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ウルドルの遺品

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 ◇◇◇◇◇

 突如起こったその奇跡にグレンは空を見上げた。
 こんなに美しい現象を嘗て見た事があっただろうか?

 血生臭い地獄絵図の地表に降り注ぐ、目映いばかり無数のきらびやかな光の礫(つぶて)。
 それは、極寒の北方大陸で見れるダイヤモンドダスト以上にきらびやかで、それでいて暖かいのだ。

 視線の先で真っ赤な長い髪を靡かせ、魔法の光を空へと放つ少女──アリアが、本当の聖女であるように思えた瞬間だった。

 だが、グレンにはわかる。
 まだ終わっていない〝厄〟を感じるのだ。

 幼い時から風はグレンの味方をしていた。
 それは全感知魔法ほど万能ではない。だが、付近に残されている強い〝厄〟に限っては、どんなに優れた感知魔法よりも早く風が知らせてくる。

 そう────まだ、危機は去っていない!

 グレンは誰よりも先を読んで駆け出した。
 この場で最も〝厄〟を運ぶ可能性がある〝唯一の存在〟に向かって。
 命尽きた冒険者の遺品(剣)を拾い、駆け出していた。

 両手を広げる女の子の後ろで、今まさに起き上がり。
 眼下にある女の子の脳天へ斧を振り落とさんとする悪魔の首元へ剣先を走らせた。
 容赦なく────

 グレンにも女の子の声(願い)は聞こえた。
 だが関係ない。今、グレンの目に映っているのは〝父〟と〝娘〟ではなく〝奪う者〟と〝奪われる者〟だったからだ。

 ズサリと倒れたのは首を失ったゴブリンだ。
 振り返った女の子はそれを見てその場にペタンと座り込み、やがて泣き出した。


 女の子が何故、ゴブリンをパパと呼んだのか。
 グレンにはわからないが、強化ゴブリンについて僅かな情報でも欲しい王国騎士としては、少女の言葉の意味を詳しく聞く必要があったのだろう。

 女の子と母親は、ナルシーの指示で騎士団用の医療施設へと運ばれた。

 同じく、あの場でもっとも貢献したアリアとグレンも同行を求められてから数時間後。
 アリアの魔法で一命を取り留めた女性──ルアンダがおおかた回復した頃、その話し合いは始まった。



「────この子、そんな事してたんですか?」

 ルアンダは今しがた自分が寝ていたベットで、泣き疲れて眠っている娘の頭を撫でながら驚いていた。

 グレンは最初、その娘がギルドでロザリアに父親の捜索を頼んだ〝小さな依頼主〟だと気付いて驚いていたのだが。
 ルアンダ自体は、自分の娘──ミラがギルドに依頼を出した事すら知らなかった。

 気付いたら家からいなくなっており、街へ探しに出た所であの惨事に巻き込まれたのだという。

「ギルドの方にはご迷惑をかけました。依頼は取り消してください。今はギルドに捜索依頼を出す余裕もないし、パパの事は待つしかないと言ったのですけどね。この子には耐えられない程に寂しかったのでしょう」
 
 悲しげに語るルアンダを見てグレンは思う。
 依頼を取り消した所で、個人的にウルドルを探しに行く事は出来る。

 ただ、気になっているのは〝もはや〟あの依頼をする意味があるのか? という事だ。
 それに関する話についてはナルシーが彼女に問いかけた。

「失礼だが、お嬢ちゃんは何故ゴブリンを父親だと思ったのだろうか?」
「はい。それは、おそらくこのペンダントでしょう……」

 ルアンダは小さなトップのついたペンダントを見せ、語ってくれた。

 ゴブリンが首から下げていたペンダントは、ミラが手作りしてウルドルにプレゼントした一品だった。
 更に言うなら、斧も普段からウルドルが手入れしていた武器だという。

 ミラがゴブリンをパパと呼んだ時。
 この家族、実はゴブリン一家? などと飛躍的な発想を一瞬でもしてしまったグレンとしては、ルアンダの言葉を聞いて若干の恥ずかしさを覚えてしまう。

 しかし、何故ゴブリンがウルドルのペンダントや斧。さらには冒険者階級プレートを身に付けていたのかが問われる。 

「私、少し思ったんだけど。ウルドルさんが悪い魔法使いにゴブリンにされたとか?」

 アリアがぶっ飛んだ事を口にした。
 グレンは思わず〝そんな魔法はありません〟と喉まで出かけたが、自分のゴブリン一家説と似たり寄ったりなのでここは押し黙った。
 代わりに、ナルシーがハッキリと否定する。

「王国の学者がゴブリンの死体を調べたが、間違いなくゴブリンであって、人だった気配も何の共通点も無いと言っていた」
「そっか……まあ、そうですよね。では何故ウルドルさんの物をゴブリンが?」

 アリアの質問に、ナルシーは少し考える素振りを見せた後で静かに持論を述べた。

「武器はまだしも、殺した冒険者の装飾品をゴブリンがわざわざ身に付けるとは考えられない。とすると誰かがゴブリンに敢えて身に付けさせた……とか」

 ナルシーが冗談を言ってる雰囲気は微塵も垣間見えない。
 だが、本当にそうだとすると。
 それは相当悪趣味な話だ。

 どちらにしても、現状ウルドルの物がここにあると言う事は。少なくとも、ある一つの答えだけは導き出される。

「どのみちもう、主人は生きていないのでしょうね……」

 ルアンダの呟きには、誰一人答えられず押し黙る。

 とにかくだ。
 この異常な事態に調査を入れるとしたら、後は〝ろくな事〟を考えないシャトルファングの幹部。ベーチャに聞くべきだろうと結論付けられた。
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