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Episode 9【それは煌々と燃ゆる太陽の如く】
#71《クリスタルの洞窟》
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ルナがアトリエを飛び出した翌日。
宝石達は不安を抱いたまま本館のリビングに集まっている。
「今日の日課、終わらせてきたよー」
「蛍吾さん、ありがとう。桜結は?」
「倉庫の整理をしたらすぐ戻るって」
黒斗は畑から戻った蛍吾を瑠璃が出迎えている様子を作業場から眺めていた。
あれから何度か魔力感知でルナの現在地を確認しているが、彼女は昨夜から早朝にかけて同じ場所に留まっているようだ。
「ねぇ、黒斗。ルナの様子はどう……?」
碧が怯えた顔で尋ねてくる。
彼女は昨夜、ルナを救いたい一心で奇跡を呼ぶ魔法を発動し続けていた。
幸い黒斗が止めた事で大事には至らなかったが、あのまま続けていれば碧は倒れていただろう。
「……うん。さっきまで同じ場所に居たけど、今は敷地に入ってる」
「ホント!? 無事ならよかったけど……大丈夫かな……」
「……碧はルナの事、知ってるんだっけ?」
「うん……出会った時に教えてくれて。……だから心配なの」
隣りに座る碧の身体が震えて居たので、黒斗は何も言わずに強く支えた。
探しに行きたい衝動とルナの安否を知りたい想いが心を激しく揺らしているのだろう。
「なぁ、探しに行った方がいいんじゃね? ルナちゃんはロボットとはいえ女の子だぜ? 誰かが傍にいてあげた方がいいって」
ソファーの横で座っている颯が苛立った様子で黒斗に声をかけてくる。
彼は黒斗の元へ来るや否や『自分一人でも迎えに行くから居場所を教えてくれ』と必死に頼み込んできた。
「……ダメ。昨日クリスタさんと約束しただろ? 破るつもりか?」
昨日交わしたクリスタとの約束。
ルナがクリスタルの洞窟に呼ばれるのは今日の正午過ぎ。
どうやらその洞窟の場所は誰にも知られたくないようで、約束の一時間程前から日付が変わるまでの間は場所の特定をしないで欲しいというものだ。
「真面目かよ!? 今はそんな悠長な事言ってる場合じゃねぇって!」
「ダメなもんはダメ。今はルナを信じて待とう」
「でもよ……!!」
黒斗は反論してくる颯を無言で威圧した。
外は晴れている。天気の計測器も絶好な日向ぼっこ日和の一日だと表しているほどだ。
いつもの穏やかで緩やかな時間が、この日ばかりはどこかへ消えてしまっていた。
「黒斗くんの言う通りだよ。今のわたし達に出来る事はルナの帰りを待つ事だけだと思う」
「……そうね。きっと今日は色々な事を知らされるんでしょうから、そっとしておいてあげた方がいいと思う」
瑠璃と藍凛に気遣わせてしまったようで、彼女達は自身の思いを颯に告げてくれた。
今会いに行ったところでルナにしてあげられる事は何もないのだ。
「つまり、桜結達はいつも通りの生活をすればいいって事でしょ? ほらみんな、辛気臭い顔してないで、楽しい事しよっ!!」
知らぬ間に帰宅していた桜結が両手を叩いて話を強引に終わらせると、瑠璃と藍凛、蛍吾を連れてテレビ棚にあるゲーム機を物色し出した。
『気持ちを明るく出来る事なら何でもいい』と、お菓子作りや服の試着等、色んな提案を出してくれている。
「外の空気でも吸いに行こっか」
黒斗は碧を連れて外に出ると、テラスの階段上に腰を下ろした。
少し暑くなってはいるが、程よい日光とそよ風が心地良く、緊迫した空気が一瞬で緩やかになる。
それは碧も同じだったようで、少しばかり表情が和らいだように見えた。
「オレ、ルナちゃんを探してくる!」
「おい、颯」
「待ってるだけなんて出来ねぇよ。普段通りに走りに行くついでだしオレの勝手だろ!?」
「……勝手にしろ」
黒斗は颯が去って行く姿を見送ると晴天の空を仰いだ。
ルナが話していた通り、もし颯が魔力感知能力を覚醒していたら、今頃言いつけを守らずに会いに行っていただろう。
『見損なった』と言われてしまったが、黒斗はそれを弾き返した。
「……あのね」
颯が去って二人きりになると碧が黒斗に抱きついてくる。
「信じてないわけじゃないの」
「うん」
「ルナって、情緒が乱れると暴れちゃうから……」
「うん」
心配で、不安で、怖いんだと、碧は話す。
彼女曰く、ルナは出会ってから瑠璃に出会うまでの間は何度も荒れており、止める事が出来なかったのだという。
それはソレイユの事、碧の宝石の事、そしてルナが抱えている過去の事。それらがルナの情緒を不安定にさせる要因なのだ。
黒斗自身も魔力感知を覚醒させてから今日までの間、ルナが就寝時間に本館を出て敷地内を走り回っている様子を幾度か魔力感知を通して確認している。
それは碧の一件があった時から察していた事だ。
黒斗は何も言わずに碧を強く抱き締めた。
◆
「……」
ルナは全速力で地図で示された場所へと向かっていた。
時間に余裕はある。全速力で走るのは苛立っているからだ。
先日クリスタが話していた通り、九時を過ぎた頃から地図に印が浮かび上がっている。
そこは木々が生い茂る、三メートルほどの高さがある山のような崖で、何度も訪れた事のある場所だがそれ以外のものは特に何も無かった筈だ。
ルナは崖の上から周囲まで隅々を調べ回ったがいつもと変わらない崖のままだ。
「おばあちゃんが嘘をつくなんて一度もなかったからちゃんと有るんだろうけど……」
ルナは両手を組んで首を傾げながらもう一度一周する。
約束の時間はもうすぐだ。崖の周りを歩きながら待つ事にした。
「お主、さっきからグルグル回って何をしとるんじゃ」
「あ、おばあちゃん……」
「そんなに回って気持ち悪くならんのか?」
「……あっ」
ルナはいつの間にか直径一メートルの円を描くように回転していたようだ。
そうしてクリスタに呼ばれて後に続くと何の変哲もない崖の前で立った。
クリスタが左手を前に翳して魔力を注ぐと、崖の一部が消え去り、薄暗い空間がぼんやりと見えるようになる。
何も言わずに入っていく後ろ姿を慌てて追いかけた。
「わぁ……」
崖の中にあったのは大きなクリスタル。それが何十個と地面から生えている。
透明なクリスタルには明かりのような魔力を沢山宿している。
ルナはほどよく整えられた道を辿って奥へと進んでいく。
「おばあちゃん、ここってもしかして……」
「あぁ、《クリスタルの洞窟》じゃよ。ワシが目覚めた場所でもある」
入口から徒歩十分程で洞窟の奥へ到着した。
崖の大きさと相反して洞窟が大きく、広い。それは簡易魔導テントを思い出させるものだ。
洞窟の突き当たりはクリスタの自室。とはいえ壁は岩であり、床は簡素な低反発マットレスが何枚も並べられている為、ちょっとしたサバイバル生活の空間にも見える。
マットレスの上には炬燵と座布団があり、炬燵の上には袋入りの煎餅が置かれていた。これは恐らく管理人である翔平から貰った物だろう。
壁沿いにはベッドが置かれている。その下はマットレスの代わりに収納箱と思わしき箱が入れられていた。
後は本棚が三つほどとドレッサーのみ。それ以外の家具などなく、炬燵以外の電化製品と呼べる物は見当たらなかった。
野営と言っても過言ではない環境下で暮らす理由をクリスタに問うと、『忘れたくないものがあるから』と言葉を濁される。
「……さて。お主には最初に謝らなければならん。ソレイユの事じゃが、迷惑をかけて本当にすまない」
「おばあちゃんが謝る事じゃないでしょ? それにあれは最終試練な訳だし……」
ルナは炬燵の前で胡座をかき、クリスタは自身のベッドに腰をかける。軋んだ音が洞窟内に鳴り響いた。
「今日までお主に言えなかった事がある。先ずはそれから話そう」
そうしてクリスタが語ったのは、彼女が目覚めてから今日まで経験した物事やセカイの現実。クリスタ自身の事だ。
今から五百年程前、クリスタはこの《クリスタルの洞窟》で目覚めた。
水晶をコアに持つ彼女はクリスタルの洞窟の加護を受け、目覚めた時から大地に纏わる知識を習得している状態だったという。
クリスタは洞窟から出ると、宛もなく森の中を彷徨い続ける事になる。
長い髪が土を擦る音がする。足裏に伝わる大地の温度は冷たく、温かい。
クリスタは目覚めた時から魔力感知と魔力操作を発動させる事が出来た為、大地と魔力の温もりを全身で受け取る事が出来たのだ。
「森の中を宛もなく歩き回っていると、小さな平屋があっての。そこで人間の夫婦に出会ったのじゃ」
クリスタは表情を和らげて懐かしんでいるようだ。
その夫婦は、人間と言葉を交わす術を持っていないクリスタを実子として迎え入れてくれた信頼出来る人間だったらしい。
最初の内は記憶を失ってしまったのだろうと、名前をもらい、住まわせてもらいながら文字の読み書きや日ノ国の学び等、人の子と同様の教育を受けさせてもらっていた。
そうして言葉を覚えて話せるようになった後、クリスタは本当の名前を夫婦に伝えてみたが、返ってきたのは苦い反応。
《クリスタル》という名前は日ノ国では浮いてしまう名前だからだ。
その後、クリスタとその夫婦は現実に苛まれる事になる。
「ワシらのような魔石族はあくまで生物に擬態しているだけに過ぎん。人と同じ身なりをしていても、外見上の老いや若返りもなく、髪も伸ばすも短くするのも自由自在。食事をせずとも生きられるし、特殊な魔法も扱える。そして何よりワシらは鉱石。新たな生命を宿す事は出来ぬ」
「……どういう事?」
「子供を宿せないという事じゃ。石の中から新たな石が産まれる事などない。その意味、お主のデータを読み解けば解るじゃろう?」
ルナは脳内にあるファイルを開き、クリスタが言っている意味を解析する。
「もしかして、魔石族で一番弱いのは……」
「いかにも。双方弱いのは変わりないがの。今も森の奥で暮らしているのはそういう事。じゃから、お主があの青年をここに迎え入れた事は大きいんじゃよ。宝石達の為にもここから離れて欲しくない逸材じゃ」
ルナは言葉を喉に詰まらせるという言葉の意味を身をもって知る。
防壁魔法に関してはソレイユが魔法を張り巡らせている姿を近くで見てきたからこそ気にしていた事。
あくまで突如失いかねないものを補い、且つ碧を守る為に黒斗を弟子として迎えたのであって、ルナはそこまで大事に至るものだったとは想像もつかなかった。
「結局、あの頃のワシは町に住み続ける事は叶わず、育ての親とは別れ、一人でこの洞窟に戻って来た」
クリスタは重い空気を全て吐き出すと、申し訳なさそうな表情を浮かべた。
「次はワシのかつての仲間の話をしよう。ソレイユが目覚める前にもワシ以外の魔石族がおった。今は亡きかつての友人達の話じゃ」
宝石達は不安を抱いたまま本館のリビングに集まっている。
「今日の日課、終わらせてきたよー」
「蛍吾さん、ありがとう。桜結は?」
「倉庫の整理をしたらすぐ戻るって」
黒斗は畑から戻った蛍吾を瑠璃が出迎えている様子を作業場から眺めていた。
あれから何度か魔力感知でルナの現在地を確認しているが、彼女は昨夜から早朝にかけて同じ場所に留まっているようだ。
「ねぇ、黒斗。ルナの様子はどう……?」
碧が怯えた顔で尋ねてくる。
彼女は昨夜、ルナを救いたい一心で奇跡を呼ぶ魔法を発動し続けていた。
幸い黒斗が止めた事で大事には至らなかったが、あのまま続けていれば碧は倒れていただろう。
「……うん。さっきまで同じ場所に居たけど、今は敷地に入ってる」
「ホント!? 無事ならよかったけど……大丈夫かな……」
「……碧はルナの事、知ってるんだっけ?」
「うん……出会った時に教えてくれて。……だから心配なの」
隣りに座る碧の身体が震えて居たので、黒斗は何も言わずに強く支えた。
探しに行きたい衝動とルナの安否を知りたい想いが心を激しく揺らしているのだろう。
「なぁ、探しに行った方がいいんじゃね? ルナちゃんはロボットとはいえ女の子だぜ? 誰かが傍にいてあげた方がいいって」
ソファーの横で座っている颯が苛立った様子で黒斗に声をかけてくる。
彼は黒斗の元へ来るや否や『自分一人でも迎えに行くから居場所を教えてくれ』と必死に頼み込んできた。
「……ダメ。昨日クリスタさんと約束しただろ? 破るつもりか?」
昨日交わしたクリスタとの約束。
ルナがクリスタルの洞窟に呼ばれるのは今日の正午過ぎ。
どうやらその洞窟の場所は誰にも知られたくないようで、約束の一時間程前から日付が変わるまでの間は場所の特定をしないで欲しいというものだ。
「真面目かよ!? 今はそんな悠長な事言ってる場合じゃねぇって!」
「ダメなもんはダメ。今はルナを信じて待とう」
「でもよ……!!」
黒斗は反論してくる颯を無言で威圧した。
外は晴れている。天気の計測器も絶好な日向ぼっこ日和の一日だと表しているほどだ。
いつもの穏やかで緩やかな時間が、この日ばかりはどこかへ消えてしまっていた。
「黒斗くんの言う通りだよ。今のわたし達に出来る事はルナの帰りを待つ事だけだと思う」
「……そうね。きっと今日は色々な事を知らされるんでしょうから、そっとしておいてあげた方がいいと思う」
瑠璃と藍凛に気遣わせてしまったようで、彼女達は自身の思いを颯に告げてくれた。
今会いに行ったところでルナにしてあげられる事は何もないのだ。
「つまり、桜結達はいつも通りの生活をすればいいって事でしょ? ほらみんな、辛気臭い顔してないで、楽しい事しよっ!!」
知らぬ間に帰宅していた桜結が両手を叩いて話を強引に終わらせると、瑠璃と藍凛、蛍吾を連れてテレビ棚にあるゲーム機を物色し出した。
『気持ちを明るく出来る事なら何でもいい』と、お菓子作りや服の試着等、色んな提案を出してくれている。
「外の空気でも吸いに行こっか」
黒斗は碧を連れて外に出ると、テラスの階段上に腰を下ろした。
少し暑くなってはいるが、程よい日光とそよ風が心地良く、緊迫した空気が一瞬で緩やかになる。
それは碧も同じだったようで、少しばかり表情が和らいだように見えた。
「オレ、ルナちゃんを探してくる!」
「おい、颯」
「待ってるだけなんて出来ねぇよ。普段通りに走りに行くついでだしオレの勝手だろ!?」
「……勝手にしろ」
黒斗は颯が去って行く姿を見送ると晴天の空を仰いだ。
ルナが話していた通り、もし颯が魔力感知能力を覚醒していたら、今頃言いつけを守らずに会いに行っていただろう。
『見損なった』と言われてしまったが、黒斗はそれを弾き返した。
「……あのね」
颯が去って二人きりになると碧が黒斗に抱きついてくる。
「信じてないわけじゃないの」
「うん」
「ルナって、情緒が乱れると暴れちゃうから……」
「うん」
心配で、不安で、怖いんだと、碧は話す。
彼女曰く、ルナは出会ってから瑠璃に出会うまでの間は何度も荒れており、止める事が出来なかったのだという。
それはソレイユの事、碧の宝石の事、そしてルナが抱えている過去の事。それらがルナの情緒を不安定にさせる要因なのだ。
黒斗自身も魔力感知を覚醒させてから今日までの間、ルナが就寝時間に本館を出て敷地内を走り回っている様子を幾度か魔力感知を通して確認している。
それは碧の一件があった時から察していた事だ。
黒斗は何も言わずに碧を強く抱き締めた。
◆
「……」
ルナは全速力で地図で示された場所へと向かっていた。
時間に余裕はある。全速力で走るのは苛立っているからだ。
先日クリスタが話していた通り、九時を過ぎた頃から地図に印が浮かび上がっている。
そこは木々が生い茂る、三メートルほどの高さがある山のような崖で、何度も訪れた事のある場所だがそれ以外のものは特に何も無かった筈だ。
ルナは崖の上から周囲まで隅々を調べ回ったがいつもと変わらない崖のままだ。
「おばあちゃんが嘘をつくなんて一度もなかったからちゃんと有るんだろうけど……」
ルナは両手を組んで首を傾げながらもう一度一周する。
約束の時間はもうすぐだ。崖の周りを歩きながら待つ事にした。
「お主、さっきからグルグル回って何をしとるんじゃ」
「あ、おばあちゃん……」
「そんなに回って気持ち悪くならんのか?」
「……あっ」
ルナはいつの間にか直径一メートルの円を描くように回転していたようだ。
そうしてクリスタに呼ばれて後に続くと何の変哲もない崖の前で立った。
クリスタが左手を前に翳して魔力を注ぐと、崖の一部が消え去り、薄暗い空間がぼんやりと見えるようになる。
何も言わずに入っていく後ろ姿を慌てて追いかけた。
「わぁ……」
崖の中にあったのは大きなクリスタル。それが何十個と地面から生えている。
透明なクリスタルには明かりのような魔力を沢山宿している。
ルナはほどよく整えられた道を辿って奥へと進んでいく。
「おばあちゃん、ここってもしかして……」
「あぁ、《クリスタルの洞窟》じゃよ。ワシが目覚めた場所でもある」
入口から徒歩十分程で洞窟の奥へ到着した。
崖の大きさと相反して洞窟が大きく、広い。それは簡易魔導テントを思い出させるものだ。
洞窟の突き当たりはクリスタの自室。とはいえ壁は岩であり、床は簡素な低反発マットレスが何枚も並べられている為、ちょっとしたサバイバル生活の空間にも見える。
マットレスの上には炬燵と座布団があり、炬燵の上には袋入りの煎餅が置かれていた。これは恐らく管理人である翔平から貰った物だろう。
壁沿いにはベッドが置かれている。その下はマットレスの代わりに収納箱と思わしき箱が入れられていた。
後は本棚が三つほどとドレッサーのみ。それ以外の家具などなく、炬燵以外の電化製品と呼べる物は見当たらなかった。
野営と言っても過言ではない環境下で暮らす理由をクリスタに問うと、『忘れたくないものがあるから』と言葉を濁される。
「……さて。お主には最初に謝らなければならん。ソレイユの事じゃが、迷惑をかけて本当にすまない」
「おばあちゃんが謝る事じゃないでしょ? それにあれは最終試練な訳だし……」
ルナは炬燵の前で胡座をかき、クリスタは自身のベッドに腰をかける。軋んだ音が洞窟内に鳴り響いた。
「今日までお主に言えなかった事がある。先ずはそれから話そう」
そうしてクリスタが語ったのは、彼女が目覚めてから今日まで経験した物事やセカイの現実。クリスタ自身の事だ。
今から五百年程前、クリスタはこの《クリスタルの洞窟》で目覚めた。
水晶をコアに持つ彼女はクリスタルの洞窟の加護を受け、目覚めた時から大地に纏わる知識を習得している状態だったという。
クリスタは洞窟から出ると、宛もなく森の中を彷徨い続ける事になる。
長い髪が土を擦る音がする。足裏に伝わる大地の温度は冷たく、温かい。
クリスタは目覚めた時から魔力感知と魔力操作を発動させる事が出来た為、大地と魔力の温もりを全身で受け取る事が出来たのだ。
「森の中を宛もなく歩き回っていると、小さな平屋があっての。そこで人間の夫婦に出会ったのじゃ」
クリスタは表情を和らげて懐かしんでいるようだ。
その夫婦は、人間と言葉を交わす術を持っていないクリスタを実子として迎え入れてくれた信頼出来る人間だったらしい。
最初の内は記憶を失ってしまったのだろうと、名前をもらい、住まわせてもらいながら文字の読み書きや日ノ国の学び等、人の子と同様の教育を受けさせてもらっていた。
そうして言葉を覚えて話せるようになった後、クリスタは本当の名前を夫婦に伝えてみたが、返ってきたのは苦い反応。
《クリスタル》という名前は日ノ国では浮いてしまう名前だからだ。
その後、クリスタとその夫婦は現実に苛まれる事になる。
「ワシらのような魔石族はあくまで生物に擬態しているだけに過ぎん。人と同じ身なりをしていても、外見上の老いや若返りもなく、髪も伸ばすも短くするのも自由自在。食事をせずとも生きられるし、特殊な魔法も扱える。そして何よりワシらは鉱石。新たな生命を宿す事は出来ぬ」
「……どういう事?」
「子供を宿せないという事じゃ。石の中から新たな石が産まれる事などない。その意味、お主のデータを読み解けば解るじゃろう?」
ルナは脳内にあるファイルを開き、クリスタが言っている意味を解析する。
「もしかして、魔石族で一番弱いのは……」
「いかにも。双方弱いのは変わりないがの。今も森の奥で暮らしているのはそういう事。じゃから、お主があの青年をここに迎え入れた事は大きいんじゃよ。宝石達の為にもここから離れて欲しくない逸材じゃ」
ルナは言葉を喉に詰まらせるという言葉の意味を身をもって知る。
防壁魔法に関してはソレイユが魔法を張り巡らせている姿を近くで見てきたからこそ気にしていた事。
あくまで突如失いかねないものを補い、且つ碧を守る為に黒斗を弟子として迎えたのであって、ルナはそこまで大事に至るものだったとは想像もつかなかった。
「結局、あの頃のワシは町に住み続ける事は叶わず、育ての親とは別れ、一人でこの洞窟に戻って来た」
クリスタは重い空気を全て吐き出すと、申し訳なさそうな表情を浮かべた。
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