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第20話 潜入開始!
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「貴女には、さっそくだけど、今日から働いてもらうわ」
そう言ったのは、小太りの中年女性である。アイーダという名前で、妓楼・オルタナシアで働く女性だ。
といっても現役の妓女ではなく、元妓女で、現在は妓女たちの管理や教育を行っているらしい。
「……きょ、今日から、ですか?」
テレサの言葉に、ええ、とアイーダは深く頷いた。
「貴女ほどの美人なら、きっとすぐに人気になるわ」
「ありがとうございます」
そう言って頭を下げたものの、素直に喜べない。というか、もし人気になってしまったとしても困る。
だって私は、侵入捜査でここにきてるだけなんだから!
フランクの提案で女装をした後、テレサはすぐにこの店の採用面接を受けたのだ。そして合格し、今に至る。
「それにしても、アンタみたいに綺麗な子が、自分から面接にくるなんてね」
「自分でくる人は珍しいんですか?」
「そりゃあそうさ。ほとんどは、親に売られてくるんだから。私だってそうだったわよ」
アイーダは足を組み、テレサを見つめるとにかっと笑った。
「まあ、慣れれば悪くないところよ」
アイーダがそう言ったところで、部屋の扉が控えめにノックされた。入って、とアイーダが言うと、亜麻色の髪の少女が入ってくる。
この子、客引きをしていた子だわ。
近くで見ても、地味な娘だという印象は変わらなかった。一晩寝れば忘れそうな顔は、とても妓楼の看板娘とは思えない。
「この子がうちの一番人気よ。正直、そうは見えないでしょうけど」
失礼なことを言われても、少女は控えめな笑みを浮かべているだけ。人見知りなのかおとなしいのか、床を見つめてばかりで目が合わない。
やっぱり、単純にこの子が人気だとは考えにくいわ。それとも、客の前では全く違った雰囲気になるのかしら?
「ほら、挨拶しな。アンタが新人の教育係なんだから」
「は、はい」
返事をすると、少女はようやく顔を上げた。
「わ、私、カーラって言います。あ、その、私はえっと、住み込みで働いてて、あの、貴女は……?」
「リリーです」
もちろん偽名だ。いっそ本名のテレサにしようかとも思ったけれど、やめた。万が一にでもバウマン家の耳に入ったらと思うと恐ろしかったから。
「貴女は、通いなんですよね?」
「はい」
オルタナシアには妓女が暮らすための部屋があり、住み込みで働いている者も多いという。
そして、親に売られたり、借金がある者は住み込みで働くしかない。
この子は、どうしてここで働いているのかしら。
「あの、私が教育係ということで、その……この店のルールや、働き方について、説明します。まずはえっと、その、部屋の案内から……」
カーラは窺うような視線をアイーダに向けた。さっさとしなさい、とアイーダに言われ、びくっと震えながら頷く。
「じゃ、じゃあ、こちらへ。その、店が開いていない時間しか教えられないので」
「分かりました」
テレサが返事をすると、カーラは部屋の扉を開けた。アイーダに一礼してから部屋を出る。
「えっと、今話を聞いていた部屋が執務室で、その、アイーダさんの部屋です。オーナーのジョバンニさんも、よくここにきます。あ、えっと、オーナーは週一くらいで様子を見ていったり、身分が高いお客様がくる時にいらっしゃいます」
オルタナシアのオーナーはジョバンニという男だが、店にはあまり顔を出さないらしい。オルタナシア以外にも、いくつかの店を経営する敏腕商人とのことだ。
「3階は執務室以外だと、私たち妓女の部屋や、衣裳部屋、物置部屋、化粧部屋……お客さんがくることのない場所です」
カーラが歩きながら3階の部屋について説明してくれる。建物内は掃除がいきとどいていて、年季は感じるものの、みすぼらしさはない。
「ちなみに、ここが私の部屋です」
カーラの部屋は、3階の端にあった。かなり狭くて、ベッドと机だけでぎゅうぎゅうだ。そして、私物はほとんどおいていいない。
とても、一番人気の子の部屋とは思えないわね。
「私、多額の借金があるんです。他の子の部屋は、もうちょっと立派ですよ」
テレサの疑問を察したのか、カーラがそう説明してくれた。
「借金?」
「はい。といっても、母親の借金なんですけどね」
はは、と渇いた笑い声を出して、カーラは寂しげに笑った。なんだか、きゅっと胸が締めつけられる。
「リリーさんも、なにか事情があって、ここで働くことにしたんですよね」
「……それは、その、まあ……」
「正直、辛いことばっかりですけど。その、リリーさんなら、きっと稼げると思います。それに安心してください、一ヶ月の間は、新人は閨に客を迎えない決まりですから」
「そうなんですか?」
カーラの言葉にほっとする。最悪殴って逃げればいいと思っていたが、初日にそんなことをしたら捜査にならない。
フランクがテレサを買う予定になっているが、捜査資金にも限りがある。
一ヶ月もあれば、なんとかなりそうね。
「はい。その間に身請け話があれば、店にとってはかなり大きいみたいで。客をとったことがない娘は、身請け代金が高いんです。病気の疑いも少ないですしね」
この子は……カーラは、身請けの話はないのかしら。
あれだけ人気なのだから、あってもおかしくはないはずよね。
カーラ自身が断っているのだろうか。それとも、店が断っている? あるいは、なにか秘密があるのだろうか。
依頼を解決するためにも、もっとカーラのことを調べる必要があるわね。
そう言ったのは、小太りの中年女性である。アイーダという名前で、妓楼・オルタナシアで働く女性だ。
といっても現役の妓女ではなく、元妓女で、現在は妓女たちの管理や教育を行っているらしい。
「……きょ、今日から、ですか?」
テレサの言葉に、ええ、とアイーダは深く頷いた。
「貴女ほどの美人なら、きっとすぐに人気になるわ」
「ありがとうございます」
そう言って頭を下げたものの、素直に喜べない。というか、もし人気になってしまったとしても困る。
だって私は、侵入捜査でここにきてるだけなんだから!
フランクの提案で女装をした後、テレサはすぐにこの店の採用面接を受けたのだ。そして合格し、今に至る。
「それにしても、アンタみたいに綺麗な子が、自分から面接にくるなんてね」
「自分でくる人は珍しいんですか?」
「そりゃあそうさ。ほとんどは、親に売られてくるんだから。私だってそうだったわよ」
アイーダは足を組み、テレサを見つめるとにかっと笑った。
「まあ、慣れれば悪くないところよ」
アイーダがそう言ったところで、部屋の扉が控えめにノックされた。入って、とアイーダが言うと、亜麻色の髪の少女が入ってくる。
この子、客引きをしていた子だわ。
近くで見ても、地味な娘だという印象は変わらなかった。一晩寝れば忘れそうな顔は、とても妓楼の看板娘とは思えない。
「この子がうちの一番人気よ。正直、そうは見えないでしょうけど」
失礼なことを言われても、少女は控えめな笑みを浮かべているだけ。人見知りなのかおとなしいのか、床を見つめてばかりで目が合わない。
やっぱり、単純にこの子が人気だとは考えにくいわ。それとも、客の前では全く違った雰囲気になるのかしら?
「ほら、挨拶しな。アンタが新人の教育係なんだから」
「は、はい」
返事をすると、少女はようやく顔を上げた。
「わ、私、カーラって言います。あ、その、私はえっと、住み込みで働いてて、あの、貴女は……?」
「リリーです」
もちろん偽名だ。いっそ本名のテレサにしようかとも思ったけれど、やめた。万が一にでもバウマン家の耳に入ったらと思うと恐ろしかったから。
「貴女は、通いなんですよね?」
「はい」
オルタナシアには妓女が暮らすための部屋があり、住み込みで働いている者も多いという。
そして、親に売られたり、借金がある者は住み込みで働くしかない。
この子は、どうしてここで働いているのかしら。
「あの、私が教育係ということで、その……この店のルールや、働き方について、説明します。まずはえっと、その、部屋の案内から……」
カーラは窺うような視線をアイーダに向けた。さっさとしなさい、とアイーダに言われ、びくっと震えながら頷く。
「じゃ、じゃあ、こちらへ。その、店が開いていない時間しか教えられないので」
「分かりました」
テレサが返事をすると、カーラは部屋の扉を開けた。アイーダに一礼してから部屋を出る。
「えっと、今話を聞いていた部屋が執務室で、その、アイーダさんの部屋です。オーナーのジョバンニさんも、よくここにきます。あ、えっと、オーナーは週一くらいで様子を見ていったり、身分が高いお客様がくる時にいらっしゃいます」
オルタナシアのオーナーはジョバンニという男だが、店にはあまり顔を出さないらしい。オルタナシア以外にも、いくつかの店を経営する敏腕商人とのことだ。
「3階は執務室以外だと、私たち妓女の部屋や、衣裳部屋、物置部屋、化粧部屋……お客さんがくることのない場所です」
カーラが歩きながら3階の部屋について説明してくれる。建物内は掃除がいきとどいていて、年季は感じるものの、みすぼらしさはない。
「ちなみに、ここが私の部屋です」
カーラの部屋は、3階の端にあった。かなり狭くて、ベッドと机だけでぎゅうぎゅうだ。そして、私物はほとんどおいていいない。
とても、一番人気の子の部屋とは思えないわね。
「私、多額の借金があるんです。他の子の部屋は、もうちょっと立派ですよ」
テレサの疑問を察したのか、カーラがそう説明してくれた。
「借金?」
「はい。といっても、母親の借金なんですけどね」
はは、と渇いた笑い声を出して、カーラは寂しげに笑った。なんだか、きゅっと胸が締めつけられる。
「リリーさんも、なにか事情があって、ここで働くことにしたんですよね」
「……それは、その、まあ……」
「正直、辛いことばっかりですけど。その、リリーさんなら、きっと稼げると思います。それに安心してください、一ヶ月の間は、新人は閨に客を迎えない決まりですから」
「そうなんですか?」
カーラの言葉にほっとする。最悪殴って逃げればいいと思っていたが、初日にそんなことをしたら捜査にならない。
フランクがテレサを買う予定になっているが、捜査資金にも限りがある。
一ヶ月もあれば、なんとかなりそうね。
「はい。その間に身請け話があれば、店にとってはかなり大きいみたいで。客をとったことがない娘は、身請け代金が高いんです。病気の疑いも少ないですしね」
この子は……カーラは、身請けの話はないのかしら。
あれだけ人気なのだから、あってもおかしくはないはずよね。
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依頼を解決するためにも、もっとカーラのことを調べる必要があるわね。
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