機械少女と霞んだ宝石達~The Mechanical Girl and the hazy Gemstones~

綿飴ルナ

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Episode 9【それは煌々と燃ゆる太陽の如く】

#74《巡り逢う太陽》

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 リマが魔石としての役割を果たしてからひと月ほどが経過した。
 クリスタとアメリーは今日まで何もせずに過ごしていたが、数日前から止まっていた心の針は少しずつ動き出している。


「あのさ……クリスタルの洞窟に行かない? アタシ達の拠点で三人を供養してあげたいんだ」


 疲弊したままの声がクリスタに呼びかけてくる。
 クリスタルの洞窟――そこはクリスタが目覚めた、魔族にとって特別な場所。
 魔石や魔獣が目覚めるきっかけとなった、魔力の源となっている大きな洞窟。
 シトやパーズ、リマと出会う前まで居住地にしていた場所だ。
 あの騒動があった後だ。魔法を見てしまった富豪達がこの家を見つけてしまうのも時間の問題なのかもしれない。
 クリスタはアメリーの提案を承諾すると、部屋を片付ける事にした。
 短期間で全てを持ち運ぶ事も捨てる事も出来ない二人は、最低限の――クリスタとアメリー、そして消えてしまったリマの暮らしていた証拠を無くす程度の断捨離をする事になる。
 生きていく為にはそうするしかない。胸が痛む思いで四日ほどかけて終わらせ、同時に荷造りも完了させた。


「さらばじゃ。今までありがとうな……」


 クリスタ達はログハウスを背に数週間をかける長い旅に出た。
 魔力感知能力があるおかげで道に迷う事や危険物に遭遇する事もなく到着する。
 クリスタルの洞窟はあの頃と全く変わらない、神秘的で居心地の良い場所のままだ。
 魔石族の源であるこの場所は宝石コアを安定する効果があるのかもしれない――等と考えながら、アメリーと共に三人の墓を作る事となった。
 それは鉱物を重ねただけの簡素的なもの。それでもクリスタルの効能によって常に浄化される。クリスタ達に唯一出来る彼等への供養だ。


「あのさ。もしクリスタが良ければこのセカイを旅しない?」

「旅?」

「うん。《クリスタルの洞窟ここ》があるから皆の事は大丈夫だし、この大地の事も魔法の事も、もっと知りたいからさ」


 アメリーは真剣な顔で前のめりになって話を続ける。


「アタシ達はまだ何も知らない。だからもっと知るべきなんだよ。二度とこういう事が起こらないように色んな事を学ぶべきなんだ」


 クリスタは悩んだ。
 まだ心は癒えていない。出来ることならば今まで以上に人間とは距離を置きたいと思っている。
 ただ、アメリーが言う事も一理ある。クリスタとアメリーは数百年生きていて未だ日ノ国のひとつまみ程度しか知らないのだ。
 知識を得る為に旅に出る。魔法を扱う者として、その先で出会うかもしれない仲間と情報を共有して共に手を取り合っていくべきなのかもしれない。


「……そうじゃの。もっとセカイを知るべきじゃ」


 クリスタの探究心に火がつき、いつもの――否、普段以上のやる気が漲ってくる。
 元々学びを得る事を好んでいるクリスタにとってはいい機会だった。

 そうして二人はクリスタルの洞窟を拠点にしてあちこちを歩いて回る事になる。
 数週間、数ヶ月をかけて一つの方角に向かってはクリスタルの洞窟への帰宅を繰り返した。
 得た知識は単調なものが多いが、それでも大地を知るには十分すぎる程だ。
 そうしてクリスタ達は今日も旅の続きを歩み続ける。


「ねぇクリスタ。アレ、何かな?」


 アメリーが指さした場所は小さな崖のふもと。
 そこには虹色に輝いて見える拳大ほどの大きさの鉱石が落ちている。


「見た事のない鉱石じゃの。ちょいと調べてみようか」


 クリスタは自身が背負っていたリュックの中から一冊の本を取り出した。
 青色の表紙を着飾った厚さ三センチほどのそれには、このセカイの鉱石についてこと細かく書かれている。


「ねぇ、やっぱりこの石じゃない?」


 一時間半ほどかけて見つけたその鉱石は《ミスリル鉱石》と呼ばれる、道具や武具等の加工に使われる硬い鉱石だった。
 だが本に載っているミスリル鉱石は単色。
 色の種類は複数書かれてあっても、虹色の鉱石は何処にも見当たらないのだ。
 その上、この鉱石は少量の魔力を含んでいる。


「確かにそうかもしれんの。もしかすると、魔力の影響を受けている可能性もあるじゃろうし」

「ここにポツンと落ちていたのは気になるところだね。……あのさ」

「なんじゃ?」

「このミスリルに魔力を注いでみない?」


 アメリーは楽しそうに提案してくるが、クリスタは苦い顔を向ける。


「何を言っておるのじゃ……。シト達と同じ道を歩むやもしれんぞ」

「気持ちはわかるけどさ、あたし達は魔石が目覚めた瞬間なんて知らないじゃん?」

「それはそうじゃが……」

「アタシ達がこうして旅をする目的を思い出してよ」


 あの事件が二度と起こらないように知識を得る為の旅に出る。
 クリスタルの洞窟でシト達を弔い供養したあの日に二人で誓った事だ。


「……確かに、そうじゃな」


 クリスタはゆっくりと呼吸を整える。アメリーに目配せを送ると、二人は片手を鉱石に翳して魔力を注いだ。
 もし目覚めてくれるのなら、あの時のような悲しい事態に陥らないように、手を取り合って学びを得る努力を怠らなければいい。
 クリスタは心の底からの想いを祈りに変えて淡い光を送り続けた。
 魔力を注がれた虹色のミスリル鉱石は次第に眩しさを増幅させていく。
 目を開けていられなくなる程の光の中を魔力感知で様子を伺う事にした。


「あっ……!」


 アメリーも魔力感知を発動させているのだろう。魔力の変化がこの眼で視える。
 光が収まっていくところで目を開けると、そこには赤髪の女性が座り込んでいた。
 クリスタより大人びた印象を持つその女性は長い髪を右手で触りながら物珍しそうにこちらを見ている。
 魔石の目覚めは本当に実在したのだと驚きを隠せずにいた。


「あ……」


 女性は必死に話しかけようとしているが、赤子のような言葉を発している。
 クリスタは目覚めたばかりの頃に育ててくれた両親に言葉を教わった時の事を思い出した。


「そうか……ワシらと同じなんじゃな……」


 そうしてクリスタ達は女性を連れて一度クリスタルの洞窟へ帰る事にした。
 クリスタルの洞窟には簡素ではあるが生活出来る場所を確保している。
 それはクリスタが数年かけて持ち運んだ使い古しの家具を配置した――とても家や部屋とは呼べない空間ではあるが、魔石であるクリスタにとって支障はないものだ。
 強いて不満を言えば季節や気候によって本や布団が湿り気を含んでしまう事くらいだろう。
 何事もなく帰宅して最初に行ったのは女性の寝床を確保する事だった。
 来客用の寝床など用意していない。
 間に合わせではあるがアメリーが使用していた布団を女性に使用してもらい、アメリーの分は前の家から持ち出すとして、それまでの間は夏場だけ使用するタオルケットを被って床についてもらう事になった。

 大きな棚の中にはクリスタが集めた本が沢山収納されている。
 その内の一冊――クリスタが目覚めたばかりの頃に両親に貰った本を取り出して、女性に言葉を教える事にした。
 思いもしないところで始まった子育てはとても難しく、大人の姿での教育は人の子以上に違和感がある。
 育児に励む間はもちろん旅は中止。出かけても散歩程度しかないという事もあり、クリスタ達は心のどこかでヤキモキしていたが、母性本能とはこの事なのか、愛おしいと思う事が増えて幸福感で満ちるようになった。


「ねぇ、そろそろこの子に名前を付けてあげようよ」


 女性が目覚めてから数年経った頃、アメリーがクリスタに呼びかける。
 あれからも暇を見つけては彼女の鉱石コアについて調べてはいたが、めぼしいものを見つける事は叶わなかった。
 クリスタ達は宝石コアの名前をそのまま名乗っている為、どうすればいいのかわからないまま名付けを後回しにしていたのだ。


「うーむ……。ワシらのように鉱石コアの名前にするならば《ミスリル》で良いような気もするが……」

「実際のところ、本当にミスリルなのかわかんないままだしねー……」


 もし違っていたとすれば彼女を傷付けてしまいかねない。


「やっぱり、アタシ達で新しい名前を付けてあげるしかないかー……」


 クリスタ達は顎に手を当てて悩んでいると、言葉を覚えて間もない女性が二人に近付き、二人の裾を引っ張ってきた。


「ねぇ! あたし、お外に行きたい!」


 外見とは相反した無邪気な笑顔を向けてくる。
 クリスタ達は手を繋いで洞窟の外に出た。
 日の出が大地を照らしている。あまりに眩しくて目を隠してしまう程だ。


「……ねぇ。《ソレイユ》ってどうかな?」


 アメリーがクリスタに視線を送る。


「ソレイユ……? 太陽って意味の言葉か……」

「うん。だってこの子の笑顔、太陽みたいに明るいじゃん? アタシ達の心を明るく照らしてくれるしさ」

「……そうじゃの。良いやもしれん」


 アメリーはキョトンとしている女性と向かい合い、優しい眼差しを向けて話しかける。


「ソレイユ。アンタの名前。今日からアンタは『ソレイユ』だよ」


 アメリーに続いてクリスタも女性――ソレイユに笑みを向ける。
 日の出の方向から一度だけ疾風が通り過ぎ、ソレイユの髪を大きく揺らした。
 彼女は満面の笑みを浮かべて嬉しそうにしている。
 それは煌々と燃える太陽のような、力強さと明るさを併せ持っているように見えた。
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