締めた一日となった。
◆
時は遡り、キサラギグループの一室で一夜を過ごした桜結は、荷馬車に揺られ、目的地である《來望湖》と呼ばれる港街へ一人で向かっていた。
人が文明を築くここ――日ノ国の乗り物は主に、四輪の電動車と船、そして今乗っている荷馬車がある。
内電動車と船の発端はキサラギグループが関与していると、一泊中に暇を持て余していた時に見つけたパンフレットに記載されていた。
先程まで居た街から來望湖までは、荷馬車で向かえば二日ほどかかる。
速度で言えば電動車やルナが創ったスピーダーの方が上回るのだが、街を一歩出てしまえばそこは自然溢れる大地となる。
電動車は作りの関係上街から街までの移動には向いておらず、スピーダーは言わずもがな第三者に見つかると危険である為、ルナと別れる際に回収されている。
――帰ったら何を話そー? アトリエの話は出来ないから……少し濁して肝試しとかー。ファッションショーをして遊んだ話だったら盛り上がるかな?
桜結は街で帰りを待っている住民達との交流が待ち遠しくて仕方がない。
ルナ達に出会うまでの――來望湖から出会った森までは荷馬車と徒歩で移動していた。
隣街へ赴いてみたが、黒斗らしき人物に出会えなかったのと、所持金があまりなかった事が徒歩での移動に繋がっている。
桜結は目覚めた時から、人と同じように一日三食の食事を取っており、ルナから話を聞くまでは食べなくても平気である事に気付いていなかったので、残りのお金は食費に消えていったのだ。
アトリエから出る際にルナから幾らかお金を貰った事で、こうして荷馬車で移動出来ている。
桜結は一切れのパンを齧って景色をぼんやりと眺めていた。
「お嬢さん、後十分ほどで街に到着しますよ。三十分ほどの休憩を頂いてから出発致しますので、時間厳守でお願いしますね」
髭を生やした運転手が桜結に目配せをして告げた。
――にしても、皆勿体ないわよねー。蛍吾しか街に行かないなんてさー。
桜結は遠くに見える街並みを眺めながら目を輝かせる。
今向かっている街は初めて行く場所。
來望湖よりは広く、人口も多い街だ。
――知らない事に沢山の衣装、色んな人達との交流。こんなに魅力的な場所なんてないと思うんだけどなー!
知らない街に足を踏み入れる。
桜結は抱く高揚感に笑みが零れていた。
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